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革命旗

 『民衆よ立ち上がれ!反旗を掲げろ!現状に文句があるなら言葉で、行動で示せ!

利用できるものは全て跳ね上がるための踏み台にしてしまえ!理不尽に押しつぶされるな!かかとで踏みつぶして声を上げろ!屁理屈を振りかざせ!世界征服するつもりで自分絶対主義になれ!戦え、戦え、戦え——!』


彼女はまだ年若い女で、見た目にそれといった特徴がなく、顔を見ても次の瞬間には忘れてしまうほどに印象が薄い。人ごみに一度まぎれてしまえば全く見つけることはできなかった。胸元に結びつけられたぼろきれの革命旗だけが目印だった。

彼女はその平凡な見た目ゆえの目立たなさでどこででも突然言葉を論じた。ある時はかしましい城下町で、またある時は寂れた村道で、叫んだ。

「息苦しいか、地面に這いつくばっているか、踏みつぶされているか——?そんなことは許されてはいけない。自分の大切なものを思い出せ!人生においていっとう尊い、命に代えてでも守りたいものを!さぁ、さぁ——」

彼女の言論には不思議な力があり、人の心を掴み、聞きほれさせる引力があった。人をその気にさせる最初は気のふれた野郎の戯言だと横目に見ていたが次第にそうだ、そうだと賛同する人が女の周りに集まり始めた。ひとり増え、ふたり増え……その人数はあっという間に膨れ上がり、貴族や聖職者を巻き込み、国に革命を望む声が次々に挙げられた。革命の実働部隊が組まれ、夜の大衆酒場や主婦たちの井戸端会議、学校代わりの教会で日夜議論がなされた。「この国はこのままで良いのだろうか?」「今この時に革命は必要か否か……」「この生活で家族はやっていけるのだろうか?」

その当時の王は、先王が急逝してとってつけられた弟君で、政治に興味はなく王になる気もなかったせいであんぽんたんのちゃらんぽらんだった。それが余計に少女の言論に拍車をかけたのかもしれない。

ちょっとした不満や日頃のストレス、変わらない日常への倦怠感が火種となり、その感情は王へと向けられ始めた。一見平和な国の水面下の負の感情は日夜どこからか響いてくる演説によって昇華され、美化され、鼓舞されてだんだんと革命が色濃くなりつつあった。革命を望む声は日ごとに拡大してゆき、今や街を歩けば少女を称える讃美歌が聞こえ、家々の玄関には革命旗がはためいた。子供たちは演説の真似ごとをし、大人たちはこの熱狂を舞台化し、少女を神格化し、革命のビジョンを描いた。少女は一体何者なのか?という議論がなされ始めたのもこのころで、言論からあふれる教養の良さから没落貴族の末娘だとか、教会で育った孤児だとか、はたまた神の御子だとも虚実入り混じった憶測が飛び交ったが真相は定かでない。

ともかく本人の思惑かは別にして、たった一人の少女の言葉にごく短期間で平和な小国から革命が秒読みの半壊国家に変わり果ててしまったのである。

日々増えていく革命推進派の暴動や王政打破の声をついに無視できなくなった王は少女を一級指名手配犯に指定し騎士団を動かして逮捕を試みた。なに、罪状などあとからどうとでも擦り付けられるし、革命旗というわかりやすい目印までついている。要は演説の現場で喋ってるやつを捕らえればいいのだろうぐらいに考えていたが革命の火は王の想定以上に燃え広がっていた。

熱狂に沸く人だかりを見つけ、兵士が飛び込むとその場の全員が革命旗の切れ端を身に着けていて酷く困惑させた。また別の場所では目撃情報に近い少女を捕らえたが、発する言葉にはたいした力もなく、とうてい人の心を動かすことなどできなさそうな貧弱な語彙力しかない、いたいけな村娘だったため、甲高い悲鳴に決まり悪く娘を釈放した。

