08 ―魔力判定と女の子― side Dimbula
ディンブラ視点
side Dimbula
「友達か~……そうじゃなかったんだけどな」
はぁ~というため息と共に昼間出逢った彼女を思い出す。
綿菓子の様にふわふわとしている珊瑚色の髪を柔らかくラベンダー色のリボンでまとめ、花の意匠の付いたふんわりと軽やかなアリスブルーのドレスを纏った妖精のような女の子。
勝手に怒って八つ当たりして、あまつさえ泣いたオレに笑顔をくれた。
離したくない
隣にいて欲しい
君の笑顔のためならオレは―――
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オレは名前はディンブラ。
父さんのウヴァ・スタッセン公爵はこの国の宰相。
母さんはジャスミン・スタッセン。父さんと結婚前は魔術院で働いていたらしい。
父さんが宰相だからか従兄弟が王太子だからか、オレに勝手に期待して勝手に幻滅する。出来ないものは出来ない。仕方ないと思うことにももう慣れた。でもイライラする気持ちは止まらない。
何故、少し剣の方が勉強より好きで悪いんだ?
何故、次期宰相を目指さず他の道を選ぶことが悪いんだ?
父さんも母さんも家庭教師たちと同じなのかもしれない―――
そんなオレにも今はある目標がある。魔術院で働いて、いつかメルローズ団長みたいな――新しい魔術を開発して人々の生活に役立てる。そんな人になるのが目標だ。
だけど……。
今日は魔力判定に魔術院に来ている。父さんと判定に行く間、母さんは従姉妹のメルローズ侯爵夫人と待っていると言っていた。どうやら、一人娘も判定を受けるにくるらしい。
ということは……メルローズ団長に会える!判定結果も楽しみだけど団長に会えるなんて今日は最高な日だ!と思っていた時は幸せだったと思う。
部屋に入り、魔法陣の上に立ち判定してもらう。
暖かい風を感じ、閉じていた目を開くと床に描かれた魔法陣が淡く紅と紫に変わりながら光っていた。そのうち紅い光だけになりぼんやりと光るだけになった。
「おぉ、火、いや炎属性が強いようですね。しかも付加も」
羨ましいですとインディゴ色ののケープを羽織ったリッジウェイ副団長がそう言った。
〈判定者〉のギフトを持っている。と説明していたから直ぐにあの複雑な紋様を読み解くことが出来るのだろう。それについて感動していたが、オレの属性が、火・炎・付加?
「へぇ、炎。他はどう?」
「そうですね、少々お待ちください……あとは風・土、おおっ雷!」
「そう、結構強力なのがあるね。だってさ、ディン」
「………」
それだけ? 全種類はなくとも基本属性だけは4種全てあると思ってた。心なしか震える声がでた。
「……水は?」
「そうですね…使えないことはないですが、発動までに時間がかかるかと。詳しいことを書き写しますのでそちらでお待ちを」
とリッジウェイ副団長はオレ達をソファーセットに進めて魔術紋様の陣に戻って行った。
スッとソファーの方へ向かってしまった父さんの後を、ぎこちなくしか動かなくなった身体を無理矢理動かして追う。
思ったよりも座りごごちの良いソファーだったが、今のオレにはそんな事を喜ぶ余裕はなかった。さっきまでの最高な日は最悪な日に塗り替えられた。そんなオレに父さんが訝しげに尋ねる。
「ディン、君水が使いたかったのかい?」
「…そうじゃないけど」
「別に全種使えないのは普通だよ」
「わかってる!」
そう!解ってる!! 全種使えるのが珍しい事も使えなきゃいけないわけじゃないことも!!
でもこれでまた、比べられてしまうと思うとイライラする。
もうすぐメルローズ団長に会えるんだからと必死でその怒りを身の内に鎮めようと唇を噛みしめる。俯いて大丈夫大丈夫と自身に言い聞かせるように。――だから、そんなオレの様子を父さんが口惜しい様な顔で見ていたのには気づくことはなかった。
オレが少し落ち着いた頃ノックの音がして入ってくる人影が見えた。メルローズ団長だ!と思って見ると団長に抱き抱えられた女の子が見えた。
ふわふわした珊瑚色の髪とパッチリとしてでも優しい紫苑色の瞳の花の精ような女の子。
女は嫌だ。ベタベタ触ってくるし、直ぐに泣くし。うるさいし。
思わずバッと横を向く。団長だけじゃないのかと父さんに非難の目を向けようとするが、肝心の父親はメルローズ団長と話はじめ……仲が良いのかと疑うくらいの会話をしている。
思わず非難も忘れてポカンとしていると、女の子が自分の父親に横に降ろしてもらいオレ達に向けてゆっくりと一生懸命に礼をし挨拶をした。
父さんもそれに対しての女性に応える礼を返し、褒めている。
……ありえない。父さんがこんなに簡単に褒めるなんて! 団長も手放しで喜んでいるし――オレは……!
またあのイライラが出てきそうになる。押し込めようとするがどうしても出来ず顔が強張ったまま彼女を見上げる。
オレの視線に気付いた彼女はピクッと固まり―――あぁ、泣きたいのはオレなのになんでお前が悲しそうな顔をするんだ―――ぱしっという音と共に頭が揺れた。
父さんに叩かれたと気づいた瞬間、ぶわっと怒りの気持ちが飛び出す!
