14 ―新しい家族― (前編)
災害から派生する内容が含まれます。
申し訳ありませんが、苦手な方はご注意又は回避をお願い致します。
キィと魔術の練習を始めて、セイ様とディン様が加わって。アル姉様が教えて下さるようになって楽しい毎日が過ぎていきます。
アズハルは私にとって一年が始まる季節です。
先日、8歳になりました!
誕生日には畏れ多くもあのお茶会のメンバーがいらっしゃいました。お父様から聞いた我が家の使用人さんたちの石化→ハイテンションな一週間は今でも申し訳ないです。
でも、その頑張りのおかげでとても楽しくて素敵な誕生日を迎えられて私は幸せ者です。
プレゼントもビックリでした。お父様、お母様、国王夫妻、スタッセン公爵夫妻合同で私のキッチンリニューアル&材料優先券。……職権乱用ではないかと気にかかりましたが、皆様の笑顔に考えないようにします。
セイ様とディン様はお二人で髪飾りと銀と金のリボンを。髪飾りは可愛い花の意匠で葉っぱの部分がシャラシャラと鳴るんです。何か特別な時に使いたいです!
キィやセラ、エネ達は前回と同じものをくれました。私が使い終わりそうになったのを知っていたようで、さすが我が家の使用人さん達です。
キィには他にもプリムラの花束とまたあの幻想的な世界を見せてもらいました!前回よりも長く見られましたよ♪
ウィッティとアーテの声も聞けて――キィはまたか!と怒ってましたが――幸せなひと時でした。
それから、後日アル姉様にもいただきました! ライラックの花の描かれた小さなパヒュームボトル。もう少し大人になったらこれに好きな香りを入れてね♪とのこと。
大人の女性って素敵です!……でいいんですよね?
~~~~~~
アズハルにしては珍しく長雨が続いています。その所為で各地に色々と災害が起こってしまいお父様もお母様も駆り出され、新しい術はしばらくお休みです。
セイ様とディン様は将来の為に対応の勉強だそうです。
こちらには来られないのは当然とは思いますが、手紙のやり取りも出来ないくらいなので身体に気を付けていて欲しいと思います。
私も手伝いたいと思いながら、まだ未熟なのでひたすら復習の繰り返しです。何もできないことがもどかしい。そんな状態だからでしょうか……また最近〔記憶〕の夢を見ます。
断片的でなかなか繋がりがなく、まるで泡のように現れては消えていく。淡く儚い〔記憶〕達。
自分のもののハズなのにシックリこない違和感。そんな不思議な感覚。
そんな中で謎だったお菓子、『シュークリーム』の〔記憶〕を見た時は、起きた瞬間に「分かったー!」叫んでしまい、我が家を混乱に陥れてしまったのは消したい記憶です。
本当に申し訳なかったです………。
その『シュークリーム』ですが、まだ完成できていません。なかなか膨らみが一定にならず未だに練習中。お菓子は奥が深いです! 諦めずに完成を目指します。他のお菓子は何回かでうまく出来ていたのに…不思議。
あの〔記憶〕の中で〔サエちゃん〕は〔私〕の作る『シュークリーム』が好きだったようで何度も作って~って言っていましたっけ?
――――――
「サエちゃん。誕生日プレゼント、何がいい?」
「シュークリームかサントノーレかパリ・ブレスト! あ、プロヒィットロールでもイイヨ~」
「って全部シュー生地じゃない」
「クッキーシューでもパイシューでも可!」
「どれだけ好きなのよ……」
「だって、あんたのシュークリーム好きなんだもん」
「それは嬉しいけど…素人だよ?」
「人それぞれ好みがあります!」
「ふふ、ありがと」
「ヨロシク~(……いっぱい作ってよ、良い思い出に塗り替えてやるからさ)」
――――――
……そういえば、あの時の〔記憶〕は不思議な感覚の〔記憶〕でした。〔私〕のはずが最後は〔サエちゃん〕の声が私の中に響いてきたんです。今まではこんな事はなかったはず…。
8歳になってから、〔記憶〕で見える感覚が変わってきました。これからまた変化するのでしょうか……。少し怖い気もします。そう考えると余計に寒気もしてきたようで思わず身震いをしてしまいました。
そんな時、やはり気づくのはキィなのですよね。
「お嬢様、室温を上げますか?」
「いえ、大丈夫です。寒くはないのです、ただ…」
「……ただ?」
「…あの…き、今日も朝から雨だなぁと。まだまだ降りやまないのが気になって」
話題を変えたことに訝しんだキィですが、私が口を噤むのが分かったのでしょう。変えた話題の方へ転換してくれます。今はその心遣いに感謝をしつつ私も話を続けます。
「お父様とお母様、今日はお帰りになるかしら」
「先程家令のアーマッドさんに確認しましたが、戻られる予定だと」
「そうですか、ありがとうございます」
言葉少なに会話が終わってしまって、お母様から課された淑女教育の一環の刺繍を再開しましたが……長雨以外の憂鬱の原因ですね、これ。
どうしても上手く刺せないんですよ……。イニシャルなど簡単なのは何とかなるんですが、花や動物などになると途端に訳が分からなくなります。
以前作った小鳥はネズミと思われるし―――
「可愛いネズミだね、ルゥ」
「……違います、セイ様。小鳥です」
「えっ!」
「この前の猫が山よりは同じ動物で「ばかディン!」あ」
「もう知りません!!」
―――なんてことがありました。あの後一週間は口を聞きませんでしたけど!
