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19 ―花祭り― 1

 王妃様から招待状をいただいたので参加することになった――初参加なのに特別になってしまった――『ヴィア・フルリア・フェスタリート―花祭り―』。

 来週からの開催とのことなので今から準備に大わらわ。


 お母様が私とニールとキィの衣装に張り切ってしまって近づけません……いえ、以前の事を考えますと近づいたらその日一日中は離してくれません。


 キィも心得ているのでいつもより早い時間に起こしに来てくれて、急いでキッチンへ退避です。ニールにはカイルベッタが付いているので大丈夫でしょう。カイルベッタはそういった危機感みたいなものが鋭いです。



 キッチンには私とキィの二人だけ。セラは一番私の服の好みを知っているのでお母様に呼ばれています。


 テーブルを挟んで向かい合わせに座り、キィ特製のスパイス入りのココアを飲みつつお菓子のノートを広げて相談を開始します。


「さて、どんなお菓子を作りましょうか」

「花をモチーフにしたものか、花を使用したもの…ですか?」

 そうなのです。構想もイメージもまだ浮かんでいません。心に引っかかっているものはあります。ですがそれは色々な意味で難しい。

 来週まで…いえ、実質5日間しかありませんね。通常であればもう試作の段階なのですが……。


「今まで作ったものをアレンジするしかないかしら」

「既存を使うのであれば余裕ですが、ルゥ様はそれでは不満なのでしょう?」

「…そんな事はないですよ?」

「構想もイメージもないけれど新しいものを目指す」

「……」

「確信はないがやってみたいことがある」

「……お見通しですね」

「いつも一緒におりますので」

「……降参です」


 ニッコリと微笑むキィに両手を上げて苦笑いで返します。もう、なんで判ってしまうのでしょうねこの人は。ずるいくらいに私に優しい。これではダメだと感じていてもつい甘えてしまう。

 それはまるで――ちがう、だめ……考えてはイケナイ(思い出して)

  ――コレは何?――


 急に頭に響く〔声〕に身体が強張ります。



「ルゥ様?」

「い、いえ。何でもありません」

「しかし……」

 怪訝な顔のキィに意識して笑みを浮かべて今は終わりにしてもらいます。ごめんなさい、今は私も無理なんです。これ以上この話を長引かせるわけには……。


 今はお菓子のことを考えましょう。この世界とは異なる〔記憶〕の世界と同じものがあれば心に引っかかっているものを再現できそうですが…。そう――


「『食べられる花』って知りませんか!?」

「『食べられる花』…ですか?」

「はい」

「ルゥ様……。はぁ、そうですね……」

 急な話題の提起にキィは困った顔をしますが、私が譲らないのも判るのでため息一つと苦笑いで納めてくれます。

 ありがとう。


「食品ならば料理長だと思うのですが、お聞きになりましたか?」

「はい、すでに。知らないそうです。ただ、植物の研究者なら知っているかもとは言われたのですが…」

 研究者の方はいらっしゃるのですが…この時期は『花祭り』に関してお忙しいと言う事でお会いできません。後日ならと言われてしまいました。


「そうですか……植物のことならアウランティウム()の精霊に聞けば何とかなる…か?」

「できますか!?」

「ですが、2点か問題が…。〔瞳〕は発動できそうですか?」

「あー…。二割…三割ですね」

 未だに急に発動してしまったり、発動させようとしても不発の方が多いです。キィにも分からないことが多いので地道にコントロール練習をするしかないのですが……。うむむ。


「もう一つはなんですか?」

「それは近くに“話せる” アウランティウム()の精霊がいるかどうかです」

「ウィッティやアーテみたいに?」

 その名前を出すと途端に渋面になるキィ。どうしても苦手なようです。


「えぇ、祝福を与えられるくらい高位の精霊でないと話は無理でしょう」

「それはまた難しいですね…」

「はい。〔瞳〕の方は…一時的に発動できるようにすることは可能だと思います」

 あまり今はお勧め出来ないのですが…と言葉を濁すキィ。


「それはどういう…」

「……方法は夜の練習時にお教えしますが。まずは取り扱いがないか探してみましょう」

「そうですね、どなたか詳しいかたがいれば……」

 博識で、人脈もあって、この国以外のことも知っていて、行動力もあって。そんな人がいれば………あ!


「アル姉様!!」

「アールグレイ様ですか?」


「呼んだ~?」


「え?」

「うゎっ!」


 タイミングの良い声に驚いて入口の方を慌てて見れば、開いたドアにもたれ掛りひらひらと手を振る美貌の“女性”。

 魔術師団の上級職色のクロムグリーンの女性用のローブを着こなし、榛色の髪を結い上げて切れ長の碧緑の瞳を楽しそうに輝かせている――ディルマ侯爵子息、アールグレイ様。

 慌てて椅子から降りてキィと共に入口へ向かいます。少々キィの動きが鈍いですね…どうしてもアル姉様は苦手のようです。素敵な方なのに…。



「呼ばれたので来ました~っていうのは冗談だけれど。おはよう、ルフナちゃんにキームン・エディアールくん」

「おはようございます、アル姉様。どうしてこちらに?」

「奥様に呼ばれていてね。ちょっと予定より早かったから会いに来ちゃった♪ルフナちゃんに渡したいものもあったし」

 はい、お土産~と、手渡されたものは、何かのジャムと砂糖漬けのスミレの瓶!?


