22 ―花祭り― 4
――『ヴィア・フルリア・フェスタリート―花祭り―』当日になりました。
楽しみでもあり憂鬱なという何とも言えない気分ですが、朝から着飾り中です。お母様は後から向かうという事で先に私達の出来栄えをチェックしています。なのでお母様を筆頭に侍女さん達が張り切っています……ちょっと怖いですよ、みなさまー。
キィとニールは隣の部屋ですでに終わって私を待っていてくれているとのこと。楽しみです!
お母様曰く「ルゥちゃんに相応しい装いにしたの♪」だそうですが、格好良いキィと可愛いニールの引き立て役だと思いますよ?私。でも、それでいいのです!私はこっそり参加したいのですから!!彼らの後ろで静かに過ごす予定なのです。
私がそんな事を考えている間にも衣装の最終確認や髪が結われていきます。セイ様に昨日作って頂いた花の髪飾りは残念ながら今日は色が合わなくて断念しましたが、お母様に〈状態保存〉をかけてもらって髪飾りとして仕舞ってあるので何かの機会に使いたいと思います。早く使えるようになりたいなぁ~。
でもなんでキィもお父様もしてくれなかったのでしょう?お母様は笑っていましたが。
今日は薄く化粧もするという事で目を瞑って出来上がりを待ちます。お化粧は初めてだし、どんな装いかもワクワクして待っているとやっとお母様から終了のひと言。
そろそろと目を開けると正面に置かれた鏡に映った姿が見えます。
鏡の中のわたしはコーラルピンク色のティアードスカートのドレスを着ています。下に行くほど色が薄くグラデーションになっているのは、アル姉様が持ってきてくれた花模様のレースが重なるようにつけられていているからでしょう。所々にコーラルピンク色の布で作ったバラも付けられていて可愛いです。これはきっとカイルベッタの力作でしょうね……後でお菓子を贈呈しないといけません。後ろの腰の辺りには大きめのリボンも付けられていて歩くたびに揺れるみたいです。パコダスリーブ袖の先にもレースが使われていてひらひらしていて、とても気に入りました。
髪はドレスと同じ生地の花とリボンを編み込んで一つにしたものを左肩に流しています。頭の右側には誕生日にセイ様とディン様から頂いた、しゃらしゃらと鳴る花の意匠の髪飾り。
いつもよりパッチリとした瞳にビックリ。おぉ!魔法のようです。
鏡で後ろをみたりしているとノックの音が聞こえ、キィとニールが部屋に入ってきました。
「お嬢様……」
「姉さま!」
キィもニールも動きを止めて私を見ています。私も二人の姿に息をするのを忘れるくらい。
キィの装いは深緑色の6つ釦の付いたフロックコート。スラリとした細身の体にとても良く似合っていています。胸元には私のドレスに付いている花で作られたコサージュ。
艶やかな黒髪はいつもの様に後ろで縛っていますが、前髪が上がっていて隠されがちな深緋色の瞳が今日は良く見えます。
ニールは子供用といいますか、丈の短い新緑色のフロックコートに同じコサージュ。夜空の様な濃紺色の髪とも良く似合っていて、いつもは可愛い印象ですが今日は格好良いです!
キィとデザインが似ているのでまるで兄弟の様に見えますね。ちょっと悔しいなぁ、なんて。
お互いを見たまま固まって動けない私達にお母様が手を叩き呪縛を解きます。
「さぁいつまでもお互いに見惚れていないで。時間ですよ」
「お、おお母様!?」
「そうですね、いつも以上に可愛らしいお嬢様に見惚れていました」
「キィ!?」
「姉さま、すっごく可愛い!……あれ顔紅いよ?」
「ニールまで!?」
あうう~なんで二人して~~~
「……キィもニールも格好良いのが悪いんです!」
「えっ」
「姉さま?」
頬を押さえつつ勢いでそう言うと、ビックリした表情から段々と顔が朱くなるキィとニール。仕返し完了なのかな…?