そのまま父さんと言葉の応酬が始まり――冷徹宰相の名にふさわしく、言葉では絶対に勝てない父親相手には一矢を報えるはずはなく――疲労感と共に負けた。怒りを継続したまま……。
オレ達がそんなことをしている間にメルローズ団長とその娘はいなくなっていた。
父さんが2枚の紙を受け取り、疲労感を連れたままグッタリした状態で母さんの元へと向かう。
たどり着いたサロンには母さんの他にメルローズ団長の家族がいた。
父さんが団長に紙を渡し二人で何か話をした後、彼女に紙が渡された。見た瞬間、そんなに嬉しかったのかぱぁっと顔を綻ばせた彼女に思わず目を奪われた。
悔しくなって思わず彼女の手から紙を奪って見比べていた。基本魔術は全部に上位も全て使えるかもしれないマークが書いてある。
なんでなんだ! なんで俺には無いんだ!!
悔しくて悲しくて、これじゃあもう誰もオレを見てくれないという感情が止まらない!
こんな女の子に……負ける?
嫌だ! そう思ったら紙を握りつぶして「お前なんか認めない!」と言い捨てて飛び出していた。
どこをどう行ったのか、花々の茂みを無理矢理にかき分け飛び出した先にあった小さな噴水の前で一息つく。
ふと覗いた水に映る自分の顔の酷さに情けなけなくなる。
はぁ…とため息をこぼして噴水の脇に座り込む。
どのくらい時間が経ったのか、さぁさぁと風で葉の擦れる音しか聞こえない。
父さんも母さんも来ない。 やっぱりオレのこと―――
誰かがこっちに来る音がする。誰が来ても顔を上げたくなくて、伏せたまま出来れば気づかずに去って欲しいと願う。
そんな願いも空しく、来たのはあの女の子だった。
父さんか母さんにでも頼まれたのか、たどたどしく、でも必死にオレに話しかけてくる。
こいつも同じだ! うるさい、うるさい!!
「うるさい、うるさいっ!あっちいけ!!」
そう叫んで、あの子をみたら止まらなくなった。
メルローズ団長に愛されてた。父さんも褒めてた。母さんと笑顔で話してた。ずるいずるい!
そしたらもう全部ぶちまけてた。八つ当たりもイイところだ。初めて会った女の子に嫉妬して悔しくてもうどうしようもなくて―――泣いた。
絶対に泣かないって決めていたのに。男だから泣くのは弱い証拠だってセイと約束したのに。
もう、ダメだ……そう思ったとき、小さな、でもあったかい手がオレの頭を撫でていた。
そしたらビックリして涙が止まっていた。
それからあの子が教えてくれた。ある系統が得意なことは精霊に特別な加護を受けていると言うこと。だから最初から上位のものも使うことができる。まあ、コントロールの練習は必須らしいけど。
剣と勉強の両立も褒めてくれた。
それに、父さんも母さんもオレのこと色々と考えてくれてたこと。嫌われてなかったんだ。安堵してふっと力が抜けた。そこへ「大好きですよ」って!?ドキッとした。
あぁ……父さんと母さんね。残念。
ん?なんでオレ、残念だと思ったんだ? まあ、良いか。うん、認めてもらえるように頑張ろう!
彼女なら愛称で呼び合いたいなと提案したら満面の笑顔で答えてくれた。
うわっ!なんだこの笑顔! か、かわいい!! 思わずオレもつられて笑顔になる。ずっと見ていたい。だから約束しておこう。だけど……
ルゥには敵わない。「見てて」って言ったら「家に帰らないと」の返事だし、急に甘いものの話になるし。でも一生懸命だから見てて飽きないんだけど………。
オトモダチ…お友達か、うん。嬉しいんだけど、なんかモヤモヤする。
***************
あの後、ルゥが作ったっていうゼリーというお菓子をみんなで食べて――めちゃくちゃ旨かった!母さんがまた食べたいってお願いしてたからまた会えるかな――帰宅した後、父さんと母さんと色々話が出来た。
ルゥのおかげでまた父さんと母さんとギクシャクしないで話せるようになったし、目標も出来た。
――父さんとメルローズ団長が発表した『特化級魔術師』。
オレはそれを目指すことにした。いずれはそれも近衛師団に組み込むらしいからそれになってセイロンの手伝いをするのも良いかなって思うようになった。
オレ、ルゥにもらった希望を胸に頑張るから。
隣で見てて―――
おまけ。
〔その夜のスタッセン家族の会話〕
夕食の後に突然母さんが言った。
「で、ルゥちゃんに告白はしたの?」
「か、母さん!?」
「可愛いわよね~ルゥちゃん♪娘に欲しいわ~。ね、あなた」
「そうだね。でも、ディンが相応しいかどうか」
「そうね。今からでも競争率高そうだし。ディン、頑張りなさい!」
「イヤ、ちょ、チョット待って母さん!」
「あら、ルゥちゃん好きじゃないの?」
「好きだけど…ってそうじゃなくて!」
「ダメよ、ディンたら。ウヴァみたいに口下手なんだから、ちゃんと言わないと」
「はい?」
「ジャスミン!?」
「この人ね、いつもは毒舌なのに私を口説くのには全然言葉がでないのよ?」
「と、父さん……?」
「……ジャスミン、ちょっとあっちで話し合おうか」
「あら、嫌だ。照れてるわ、この人」
可愛いわ、こういうトコにお母さん絆されちゃって♪
なんて言う母さんにオレも父さんも勝てないと思った日でもあった。
お粗末。