30 ―将来のこと―
休みの月も後半に差し掛かり、もうすぐ新しい一年の始まる 冬の時期になります。
『剣術大会』が終わってからお父様やアル姉様が危惧した事件などは起こることはなく平穏な……あ、一つだけありました。サミィお姉様――セイ様のお姉様のアッサム王女殿下が一度お見えになりました。
確かその日は……ニールと一緒に朝から勉強をしていて、午前中の休憩を中庭で取っていた時にセイ様とディン様が切羽詰ったように現れて―――
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「ルゥ、無事!?」
「間に合った!」
「セイ様? ディン様? 急にどうしたのですか?」
キィに給仕をしてもらってニールと勉強の合間の休憩をしていた時、急に中庭のドアがバンっと開き、セイ様とディン様が慌てた様子で入ってきました。尋常ではない様子に私もニールも何かあったのかと不安になりますが、さすがキームンは冷静に対処してくれます。
「お二方、何を焦っておいでか分かりませんが、いくら王族と公爵子息の方と言ってもこれはマナー違反ではございませんか?」
「マナー違反は分かっている。謝罪はいくらでもする。でも、時間がないんだ!!」
ルゥが危ないんだ!といつもは冷静で声を荒げることのないセイ様が切羽詰ったように焦っています。
「本当なんだ、キームン!ルゥを隠せ!!」
はやくっ!と叫ぶディン様も焦ってドアの方をチラチラ見ながら私の手を取り、椅子から立たせます。
本当に何が起こっているのでしょうか?我が家は襲撃されてもお父様の結界に守られていますし、特にこの中庭は安全なはずです。
「落ち着いてください、殿下、ディンブラ様!理由が分からなければ私も対処ができません」
「セイロン様、ディン様。姉様が危ないの?」
「そうだ、早くしないと本当に不味い……。キームン、理由は後で説明するから。ルゥ、私と一緒に逃げて」
「セイ様?」
セイ様はディン様の手から私を引っ張って中庭の奥の方、木々の茂っている方向へと足を向けます。
「早く逃げないと!追いつかれたら……「み~つけった♪」」
「やっぱり、ここねぇ」
「ぎゃー!きたーー!」
セイ様の声に被さるように聞こえた鈴のなるような声とアル姉様の声。その声にディン様は大絶叫。
アル姉様?と振り向けば、あの時に短くなった榛色の髪をピンで留めた中性的な美人の珍しく男性物のフロックコートを着たアル姉様と、ワインレッドのアフタヌーンドレスを着たストレートの銀髪を結わず背中に流し、少しつり目な薔薇色の瞳を細めたちょっとキツめな美人さんがいました。
どことなくセイ様に似ているような気が……。
「あ、姉上……どうしてここに?」
「だって、セイロンったらルフナちゃんに会わせてくれないのだもの」
「当たり前です!姉上がルゥに会ったらルゥが減る」
減る!?どういう意味ですか!セイ様!!
「けち~、もういいわよ」
「姉上?」
「ルフナちゃんに選んでもらいましょう」
訝しげな表情のセイ様に対してセイ様のお姉様は不敵に笑います。この方はセイ様の……もしかして!!
「アッサム王女殿下ですか?」
「えぇそうよ。初めましてルフナちゃん♪ 私、貴女のファンなのよ」
優雅に微笑むアッサム王女殿下は何時の間にか私の手を取って目の前にいらっしゃいました。美人さんに見つめられてドキドキします!