ふぅと雨粒がたたき続けている窓を見上げながら、ついため息が零れてしまいます。するとにわかに屋敷内が騒がしくなる気配がします。何かあったのでしょうか?
キィに様子を見に行ってもらっている間に外に出ても平気なようにセラに手伝ってもらって服を整えます。
暫くしてキィが戻ってきて、お父様とお母様が呼んでいると言うことで指定されたサロンへ向かいます。あまり褒められたことではありませんが、気も急いていたためキィに魔術のサポートをお願いして廊下を<走り>ました。
サロンの近くで術を解除してもらいそこまでは小走りで向かいます。入口のより5歩ほど離れた場所にお父様がおり静かにという仕草で私たちを呼びます。
「お父様、何があったのですか?」
「ルゥ、この長雨のせいで災害が多いのは知っているな」
「はい。その為にお父様とお母様がお忙しいことも」
「すまんな」
「いえ、みんな居てくれますから。それよりも力になれない事が悔しいです」
本当は寂しい…でも、それよりも辛い事が起こっていることが悲しい。そういう気持ちを込めてお父様を見上げると嬉しそうな苦しそうな表情。
「そうか、ルゥは悔しいか」
「はい」
「じゃあ、出番かもしれないな」
「? お父様?」
「俺の友人でにね、テトレー伯爵と言う人がいたんだ」
『いた』。いるではなくそう言い切ったお父様は何かを押し殺した表情で続けます。
「彼と彼の家族がこの長雨の災害に巻き込まれて…一人息子だけが助かった」
あぁ、やはり。
「彼はね、とても優しい人だった。だけど彼の兄弟はそうではなかった」
残念なことになと泣きそうなお父様。思わず駆け寄って抱き付きます。
「彼の父親…前テトレー公が彼の息子――ニルギリと言う名前で6歳だよ――を引き取ったのだが高齢でね。それで交友のあった俺のところへ話が来た」
「では、お預かりするのですね?」
「いや、息子になってもらおうと思っている」
だからルゥにも協力して欲しいとお父様は家ではあまり見せない真剣な目で私を見ます。
「……私に出来ることならば」
「ニルギリは心を閉ざしているんだ。自分のせいで両親を失ったと思ってる。実際はそんなことは微塵もない。本当に運が悪かっただけなんだ。だけど彼は自分を責めてる。哀しみを持ったまま泣けないことを危惧した彼の祖父、前テトレー公が俺のトコに…というかルゥならと託された」
「私?」
「そうだよ、どうやら公はウヴァと知り合いで色々と話しているみたいだ」
全くアイツは!と苦笑いのお父様。
「まぁ、ウヴァのことはいいだろう。彼と会ってみるかい?」
「…はい」
「こんな事を言うのは何なんだが…いいのか?」
「お父様とお母様はお決めになったのですね」
「ああ、俺もディーも」
「では私も笑顔で新しい家族を迎えたいと思います」
「もう結論出すのかい?」
「はい。お父様のご友人の息子さんですもの。きっと仲良くできます」
「そうか……ありがとな。ルゥ」
「いえ、まだですよお父様。ニルギリくんに認めてもらわなきゃダメです」
「そうだね…。参った、娘がこんなに成長してるなんて」
「ひどい、お父様!」
まだ苦しそうだけど少しほっとしたような表情を浮かべるお父様。
私も安心したいけれど、本番はこれからですね。
「中に入る前にもう一つ。彼は全属性持ちだ」
「! セイ様と同じ!」
「そう、しかも魔力量も多くコントロール練習を初めて10日なんだ」
もしかしたら暴走の危険性もある。と渋い表情になってしまったお父様。
「それで私も呼ばれたのですか」
「そうだよ、キームン。確証はないけれど、君とルゥなら彼の魔力を抑えることが出来ると思う。今までの観測結果から君たちが〈共鳴〉すると周りの魔力を循環させているみたいなんだ」
思わずキィと目を合わせます。も、もしかして……!?それは――今は蓋をしておきましょう。
若干、二人とも引きつった笑みになったと思いますが、お父様に了承の意を示してサロンへ向かいます。入口の前で深呼吸。吸って吐いてをゆっくり3回。胸に手を当て〔精霊の光よ・我に導きを〕とおまじない。気を引き締めて中へ入ります。
サロンの中には毛布に包まりソファーに座る男の子と側に立つお母様。わずかに短い濃紺の髪が見える彼がテトレー伯爵子息でしょう。
「どうだい?」と聞くお父様にお母様は無言で首を振ります。
お父様は彼の座るソファーにソファーの横に膝をつきゆっくりと声をかけます。
「ニルギリ。俺達は君を家族に迎えたいと思ってる」
「……」
「君の姉弟になる、ルフナだよ」
お父様の視線に応え、キィと共に側に向かいます。ソファーの前で膝をつき――今回だけはお母様に目を瞑ってもらって――ゆっくりと声をかけてみます。
