23 ―花祭り― 5
ディン様の説明によると私は料理にも“食べられる花”を使うのでそれの指示をするということでした。
どうやら、王妃様が皆様にお出しする料理にも花を加えたいという事で作業していたのですが、こちらで出すお菓子の方でトラブルがあり料理長さんが付きっきりなんだそう。そこで多少知識のある私に白羽の矢が立ったということらしいです。普通なら一侯爵令嬢でしかない私には分不相応なのですが、なぜか満場一致だったそうです。……まさか厨房に入った瞬間に『先生~』と言われるとは思いませんでした。
思わずディン様の後ろに隠れたのは当然の結果だと思います。コワカッタ。
大いなるプレッシャーの中、私はアル姉様が張ってくれた結界内で指示をだしています。このドレスのまま厨房に入るのは衛生面で許可できません。アル姉様は気配り上手です!
チューリップは一枚ずつにしてディップを乗せてそのまま食べられるように。デンファレ、ナスタチューム、パンジーはサラダのトッピングに使って…甘酸っぱいベゴニアはマリネに添えて等々。料理人さん達が手際よく作業してくれたので思ったより時間もかからず終わりました。
「カレンジュラは柑橘系の香りがするので、この料理に……これで最後です」
「終わったか~。お疲れ、ルゥ!」
私が指示している間のディン様は、アル姉様が結界維持のため留まっているので外とやり取りをするために走り回っていたそうです。横目で見ていましたが、真剣な表情でやり取りをするディン様とアル姉様は格好良かったです♪
「はい、何とかなって良かったです」
「ホント凄かったわ。ますますルフナちゃんが好きになっちゃうわ」
「ありがとうございます!私もアル姉様のこと好きですよ」
「あら嬉しい」
「あーーー!」
「ディン様?」
「ルゥ!早く終わったから案内したいところがあるんだ、行こう!」
「え?は、はい。皆様失礼いたしますー」
私の手を取ると慌てたように外へと連れ出します。ちゃんと挨拶できませんでした……。それにしてもディン様は歩くのが早くて付いていくのが大変です。いつもよりヒールがあるので走りにくい。このままじゃ転びそうですし何よりちょっと足が痛い。
「ディン様、も、少し、ゆっくりとでは、ダメ、ですか?」
「ごめん、ルゥ!あーダメだなオレ……」
私の言葉に止まってバツの悪そうな顔を向けるディン様。
「ディン様は悪くないですよ?私は歩くのが遅いので」
「いや、オレが悪い!」
「いえ、私です!」
「オレが!」
「ふふっ」「あははっ」
お互いに謝っていることがなんだが面白くて顔を見合わせて笑います。
「なんか、さっきから同じことしてるなー」
「そうですね、ディン様は悪くないので自信を持ってくださいね」
「あーうん。なんだかルゥには情けないトコばっか見られてる気がする」
「そんな事ないですよ?さっきも格好良かったです」
「さっき?」
「魔術具を使った時とか、お仕事してるのも」
「そ、そんなこと、ない」
片手で顔を覆っていますがまた真っ赤ですよ、ディン様。
「やっぱり体調が……っぅ」
「ルゥ?」
また手を伸ばしてディン様の額に触れようと背伸びをした瞬間、左足の踵に痛み――靴擦れしたようですね。心配する彼に微笑んで座るところがないか聞きます。
「それなら、近くにある。ちょうど見せたい場所だし」
ちょっとごめんな、と私に近づき横抱きに!?
「でぃ、ディン様!?危ないです!!」
「大丈夫、〈付加〉の力も使ってるし。それにルゥは軽いよ?」
「そうじゃなくて、それでもダメですよ!転んだらディン様が怪我しちゃう!!」
「ルゥは守るから、ほら掴まって」
歩き出してしまったディン様を止めることは叶わず、指示されたとおりに手を回して服に掴まります。キィにしてもらうのも恥ずかしいですが、それとまた違う恥ずかしさがあります。
そっとディン様を伺うと、キラキラ輝く日の光のような金髪と…まつ毛も結構長いのですね。キラキラです。猫のような琥珀の瞳も昔から変わらず意志の強そうな煌めきがあります。出会ってから1年も経っていないのに昔からなんて思うのはおこがましいですね。クスッと笑う私にディン様は不思議そうな顔を向けますがすぐに視線を前に戻します。ちょっと顔が朱いのはお互い様ですので今は何も言いませんよ。
ディン様の言う見せたい場所と言うのは小さな池と東屋のある場所でした。ディン様は東屋のベンチに私を降ろし、靴を外そうとします。流石にそれはダメですー!
