29 ―剣術大会― 後編
とうとう始まったエキシビションマッチ。
魔術師団上級職のクロムグリーンのローブを纏った肩までの髪の長さのアル姉様といつもの黒の練習服を着たキィが10mほど離れて相対しているのが見えます。その中間の位置にいるのはお父様。
いつもの微笑みのアル姉様に対してキィはどことなくお怒りモードみたいです。
別に勝敗を決める試合ではないのに、どちらにも負けて欲しくないと言う不思議な気持ちがあふれてきて変な顔になっていたのでしょうか、左隣に座るニールに「姉様、かなしい?」と心配されてしまいました。
大丈夫よと安心させるように笑顔を作れば、ニールは「キームンは強いから大丈夫!」とニコッと笑ってくれます。そうねと笑って右に視線を向ければ、右隣に座るセイ様はソファの肘掛けに座るディン様とどうなるかと予想しているみたいです。
所々に聞こえる「アクマ」とか「陰険」とか「腹黒」って何のこと言っているのでしょうか?何か暗号でしょうか??
「姉様、始まったよ!」
と言うニールの言葉で下を見ます。
先に仕掛けたのはキィで得意の土で地面に干渉してアル姉様の足を止めようとしますが、アル姉様は先程のセイ様のように空中へ舞いそのまま上空に留まります。
今度はアル姉様が青白い光の玉を5、6個生み出してキィ目掛けて落とします。キィは風で軌道をずらしたりしながら全て避けていきますが、地面に光の玉がぶつかると砂埃が舞い辺りを見えなくしてしまいました。
キィは大丈夫なのかと立ち上がろうとするとニールが「大丈夫だよ、姉様。ほら見て」と上空を指します。その方向へ視線を向ければ上着の裾をはためかせたキィの姿。ホッと息を吐くとセイ様が落ち着いてというようにぽんぽんと私の手を優しくたたきます。
「うわ~アル兄、えげつない……」
「キームンなら避けられると思って魔術を放ってるとは思うけど……」
「いや、どうだろ。あの表情のアル兄は楽しんでるから、容赦ないと思うぞ」
ディン様とセイ様の話の最中も魔術が咲き乱れ、たまに体術で戦う姿も見られます。
キィもアル姉様も大丈夫でしょうか……怪我をしてしまったらと思うと血の気が引いていくようです。
「あの、姉様。アル様はどうして髪を切ってしまわれたのでしょう?」
私の不安を感じ取ったニールが少し大きな声で話題転換をしてくれます。ごめんね、ニール。ありがとう。
「それはね。さっき聞いたのだけれど、切る機会があったらしいの。それでこれがアル姉様の髪なのよ」
綺麗でしょうと顔の横にあった髪の毛を撫でるようにニールに言えばビックリした顔。
「え、これってアル様のなの?」と興味深げに触ったり持ち上げて日の光に透かしてみたり。ニールの行動に癒されていると、私の右手を覆っていたセイ様の手がピクッと動きました。なんだろうと右を向けば引きつった顔のセイ様とディン様。
「……これってアールグレイの髪なの?」
若干震えているような声のセイ様に頷いて「はい」と肯定すると、「理由は分かるけど…どうして?」とか「姉上が……」とか「まさか?」などとぶつぶつと独り言を言っています。どうしたのでしょうか?
「だぁーーー!アル兄やっぱムカつくー!キームンやっちまえーー!」
とバルコニーから乗り出す勢いで柵に掴まり、大声で叫ぶディン様に驚きます。するとニールもその横に立って「キームン、いけー」と叫びます!?
ディン様とニールの行動に困惑状態になりセイ様に助けを求めようと横を見ると笑顔なのに目が笑っていないセイ様が「キームンに勝ってもらわないとね」と一言。あれー?アル姉様の応援は無しですか?
