17 ―新しい日々のはじまり― (前編)
またの名を攻防のはじまり…
ほのぼのな日常話。
ニルギリ――ニールが我が家の一員になって早2週間。そろそろ季節はラランに入ります。
彼の努力もあって直ぐに私達は打ち解けていきました。
精神的にはまだちょっと不安定なところもありますが、おおむね穏やかに過ごしています。
可愛いんです!一人で寝るのがまだ怖いらしく、枕をもって姉さま?って来られると許しちゃいます。ただ、次の日のキィの機嫌が悪くて困った時もありました。今は解決してますよ!
ニールは勉強が好きだったようで、一週間で私と同じ勉強をしています。姉の威厳が……。でも、ニールと勉強するのは楽しいです。本を読むのも好きみたいで図書室に籠ってしまうこともあります。
カイルベッタ――やっぱり、ニール付の侍従でした――によるとニールの姿が見えなくなったら、図書室か私の傍だそうです。見つけやすくて何よりとのこと。
私とキィの様に、ニールとカイルベッタも仲が良くて一安心です。
勉強では少々後れを取っている姉ではありますが、魔術では一応教える方です!まあ、元々2年先輩ですから。
ニールは魔術を始めて10日ほどしか習っていなかったので、まだまだコントロール練習からです。初めて会った時にした〈共鳴〉のせいか、ニールとも相性が良くアズゥが強くなるみたいです。
今日は久しぶりにセイ様とディン様が魔術練習に加わると言うことで休憩にためのお菓子を作っています。
本来この時間は勉強の時間なのですが、久々にお二人に会えると言うことでなんとお母様が特別に許可を下さいました!でも、お土産用も作るのでキィとセラにも手伝ってもらっています。
「お嬢様、あとは何をすれば宜しいですか?」
「ええっと、そうね…。じゃあ、セラはお土産用のクッキーを焼き始めてくれる?お茶の時間の分は焼き立てでお出したいので、その分は除けておいてね」
「かしこまりました」
「お願い。キィにはフルーツをカットしてタルトとロールケーキに」
「かしこまりました。クレープ生地とパイ生地は冷めております」
「ありがとう、私はそれの仕上げと……あら、ニール?」
セラとキィに指示をしてふと視線を上げると入口からこちらをこっそり覗いている義弟のニールとその侍従のカイルベッタ。……なぜ半分だけ? そしてニールのほっぺが膨らんでます??
「え~と、ニール? どうしたの?」
「………」
無言で私を見上げるニール。う~ん、可愛いのだけど…どうしたらいいの?
「カイルベッタ、どういう状況か教えてもらえるかしら?」
「え~とお嬢。ニルギリ様はただ、拗ねてるだけです」
「拗ねてない!」
「いや、拗ねてるじゃないっすか。さっき、『姉さまいなきゃ勉強しないっ』とか」
「ああああーーー!ちがうの、姉さま!」
「いや、ホントです」
「カイル!!」
あらあら仲が良くて好いことです。
思わず私もキィもセラも手を止めて二人のやり取りを微笑ましく見ていました。
このまま見ていたい気もしますが、時間もあまり余裕はありませんので止めないといけませんね。
「そろそろ落ち着いて? ニール、それでどうしたの?」
「あ、…あの、姉さま?ぼく…」
声をかけると真っ赤になって下を向くニール。必死になにか言おうとして、でも言えなくて…というそんな状態で。う~ん可愛いなぁ。
うんうんと悩んでいたニールにカイルベッタが何か耳打ちしたと思ったらバッと顔を上げて真っ赤な顔のまま「姉さまのお手伝いしたいんです!」と。
打ち解けてきたと言ってもニールはあまりワガママを言いません。その彼が自分から何かしたいと言うのが嬉しい。涙か出そうなのは秘密です。
「お手伝いしてくれるの?ありがとう、ニール」
「はい!」
ぱぁっと花が咲くような笑顔になるニール。みんなが笑顔になります。
「じゃあ、カイルベッタもよろしくね?」
「え?オレもですか?」
「当然でしょう、カイルベッタ。手先は器用なんですから」
「キームン!?なんか喜べない言い方なんだが……」
こちらの同僚同士も仲が良さそうで何よりです。カイルベッタも味見したさに手伝いをする人たちの一人でその中で一番器用でセンスがあるのです。
「じゃあ、セラはそのまま続けてね。カイルベッタはフルーツのカットとタルトをデコレーション。覚えているでしょう?」
「りょ~かい」
「お前は軽すぎる!」
バシッとキィに叩かれるカイルベッタ。え~と年齢的にはキィのほうが下なのですが…まぁ、カイルベッタですし。
「キィはロールケーキとパイを仕上げてもらえる?」
「かしこまりました。そのままムースのカットと仕上げで構いませんか?」
「えぇ、お願い」
キィは本当に私のやりたい事を分かっているのですね。う~ん、いつかビックリさせたい。
「ニールは私とミルクレープを仕上げましょう」
「はい、姉さま! どんなお菓子か楽しみです!」
「うふふ、楽しんで作りましょうね♪ じゃあ、みなさん。手を洗ってから始めましょう!」
「「「「はい!」」」」
クリームを塗るのをニールに任せて私は隣でもう1台仕上げます。熱中しているニールの瞳にはキラキラと夜空の星々のような輝きがあるようです。
「姉さま、これでいいの?」
「えぇ、上手よ」
「……姉さまのとぜんぜん違う」
シュンとしてしまうニール。あぁ、どうしましょう!
