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18 ―新しい日々のはじまり― (後編)

 中庭に着くとキィが的になる石柱や土壁を幾つかにニール用の水盆などの準備を終えて待っています。


「いつもより数が多い……ありがとう、キィ」

「いえ、お気になさらず」

大変だったでしょうと声をかければ、いつものふんわり笑顔。うん、今度キィの好きなお菓子を作りましょう!



ニールと共に水盆の前に立ち、始めましょうと言うところで――

「ちょっとタンマ!」

とディン様からまさかのストップ。


「ディン様?何かありましたか?」

「ルゥ、オレとやろう!」

「え?」

「私もルゥとしたい」

「セイ様?」

「ダメ?」

「ダメではないですが……」

 どうしましょうとニールを見ると、ニールは私にニッコリと笑顔を向けて「姉さま、いいよ」と一言。


「ニール?」

「ぼく、今日は一人でやってみる。キームンに見ててもらうから」

 ニールがキィを仰ぎ見れば、キィは苦笑いしながら了承の意を返します。

「キィ、お願いできる?」

「お任せ下さい。ニルギリ様のセンスはよろしいですから」

「ほんと!?」

「えぇ、もしかしたら今日中に出来るかもしれません」

「そっか…うん!姉さま、ぼく頑張るね!」

「応援してるわ。でも、気をつけてね」

 はい!と元気よく答えてキィを伴って水盆の方へと行きました。

 キィが付いてくれているのなら大丈夫でしょう。……もう姉離れなのでしょうか。成長は早いものです。



「なんかさ~さっきから負けてる気分がするのは気のせいか?」

「……気のせいじゃないよ、ディン」

「2週間の間になんてことだ……」

「まぁ、これから挽回するしかないよ」

 ディン様とセイ様は何を話されているのでしょう?


「あの…セイ様、ディン様?始めませんか?」

「あぁ、ごめん。さっそく始めよう」

「おう!んで、何からやるんだ?」

「そうだね。……確かリシーハット団長の指示は、2週間〈共鳴(シンクロ)〉しなかった期間後の属性の上がり具合と反対属性使用時の威力がどうなるかだっけ?」

「……よ、よく覚えてるな」

「当然でしょう。……まさかディン」

「うん、忘れた」

「君って人は……」

「セイがいるからイイかな~ってさ」

 あはは~と笑うディン様に今度はセイ様が頭を抱える番。お、お疲れ様ですぅ…。



「じゃあ、始めよう。ルゥ、手を」

「はい」

「ちょっと、セイ!」

「ディンは後。やること忘れてたんだから、先にレポート書いて」

「……分かったよ」

 渋々ながらも素直に作業に入るディン様。


「ふふ、お二人は仲が良いですね~」

「私はルゥと仲良くしたいのだけど……」

「なんか嬉しくない…」

 羨ましいです~と笑う私にセイ様とディン様は顔を見合わせて苦笑い。こういう所も似ていると言ったらまた怒られてしまいますかしら?



 気を取り直して始めます。セイ様と手を合わせて〈共鳴〉を開始します。2週間会っていないだけで手も変わった気がします。以前より硬くなったようで……。私には知りえない事なので分かりませんが、あの長雨の対応期間は大変だったのでしょう。


セイ様は十分に魔力を練ってからウィリ()の系統の魔術を使用します。


「〈鎌鼬の舞(シャル・ドゥ・ウィリ)〉」

 静かでそれでいて鋭さを秘めた声でセイ様が魔力を〔言葉〕に乗せて命じます。不可視の刃が以前よりも硬度を増しているはずの石柱を切り刻んでいきます。

 石柱は半分以上の範囲が切り崩され、以前よりは威力は向上していますが上がり具合の幅としては期間を開けていない時よりほんの少し大きいくらいでしょうか。

 破片が術の範囲より飛び出していないところを見ると、セイ様のコントロール力は精密さを増しているようです。〈共鳴〉では増幅しないようなので、セイ様の努力の賜物ですね!