「お初にお目にかかります。リシーハット・メルローズ侯爵が長女、ルフナと申します。お会いできて光栄です」
「まあ、ありがとう。私はアッサム・プリミアス・ラバーズリープ。サミィお姉様って呼んで頂戴ね」
……王妃様が見えました。
「アルから聞いていると思うけれど。私、ルフナちゃんのお菓子が大好きで」
「ありがとうございます!…あの、もし宜しければ今あるものですが、食べていかれますか?」
「まあ嬉しい♪ご迷惑でなければ食べたいわ」
「ぜひ!あ、あのお礼のお菓子はちゃんと別に作ります」
「うふふ、楽しみにしてるわ」
「お嬢様、サロンの方にご用意しておきます」
「ありがとう、キィ」
「姉様!僕もお手伝いしても良いですか?」
「えぇ、もちろん」
ニールもサミィお姉様と挨拶を交わして一緒にサロンへ向かいました。
……サロンに着いた時、慌てて中庭に戻ったことは言うまでもありません。
セイ様、ディン様、アル姉様!ごめんなさい~
*********
――ルフナたちが去った中庭では
「置いて行かれた……アル兄のせいだー」
「うふふ、忘れらたわねぇ。殿下?」
「ルゥ……」
「なあ、セイ。やっぱりサミィ姉から逃げるのなんて無謀だったんじゃ……」
「なに、あなた達。サミィから逃げるつもりだったの?」
ばかねと笑うアールグレイに何も言えないセイロンとディンブラ。
「まぁ、ワザと時間をつぶしてからここに来るサミィもサミィだけど」
「はい?」「はぁ!?」
「あの子、あなた達が慌ててるのを見てたのよ。悪趣味よね」
「え~っと、アル兄?それって……」
「手のひらの上ってこと」
「「あぁー!」」
そんな出来事がありました――
*********
光栄なことにサミィお姉様のお友達になりました♪
サミィお姉様はあの後、私のお菓子を受け取るとまた他の国へと旅立って行かれました。帰国された際はまたお話しできると言う事で楽しみです~
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ふと、サミィお姉様との出会いを思い出して楽しかったなぁと、ふふっと笑いが零れます。
「どうしたの、ルゥ。急に笑って。この歴史書に面白いところでもあった?」
「いえ、この間のサミィお姉様がいらしたときの事を思い出しまして」
私がそう言うとちょっとげんなりした様子のセイ様。アル姉様と一緒にいる時のディン様とちょっと似ています。
「あーうん。あの時は姉上がごめん」
「そんな事ないです。とても楽しかったです」
「そう言ってもらえると、心が軽くなるよ……」
苦笑いのセイ様に珍しくディン様がニヤリ笑います。
「サミィ姉とアル兄が組んだら最恐だもんなー、頑張れセイ!」
「そうだね…でも大丈夫だよ、ディン。キミは確実に巻き込まれるよ」
「うげっ!」
姉上が結構気に入っているからと微笑むセイ様にディン様はタジタジ。
「ディン様の負け?」
「ニルギリ~!」
追加のニールの一言でディン様が立ち上がりニールと追いかけっこを始めていまいます。そんなに大きな部屋ではないので気を付けてくださいねー。
二人のやり取りを笑いながら見ていると、セイ様が私に「やっとちゃんと笑ったね」と微笑みます。
「私、笑っていましたよ?」
「笑顔だったけれど、さっきまでは“心此処にあらず”だったかな。」
セイ様の言葉に驚きます。ちゃんと隠せていると思っていたのに。
「そうだよ姉様。最近、変だもの」
「どした?悩んでるのか?」
いつの間にか追いかけっこを止めて戻ってきたニールとディン様にも心配されてしまいました。
「キィは何も言わなかったのに……」
「キームンは気づいているけれど何も言わなかったみたいだね」
ね、そうでしょとセイ様がキィに確認すれば肯定の頷きです。
「はい。お嬢様が隠されているようでしたので」
にっこりと笑うキィ。ちょっと意地悪です。
「それで、ルゥは何を悩んでいるの?」
もしかして、中庭?と問われれば顔を横に振って否定します。……いえ、理由の一部でしょうか。
セイ様の言った中庭には今、真ん中に大きな水溜りが出来ています。何故かと申しますと、私が考え事をして魔力制御に失敗して穴を空け、しかも気が動転したために水を溜めてしまったのです……。
そのために中庭は使用不可の上、本来ならば今日はお母様と一緒に医療部に行って適性の確認でしたのに……コントロールが未熟と言う事で延期になりました。くすん。なので、今日は皆様と歴史のお勉強なのです。
「将来のことを考えていまして」
「将来?」
「どういう事だ?」
「姉様?」
「……」
「皆様、将来のために一生懸命勉強などをしています。すごいなぁって」
セイ様は王族として、国民のための事やサミィお姉様を支えると言っていました。勉強量も比べることもできないくらい多いのに、それを全て終わらせて自身でも調べ物をしたりしています。
ディン様は特化魔術師になると以前言っていましたし、今もそれに向けて努力していると思います。アル姉様も褒めていました。秘密ですケド。
ニールはこの中で一番年下のはずなのに知識量はセイ様に迫るくらい。私も教えてもらう事が多くて……。お父様も頼りにしていて。ん?それは良いのかな??