「に、にーる? ニールが作ったのは家族用にしましょう。きっとお父様もお母様も喜ばれるわ!」
「父さまと母さま、喜んでくれる?」
「えぇ、きっと!もしかしたらお父様が全部食べてしまうかもしれないわ」
「だめ!みんなで一緒に食べる!」
「そうね、ちゃんと分けて食べましょうね」
「はい!姉さまにはぼくが食べさせてあげるね!」
「う、うん?」
「良いでしょう?」
「え、えぇ……え?」
楽しみ~とニコニコしているニールに言い間違えじゃないかしら?とは聞けませんでした。
~~~~~~
昼食を終え練習服に着替えてセイ様とディン様をエントランスホールでお待ちします。
ニールも練習に参加するので着替えています。キィと同じデザインでとても良く似合っていて、兄弟みたいねと言ったら二人に微妙な顔をされカイルベッタが大笑い。なぜ?
二人に叩かれたカイルベッタはまだ残っているお茶の支度の戦力としてセラに連れていかれました。よろしくお願いしますね、セラ。
え~と、私の衣裳は変わりません。フリフリです。デザイン変更は当分ないそうです。しくしく。
せめて髪形だけは!と言うことで、左肩に流すように編み込みに変更してもらいました。第2候補はお下げでした。お母さまは何故二つ結びにこだわるのか分かりません。
ニールと今日の練習内容を確認していると外で話声が聞こえ始めました。到着されたようです。
「ニール、落ち着いてご挨拶をね」
「は、はい!姉さま……あの」
「なにかしら」
「ちょっと、ぎゅってしても良いですか?」
やっぱりドキドキが止まらないんです…と困ったように笑うニール。こういった顔も可愛いんですが、笑った顔の方が好きなのでカワイイお願いは聞いてしまいますね。
「えぇ、いいわよ」と腕を広げればぎゅっと抱き付いてくる義弟。この年齢では少し小さい方に入っていますが、彼の実父は背の高い方だったそうなので、すぐに追い抜かれてしまいそうです。
はやく大人になりたいと頑張っているニールですが、まだ色々と不安なことが多いのでしょう…たまの甘えは年相応でホッとします。思わず彼の柔らかい濃紺の髪を撫でていると視線を感じ、顔を上げると…切なそうな顔のキィ?
私の視線に気が付いたキィは一度目を閉じて…再び開いたときはいつもの笑顔で。あの一瞬の表情は幻だったのでしょうか……。
「お嬢様、ニルギリ様。そろそろご準備を」
「そうね。ニール、少しは大丈夫になったかしら?」
「……はい、姉さま。ありがとうございます」
そう言いながらちょっと名残惜しそうな声にちょっと笑ってしまいます。
「ルゥ、会いたかった!」
「やっと、来れたー」
以前と同じ練習服を着ていますが、どこか違った雰囲気を感じる気がします。何と言いますか……大人っぽくなったような……思わず見惚れてしまいます。
「ルゥ?」
「どした?」
「! い、いえ。なんでもないです。お久しぶりです。セイ様、ディン様」
お元気そうで良かったですと笑顔を向ければ、少しキョトンとしましたが笑顔を返してくれるセイ様とディン様。ご、誤魔化せたかしら……?