 私も見習わなければと心に刻み、まずはセイ様と結果をまとめます。


「う~ん、思ったよりは上がらないみたいだね。期間を置くより回数なのかな?」

「でも以前、毎日〈共鳴〉をしてみても上がり幅はそれほど増えませんでした」

「あの~」

「そうなると……一定期間のペースがあるのかもしれないね」

「分からない事ばかりですね」

「もしもし?」

「まぁ、前例のないことだし。ゆっくり確かめていこう」

「はい」

「オレのこと忘れてませんか!?」

「忘れていないよ、ディン。ただルゥと話したかっただけだから」

「それの方が酷くない!?」

「じゃあ、次はディンの番だね」

「……あとで覚えてろよ!」

「ディンが覚えてたらね」

「……なんか疲れた……」

 今度はディン様がお疲れの様です。



「ディン様、休憩しますか?」

「イヤ、やるよ。ルゥとなら」

「頑張りましょう!」

「おう!」


 今度はディン様と〈共鳴〉。ディン様の手も…セイ様よりも硬い気がします。傷もあるみたい。凄いなぁと感心ばかりです。

 ディン様は魔力を練り……もしかしてこれはエリュトロン()系の術!? ディン様は精霊さんから加護を賜っていますが、こんなにも早く上位のものをあっさりと使えるようになるなんて!

 よっぽど魔術が好きなのですね。



「〈獄焔の渦(エリュ・ダ・バルカ)〉!!」

 ディン様の力強い声により解き放たれた魔力が〔言葉〕通りに焔の渦となって3重の土壁を包み込み、黒い塊に変え崩れ落ちていきます。い、威力がすごい……。

「よっし!上手くいった!やっぱりルゥと〈共鳴〉と安定するな!」

 と喜んでいるディン様ですが…これって上がり具合どうのこうのの話ではない気が……。

 そおっとセイ様を見れば引きつった顔。そうですよね……。


「ディン…やりすぎ」

「へっ?」

「これじゃ上がり具合が分からない……やり直し」

「げっ!マジ?」

「マジ?じゃないでしょう。まったく…ルゥにも負担かかるんだよ?」

「う、ごめん。ルゥ」

「私はまだ大丈夫です。でも今日はもう難しいですね、土壁がありません…」

 ディン様が消し炭にしてしまった土壁ですが、無から有ではなく実際にある土を成形強固したものなので材料がないと作れません。ちなみに今日用意したものは外から持ってきた土なので直ぐには作れません。

 視線を水盆の方へ向ければ驚いて固まっているキィとニール。あ、キィが頭を抱えてしまった……。


「あ……。と言う事は……?」

「保留。次回に持ち越しだね、残念でした」

「うわーやばいっ!絶対に言われる~」

 涙目のディン様ですが、これに関して私は何もできません。アル姉様に叱られてください。



  本日のするべきことはディン様の強力な魔術により終了です。反対属性使用時~も次回に持ち越しになりました。とりあえず分かった部分だけレポートにまとめます。机を挟んで向かい合って座ります。

 レポートを書き終わり、机に広げて見てみればセイ様もディン様も字がキレイです。

 文字は2週間では変わらないな~と思って、ふふっと笑いが零れてしまいました。


「ルゥ?何か面白いことあった?」

「面白いと言いますか……字は変わらないなと思いまして」

「字?」

 レポートを見返しながらも私の笑いに気付いたセイ様に尋ねられ、答えるとディン様も不思議そうな顔を向けます。


「はい。手のひらは変わったような気がしたので」

「手のひらねぇ~。ルゥは何が違うって思うんだ?」

 変わってないと思うんだけどなーとディン様が自身の両手のひらを見比べてにぎったり開いたりしています。


「そうですね…」

 失礼しますと両手でディン様の右手を取り説明します。

「両手とも以前より硬くなった気がするんです」ふにふにと指の先を押してみたり、マッサージするように手のひらを揉んでみたり。

「そ、それは…剣も…してる、からかもな?」

 ディン様の声がいつもより高い気もしますが…あ、傷痕発見! 「ここに傷もあるんですね」となぞると「うひゃぁ!」と変な声?

「はぃ?」と見上げると左手で顔を抑えて――隙間から見える顔と耳が真っ赤になっているディン様?と手を顎にかけ考え込んでいるセイ様。


「あ、あのディン様。痛かったですか?」

「いいい、イヤ。うん。ちょ、ちょっとくすぐったくて。気持ち良かったというか何と言うか……」

 あー、もー。なんだコレ。ちょっとヤバイ!とごにょごにょ言いながら机に突っ伏してしまいました。

 いったい何が?