「こんにちは」
「……」
「私、ルフナっていうの」
「……」
「お名前、教えてくれるかな?」
「…なん、で?……」
毛布の隙間からこちらを伺うようにそっと覗く瞳は夜空の様な瑠璃色で――今は悲しみに沈んでしまっています。顔色もあまり良くないみたい…食べ物も喉を通らないのかもしれません。
「私、貴方と仲良くなりたいの」
「……なか、よく?」
「そう。できたら姉弟に…家族になりたいと思うの」
「……か…ぞ、く……」
感情のこもらない目で私を見る彼に手を差しだしてみます。反応を期待して――
「うん。だから…」
「……メ」
「え?」
「…ダメ!ぼくはっ!」
「お嬢様!」
爆発的に高まった魔力の渦が発生し、魔力風に飛ばされそうになるのをキィが魔力を使用し支えてくれます。お父様は入口の方でお母様を支えています。
「ニルギリくん! ルゥちゃん!!」
「私は大丈夫です!」
「ルゥ!無茶はするなっ!!」
「大丈夫です!キィ、行きましょう!!」
お母様とお父様の声に答えつつキィと手を繋いで渦の中心――ニルギリくんの元へ進みます。
段々と勢いが強くなってきていてお父様達の声は聞こえなくなりますが…お父様達ならば無事でしょう。私の位置ならばまだ彼に声が届くかもしれません。
「ニルギリくん!」
「やっ!…だめ!……こ、ない、で!!」
「ニルギリくん!!」
「だめ……きちゃ!……やーー!」
このままじゃ彼が消耗して命に危険があるかもしれない!!
「キィ、彼の側に行く方法はない?」
「…一時的にこちらも魔力風を起こせば……」
「やります!」
「しかし!」
「迷っている時間はありませんっ!」
「ルゥ様!」
「お願いっ!キィ!!」
「……」
「キィ!」
「……わかった。……俺が同じ粒子濃度まで練り上げる!ルゥは集めてくれ!………いくぞっ!!」
「はいっ!!」
いつもの様にキィと指を絡めるように繋いで魔力を循環させます。お父様がさっき言ったことが本当ならば周りの魔力を干渉できるはずです!!
気持ちは焦るばかりですが、何とか鎮めるようにキィとの〈共鳴〉に集中し始めると段々と魔力の流れが私達の周りに集まってきました。
同じ威力になるようにとコントロールをしているキィが集中できるようにと私は集まった魔力が逆の渦になるようにイメージします。
「ルゥ!」というキィの声で一気に自身に溜まった魔力を解放します。
―――その瞬間、色の粒子が視えた―――
ニルギリくんの周りに渦巻く青と緑の粒子の渦に私達の白磁と漆黒の粒子の渦がぶつかり、何もない空間が出来ました。そこへキィは私を抱え上げ飛び込みます。
私達が入った瞬間に空間は閉じ、外はまた青と緑の粒子が吹き荒れています。息つく暇なく中心へ急ぐとそこに自身をかき抱いてうずくまり、「おとうさま、おかあさま」と泣くニルギリくん。
急いで彼の元へ駆け寄り手を握ろうしますが、払われてしまいます。
「ぼく…に、ちか…づい、ちゃ…だめ……」
「そんな事、言わないでっ!」
「だ…って、、ぼくは…ぼくが!」
おとうさま、おかあさまと泣くニルギリくんに何が出来るのだろう…。そう考えたくなるけれど、今はこの魔力を納めないと拙い!
手を握りたいけれど…また払われてしまうと時間がない!と思い彼にギュッと抱き付きます。ニルギリくんはビクッとしてから嫌がるように抵抗し始めますが、こうなったら我慢比べです。キィにも私の上から覆いかぶさってもらって無理矢理〈共鳴〉を始めます。すると頭の中に声が聞こえます……ニルギリくんの声と――?
――ぼくが――ぼくのせいで――
――おとうさまとおかあさまが――
『――違うわ――』
――ひとりは―――いやだよ―――
『――お前は一人じゃない――』
――おとうさま、おかあさま――
『あの時の約束を――誓いを―――』
―――おいていかないで――
『―――忘れないで―――』
……これは、『誰』?……でもこのままじゃ! ダメだ!!
「ダメっ! ニルギリくん!!」
――……だれ?
「帰ってきて!」
――ぼくは とうさまと かあさまと―――
「行かないで!」
――ぼく、は―――
声が聞こえなくなり、慌ててニルギリくんを見るとグッタリとしていますが寝ているようです。
魔力の渦も消えたようで入口で呆然とこちらを見ているお父様とお母様が見えます。何とか収まったと気を抜いたのが悪かったのでしょう。初めての魔力制御の、しかも無理矢理の力技に体力も精神力もかなり削られていたようで、私も眠くなり――ルゥ!――キィの慌てる声とを最後に意識が沈んでいきました……。
誰かの手が私の手をキュッと握った感覚を残して―――
読んでくださってありがとうございます。