「ああああアル姉様! これをどこで!?」

「え!? どうしたの、ルフナちゃん?」

「お嬢様、落ち着いて下さい!」

「だ、だって!キィ!こ、これ!!」

「申し訳ありません、アールグレイ様。私の方から説明をさせていただきます」

「え、えぇ。お願いするわ」


 若干引き気味のアル姉様に「あの、えっと、その…」と言葉にならない私をフォローして、苦手意識をどうにか抑えたキィが説明してくれました。

 本当にごめんなさいです。



~~~~~~



「そうなの…話は分かったわ」

「取り扱いのある店などはご存じないでしょうか」

「いいわ、私が持ってきてあげる」

「アル姉様?」

「持ってくるとは?」

「これが売っていた店に確か生の状態の花もあったはずだから、買ってくるわ」

 ジャムの瓶――薔薇のジャムでした――を持ち上げゆらゆらと振りつつニッコリと笑うアル姉様。


「いえ、教えて頂ければこちらで…」

「う~ん、無理じゃないかしら。遠いから」

「この国ではないのですか?」

「えぇ、ダフラティンだから」

 あっさりと言うアル姉様に私達は絶句します。

 なんといってもダフラティンはこの国から一番遠くと言われている国です。陸路で行くのに最短でも一か月かかると言われている場所です。

 


「アル姉様、時間的に無理です」

「あらなんで?」

「『花祭り』は来週ですよ」

「えぇ知っているわ。関係部署は忙しそうよ~」

「ですから、往復に2ヶ月は…」

「二日よ?」

「「はい?」」

「転移するもの」

「はぁ?」

 あ、キィの口調が…!慌てて袖を引っ張って注意を促します。ハッとしたキィはコホンと咳をして居住まいを整えます。それを見たアル姉様はニヤニヤしてます。

 あははー


「そんな短時間で…?……しかし仮にそこまで直通で転移できたとしても、一日で魔力の回復が可能なのですか?」

「そうよ?と言うか、回復しなくても帰って来られるもの」

「ありえない…」

 あっさりと出来ると言うアル姉様に私達は、何をどう驚いていいのか分かりません。

 転移には距離に比例して魔力を消費すると言います。それに目標がなければ余計に消費が激しいとも。


「あっちには今、サミィがいるから」

「サミィ…様ですか?」

「そう、貴方たちにはこういった方が分かるかしら?セイロン殿下の姉上、アッサム王女殿下よ」

「「!!!」」

 セイ様の姉上のアッサム王女殿下と言えば、他国へ勉強に行かれている方ですよね?


「……アル姉様はアッサム王女殿下とお知り合いなのですね」

「お知り合いと言うか……腐れ縁?」

「そ、そうですか……」

「まぁ、それは良いとして。サミィに送り返してもらえれば大丈夫だから」

「「それは大丈夫じゃないです!!」」

 一国の王女殿下にそんな事はさせられませんよ!?

 大慌てな私達を見ておほほと笑うアル姉様。なんでそんなに平気なんですかー!!


「平気だって。あの子無駄に魔力多いし。それにルフナちゃんのお菓子のファンだから手土産&今度帰ってきたときにお菓子を与えときゃ大丈夫♪」

「「………」」

 もう何も考えなくてもいいですか? 衝撃が大きすぎて対処できません。涙目で「キィ~」と見上げて後のことを頼みたいと思います……。

「うっ…」と顔を薄っすらと赤らめたキィは暫し私を見つめて逡巡した後、気を取り直してアル姉様に向き合ってくれます。


「転移には魔術師団長の許可が必要だと思いますが…」

「それに関してはこちらで許可を取るわ」

「何故そこまでしていただけるので?」

「二人を気に入っているからよ」

「本当にそれだけですか?」

「……見返りをもらえば納得かしら?」

「……」


「まぁ、いいわ。じゃあ見返りを提示しましょう」

 難儀な性格ねと苦笑いしつつアル姉様は私達に『見返り』を提示しました。


「まず、サミィへのお土産。焼き菓子と少しケーキもあれば喜ぶわね。それと帰ってきたときのお菓子作りね」

「はい。どのくらいでしょうか?」

「そうねぇ…持っていく分は日持ちする焼き菓子は5種類くらい。ケーキはホールで3種類くらいあれば大丈夫じゃないかしら。できそう?」

「キィ、どうかしら?」

「明日の朝までに用意するという事であれば可能です」

「それで、いいわ。帰ってきたときの分はその時で」

「かしこまりました」

 アッサム王女殿下はよく食べる方のようです。


「それから、ルフナちゃんは後で私とデートしてね」

「はい!?で、デートですか?」

「そう♪行ってみたいカフェがあるのだけれど、誰も一緒に行ってくれなくて…」

「そのような事で良いのですか?」

「良いの!うふふ~楽しみだわ♪」

 妖艶に笑うアル姉様。目の保養です~


「それと、キームンくんにとは試合をお願いするわ」

「……試合ですか?」