まだ動かない私達にニッコリと笑うお母様の一言。
「ほらほら、いい加減にしないと怒っちゃうわよ?」
「「「はい!行きます!!」」」
この家で一番怒らせていけないのはお母様です。
~~~~~~
今日は馬車を使って王宮まで向かいます。向かい側に座るキィはいつも御者台にいるので、ニールに色々と質問しています。ニールもそれが嬉しいみたいで「今日は先生だ」と喜んで答えます。私はその光景に頬が緩むのを感じつつ窓の外へも視線を送ります。
王宮へ向かう馬車の中から見る王都は色とりどりの花で飾られ、風系統の魔術でしょうかふわふわゆらゆらと空を彩っているものもあります。初めて見る景色に心が躍る……ハズなのですがちょっと憂鬱です。
――目立つのは苦手なのですよ。今の“私”と同化する〔過去の記憶〕の〔私〕。その度に怖くなる人の目。相談したい。でもそれを誰かに背負わせたくはない。相反する想いにどうしていいか分からなくなる。ねえ〔サエちゃん〕、全てを思い出せば終わりますか?――
そんな考えは頭の片隅に追いやり、今は“正面口から入らなければならない”という事をどうにかしなければ……回避は無理ですよね。王妃様直々の招待状にセイ様にも昨日念を押されてしまいましたし。
つい窓の外を見てはぁとため息をついてしまいました。しまったと思ったときには既に遅く、一緒に乗っているキィとニールに気付かれてしまいました。
「お嬢様、体調が悪いようでしたら一度停車させますが」
「いえ、そういう訳ではないです…」
体調は悪くないのです。馬車も思ったよりは快適で、昨日もセイ様から衝撃発言をされたにもかかわらず夜は眠れましたから睡眠はバッチリ。なので、私を心配そうに見るキィに微笑んでおきます。こういう時に私が譲らないのを知っているので苦笑いになるキィ。
そんな表情もいつもとは違って見えて。顔に熱が集まるような気がしてパタパタと手で仰いでいると、私を横から伺うように見るニール。
「姉さま、どうしたの?」
「ちょっと緊張しているみたいなの。大勢の人もいるようですし」
「ぼくもドキドキしてるよ。……姉さま怖い?」
「そうね、初めてで怖いのかもしれないわ」
「じゃあ、ぼくが姉さまを守る!」
「ありがとう、ニール。嬉しいわ」
「うん!……キームンも姉さまを守ってね」
「はい。私はお嬢様の“エディアール”ですから」
「ありがとう。キィ」
二人が居れてくれるのならきっと大丈夫なような気がします。もう一度窓の外を見れば今度は純粋に華やかな街の景色が心に入って来るようです。
目に焼き付けておこうと外に見ていた私はキィとニールがバチバチと視線で会話をしているなんて全く気づきませんでした。
~~~~~~
不慣れな私達のためにゆっくりと走ってくれていた馬車は、とうとう王宮に到着です。憂鬱だった気分も5年に一度という素晴らしい街並みの景色と話し上手なニール、優しく微笑んでくれるキィに元気をもらったおかげで今は“楽しもう”という気分に変わっていました。
白磁の壮大な門を抜け王宮内入ると街並み以上に華やかで色とりどりの花が飾られています。その光景を見ながら馬車が乗り入れることが出来る場所まで着くと、順々に降りて中へ入って行くそうです。自分たちの番が来るまで待っている間にそっと人々の観察をしてみます。
降りていく人々の女性たちは色とりどりの衣装で花のようですが男性は緑系統色合いばかりです。何か決まりがあるのでしょうか?
沢山の人の中で目を引く少年の姿。輝く金髪を後ろに流してマラカイトグリーンの襟詰のコートを着た少年が誰かを探しているようにきょろきょろと辺りを見回しています。あれは……。
「……ディン様?」
「え?姉さまどうしたの?」
もしかしてと良く見ようと窓に近づいた瞬間…パチッと目が合ったような?気がしたと思ったら、その少年がこちらの方へ走り出しました。どんどん近づくとディン様だという事が分かりましたが、なぜそんなに急いでいるのでしょう?
我が家の馬車に近づいたディン様はドアを開けるように言っているようです。キィが話を聞くため先に降りていきました。
暫くすると扉が開き、「お嬢様」とキィが顔を覗かせました。
「申し訳ありませんがここで降りていただいて、厨房の方へ来てほしいとのことです」
「何かあったの?」
「どうやら少々のトラブルがあったようで、料理長に変わり指示が出来る方が必要とのことです」
「私はそんなことできませんよ?」
「どうやら料理長と王妃様からの指名だそうで……」
キィは何とも言えない表情で私の返事を待ちます。一度目を閉じて深呼吸。
「……断れませんね」
「残念ながら」
「分かりました。行きます……キィ達への指示はありましたか?」
「私とニルギリ様はこのまま順番を待って入場して欲しいとのことです」
「そうですか……ニール、私は行かなくてはならないの。後をお願いしても良いかしら」
「はい、姉さま。ご一緒出来ないのは残念ですが、先に行ってお待ちしています」
ニールに振り返り問えばニッコリと笑って、一人前の答え。本当に成長が早くて嬉しいような切ないような……。そんなニールにぎゅっと抱き付いてエネルギー充電。
「ありがとう。頼もしいわ」
「頑張ります」
「キィ、ニールの事お願いね」
「仰せのままに……お嬢様もお気を付けて。中に入ればそちらに向かっても良いと言われておりますのでニルギリ様と向かいます」
「分かったわ。では、ニール。行ってきますね」
「いってらっしゃいませ、姉さま」
ニールから離れて扉へ向かい、急いでいるためキィに踏み台なしでふわっと降ろしてもらいます。(良い子はマネしちゃダメですよ!)