 どうしましょうとセイ様に助けを求めるとニッコリと微笑んで手招きで私を呼びます。少し椅子の向きを変えセイ様の正面になるように座りなおします。


「あの、セイ様。ディン様は……」

「大丈夫だよ。ちょっと自分の世界に入っちゃてるだけだから。それより、私の手はどうかな?」

 変わったかな?と私に右手を差しだします。え~と良いのかな?と思いつつセイ様のこの笑顔には何か逆らってはいけない雰囲気が感じられるので「失礼します」と断りをいれ、触ってみます。


 ディン様よりちょっと体温が低いのがひんやりと感じます。線の細い感じがしますが、やはり男の子の手です。先程と同じく指先を触ったり、全体をマッサージのようにしてみたり。

「…あれ?」

「ん?どうしたの?」

「ここ、硬いですね」

 そう指さした場所は中指の第一関節近く。

「あぁそこ? 今回の件もそうだけど結構書くことが多くて指の当たるところみたいだ」


 ……すごいなぁ。1歳しか違わないのに、遠く感じます。その場所に行きたい。方法はなくはない。でも、その場に立つ覚悟はまだ今の私にはありません。矛盾ですよね。


「ルゥ、大丈夫。私達はまだ子供だよ」

「セイ様……」

 私の逡巡が伝わってしまったようでセイ様は私の手をそっと――まるで壊れやすいものを扱うように――包み込み、慰めてくれます。

「それに、ルゥにはルゥにしか出来ないことがあるよ」

「私にしか出来ないこと……ですか?」

「そうだよ」

「……それは?」

「それは、私の――「姉さまー!」」

 私を呼ぶニールの声に――セイ様に手を包まれたままなので顔だけ――思わず振り返ると水盆から水柱が立ち上がっています。すごいです!昨日までは不安定で立ち上がったままに出来なかったのに。