突如、轟音と砂煙が立ち上がりキィとアル姉様の姿が見えなくなりました。私も慌てて柵に掴まって――乗り出し過ぎて「「ルゥ!!」」とセイ様とディン様に助けて貰うという一場面もありましたが――二人を探します。
徐々に晴れていく砂煙の中に動かない二人のシルエットが見えました。待ちきれなくなったお父様が砂煙を納めてしまうとそこには“動かない”ではなく“動けない”状態の二人が向かい合っていました。
キィは氷の刃に四方を覆われて。アル姉様はキィの突き出した腕に絡みついて伸びている土の刃に喉元の手前を抑えられていました。
「この試合、引き分けとする!」
お父様の言葉で割れんばかりの拍手と歓声が響きます。
崩れゆく氷と土の欠片の中から、大きな怪我はなさそうな二人の姿に安堵してホッとしました。気付くかな?と手を振ってみたらキィもアル姉様もこちらを向いてくれたような気がして嬉しかったです♪
その後の表彰式でまさかの花束贈呈をすることになってしまって……お父様に渡したときに抱き上げられてそのまま退場するとは思いませんでした。恥ずかしすぎますー。
お父様が優勝したと言う事で、魔術院でちょっとしたパーティが急遽決まって参加することになりました。今はウィッグも取って朝着てきたドレスに着替えています。あのウィッグは何かの時にと渡されそうになりましたが、何故かセイ様とディン様、ニールにキィとお父様まで反対してアル姉様にお返ししました。が、こっそり姉妹デートの時に使おうと約束しました~ 楽しみです!
がやがやとした雰囲気の中、子どもチームは部屋の隅の方でまとまります。とは言っても、セイ様、ディン様、ニール、キィ、アル姉様と私の6人ですが。
軽食やお菓子を食べて色々と試合の事や勉強のことなどを話して、セイ様とディン様とニールの3人だけの話題で話している時にアル姉様が私とキィを手招きして側に来るように合図します。
なんでしょう?とキィと顔を合わせてからアル姉様の近くに座り直します。
「さて、試合は引き分けになったので“約束”の一部を教えましょう」
「アールグレイ様?お嬢様に何故……」
「ルフナちゃんにも関係あるから聞いておいた方が良いわ」
「アル姉様?キィ?」
「団長はね、あの花祭りで存在が確認されたともいえる“エディアール”をもっと周知させようとしたのよ。そうすればルフナちゃんの危険を少なく出来るでしょう。まあ、ちょっと大掛かりになってしまったけどね」
「私の危険ですか?」
「そう、メルローズ夫妻の娘で殿下に公爵子息とも仲良しで。普通は手出しなんて考えないでしょうけど、万が一にね。もっとも私より弱いんじゃ意味がないけれど、貴方とならいい勝負が出来ると感じたし、結果は魔術師団3位の私と引き分けだし。イイ収穫だわ~」
とニッコリと笑うアル姉様。お父様がこんなに私のことを心配してくれていたなんて……目の奥が熱くなります。笑顔でお父様にお礼を言いたいのにダメそうです。
「そうですか。他の目的は探ることにいたしましょう」
「ふぅん、自信がありそうね」
「えぇ、負けてばかりというのは性分ではないので。それに…」
キィは私の前に跪いて手を取り「私はお嬢様だけの“エディアール”ですから」と言って立ち上がり、アル様の方に視線を向けて不敵に微笑みます。
「次は覚悟してくださいね」
「ふふ、上等。楽しみにしてるわ」
キィとアル姉様は宿命の相手なのですね!
「……ルフナちゃん、それはないわ」
「お嬢様、違います。やめてください……」
一気に脱力したアル姉様とキィ。あれ?違いました??
「ま、まあ。あとは私のお節介と言うか。同じ土俵で戦ってもらった方が面白いしね」
ハンデのある戦いを見るのはつまらないじゃない?といちはやく気を取り直して、くるりと周りを見回してニヤリと笑うアル姉様。私には何のことか分かりません。キィに聞こうと視線をアル姉様から移動するといつの間にか私の周りにセイ様とディン様とニールも勢揃い?
