28 ―剣術大会― 前編
左上を見れば国王陛下、右上を見れば王妃様。
人々が下に見え、コロッセウムが良く見える特別席にレモンイエローのバルーンスカートのドレスを着て榛色の髪を花飾りのカチューシャで留めた装いで座っています。
えーと私は今なぜこんなところに、こんな格好でいるのでしょうか?
誰か説明をオネガイシマス……。
今日は『剣術大会』で、出場するセイ様とディン様とニール、それからエキシビションマッチにでるキィの応援にお母様と一緒に来ました。
始まる前に挨拶ができると言う事で案内された部屋にはセイ様、ディン様、ニール、キィとお父様がいました。お母様はお父様とお話を始めたので私は4人の方へ向かいます。
「おはようございます皆様、調子はいかがですか?」
「おはよう、ルゥ。君に逢えたから頑張れそうだ」
応援してくれる?とセイ様が私の右手を恭しく取り屈んで顔を近づけようとすると、その手に誰かの手が置かれます。そちらを見れば眉根を寄せたキィの姿。
「何をなさっておいでで?」
「挨拶だけど?…そうだ、ルゥ。お願いがあるんだ」
ルゥにしかできない事と言われ、いつも優しいセイ様のお役に立てるのならと思い、私で宜しければと了承のを返せばあの蕩けるような笑顔。表情を出さないように努力をしますが、いつまでも慣れない笑顔に顔が熱くなる気がします。
「これから勉強の一環で今みたいな礼の練習をしなくてはならなくてね、それをルゥにお手伝いをお願いしたいんだ」
どうかな?と問われればそれくらいならと思い、頷きます。
「殿下!」
「なにかな?キームン」
「どうしてそれをお嬢様に?」
「声に出さなければ分からない?」
何やらセイ様とキィの雰囲気が悪くなっているような……こんなの嫌です。一番上に乗っているキィの手に左手を乗せてキィを見上げます。
「キィ?あのね、私お手伝いしたいの」
「お嬢様……」
私に出来ることはしてみたいのと言えば渋々ながらも手をどかして一歩下がります。ごめんなさいと口を開こうとすれば唇に触れるか触れないくらいの場所に置かれるキィの人差し指。
「謝らないでください、お嬢様。貴女の望みならば私は何も言えません」
だから笑ってください。とふんわりと笑ってくれるキィに口角を上げて笑顔を返します。
――ごめんね、ありがとうの言葉を込めて――
「ルゥ」と呼ばれセイ様の方を向けば、「次に会った時からお願いするね、ありがとう」と右手にキスを落とされました。あれ?次からでは?ちょっと混乱しているとディン様が「オレもよろしく―」と便乗!?
それに慌てるのは何故かセイ様でディン様に詰め寄ります。
「ちょっと、ディン!」「いいじゃん、な!ルゥ」「え?は、はい?」「ほら、良いって」「今のは疑問形でしょう!」「じゃあ、僕もー」「ニール!?」「じゃあ、みんなで一緒にってことで」「ディーン!!」
控え室としては大きめですが、走り回るには小さい部屋で追いかけっこを始めてしまったディン様とセイ様とニール。げ、元気ですね。試合前に良いのでしょうか……?
でもその光景が嬉しくて面白くて段々と笑いが収まらなくなってしまいました。そんな私に驚いた表情の4人がまた面白くて。結局は4人も笑い出してお父様の時間を知らせる声でやっと止まりました。
やっぱり私はみんなの笑顔が大好きです!
「じゃ、頑張って来るかー」
ん~と伸びをするディン様はいつもの通り元気いっぱい。
「ルゥ、私を見ててね」
アル姉様の様にウィンクをするセイ様。
「姉様!僕、頑張るね」
頑張り屋さんのニールには頭をなでなで。うふふ可愛い。
「お嬢様、貴女のために」
キィ……セイ様に張り合っていませんか?
「皆様、応援しています!でも、怪我はしないでくださいね」
「おう!」「うん」「はい、姉様!」「仰せのままに」
「「「「行ってきます」」」」
「いってらっしゃいませ」
見送った後はお母様と家族席へ移動しました。
試合開始を待っているとお母様が呼ばれて行ってしまって……そうしたらアル姉様がいらして――
「あ、ルフナちゃんいたいた!」
探してたの~と軽やかに笑うアル姉様は今日も素敵です!アル姉様は初めて会った時と同じ魔術師団上級職のクロムグリーンのローブを着ています。でも今日は珍しくチロリアンハットを被っていて髪をその中に入れています。
「アル姉様?私に何か御用ですか?」
「この前言った“お役目があるからヨロシク”って言ったの覚えるカシラ?」
そう言えば、そんな事を言われたような……。でもなんでしょう?もうすぐ試合が始まってしまいますし、お母様も戻ってきていません。それに試合が見たいのです!!