「えぇ、“エディアール”とは一度手合わせしてみたかったから」

「それが“本音”ですね……」

「ふふふ、さてどうかしら?」

 口に手を当てて挑発的に微笑むアル姉様にキィは諦めたように苦笑いを返してから今度は不敵に笑いました。

「こちらこそ、次期魔術師副団長どのとの試合であれば断る理由はありません」

「あら良く知っているわね~」

「えぇ、“エディアール”ですから」


 おほほと笑うアル姉様と、ふふっと微笑むキィ。え~と私はどうすれば?



「じゃあまた明日。このくらいの時間に来るわ」

「はい。よろしくお願いします、アル姉様」

「お待ちしております」

来た時の様にサッと優雅に立ち去るアル姉様。格好良いです~


しかし……

「まさかこんな方法で見つかるとは思いませんでした……」

「はい……」

 でも何とかなりそうで良かったです!

 色んなダメージは残りましたが……まずはアル姉様とアッサム王女殿下のためにお菓子を作りましょう!


「キィ、作りはじめましょうか」

「はいお嬢様」

 にこりと笑顔を交換しあって作業開始です。





―――――その夜。


 いつも通り〔瞳〕のコントロール練習です。

 共鳴(シンクロ)のために指を絡める方の手を合わせたところで、朝の話を思い出しました。


「そう言えば〔瞳〕の一時的に発動する仕方ってどんなものですか?」

「え?あ、そんな話もしましたね。もう必要ないからと忘れていました」

と苦笑いのキィ。いつもなら“必要ないからと忘れた”なんでことはあまりないのに?


「キィ?」

「今はまだゆっくりと調整した方が良いと思います」

「理由を聞いても?」

「……私の魔力をルゥ様に譲渡します。ただ双方に…いえ、ルゥ様の負担がかなりあります」

 下手をすると寝込んでしまうかもしれませんからと言ったことを後悔するように言うキィ。

あぁ、キィにこの表情をさせるのは辛い――


「ごめんなさい、言わせてしまって」

「いえ、朝は軽率でした。それに…」

「それに?」

「え~と、なんでもありません」

どうしてそこで天井を見るのですか?


「キィ?」

「……明日の起床は早いのでそろそろお休みになられた方がよろしいです」

 ニッコリとでも有無を言わせない笑みで言うキィ。

 こうなったキィは絶対に言ってくれませんが、負けませんよ!

 じーーーっと見つめ返してみます。


「ルゥ様」

「………」

「……ルゥ様」

「…………」

「すみませんでした」

「勝ちました♪」

 ふふっと顔を合わせて笑います。


 一度、瞳を閉じてゆっくりと呼吸をしたキィはスッと開いた瞳に月明かりを映して私を見つめます。

 その真剣な眼差しに視線が絡んだまま離せません。――息をするのを忘れそうになるくらい。


 繋いでいた手をそっと外し、キィの両手が私の頬を包み込みます。そしてキィは私と同じ目線になるように軽く腰を屈め、その瞳を切なそうに細めて――


「いつか、そう遠くない未来にルゥ様が望んでくだされば…もう一つの方法をお教えしますよ」

 今はまだダメですと微笑みながら言い、キィが段々近くなって――思わず目を閉じて――瞼に一瞬触れるくらいの――でも優しく暖かい何かが――降りてきて……


 そぉっと目を開けると私の好きなふんわり笑顔のキィ。――さっきの一体なに?


「あの、キィ?」

「……そろそろお休みの時間ですよ、ルゥ様」

「でも…」

 抗えない眠気が襲ってきて――キィが見えなくなる――ふわふわと浮く感じと「おやすみ、ルゥ」というキィの声と共に眠りに落ちていく……。





――side Keemun――


「おやすみ、ルゥ」

 魔力を使って強制的に眠りにつかせたルゥを抱え上げてベッドへと移動し、そっと降ろし布団をかける。瞼にかかる前髪を脇に除けて――さっきここへ触れたと思い出すと顔が熱くなるのを止められない。


 あれ以上あの瞳を見ていたら歯止めが効かなかった……。


 頭をガシガシとかきながら彼女を盗み見る。ふと月明かりでも見える紅い口に目がいって「ああもう!」と悪態を思わず吐く。



――精霊は気ままな存在だ――それが今は苦しい。



 ルゥを守りたいのに――傷つけてしまうんじゃないかと不安になる――



笑顔が見たいのに――何かを怯えるような拒絶するような時折見せる彼女の儚い微笑みが自分の無力感を痛切に感じる――



頼って欲しい――俺は頼りない?――



ねぇルゥ。お願いだから『    』って言って。



そうすれば俺は君を絶対に守るから



どんなものからでも―――



読んでくださってありがとうございます。

次回更新は5/5の予定です。

よろしくお願いします。


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