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20 ―花祭り― 2

 昨日とほぼ同じ時間にいらっしゃったアル姉様は――

「おはよう~♪ルフナちゃん、キームン・エディアールくん。絶好の転移日和だわ~。あ、これがお菓子?サミィだけには多くない?あら、私にも?気が利くわね、ありがとう~♪あぁこれ奥様に頼まれていたものなの、ルフナちゃん“が”渡してもらえるかしら。私からって言えばお分かりになるわ。花は色々と買ってくるけど、特にこれと言ったものは何かある?ない?私が選んでいいのね、じゃ行ってくるわ~。楽しみに待っててね♪」


 と一息で言うと、嵐のように去って行きました。

……私達はひと言も言葉を発せず――挨拶もさせてもらえることなく――出来たことは、頷き荷物を受け取る事だけでした。

 荷物さえもいつの間にか手の中に在ったようなものなのですが……。


「キィ…今のアル姉様は本物ですよね?」

「……多分としか申し上げられません」

 ですよね……。


~~~~~~


 お菓子は作る内容が決まりました。

 カップケーキはジャムや野菜のペーストを入れたバタークリームでデコレーションしたものや小さめのタルトは果実をスライスして花の様に重ねたものを乗せる予定です。

 アル姉様の買ってきてくださる食べられる花はムースやゼリー、デコレーションケーキに使う構想です。


 花が届くまでは、花をモチーフにした焼き菓子の仕込みが少々と前日に作るケーキの下準備だけ。

 今日は少しだけのんびりできるかと思いましたが、手の中に存在感たっぷりの箱を見てちょっぴり憂鬱です。


「ねぇキィ。これをお母様にお届……」

「アールグレイ様はお嬢様が奥様にお渡しするようにと仰ってましたよ」

「あれは幻聴ではなかったのですね……」

「はい。しかも強調されていました」

「ソウデスカ…」


 う~絶対に昨日お母様に頼まれましたね!アル姉様!!

 確実に今、お母様に捉まったらあの時の衣装のことになります……。

 はぁとため息一つ。キィには苦笑いをされてしまいましたが、覚悟を決めて微笑み返します。


「ではキィ、行きましょう」

「はい、お持ちします」

「お願いします。一緒にいきましょうね?」

「ルゥ様?」

 いつも一緒に行くのに?と不思議そうな表情のキィですが…忘れてますね?ふっふっふー死なば諸共なのですよ~♪


「キィ、今お母様のところへ行くともれなく衣装が待っています」

「そのようですね。この箱の中身も関係していると思われますが……」

「その箱の中身に関してはちょっと考えたくないのですが……まあ、いいです。それで今回お呼ばれしているのは?」

「ルゥ様とニルギリ様と……私、ですね?」

「はい、正解です!」

「ルゥ様!?」

 私は逃げない様に、がしっとキィの右腕に抱き付きます。その行動にギョッとして慌てるキィ。あ、朱くなってる。あまり見られない表情に私の頬も緩みます。


「ちょ、ちょっと!何をして…じゃなくて!何をなさっているのですか!!」

「捕獲です!」

「私は逃げませんよ?」

「…だってキィ、衣装合わせ嫌いでしょう?」

 私も好きじゃないけれど、キィの逃げっぷりは凄くて流石のお母様もお手上げって言っていました。

 チョット拗ねた私の物言いにキィはふふっと笑って箱を近くに置き、空いた手で私の眉間を解すように撫でます。


「確かに苦手ですが、ルゥ様と一緒にならしますよ?」

「本当ですか?」

「えぇ。いつでもお傍にいますから」

 そう言って微笑むキィの顔は昨日――見た気がする?

 私は何か忘れている? 


「キィ!あの、昨日の…」

「そろそろ参りましょう、ルゥ様」

 ニッコリと笑い、私からやんわりと腕を外すキィは…何か隠してる?

 キィは箱を抱えなおして、私の左手をそっと持ち上げて入り口に誘います。今これ以上はダメですね……気持ちを切り替えてキィに向き合い微笑みます。


「そうですね、参りましょう。キィの衣装も楽しみですね~」

「そうですか?」

「はい!」

 知りたいけれどキィの判断に今は委ねます。私も彼に話していないことは多い。

 お互いに。




~~~~~~



 お母様の私室に向かう途中でセラに呼び止められ話を聞くと「奥様が応接室でお待ちです」という事で目的地変更です。普段はあまり入ることがない場所の一つなので緊張しながら、キィがドアをノックするのを眺めます。

 中から「はい」と言うお母様の声が聞こえたので返事をします。

「ルフナです。こちらにいらっしゃると聞きまして」

「どうぞ、お入りなさい」

「失礼します」と声をかけ、キィに開けてもらったドアを抜けた先には……涙目のニール?