そんないたちごっこが数週間続いた。なにせもう目印の革命旗は国中の老若男女が持っているし、演説の現場に居合わせても蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまうし、人相に特徴はないときた。言論を耳にしたことはあってもその少女本人の顔を覚えている人間はいなかった。少女をイメージした革命を描いた劇も絵画も製作者の想像であって本人のことは何も知らないというし、最前列で演説を聞いた者も「顔は……どうだったか。忘れてしまった。びっくりするほど何の特徴もないんだ。大勢に話すときはあんなに存在感があるのに。革命よりもそっちの方が不思議だよ」という有様だった。

なんとも振るわない結果に業を煮やした王はついに法律に手を出した。あきれることに王が政治に口を出したのはこれが始めてだったらしい。


「――危険思想を持つ者は排除する!それがいかなる権力者でも、老人でも、子供でも、だ!」

それ以上の説明はなかった。それだけでこれはいまや言論の女神、革命姫とまで呼ばれるようになった少女に対してだと、誰もが理解した。本人を捕らえられないなら、存在ごと、この熱狂ごと権力でもみ消してしまえと。

思想統制によって霧のように少女は掻き消えた。この頃勢いばかりが増し姫本人の演説は減ってはいたが、人を奮い立たせるような言葉の消えた国はやけに静かで、人々は口をつぐんで兵士のギラギラとした目に戦々恐々としていた。下手に姫を讃えれば自分まで消される!城下街は普段の賑わいを見せていたが、内心あの言論は、真っ赤に燃える正義の言葉はどこに行ってしまったのか。まだ我らにはあなたが必要なのだと静かに漣のようにゆらゆらしていた。

一部の過激派が「これは姫に対する冒涜だ!今こそ革命を開始するときだ!」と革命姫をかくまい、旗印にする計画を立てたが兵士たちと同じく本人の発見には至らなかった。


このまま王の一息で火は簡単に消されてしまうのか……と思われた矢先、革命旗は現れた。文字通り旗を背負って。


太い枝にシーツを結び付けただけの、簡単な、人を扇動するには十分な旗が城の目の前ではためいた。

「革命ではありません、これは頭の中身の問題です……我が王よ」

革命旗が舞い降りて、挑発するようにゆらいだ。


だだっ広い謁見の間に後ろ手にされ、跪かされた少女は悪びれもせずむしろ尊大に、挑発するかのように首をもたげて言い放った。

「初めまして、わが偉大なる王よ……御目通り叶いましたこと光栄に存じます。ああ、このような姿でなければ感謝と賛美の詩をそらんじましたのに。残念でなりません」

「私をおとしいいれ無能だと国中にふれまわったくせにまだそんなことを申すのか。口が達者とは聞いていたがただの愚かな自信家じゃないか。本当にこの熱狂に沸く革命の先導者なのか……?」

王の困惑した様子に気を良くしたのかにやにや、にやにやと顔を歪めて続ける。この姿を多くの兵士や側近たちが見ていたが、得意げにゆがんだ口元以外、誰の記憶にも残らず、印象の薄さをまるで魔女か、悪魔に魂を売ったかのようだと恐れ遠巻きにしていた。

「いかにも……私がこの革命に火をつけた愚か者にございます。ただ、先導者ではありません」

「私は自分の中に渦巻き、腹を食いちぎらんと暴れるこの衝動を言葉に変え、日々暴徒の如く叫んでいただけで、革命を扇動するつもりなどなかったのです。私の言論にはなるほど、人を集め、心動かす力があるようですが言葉は言葉でございます。権力の差はあっても同じ「あ」には違いありませぬ」

革命姫は堂々と、朗々と語り続けた。いつも通り、民衆に、世界に向けて言葉を投げた。目の前に王がいることも縛られ尋問されていることもまるで関係ないのだ、と言うように。