「ルゥに会えない日がこのまま続いたら私は生きられないよ」
いつの間にか私の前に立ち編んだ髪をすくい上げて自身の口元に持っていく…えっと、セイ様?この行動は一体?それにその言葉は色々と大げさでは?
「な、ん、で!セイはいっつも抜け駆けするんだよ!!」
「抜け駆け?なんのこと? ただの挨拶でしょう」
「挨拶ちがう、絶対違う!それにそんな事、普通しないだろー!」
「え? ルゥにだったら普通だよ?」
「お前はーーー!」
あ、ディン様が頭を抱えて蹲ってしまいました。
「あの、ディン様?お加減が悪いのですか?」
「え?あ、大丈夫!」
「そうですか?」
「あぁ!それより、ルゥも元気そうで良かった」
「私は元気ですよ」
「うん。で、そこのちっこいのが新しい義弟?」
私の後ろにいたニールに気付いたディン様が覗き込んで目を輝かせています。セイ様の行動すっかり紹介のタイミングを失っていました。ごめんなさい、ニール…。
「はい、そうです。ほら、ニール。ご挨拶してね」
「は、はい。姉さま」
ニールに前に出るように促して私は一歩後退します。キィが後ろにスッと立ったのが分かりました。
「ニルギリ・メルローズと申します。セイロン殿下、ディンブラ様。お会いできて大変嬉しく思います。以後、お見知りおきください」
ニールの一生懸命な礼にセイ様とディン様も微笑み、返礼してくださいます。
「私はセイロン・プリミアス・ラバーズリープ。こちらこそ、よろしく。セイロンで良いよ。よく会うだろうし、あまり気負わないでくれると嬉しい。」
「ディンブラ・スッタセン。ディンでいいぞ。よろしくな、ニルギリ!」
「はい!ありがとうございます。セイロン様、ディン様」
3人ともすぐに仲良くなれそうですね。
良かった……でも、嬉しいと思いつつもちょっと寂しさも感じていると、キィの声。
「お嬢様、皆様。そろそろ移動しませんと練習時間も休憩時間もなくなってしまいます。」
キィには私の寂しさが分かる感覚でもあるのでしょうか?不思議です。
「そうですね。ありがとう、キィ」
「いえ。それでは私は先に行って準備を」
「お願いします」
先に行くキィを見送って3人を振り返り、声をかけます。
「セイ様、ディン様、ニール、参りましょう」
「はい!姉さま」
「そうだね、ルゥと試してみたいこともあるし」
「そうそう!せっかく再会できたのに何もせずに帰ったら何て言われるか…」
アイツは絶対チクチク言ってくるんだーとまた頭を抱えるディン様に私達は笑いを堪えることはできませんでした。
ニールと手を繋いで中庭に向かいます。私達の後ろからセイ様とディン様が歩きます。
本来はこのような侍従の案内なし、私が前を歩くなどは許されないのですが、『勝手知ったるなんとやら』という事と以前は休みの度に来られていたと言うことでそのあたりはお咎めナシとのこと。
歩き始めて少し経った後、後ろでセイ様とディン様が何か話しています。気にならないと言えばウソになりますが、こういう時にどうしていいか分かりません。
「あのさー」
「それっていつもなの?」
とディン様が後ろから声をかけます。立ち止まって振り向くとちょっと困ったような顔のディン様と珍しく不安そうなセイ様?
え~と何のことかわかりません。いつもと違う表情も気になります。
「それとは?」
「手」
「て?」
そうそう!と頷き、私とニールの間を指さすディン様。
「手。いつも繋いでいるの?ニルギリと」
「いつもでは……?あれ?」
あの騒動の時からニールと手を繋ぐのは無意識でしてましたね。もしかしてニールは嫌がってた?
「ニール、ごめんなさい。私ったらついつい無意識で…」
「え!?姉さま?ぼく、姉さまと手を繋ぐの好きだよ?」
「そうなの! あぁ、良かった」
ホッとしました。
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「セイ…これって……」
「なんだろう、この敗北感……」
「「聞かなきゃ良かった……」」
*********
続きます。
読んでくださってありがとうございます。
2章時年齢
ルフナ:8歳
セイロン:9歳
ディンブラ:9歳
ニルギリ:6歳
キームン:12歳