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ノリとその場の勢いで、近所のポストに葉書を投函した帰り、自分のアパートの玄関扉を開いたら、卒業旅行で行った、フランスの宮殿の一室みたいなところに立っていた。
ふかふかの毛並みの絨毯を踏みしめる感触と自分の家とは全く違う、甘い花の香りのような芳香が鼻をくすぐる。
(え、え、)
受け入れがたい目の前の現実に、停止する。もしかしたら呼吸も。なんだか息苦しい。
天井まで続くアーチ状になった窓、重厚でたっぷりとドレープがきいたカーテン、木の深みがある椅子が一脚、二脚あって、
「ここどこぉ…」
二股に分かれた猫足の机を認識したところで、目の前の出来事に心臓が上にあがってくるような、胃の中のお昼御飯がすべて出そうな、そんな感覚がしてきて、停止していた思考と体が動き始めた。
「やぁやぁやぁ!ようこそ 異世界の美姫よ!」
バーンッ、と背中側にある扉が開き、白地のやたら布面積の多い人間が声高に現れた。や、もう頭パーンってなってるんで。もう、まいこのHPはゼロよ、状態なんで。そんな状態なのに、何このテンションの高い奴は。声からして男と判断できるが、コミュ障の気があるデブスなめんな!
たたかう
会話をする
にげる←
まいこは、にげる を選択した。
こちらに向かって歩いてくる男をよけて、ダッシュで扉を目指す。
「あ、あかない!なんでっ!?」
扉は押しても引いてもビクともしない。これ引き戸か?!と思い左右に力を入れてみても扉は男が現れた時のように開くことはしなかった。
「はははは、元気なようで重畳」
「ひいっ」
すぐ後ろで軽やかな声が聞こえる。
開かない扉など、ただの木屑である。正体不明の人間(男)と役立たず木屑、というか木壁に自らを追い込んで絶体絶命。何をやっとるか、わたしは。
「おや、怖がらせてしまったか…申し訳ない。どうやら、私はとても興奮しているようだ。私は、この国の魔導士長をしている、ランカレンツァ・アル・ロンドファタータ。先ほどからの無礼をお許しください、異世界の美姫よ」
「い、いせかい…」
背中を向けているわたしに対し、ランカレなんちゃらさんは、出現当初のテンションを下げて話しかけてくる。むしろ、名乗りを上げている人に対して背中を向けているわたしのほうが無礼じゃないのか、むしろ不法侵入じゃない?でも、いせいかいって言ってるんだけど、いせかい…いせかい…異世界!?
バッと木目を見ていた目を声のほうへ向けると、ずいぶんと近くに上等な物と一目でわかる白い布が目に入った。少し、視線を上げないと男の顔が見れなくて、ずいぶんと身長が高い男だということが分かる。
視線を顔へ向けると、テレビやネット上でしか見たことがないイケメンの顔があった。
「おおおおお…」
金色の切りそろえられた髪には、所々に黒髪が混じっている。肌は褐色で、その混じっている黒髪がランカレなんちゃらさんをエキゾチックな雰囲気にさせている。彫が深いのも相まって、圧倒される美貌である。年は、30~40歳くらいだろうか。コミュ障気味ではあるが、こうも圧倒される美貌を前にすると、人間を相手にしてるというよりは、一枚の絵画を見ているような気持になってしまう。
目の前のエキゾチックなイケメンの美しい顔をうっとりと見つめていると、なんだか、そのイケメンもじっとこちらを見つめては、恍惚とした表情を浮かべている。なぜだ。
「本当に、伝承通りの美しさ。黒い瞳、黒い髪、柔らかく包み込む妖精のような可憐な体躯」
「は?」
なんかよくわかんない言葉が聞き取れた。
あ、今更だけど、顔は外国人なのに日本語通じてる。ということは、異世界というのは、言葉通りの異世界、ということなのだろうか。あの葉書に書いてあった<異世界>て、本当の異世界ってこと…
つまり、ここは異世界で、この人にとってわたしは、異世界人。
「甘くとろける宝石飴のような声音…ああ、どうか、月光鳥の雛の如く無垢なその唇で、貴女の名を教えてはいただけないでしょうか」
飴だったり鳥だったり忙しいな、おい。