「ディン様!一人で出来ます!!」
「え?手伝うよ」
「お願いですから」
も~恥ずかしすぎるんですよ!それにディン様を地面につかせてはいけません。泣きそうになりつつディン様を見上げればちょっと怯んで一歩後ろに下がり少し離れた場所に座って池の方へ顔を向けました。あれ?私怖かったですか……。違う意味で泣きそうですが先に治しましょう。
靴を脱げば案の定、腫れています。〈癒しの光〉をかけるとじわじわ治っていきます。お母様のように一瞬で治せるようになりたいですね。
腫れも引き痛みもなくなったところで一息つき、靴を履きなおして視線を上げれば頬杖をついて眩しいように私を見るディン様と目が合いました。
「ルゥはスゴイな、魔力が安定してる」
「そうですか?」
「うん、揺らぎが少ない。あ~オレももっと頑張らないとっ!」
「応援しています」
「おぅ、ありがとな」
にかっと笑うディン様にはいつも元気をもらえます。
「……この場所はオレとセイの小さい頃からの休憩場所なんだ」
「そうですか……」
良く見れば使い込まれたクッションにテーブルもベンチも傷はありますが、大切に使われているようです。ここなら夏でも良い風が吹いて息抜きに良さそうです。
「でもなぜ私を連れて来てくれたのですか?」
「ん~、なんていうかな…。オレ……達を知って欲しいからかな?……この場所は大切な場所だから共有したかった、のかもしれない」
昔を懐かしむようなそんな表情。ちょっと羨ましい。
「あともう一つは……池にあるんだ」
スクッと立ち上がり私の方へ手を差しだします。その手に私の手を乗せるとディン様は私がニールとするように手を繋いでいつもの太陽の様な笑顔で誘います。池の側まで来るとディン様は立ち止まり池の真ん中あたりを指さします。
「あの、沈んでる…花みたいなの見える?」
「えーと……はい。綺麗ですね。これは?」
池の中に大きい睡蓮の蕾のように花びらがたくさん重なっている花が底の方にあり、ほんのりと光っています。
「この国に昔からあるもので、あの中で精霊が眠っているらしい」
「精、霊…ですか?」
さぁっと風が吹き、草花や木々が揺れます。
――― ―――
「え?」
「ん?」
「ディン様何か言いました?」
「ん、とくには何も言ってないけど」
風で髪飾りが揺れたのかもしれませんね。
「…すみません、気のせいでしょう」
「風が吹いたからな~。そうそう、言い伝えがあってその精霊を見た人に祝福があるっていうんだ。でもそれがあるからじゃなくて、オレもセイもここの空気が好きなんだ。落ち着くから息抜きとかね」
だから見せたかったと言うディン様の思いが嬉しくて笑顔を返します。
「はい、ありがとうございます!私も好きです。この空間」
「あ、…うん。ありがとな……あの「姉さまー」「お嬢様!」」
「あら、ニールとキィ!」
茂みの向こうから見えたのでしょう、手を振るニールと私を見つけてホッとしている表情のキィが厨房の方面の廊下から歩いてきます。私とディン様も吹き抜けになっている廊下へと戻ります。
「姉さま!」
「厨房にいらっしゃらなかったので心配しました」
「ごめんなさい、ニール、キィ。ディン様に素敵な景色を見せていただいていたの」
「ごめん!連絡し忘れてた。うわ~また言われる」
「そうでしょうね、このおバカ」
「でた!アル兄」
「さっさと報告しに戻るわよ!」
「りょーかい!じゃ、後でな。ルゥ! 報告が終わればそっちに顔出せるからホールで会おうな~」
「ルフナちゃん、ありがとね。ホールで会いましょう」
そう言うとディン様とアル姉様は厨房の方面へと戻って行きました。相変わらず風のようお方です。
しかし、あんなに悩んでいた正面から入るという事態をこんな形で回避するとは思いませんでした。
もう始まっている時間でしょうから、私達もホールへ向かわなければいけません。二人を振り返ると笑顔で答えてくれます。
「ニール、キィ。私達も参りましょうか」
「はい、姉さま!」
「えぇ、それでは」
右手はニールと手を繋いで、左手はキィにエスコートしてもらって。お姫様気分です♪
―― side Dimbula――
――遠くからでも君を見つけてみせる
そう思っていたけど、本当に見つけられると思わなかった。
アル兄に『トラブル発生、到着予定のルフナちゃんを至急連れて来て』って言われた時は無理だーとか思った。
だってさ、警備の先輩から馬車は多いし人数だって数えたくないって聞いていたし。
でもアル兄特製の転移用魔術具を渡されて――昨日セイに抜け駆けされたのを思い出した!――ルゥに会えるならって必死に探した。でも見つからない。
チリっと焔に呼ばれた気がして視線を向けた先にルゥが見えた。彼女もオレの方を向いているんじゃないかって嬉しくなって走って行った。
馬車から降りてきたルゥに驚いた。何て言うか……花の精みたいでふわふわしてて可愛かった。
……あの二人の視線はヤバかったけど。
焦りすぎてルゥに怪我させてしまいそうになった時は苦しかった。
抱き上げたとき軽さにビックリして…離したくないって、守りたいって前より強く思う。
近くで見る彼女はあの神秘的な紫苑色の瞳でオレを見ていた。クスッて笑うまで耐えてたけど見たらダメだ。顔に熱が集まる。ルゥも朱かったから何も言わずにいてくれたのかな。
あいつらだって絶対ルゥが好きなはずなのに、動揺しないってどういう神経してるんだろうなぁ。
分かりたくもないけど!
……ルゥを前にすると上手くいかない。しかも高確率で邪魔が入るし!!
でも絶対に負けない!
とりあえず、セイの抜け駆けを止めないとな!
~~~~~~
オマケ
報告に戻る途中でアル兄が何かを企んでいるような顔でオレを見た。
「なぁに、ニヤニヤしてるの」
「してないっ」
そんなアル兄に否定をするけど、な~んかイヤな予感が……
「大方ルフナちゃんの手が柔らかかったな~とかいい匂いしたな~とか上目づかいが可愛い!とか考えてるんでしょ」
「な、な、なん」
「見てないわよ、あんたの顔見れば一目瞭然。バレてるわよあの二人に。そのままだったら殿下にも一発だわ」
「うげっ」
「とりあえず、その表情を出すのを気を付けないと負けるわよ」
あの三人はかなり手強そうよ~まあ、面白いけど。と意味ありげに笑う。
「アル兄?」
「一応、応援してるんだから。頑張りなさいな」
初めてアル兄がカッコイイと思った。
とりあえず、報告が終わったら顔洗って気を引き締めよう!
お粗末。
読んでくださってありがとうございます。