「姉さまーーー!」

 私を見るなり抱き付くニールに思わずバランスを崩しそうになりますが、そこは流石のキィが支えてくれました。間一髪です。

「ねぇさま、ねぇさま」とうわ言のように繰り返すニールの柔らかい濃紺の髪を撫でつつ辺りを見回すと、お母様を筆頭に衣装関係の侍女達が勢揃い。……これは女である私でも怖いです。

 キィを仰ぎ見ればこちらも顔が引きつっています。ニールにはカイルベッタが付いているはずでは?ともう一度見回せば机の隅でチクチクと縫物をしている姿が見えました。……彼は器用ですからねー。


「え~と、お母様。アル姉様からお届けものです」

「流石アールグレイね!これで完成するわ」

 とキィから箱を受け取ったお母様は満面の笑み。

 これはもしや逃げられるかも?と、――ニールとキィに目で合図をして――そぉっと3人でドアの向こう側へ行こうとしますが……


「あ、お嬢―。お腹すきました~」

「あら、ルゥちゃん達どこ行くのかしら?」

 私に気付いたカイルベッタの一言でお母様&侍女さん達に見つかってしまいました。お母様、その微笑みはちょっとコワイです……。ニールが涙目だった理由はこれですね。

 そしてカイルベッタ、お菓子はありませんよ!?



 ニールの衣装合わせはとりあえず終わったそうです。「どんなのかしら?」と尋ねたらニコニコした顔で「当日のお楽しみです!」との答え。気になります~


 今、衣装合わせをしているのはキィです。侍女さん達が内容は聞こえませんが楽しそうな声を上げながら作業しているのでしょう。賑やかです。所々でキィの「うわー」とか「勘弁してくださいっ!」と聞こえるのはご愛嬌?でしょうか……。


 私も先ほど終わりました。えぇ、あまり思い出したくはないです。

そうそう、アル姉様が届けてくださったのは花の模様の繊細なレースでした。これから衣装に取り付けるそうです。そのための下準備でカイルベッタの魂が半分飛んでいったのですね……。

 そうだ!差し入れを持ってきましょう。


「お母様、皆様にお菓子の差し入れをしようと思うのですが」

 よろしいでしょうか?と尋ねれば、ありがとうとの了承の意を返してもらいました。

 キィは……まだまだ終わらないようなので、他の人に……。


「姉さま、ぼくもお手伝いしても良いですか?」

「ニールが手伝ってくれるの?ありがとう」

 右手を挙げて主張してくれたニール。最近は何にでも積極的にすることが増えたと聞きます。成長が速くて少し心配な面もありますが、良い事なのでしょう。

 お母様にニールと取りに行くことを伝えて応接室から出ます。


「姉さま、手を繋いでも良いですか?」

「えぇ、もちろん」

 嬉しいですと、はにかむニールは年相応で可愛いです。キッチンに着くまで――計算は楽しいけれど歴史は覚えることが多くて大変だとか図書室で隠れたらカイルベッタにはすぐに見つかってしまうなど――取り留めのない話をしながら向かいます。


 キッチンについてカートにお菓子を乗せていきますが、すぐには戻らないでちょっと私達だけで休憩です。キィの衣装合わせは相当かかりそうですし。



 ニールと椅子に並んで座って試作品のシュークリームの味見です。このシュー皮を早く安定して焼きたいものですね。ニールはカスタードクリームが好きみたいでこれを使ったお菓子は必ず選びます。

 一生懸命に食べる姿はとても癒されます。熱中して食べているようで頬にクリームが付いてしまっているのにも気づいていないようです。


「美味しかったー」

「ニール、ちょっとそのまま動かないでね」

 食べ終わったニールがそのまま手を挙げてしまったら付いてしまいます。右手の親指でいつもの様に拭ってそのまま食べてしまいます。そういえばあの子もよく頬っぺたにクリームをつけて…?

 ちょっと待って…ニールとシュークリームを食べるのは二回目のはず。しかも一回目は家族みんなで食べたから“こんなこと”はしていない……。

 “あの子”はだれ?いつも拭うのは?――拭われるのは〔私〕? ちがう 〔記憶〕がオカシイ……。



「姉さま?」

「あ、ご、ごめんなさい。ニール!無意識で…つい……」

「姉さま、落ち着いて?ぼくは嬉しかったよ。昔、お母さまにしてもらった事あるから」

「……ニール」

 自分の行動に固まってしまったと思われたようで安心しました。ニールにも気づかれてはいけませんもの。


「ぼく、大好きな姉さまに大好きだったお母さまのしてくれていた事をしてもらえると嬉しいの」

「ありがとう、ニール。そう言ってもらえて私も嬉しいわ」

 本当に大人びてきていて小さい子に見えなくなる瞬間は嬉しいような寂しいようなそんな気分になります。


「あ、姉さまのほっぺにも粉砂糖が付いてるよ?」

「あら、私も?いつの間に付いたのかしら?」

 付かないように気をつけていたのですが、お皿に移した後にでも触ってしまったのかも。拭く物を探しているとニールが立ち上がり、ストップをかけます。


「ぼくが今度はとってあげる!」

動かないでねと座ったままの私の肩に手を置いて、ニールの顔が近づいて――ちゅ――頬にキス!? 驚いてニールが触れた部分を押さえて立ち上がります。立ち上がればニールとは18cm差があるので目線が下を向く形になり――ニール以外は私より背があるので――相手に見上げられるという、いつもとは違う状態もさらに私に動揺を誘います。


「ににに、にーる!?」

「取れたよ、姉さま?」

「な、なな、何をしたの?今!」

「え?ちゅーだよ?」

「ちゅ、ちゅーって?ど、どうして!」

「だって、お母さまはこれしたら喜んでくれたから」

 コテンと頭を傾けるニール。可愛い…じゃなくて!お母様との昔の思い出だったの?