「ニール!出来たのね、おめでとう!」

「はい、姉さま! ありがとうございます」

「明日はもう少し難しいものに挑戦も出来るでしょう」

「本当?キームン」

「はい」

「じゃあ、頑張る!姉さま、見ていてくれますか?」

「えぇ」


「おーい、セイ。大丈夫か―」

「あ、え、うん。だいじょうぶ……」

 ……あ。セイ様とお話の途中だったのに、ついついニールと会話をしてしまいました。

「セイ様、ごめんなさい! お話の途中で……」

「気にしないで、焦ると良い結果は出ない事を今日は良く知ったから」

 ちょっと遠くの方を見ながら言うセイ様。……とても微妙な雰囲気になってしまったような…?この空気を換えるには休憩をした方が良さそうですね。


「そ、そろそろ休憩にしませんか?今日もお菓子を作ったので」

 焼き菓子以外もありますと言えばディン様が机に乗り上げる勢いで喜んでくれます。

「おー! ルゥのケーキ久しぶりだから、すっごく楽しみにしてた!」

「もちろん届けてくれていた焼き菓子も美味しかったよ。本当にありがとう」

「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」

 これが今の私に出来ることですね。



~~~~~~



 今日はサロンに用意してもらっているので、そちらへ向かいます。

 今日使用するサロンは白と黄緑を基調にした装飾でまとめてもらいました。初夏をイメージですね。中央のテーブルにはキィ達と用意したお菓子が所狭しと、しかし品よく並べられていてセラのセンスの良さは素晴らしいです。

 時間に合わせて焼いてもらったクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子にタルトとロールケーキにはフルーツたっぷり。ミルフィーユとミルクレープはシンプルにしました。定番になりつつあるリモンとショコラのムースにミルクとベリーのムースもあります。



 丸テーブルなので私から時計回りにセイ様、ディン様、ニールの順です。セイ様がいらっしゃる時はキィ以外の使用人達はどうしても緊張感が抜けきらず、セイ様達も落ち着きにくいと言う事でキィ一人が給仕をするのが定番になっています。

 私も手伝うこともありますが、キィの淹れるお茶は美味しいのでいつもお願いしてしまいます。



 これが好きだとか、こんな味が食べてみたいと言う話や――セイ様はムース類がお好きなようで誕生日には独り占めしたいとかディン様はタルトを口いっぱいに頬張ってしまって目を白黒させてしまったり。ニールはまた手伝いたいと約束したりなど――話せる範囲での勉強の内容や、あの2週間の話などをしていた時にふとセイ様が思い出したように私に尋ねます。


「そう言えばルゥは『花祭り』には誰と行くの?」

「『花祭り』ですか?」

 ……聞いたこともないのですが。キィに助けを求めると彼も知らないようでゆるゆると頭を振った後「申し訳ありません」の一言。ニールも「ぼくも知らない」とのこと。


「あれ?知らない?」

「はい。去年はなかったですよね」

「あぁ、5年ごとの開催だったかな」

 ……5年前と言えば私は3歳です。その頃は――〔記憶〕を思い出し始めた頃で――寝込んでばかりと聞いていますので記憶があやふやです。それに褒められたことではないですが、セイ様のように記憶力はそんなに良くはありません!


「すみません、記憶にもないのですが…」

「ルゥは1歳下だから3歳か…そりゃわかんないよな~」

「ディン様は覚えているのですか?」

「んにゃ、ぜんぜん!」

 当然!と胸を張るディン様にセイ様はやれやれといった表情です。私もニールもキィまでも呆けてしまいました。


「……え~と、それで『花祭り』とは?」

「るぅ~」

「ディン、今のは君が悪い」

「なんで!?」

「なんでも。で、『花祭り』だけど…」


「無視!?」と叫ぶディン様を放置して――良いのかな…?――セイ様が話してくれた内容は、5年ごとの『花祭り』――本来はヴィア・フルリア・フェスタリートと言うそうですが長いのでみな通称の『花祭り』と呼んでいるそうです――は初代の王妃様は花が大好きな方だったそうで初代の国王陛下が事あるごとに花を贈っていたそうです。国王夫妻を慕っていた国民もそれに倣い種類が多く咲き乱れるこの時期に花や花をモチーフにした飾りやお菓子を贈り合うのだそうです。感謝の意を示すのであれば毎年でも良さそうなものですが、5年ごとに初代王妃様のお好きな花が咲くのでそれに合わせたそうです。

 王宮の庭園も一部解放されて、希望者は抽選で見られるそうです。


「その花というのが、『アウロラ・ローゼ』。白い花弁の多い薔薇なのだけれど満開になると中心から色が段々変わって虹の様になるんだよ」

「素敵ですね~」

「ぜひ、おいでよ」

「それはダメです」

 いくら王太子殿下と友人でもこういう時に優遇はいけません。


「大丈夫、ルゥを抽選の枠にいれるのではなくて招待だから。母上のね」

「王妃様ですか!?」

「そう、母上もルゥに会いたがっているから」

 これが招待状、ニールとキィの分もあるよと私の前に王妃様の蝋封がしてある封筒が差しだされます。

 自分の名前の入った封筒を見たキィはそれを訝しげに見た後、セイ様に問いかけます。


「私もですか?」

「そうだよ、キームン。ルゥの護衛はいたほうが良い」

「オレとセイもずっと傍にいたいけど、どうしても無理な部分もあるからな」

「……」

「それに、こういう時に“エディアール”を示しておく方がいい」

宰相(父さん)も早い方が良いって言ってたしな」

「……確かに。謹んで参加させていただきます。」

「うん、よろしくね」

 そのまま真面目な表情でやり取りを始める3人。どうしたのかしら?と同じ気分でいるだろうニールを見ますが、彼も真面目な顔で頷いています。あれ?私だけ蚊帳の外?



「姉さまと一緒にお出掛け、楽しみです!」

 悩んでいる私に気付いたニールがニッコリと笑って私を見上げます。そうですね、珍しい花も見られるということですし、ニールとキィとお出かけです。

「私も楽しみですよ」と私も微笑みを返します。


 花をモチーフにするか、それとも花を使ったお菓子だったらどんなものを作ったら良いかしら?と考え始めた私のことを見つめていた4人の瞳に光が煌めき始めたことは私は気づくことはありませんでした。



読んでくださってありがとうございます。


次回更新は5/3予定です。

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