キィは……こっそり勉強をしていますよね。この前、材料が足りない!と事件になりかけたのは夜中にキィのお菓子の自主練習でしたもの。キィは久々に慌ててましたね。でも、色々としているのでどこを目指しているのか……。
「そんな事ないとは思うけど……ルゥは将来ってどう思うの?」
「将来……」
セイ様にそう聞かれて考えます。将来、未来、大人……難しい。
悩んでいるとパチッと頭に浮かぶ〔記憶の想い〕たち
――成し遂げる事 辛くて 苦しくて 嫌になる
でも 誰かの笑顔 それが嬉しくて 私も――
「……笑顔」
「笑顔?」
「えーと、上手く説明出来なのですが。笑顔にしたいなって」
「姉様が“笑顔でいる”じゃないの?」
「そうね、出来れば私が笑顔にしたいな。みんなを」
「お嬢様らしいと言いますか、素敵ですね」
「ありがとう、キィ」
「そっか~、それがルゥの“目標”か」
「“目標”ですか?」
「そうそう!目標あると今まで以上に頑張れるからな~」
実際、オレがそうだしとニカっと笑うディン様は私の目標をすぐに叶えてしまいそう。
「ディン様ずるい」
「え!?なんで!この状況でなんで!?」
「だってディン様、私を笑顔にしてまうのですもの」
「そうだよ、ディン。ルゥの目標をとってはダメだよ」
「ディン様、ダメ!」
「そうですね、いけませんね」
「オレが何したーーー!」
ディン様の絶叫で追いかけっこが始まって――私はキィに抱えてもらいましたけど――あまりの騒がしさにお母様の雷が落ちたことは言うまでもありません。
1時間に亘るお説教の後は罰?ということで中庭のお掃除です。セイ様とディン様も?という疑問はどうやらお母様方の間で、何か悪いことをしたら怒って良いという同盟が結ばれていたそうです。こういうのも家族ぐるみの付き合いというのでしょうか?暖かくて嬉しいですね。
魔術禁止なのでちゃんと箒で掃いてのお掃除と花壇の草むしりです。
不公平にならないように全員で同じ作業。手袋装着で先に草むしりです。
ぷちぷちと育てている草花の成長の妨げになる草を抜いていきます。何故か全員無言で……という事はしびれを切らす――
「だー!なんで全員無言なの!? わざと!?」
「やっぱりディンは我慢できなかったね~」
「セイ! お前かー!!」
またディン様とセイ様は追いかけっこ。元気ですねー。今度はなるべく早く戻ってきてくださいね~。
そうなのです。草むしりを始める前にセイ様がディン様以外の私達に耳打ちして、ディン様がどこまで無言に耐えられるかという事を実験してみようと。……ごめんなさい。でも笑いを堪えるの、大変だったのですよ?
ニールがワクワクしながらキィに聞いています。
「キームン、何分だった?」
「えー、12分ですね」
キィに時間を聞いたニールはお二人の方へ走って行きました。
「……これはどう判断するのでしょう」
「さぁ、殿下に聞いてみない事には……」
3人の方へ視線を向ければ「12分ですー」「微妙だね」「どういう事だー」「良くできました?」「ゆるさん!!」「逃げるよ、ニルギリ!」「はい!セイロン様!」「お前らーーー!」
お掃除、終わるかなぁ……。
何とか無事(?)に草むしりも掃除も終わって休憩中。
キィの一言でセイ様もディン様もニールも急にすごい勢いで終わらせてしまいました。どんな魔法の言葉だろうとキィに聞いても何と言ったのか教えてくれませんでした。ヒントは私には効かない。全然分かりません!気になるー
今日のおやつは焼き立てのショコラスフレ。なかにベリーを入れた私のお気に入り♪
はふはふと食べながら先程の話を思い出します。
「そういえば、皆様の“目標”ってなんですか?」
私の目標の話だけで終わってしまってちょっと気になっていたのです。
「オレは『特化魔術師』で一番になること!アル兄を超えてやる!!」
まあ、他にもあるけどまずはそれかな~というディン様はキラキラしているようです。私もディン様のように笑顔にできる事を探さないと!
「僕は……父様みたいになりたいな。強くて優しくて…守れる人になりたい」
そう言って私に向かってにっこりと笑うニールの言う『父様』と言うのは2人なのでしょう。強くなったのだなぁと嬉しい反面、お姉ちゃんは寂しくなったりと複雑な気分です。お父様が聞いたら泣いちゃいますね。
「私は……そうだね、妥協しない事かな」
「妥協しない、ですか?」
「うん、諦めたくなと言うか……自分で決めた以上のことをするって感じかな」
セイ様の向上心はあのサミィお姉様がいるからなのでしょうか?とっても素敵です!
「……」
「キィ?キィの目標はなんですか?」
「私の目標は……お嬢様をお守りすることですね」
…それは目標でしょうか?と、じーっと見ていると「あぁ、でも」と何か思いついたキィがイイ笑顔になります。おや?
「アールグレイ様には一泡吹かせたいです」
「おー賛成!オレもやる」
「そうだね、負けたままじゃ。ね」
「僕も一緒に頑張るー」
あれ? 何か変な方向に?
でも、みんな笑顔なら良いですよね♪
いつも読んでいただきありがとうございます!
これで2章は終わりです。