「……ニールのお母様が?」

「うん」

「そ、そうなの…」

「元気がない時のお母さまにすると笑顔になってくれたから」

 姉さま元気なかったみたいだったから…としゅんとなるニール。

 あぁ、こんなにも心配をしてくれているのに私はなんていうことを……。頭を下げてニールに謝ります。


「ごめんなさい、ニール。慰めてくれたのに……」

「ううん、姉さま。ぼくこそ急にしちゃってごめんなさい」

ニールも頭を下げてしまったようで、そろそろと頭を上げると同じくこちらを伺うように頭をあげるニールと目が合いました。


「「………」」

「ふふっ」

「えへへ」

 その光景が面白くて二人で笑い声を上げます。


「ケンカじゃないけれど、仲直りしてくれる?」

「はい、姉さま!」

「ありがとう、ニール。でも本当に驚いたわ」

「ごめんなさい、姉さま。今度は先に言ってからするね!」

 ん?それはどういう……バンッ!!


「お嬢ーー!」

「カイル!?」

「な、何があったの!?」

 急にキッチンの扉が開き、慌てた様子のカイルベッタが飛び込んできました。彼は私の肩をがしっと掴み…


「……お嬢…オレ……」

「か、かいるべった?」

「もう、限界です……」

「カイル!姉さまを離して!!」

「お菓子…くだ、さい~」

 そう言って崩れ落ちるカイルベッタ。あ、忘れていました。


「姉さま、早く持っていきましょう!」

「そうですね、早く行かないと」

 倒れているカイルベッタには近くのテーブルに数個のお菓子を置いてニールと共に慌ててカートを押して応接室へ戻ります。

 キィに私がカートを使ったことが知られると後でお小言が待ってます。急ぎましょう!


 応接室に戻るとまだキィは衣装合わせをしているのかと思ったら、この機会を逃さないと意気込む侍女さんに他の衣装のための採寸やらなんやらで衝立の向こうで揉みくちゃ(キィの後日談)にされているようです。

 間に合って良かった……。



 お母様とニールとお茶をしつつキィの採寸他が終わるのを待ちます。

「姉さま、明日はお菓子を作られるのですか?」

「えぇ、下準備をしないと間に合わないと思いますし」

「たくさん作るのねぇ。私の分もあるかしら?」

「もちろんです、お母様」

「うふふ~楽しみね」

「姉さま!ぼくもお手伝いしても良いですか?」

 ぼくも母さまにプレゼントしたい!と宣言するニールにお母様は嬉し泣き。私の義弟は本当に愛らしい。


「一緒にがんばりましょうね」

「はい!姉さま」


 明日の夕方にはアル姉様が花を持って来て下さるでしょうし、明日からのお菓子作りが楽しみです♪

 ニールとキィと共に頑張ります!



――そのキィですが…あの後解放された彼は暫くの間――まるで何かを威嚇している猫の様に――決して応接室には近づきませんでした。







―― side Nilgiri ――


 姉さまと母さまと一緒にお茶をしながらふと考える。


 姉さまはぼくに「まだ子供で良いのよ」っていう。

 甘えていいのかな?って思う反面ヤダなとも思う。


 「大人びている」とも言うけど、まだ大人にはなれない。


――早く大人になりたい。

キームンみたいに…ううん、キームンより強くなって姉さまの傍にいたい。


だって、それじゃないと――



*********



「姉さま?」

 あの時、姉さまが遠くに行ってしまうような気がした――


 お母さまの様な優しい手つきで僕の頬を拭ってくれたあの時。

 

 ぼくはとても嬉しかった。でも次の瞬間……


 何かに囚われたように動かなくなってしまった姉さま。


 怖かった。

 お父さまとお母さまの様に――それ以上の恐怖に思えた。


 だから慌てて昔お母さまにしてもらった“おまじない”を姉さまにしてみた。


 お母さまはぼくが元気のない時にハグして頬にキスしてくれた。

 本当はお母さまみたいにハグしたかったけど、まだ僕の方が背は低いから……座っていた姉さまにしても良かったのだけど、ちょっと悔しいからまた今度。



 姉さまはあったかくて柔らかくて…お母さまと違う優しい匂いがした。

 


 驚いて慌てる姉さまは可愛かったなぁ~


 二人で謝り合って、それが面白くて笑って。


 姉さまの笑顔がとっても素敵だなぁと再確認した。



 あの笑顔を曇らせちゃいけないと、自分の誓いにする。


 姉さまが哀しい時はまた“おなじない”してあげるから、遠くにいかないで―――





読んでくださってありがとうございます!


次回更新は5/6予定です。

よろしくお願い致します。

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