32 ―〔過去〕―
私は地球の日本に生まれた日本人でした。
ごく普通の家庭に生まれ、普通に生きてきたと思います。
ただ、恋をしたことがないと言うことは普通なのか普通でないのかが判断できないところですが。
したことがない。というのは語弊があるでしょうか。
なんと言うか…男性を好きかもと思ってもそれが特別な感情にならなかったのです。
テレビの中の俳優が“格好いい”とか“好き”と同じレベルと言われましたね。
受け身な性格なのもあったのでしょう。お付き合いというものをしても分からなくて動けなかった。
彼が心移りをしても悲しいのか分からなくて戸惑いしかなくて。
傍から見たら酷い人かもしれませんね。
サエちゃんは小さなころのトラウマと言っていましたが……。
サエちゃんは私の幼馴染兼親友。母達が仲良し姉妹で高校まで同じ家に住んでいた。小学校の時に引っ越しをした時も一緒。
私の恋愛感情が希薄になったのは小学校の時に半年間眠っていたことに関係するらしいです。残念ながらその記憶はありません。トラウマとして残っているらしい……私としては特に不自由していないから良いのだけれど、サエちゃんはどうにか変えたいと思っていたみたい。
サエちゃんは私に恋愛するべし!と恋愛小説を薦めたり、彼氏くんとのラブラブっぷりを語ってくれたりと愛情を知るのには子供からが一番!と絵本の仕事に気付かせてくれたりと色々と心を砕いてくれていた。
事は思いのほか楽しくて、サエちゃんがシマッタ!と言ってたのは気にしないでいますけど。
私のお菓子が好きで、たまに一緒に作るのに好きなシュークリームだけは絶対に失敗が嫌で作らなかった。
ずっと私といてくれた、私が感謝を返しきれなかった親友。
あぁ、あれが最後だったんだな。
あの日――
******
「ねえ、サエちゃん。本当にコレやらなきゃダメ?」
私がそう指さしたのは大事な用があるからと仕事終わりに彼女の家に呼び出され、慌てて行った私に従姉妹兼親友であるサエちゃんが押し付けたモノ。
所謂『乙女ゲーム』という私が絶対にプレイしないゲームである。
「うん、あたしの一番のオススメ。絶対にプレイして&逐一報告すること!免疫つけなきゃよ」
「ちょっと待って! 私こういうの無理!!シュミレーション系?は全滅って知ってるよね!?」
「ふふふ~今はね、アドベンチャー系なのだよ、君!」
「サエちゃん……テンション高いよ。大丈夫?」
「大丈夫、だいじょぶ! それに最近は攻略サイトもあるからそれ見てコンプして。愛を囁かれなさい」
「愛って……。だ~か~ら~!私は一昔前のRPGか後はパズルぐらしか出来ないの知ってるでしょう?それにここ何年もゲームしてないし」
「平気だって。この作品はRPGっぽいとこもあるのよ。しかもあんたの好きな『魔法』も『精霊』もでてるし」
「うっ!」
「極めつけは紅茶好きの貴女に朗報!キャラの名前が紅茶由来♪カッコよくて可愛い子多いよ」
「えっ?あ、でっでもでも…」
ほらほら三点セットよ~しかも今ならゲーム機とセットよとニヤニヤというサエちゃんに押されつつも迷う私に彼女は急に真面目な表情にかえた。
「いいからやんなさい。いつまでこのままでいるつもり!?」
「……サエちゃん」
「あんたまたダメだったんでしょ?って今回は向こうが二股かけてたから悪いんだけどさ」
明らかにさっきとは違うトーンになったサエちゃんに『あぁ、そういう事か』と納得する。