「アル兄ー、それって何のハンデ?オレには広がってる気がすんだけど!?」
「そうかしら?あんたの努力不足じゃないかしら」
「アル兄がいっっつもオレの邪魔するんじゃないかー!」
「そう?じゃあ、今度はフォローしてあげましょう」
「それはそれで何かコワイ」
「贅沢ねぇ」
うがーと怒り出すディン様をぺしぺしと頭を叩いてあしらうアル姉様。和みますねー。
「姉様、アル様とディン様は仲良しですね」
「そうね、姉弟みたい。私達と一緒かしら」
「僕は姉様ともっと仲良しになる!」
「負けないように頑張りましょうね、ニール!」
「はい、姉様。大好きですー」
「私も大好きよ」
抱き付いてくるニールを受け止め、ギュッと抱き返します。うちの義弟は優しい子でお姉ちゃんは泣きそうですよ。
「お嬢様、ニルギリ様。侯爵家ではないので、その辺で」というキィの忠告に慌ててニールと共に立ち上がれば一瞬の沈黙の後は皆様大笑い。恥ずかしい~
手で顔を覆う私にクスクス笑いながらアル姉様が近くに来てよしよしと慰めてくれます。
「今日、活躍してくれたルフナちゃんも私に質問していいわよ」
答えられることならね☆と、いつものウィンク付きのアル姉様。……アル姉様に聞きたいことですか。そうだ!
「アル姉様…。一度お聞きしてたかったことがあるのです。アル姉様は私もキィも好きと言ってくれますが、女性と男性ではどちらがお好きなんですか?」
「あら、その質問なの?いいわよ~答えちゃう。うふふ~それはねぇ~」
恐る恐る聞く私にニヤリと微笑んでから周りを見回します。セイ様とニール以外の男性陣が顔を引きつらせピシッと固まってしまいました。
その光景を満足げにみたアル姉様は「そうねぇ~どうしましょうか?」と一歩踏み出します。そのとたんにずさっと後退する皆様。
くすくすと笑い声がしたので隣を見ればセイ様が片手で口元を覆い耐え切れないように笑っています。私とニールは顔を見合わせて目をぱちくり。どうしたのでしょうか?
「セイ様?」
「ごめんごめん、もう面白くって」
あー苦しいとあははを声を上げて笑います。その光景にもアル姉様とお父様とお母様以外の皆様ビックリしています。もちろん私もビックリしました。
「殿下、酷いわね~まぁ、大々的に公表してないもの」
「上層部なら知っている事柄だから気にしていないんだろうね」
まあ、他にも理由はあるけどねと二人で目を合わせ笑っています。ちょっとニールと二人、おいてけぼりな気分です。
「アル姉様?セイ様?」
「あぁ、ごめんね。ルゥ、ニルギリ」
実はね、と内緒話をするように私の耳に手を添えて話すセイ様。……ちょっとムズムズしてくすぐったいと言いますかぞわぞわします~
「アールグレイの婚約者は姉上なんだ」
「あ、あの! えっと?ええ~!?」
「姉様?」
ビックリです!! アル姉様とあのアッサム王女殿下が未来の夫婦ですか!?いえ、アル姉様は男性ですから大丈夫ですが。……そうですよね?
「まぁ、うちの国は女性でも男性でも王位継承権はあるから、どうなるか分からないけど」
「どうぞ、未来の兄上?」
「あらそれは、どうしましょ」
「私はどちらでも。今は他に大切なこともありますし、王位を継がない方が動きやすいとも思っているので」
「あら、大胆ねぇ。サミィには言ってあるの?」
「否。でも姉上なら存じ上げているでしょうね」
「あの子なら…そうね。私も未来の妹を期待しましょう。頑張ってくださいね、殿下」
「ふふ、ありがとう」
……最近、周りで暗号の様な会話が増えてきて困ります。
いつも読んでいただきありがとうございます!
次回は明日の予定です。
よろしくお願いします
20150610
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