「キィ、お父様とお母様にも伝えてくれる?」
「はい。くれぐれもお気を付けて」
「キィは心配性ですね」
「お嬢様限定です」
そう言いながらキィは衣装のチェックをして最後に私の頬にスッと触れて微笑みます。
私も笑顔を返して「いってきます」と告げてディン様の元へ向かいます。
ディン様は私の後ろの方をちょっと引きつった顔で見てから私に目線を合わせるとすまなそうな表情に変えました。
「ディン様、お待たせしました」
「ごめんな、ルゥ。どうしても必要で」
「大丈夫です。それで詳細は……」
「ここでは言えないんだ、ごめん」
「ディン様、謝らなくて良いですよ?」
「あ、ごめ…じゃなくて、ありがとな」
「はい」
「じゃ、手を貸して。ちょっと移動してから飛ぶ」
「は、はい?」
ディン様は私の手を取ると人目が付かないような廊下の角に私を連れていきます。その場所で立ち止まるとディン様はポケットから小瓶を取り出し、中の液体を私達の周りに撒きます。次に結晶のようなものを取り出し――「目、閉じて。オレを離すなよ」と言われたので目を閉じます――結晶が床に叩きつられる音がしたと同時に光が溢れ、目を瞑っても見えるくらいの明るさ。ギュッとディン様の手を握って光が収まるのを待ちます。「もう目を開けても大丈夫」という声に目を開けるとそこは何回か通ったことのある王宮の厨房の控え室。
「今のは?」
「あぁアレ?アル兄特製の転移用魔術具。オレ用に作ってくれたんだ。オレは〈空間〉関係は使えないからさ特別。あ、秘密にしてな」
照れ笑いのディン様。衝突しているのを良く見ますが本当は仲良しさんなんですね。でもここで何を?
「ここで着替えるのですか?」
「いや、ルゥには指示してもらうだけだから大丈夫」
「そうですか、それで……」
「あ、あのさ」
「ディン様?」
すぐにまた移動かと思ったらディン様の顔が真っ赤です。どうしたんでしょう?体調が悪いのかと慌てて背伸びしてディン様の額に手を伸ばします。
「る、ルゥ!?」
「熱はなさそうですが……ディン様、身体が怠いとかありませんか?」
「へ?あ、ないない!絶好調だよ!」
「でも、顔が朱いです」
「あ、それは…ちょ、ちょっと暑いかな~って。だ、だから大丈夫!元気!」
「そうですか?」
「そうそう!」
朱い顔のまま、高速で頷くディン様。ピタッとその動きが止まり、私の頭の右側の方へ左手を伸ばし――髪飾りにそっと触れて嬉しそうに笑います。
「その髪飾り付けてくれたんだな」
「はい、特別な時に付けたいと思っていたので」
「そっか……オレも嬉しい。ありがと。それと……」
ぱこん!「おバカ」「ってー!ってアル兄!?」「アル姉様?」
急に現れたアル姉様はディン様の頭を扇で叩いたようです。魔術師団のクロムグリーンのローブを相変わらず素敵に着こなすアル姉様はディン様の方を向くと腰に手を当てて扇を動かしながら笑顔で……あ、目が笑っていません。
「なぁに、ここでの~んびりしてるのカシラ?」
「あ、それは……」
「あん?」
「スミマセンでしたー!!」
「まったく、時間がないって言ったでしょう……」
「だって……」
「大方ルフナちゃんに見惚れてたんでしょうけど」
「なっ!」
ディン様は体調が悪いのにお仕事しているんですね!きっとそうです!誤解を解かないと。
「違います、アル姉様!ディン様は体調が悪いのです!」
「「はい?」」
「熱はないようですが、顔が朱かったです。少し休んだ方が良いと思います!」
私が力説をすると苦笑いアル姉さまと疲れた様子のディン様。ほら正解でした!
「ディン……」
「あー、うん。オレ、こんなんばっかだ……」
「予想以上の天然だわね……それはともかく、急いで隣に行くわよ」
「はい。私は何をすればいいのですか?」
「それはね…。あーディン、説明しなさい。私は隣で準備しておくから」
「りょーかい!サンキュ、アル兄。じゃ、説明するな」
「はい」
え~っと、ディン様の体調はどうなったのでしょうか?元気になったのなら良いのですが……。
読んでくださってありがとうございます。
次回は5/9です。