「貴様の罪状は王族侮辱と危険思想だ。そのような考えを持つ者をこの国に置いておけるものか……この反逆者め」

「いくら思想を統制しても頭の中身は自由ですよ。頭の中までは王の権力も届きませんよ」

「くっ……」

じりじりとしたせめぎ合いは終わることを知らず、無限に湧き出る言葉の泉に王が押されると尋問をやめ、また翌日同じことを繰り返した。革命は反逆だ、王族侮辱だ、いついつの暴動もお前の差し金か、どうやってこの大勢に革命を焚きつけたなど質問攻めにしたが少女は変わらずこれは自分の叫びであり、革命を推し進めた人間ではないの一点張りだった。実際この娘のしたことといえばあちこちで突然言論をし始めただけで、それ以外のことをやった様子はないことが調査済みで、だからこそどうしてこんな大事になってしまったのかに焦点が当てられた。まるまる一週間、押し問答を続けついに少女を処刑するとの宣告がされた。

処刑の旨が下ると民衆は悲しみと嘆きに染まった。心の中ではブーイングの嵐だったとしても、思想統制は変わらずあったので相変わらず水を打ったように静かだった。

処刑は異例の速さで実行に移され、翌日、広場の真ん中、国で一番人通りの多い場所で行われた。もちろん大勢の国民に見せ付けるために。

豚用の荷車で運ばれ粗末な衣服に刈り上げられた髪。これだけの特徴を以ってしても、少女の背格好や顔を覚えているものはおらず、最期の姿を見られると聞いた絵描きたちは涙を流した。

儀式は粛々と進み、被告人、最期の言葉を、と問うと固唾を呑んで耳を傾けた。

「私は革命などこれっぽっち興味はない。この国を覆いつくす静かなる熱狂は君たちのもの。私の言論などせいぜい革命旗の切れ端がいいところ……この物語はもう終わりだ。私の言葉は熱にさらされ、声が彼、今まさに尽きようとしている!言葉が朽ちる。干上がっていく、今だってもう、新しく紡ぎだせやしない。糸は使っていれば必ず終わるし、泉もいつかは枯れ尽きる。私の言葉も、もう、終わ、り……なぜなら私自身の革命はなされたからだ。もう喉を焼きつくす叫びも、暴徒の如き論も出てこない。終わり、終わりだ。自らを論じることなく、私に率いられるだけの、飼いならされた民衆よ――!」

ギロチンに首を押し付けられながらも、かつての姫はつばを飛ばし、自らを説いた。まるで奴隷に檄を飛ばす貴族のように……

「――革命は、自らが成すべきものである!」

その宣言を最後にぷつり、と吊り糸が切れたように動かなくなり、四肢をだらんとさせて口を閉じた。止まっていた時間が動き出し、広場にすし詰めになった人々はシンボルの死を嘆き最期の言葉を己に刻みつけた。そして姫の言論は生死に関わらずこの瞬間消え去ったのだと誰もが確信した。王もあわてて刑の続行を命じ、牧師による祈りの言葉が始まった。その間も少女の体はぴくりともせず死刑執行人の位置の微調整にされるがままだった。

長々と罪状が読まれ、王がいかに少女が極悪非道をつくしてきたか、この処刑によって災いが防がれることの素晴らしさをとうとうと語った。

ついにその時はやって来た。きっかり昼12時、ギロチンの刃が今か今かと研ぎ澄まされ、首の飛ぶその瞬間、首がはねて、死ぬ、る――!

「ま、て……何か変だぞこの娘――! 」

ぎゅいん、と刃が再び空中へと押し戻される。

「ど、どうしたのです王よ……この娘に、変なことでも?」

「こいつ、まだ息はあるのか……?」

「え?そりゃああるでしょう。さっきからだんまりで珍しくわめきませんが」

「いいから確かめろ! おかしい、おかしいぞ……」

言われるがまま半円に欠けた板をはずしてぐいっと持ち上げると、兵士も、正面で見ていた民衆も、あぁっ、と声を上げた。

特徴のない、すぐに忘れそうな平凡な顔立ち、固く閉じた瞳に青くなった口びる……うっすら冷たい、言論を失った姫、君……

息はすでに、なかった。

「……死んだのか、刃を振り下ろすまでもなく、統制するまでもなく、死んだのか……! 」

そう呟いたのは誰だったか。何者でもなくなった死体を中心に、不気味な静寂が あたりをつつんだ。


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