そんな私の気持ちが分かったのかアル姉様はニッコリ微笑みます。
「うふふ、一番いい場所で見せてあげようと思って」
団長と奥様にはちゃんと許可を取ってあるわ♪と言われてしまっては何も言えません。
アル姉様と手を繋いで通路を進みます。2階ほど上がったところにある部屋の前に着くと「衣装替えをしましょう」と言って私を部屋の中へと促します。部屋に中にはたくさんの衣装と侍女さん達? 王宮で働く方々なのでしょうか、我が家よりみなさんキリッとしています。しかし、なぜか侍女さん達がそわそわしているようにも見えます――この様子はどこかで見たような気が――嫌な予感がするのは何故でしょう……。
「あの、アル姉様?この衣装ではダメなのですか?」
いつもよりは控えめな衣装なので個人的には動きやすくて良いのですが……そこでふと思い出します。お出かけの時には何故か張り切るお母様とセラが今日は静かだったことを。まさか!!
「この服も可愛らしけれど今日みたいな日にはもっと着飾らないと!王妃様に頼まれているのよ♪あ、ちゃ~んとこれも許可してもらってるから安心してね☆」
やっぱりーーー!素敵ですけど、今は星付きウィンクはいりません~
どうりでセラが「ずるいですー私もしたいですー」と言っていたのですね。なぜ“行きたい”のではなく“したい”だったのか今解けました!セラはルフナを着飾るの好きですよね~ってことはこれから着替えるのですか?それに依頼者が王妃様って……とっても嫌な予感しかしないのですが!?
「ま、まさかアル姉様?」
「なぁに?ちょっと時間がないから急いでね♪」
ちょっと席を外すけどすぐ戻って来るからその間にと侍女さん達に言付けてさっとドアの向こうへ消えてしまいました……。アル姉様ー。
「ルフナ様」と呼ばれ振り返ると、一番年長の侍女さんが私に向かってお母様の様に優しく微笑んでいます。……今の私には、どうしても捕食者の目に見えるのですが!
でもここで負けてはメルローズ家の恥!恐怖心を押しとどめて挨拶をしなければ!
「ルフナ・メルローズと申します」
カーテシーも多少は様になってきたでしょうか?最近はちょっとのぷるぷるで平気なりました。
しかし何か失敗してしまったのでしょうか、侍女さん達がざわざわとし始めてしまいました。完璧への道は遠いですね……。
そのうちパンパンと手を叩く音が聞こえ目線を上げると一番年長の侍女さんが年若い侍女さん達に注意を促します。
「まったく貴女達は…分かりますが、しゃんとなさい。申し訳ございません、ルフナ様。私たちにまでご丁寧にありがとうございます。私は王妃様付の侍女長のミントンと申します」
「は、はい。それであの……」
「重ね重ね申し訳ございませんが、お時間が迫っておりますので早速お支度をさせていただきます」
「え?え、あの!」
「さあ、みなさん始めますよ!」
「「「「はい!」」」」
えーーー!
もみくちゃにされたルフナです。こんにちは。ぐったりです。侍女さん達はイキイキしてます。
普段は選ばないレモンイエロードレス。バルーンスカートなので裾がふんわりと丸くなっていて歩くたびにふわふわとして楽しいです。そしてビックリなのが、鏡の中の私の髪は榛色。染めても魔術も使っていません。ウィッグなのです。ずれない為にでしょうか、頭の上には白と黄色の花飾りのついたカチューシャ。萌黄色のリボンが両脇から垂れています。
お化粧はチークと唇にちょこっと。化粧と言うものは魔法ではないのかと、いつも思います。
鏡の前で「おー、目が大きく見える!」と感動していると、「上出来♪」の言葉と共にアル姉様が戻ってきました。鏡越しに見えるアル姉様の肩までの髪を見て、今付けているウィッグと似ているな~なんて……ん?
アル姉様の髪が短い……!?