「ううん、きっとまた私がいけなかったんだと思う」
「違う……ごめん、言い過ぎた」
「私こそごめん、いつもサエちゃんに気遣ってもらってばっかりで」
「いや、まあ…好きでやってるよ?」
「へへ、ありがと。今回は記憶失え~~~って言われなかったし」
「ってあんた!結構根に持ってるでしょ!?もう忘れてよ!小5でしょ!」
「根に持つというか…忘れられないよ。だって『トラウマも記憶でしょ?克服する方法見つけたの!記憶を失ってみようか!!』って言って金槌見せられた時は、あ。私ダメかもって思ったもん」
「あ~~~も~~~イヤーーー!忘れてよ~」
「あはは! あの時のサエちゃんすごかったんだから。……じゃ、借りてくね」
「へ?」
「そこまでサエちゃんのオススメなら頑張ってみる」
「いいの?」
「うん」
「途中で嫌になったからって壊さないでよ?」
「あはは、しないよ。サエちゃんがこういうゲーム大好きなの知ってますから!でも、ゲーム機ごとで良いの?」
「私を舐めてもらっては困るよ!予備があと2台ありますから!」
「………」
「そんな目で見ないで!しょうがないじゃない、限定版の欲しかったのよ」
「うん、まあそうだろうと思った」
お互いに笑っていつもに戻る。
本当にごめんね、サエちゃん。私にもどうしたら良いのか分からないんだ。
物が壊れて戻らないように心も元には戻らないのかもしれない。
でもありがとね。
「じゃ、帰るよ」
「遅いから泊まってけば?」
「大丈夫、近しいし」
「そう?じゃ、気を付けて~」
「うん、ありがと。またね」
それが最後の挨拶になるとは思わなかった。
―――その後の記憶は曖昧。
子供 なんでこんな時間に?
車 光 朱 闇
あぁ、サエちゃんごめん―――
だからわたしは手を伸ばして――――――
気づいたら白い靄の空間に浮かんでいた。夢なのかそれともこれが死後の世界なのか判断がつかないけれど、こうやって考えることが出来るんだな~と思う。
眠いような眠くないような曖昧な感覚で水にたゆたうようなふわふわという感覚を味わっていると鈴の音という形容詞が当てはまる澄んだ女性の声が頭の中に響いた。
《気分はいかが?》
「えーと、不思議な感覚です」
《面白いこと言うのね》
くすくすと笑う声も綺麗だなぁと思っていると《ありがとう》と聞こえてビックリです。
《ごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったのだけれど。わたしには普通の感覚なの》
「そうですか。質問してもいいですか?」
《切り替えが早いのね。わたしもびっくりだわ。どうぞ質問してくださいな》
「ありがとうございます。私は死んでいますか?」
《……。そんな質問が来るとは思わなかったわ。ここはどこ?または私はどういった存在かとか》
「あ、そういえばそうですね。すみません」
《ああっ、謝らないで! そうじゃないのよ》
私が慌てて謝罪すると今度は声の女性が慌てたような声を上げたのに思わず笑いが出ました。
「そうなんですか?えーと」
《私はそうね……監視者ってところかしら。好きに呼んでもらって良いわ》
「監視者……じゃあ、“ステラ”って呼んでも良いですか?」
《素敵な響きね、ありがとう》
「いえ」
喜んでもらえたみたいで良かった。監視→監視衛星→星→スターじゃかわいそう→じゃあステラっていう連想ゲームは黙っていたほうが良いかな?