「あ、アル姉様…?もしかして、この髪って……」
「そうよ、私の。うん、似合うわ~可愛い♪」
「可愛いって!アル姉様の髪がーーー!」
「切っちゃった☆」
また星付きウィンクー!じゃなく、どうして切ってしまったのでしょう。あんなに綺麗で、アル姉様自身も大切にされていたと思うのですが。髪の短いアル姉様は本来の魅力と言いますか、中性的な美しさの中に男性らしさも見えて“アル姉様”と呼んで良いか分からなくなります。少し寂しいなと思っていると苦笑いのアル姉様が私の頬を優しく抓みます。
「そんな顔しないの、いい機会だから切っただけ。自分のために切ったものを有効活用しただけよ。だから気にしないで」
それに私はルフナちゃんにはアル姉様って呼んで欲しいわと微笑むアル姉様にじんわり涙が出そうになりますが、ここは頑張って耐えます!にこりと笑顔を向ければ満足そうにニヤリと笑うアル姉様。
「さ、時間がないから行くわよー」
と私の手を取るとアル姉様と私の足元に複雑な紋様の煌めく魔術紋様が浮かび上がります。眩しくて目を閉じると《転移》特有の浮遊感。光が収まり目を開ければ目の前にはアル姉様と陛下と王妃様!?
訳が分からず混乱の中の私の手をアル姉様は王妃様に渡して、「じゃ、頑張って来るわ。楽しんでね」と言ってまた《転移》で飛んで行ってしまいました……。
呆然と見送った私に王妃様と陛下は笑って、そのままの私を連れて分厚いカーテンの先へ連れて行きます。カーテンの先はバルコニー席で眼下にコロッセウム全体が見え、たくさんの人が観覧席にいるのが見えました。
闘技場の真ん中にはこの大会に出場する人々がこちらを見上げています。その中にセイ様もディン様もニールも見えますがキィとアル姉様の姿は見えません。
陛下の開始の宣誓で試合が始まり、席に座ったところで冒頭に戻ります……説明をオネガイシマスー!
若干涙目になりつつ王妃様を見上げれば「アールグレイは説明しなかったのね、まったくもう」と形の良い眉をひそめ、でも楽しそうに扇ごしに笑います。
王妃様の説明によると、“ルフナ・メルローズ”だけが贔屓されていないというデモンストレーションだそうです。それならば私が変装しなくても他のご令嬢のどなたかで良いのでは?と質問すれば、警備上の問題と王妃様が楽しみたいからだそうです。警備に関してはこのバルコニーには常に高出力の魔力の壁が展開していて、かなり魔力コントロールに慣れていないと魔力酔いを起こしてしまうとのこと。まぁ普通のご令嬢は私ほど魔術を習わないそうです。楽しいのに。数人いるその“令嬢であり魔術使用者であり耐えられる”という方は「試合したい!」という事で下にいます。おぉ、カッコイイお嬢様がちらほら。後は王妃様が楽しむためにとのことですが……えーと、何と言いますか。
王妃様はこの様な試合が大好きで少々(?)はしゃいでしまう為に普段のおっとりとした雰囲気との差を隠したいとのこと。その点、私ならばジャスミン様とはしゃいでいるのを見ているからという事で。喜ぶべきか悲しむべきか……。
そうしている間にも試合は進み、今はニールとディン様が試合をしています。ニールもディン様も3回戦を勝ち進んでの対決です。どちらも勝って欲しいし負けて欲しくないと言う複雑な気分で見守ります。
期待の新人と云われているだけあってニールは3回戦とも騎士様相手に魔術を使って奮闘していましたが、魔術も体術も使うディン様には敵わないようで、最初は範囲の大きな水属性の魔術でディン様の動きを止めていたようですが、さすが『特化級魔術師』のディン様。
ディン様の特化している属性は大人顔負けの威力の様で、ニールを押し始めたと思った瞬間にはもうディン様がニールを捕らえて試合終了になっていました。
悔しそうなニールでしたが、ディン様に何か言われたようで最後は笑顔で戻って行きました。
ニール、お疲れ様。
そのディン様ですが、次の試合はなんとお父様!
出るなんて言っていましたっけ?と首を捻りつつ試合を見れば……お父様は一歩も動かずディン様を翻弄して試合終了となりました。大人気なくありませんか、お父様?
地面に倒れこんでいたディン様ですが、お父様と試合が出来たことが嬉しかったようでばっと起き上がるとお父様になにか凄い勢いで話し込み、審判が呆れて注意するまで終わりませんでした。
一方セイ様も4回戦まで風の力で自由に舞いつつ相手を翻弄する戦い方でしたが、その次の試合で相性の良くない相手だったに当たったため、惜しくも負けてしまいした。残念です。
「あらあら、セイロンったら負けちゃったわ」
「でも、凄かったです!」
「うふふ。見直してもらえたのかしら」
「? セイ様はいつも素敵です」
「じゃあ、うちのむす……」「陛下」「うわっ!」「何をおっしゃろうと?」「イエナニモ」「そうですか」
……急にお父様が現れてビックリです。笑顔での会話なのに何かヒンヤリとした空気。
何故か遠いところを見ている陛下と笑顔のお父様。仲良し、ですよね?
でもお父様ここに来て大丈夫なのでしょうか?
「お父様?」
「やあルゥ。うん、可愛いよ」
「こんにちは、ルフナちゃん。その髪色も似合っているよ」
「ありがとうございます、お父様。……とウヴァ様?」
「何かあったのか、ウヴァ?」
「突然消えた貴方を連れに来たに決まっているでしょう、リシーハット」
さあ行きますよとお父様を引きずって!?いくウヴァ様。力持ちですねー。
引きずられていくお父様に手を振っておきましょう。それにしても何をしにお父様は来たのでしょうか?
決勝戦はお父様と近衛騎士団の副隊長さん。最近就任された若手のホープだそうですが、……お父様の圧勝でした。陛下の大人気ないなーという言葉にはちょっと同感です。
会場の整備の後にキィとアル姉様のエキシビションマッチです。う~ドキドキします!
試合の終わった3人も一緒に見られるという事で先程のバルコニーの隣の部屋へ移動。待っていると3人が部屋に入ってきて、固まりました。
「「「誰?」」」
あ、変装しているんでした!
「ルフナです。変装の事聞いていませんか?」
「聞いてはいたけど……一瞬じゃ分からなかった。声はルゥだし……確かめても良い?」
「はい?」
セイ様は近い距離で私の瞳を覗き込み「あ、ルゥの紫苑色の瞳だ。うん、本人」と言うと今度は首筋の髪を上げて元の髪の毛の色を確かめます。セイ様近い!と言うかくすぐったくてぞわぞわします~!「オレも見たい~」「僕も!」とディン様やニールまで参加し始めて私はパニック。え~ん。
涙目になったことに気付いてくれたセイ様がやっと解放してくれて一安心。ちょっとむくれていると「ごめんね」「ごめん!」「ごめんなさい」と謝ってくれたので……仕方がないので赦してあげましょう。
怒っていませんよとニッコリと笑うと3人ともホッとしたみたいです。今日は頑張ったので特別ですよ。
「お疲れ様でした。セイ様、ディン様、ニール。格好良かったです」
「ありがとう、ルゥ。でも全然ダメだった。まだまだだね」
セイ様は志が高いのですね、私も見習いたいです!
「ほんと悔しいー!でも、リシーハット団長と戦えたのは楽しかった~次はイイところまで行ってやる!」
ディン様はお父様と試合をしたがっていたので、終わった今でも活き活きしてます。
「姉様……僕、もっと強くなるから待っててね!」
ニールも頑張りました。こういう時は、なでなで。う~ん、ニールの髪の毛はふんわりとしていて気持ち良いのです。
そうしていると視線を感じ、目を向ければ羨ましそう?なディン様。
「いーなーニルギリ!ルゥ、オレも!!」
「え?何がですか?」
「オレも撫でて―」
頑張ったからご褒美欲しい!とソファに座ってキラキラした目で私を見上げます。……ワンコみたいに見えたのでディン様の頭をなでなで。わぁ!ディン様の髪はツンツンしてるから硬めかと思いきやフワフワです。
「これで良いですか?」
「うん!」
これがご褒美になるのかな?と思いつつもディン様が嬉しそうなので良いのでしょう。……視線が気になる。とそちらを向けば隣のソファに座ったセイ様をぱっちっと目が合いました。
「……良ければセイ様もしますか?」
「え?えーと……お願いしても良いの?」
滅多にない上目づかいのセイ様はニャンコさんみたいで……可愛いなぁとくすくす笑いながらセイ様の頭を撫でれば、ちょっと不服そうででもはにかんでいて余計に可愛いです。セイ様の髪は見た通りのままのイメージでサラサラ。
私の方がご褒美を貰った気分です♪
読んでいただきありがとうございます!
続きは明日です。よろしくお願いします!