《聞こえてるわよ?》
そうでした。ごめんなさい。
《ふふ。気にしないで。質問の答えだけれど貴女は亡くなっています。ここは魂が一時休める狭間の空間よ》
「……そうですか。もう一つ、あのお子さんは助かりましたか?」
《えぇ、貴女のおかげで。そのことで貴女に申し訳ないことしたわ》
「なぜですか?」
《本来の理を崩してしまった余波を貴女が受けてしまったの》
「私が何かしてしまったのでしょうか……」
《違うわ。貴女は何もしていないし助かるはずだった。しいていえば多重世界の意識の干渉とヒトの意志の無意識の余波と言うべきかしら》
「む、難しそうですね」
私からは姿が見えないけれど、私が唖然としているのが分かるのか要約してくれました。
と言っても理解しにくいところはそうなんだなぁーと思っておきました。容量少ないのですよ、私の頭は。
世界には階層があり通常なら階層が干渉することはないのだが、ヒトが何かを成し遂げようとするエネルギーというものは稀に溢れてしまうことがあるそう。その溜まった力の揺らぎが通常では考えられないほどの波を生み出してしまい、どうやら本来不干渉であるはずの階層の歪みを引き起こし崩壊しかけるところだったらしい。
崩壊を防ぐため、彼女のような階層ごとの監視者のような存在が慌てて対処したそうだが全てを消すことが出来ずにその余波というようなものが各階層ででたということ。
彼女の担当している階層の多重世界の割り当ての中の余波の一つと言うのが私の死ということだそうです。
「……どうにもスケールが大きくて」
《そうよね…。それで、わたし達の間でなにか救済みたいなことが一部出来ないかってことになって》
私のしんみりした気持ちを晴らそうとしたのか、彼女が明るく言ったことがこれから私をどうしたら良いのか解らない状態へと落としていくのでした。
《貴女が最後に持っていたゲームの世界と同じような世界があるからそこにご招待するわね♪》
「えっ! ゲーム?」
《そう♪ わたしの同僚と言うか……同じような存在がね、今回の事例で余波を受けてしまった人々がして欲しいことが今と違う世界、異世界って感じかしら?その物語やゲームのような世界に行きたいって。そこで、その人達が大切に思っている世界と似たようなところに祝福付きで送ろうってことになったの。だから貴女もそこにちゃんと送ってあげるからね!》
「ちょ、ちょっと待ってください!私の持っていたゲームって……」
《うん、えっと…なんだっけ……そうそう、乙女ゲームって言うのかな?それよ。だって大事に抱えていたでしょう?》
「いや、それは親友に借りたというか押し付けられたというか……私のでは無くてですね!」
《大切にって気持ちが溢れていたし、そこに設定して欲しいって……》
「え?設定って?今から変更は出来ないんですか?」
《………。無理なの。それに……いえ、もうすぐ送る時間なの……》
ごめんなさいとあの鈴の音の声で謝る彼女に何も言えなくなる。
この原因は彼女のせいじゃないと分かっている。だから私は親友に返せなかった事を彼女にしてみる。
「大丈夫。ありがとうステラ。私はその世界に行くよ」
《えっ……。良いの?》
その言葉に彼女はハッと謝る声を止め、私に聞く。
だって、確か魔法もあるんでしょ?となるべく嬉しそうに聞こえるように尋ねると彼女もそう!と無理やりっぽいけど明るい声で肯定をくれた。
「祝福って魔法が使えるようになるの?」
「それは元々だからプラスしてね。あと一つは精霊を見えるようにしておくけど、コレは練習してね」
とふふっと答えてくれる。
「なんか豪華ですね、チートってヤツかな?」
「そうかしら?ただ、新しい貴女に負担がかからないように少しづつになるわ。記憶も」
「それに関して私は何も言えませんが……」
「ふふ、そうね。それにこれは……いえ、今は言わないでおくわ」
「え?」
「それと、素敵な名前を付けてくれたお礼に私からプレゼント。一回だけ私を呼べるおまじない。私は貴女に幸せなって欲しいと言う想いを預かっているの。だからどうしても苦しくてどうにもならない時にこう言って“界の狭間希う”と」
私が頷くと、白い靄が段々光に変わっていきます。あぁ、もう時間がないという彼女にもう一度ありがとうと伝える。
どうなるか分からないけれど、それならそれで楽しめるように頑張ろうと思う。
ねえ、サエちゃん。この世界なら解るかな? 私、ちょっと頑張ってみようと思う。
本当に感謝してるよ。私の最後の時まで。
いつも読んでくださってありがとうございます。