表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
8/53

Chapter8「初動Ⅰ」

 特にすることもなく、アリスはハンヴィーの後部座席から窓の外を眺めていた。

 校舎からそれなりに離れているせいか生徒達の喧騒もここまでは届かず、鳥のさえずりと風に揺られた樹木の葉が擦れる音しか聞こえない。

 静かならそれで構わないと、アリスはふと小脇に抱えた愛銃、M3ショットガンに視線を落とした。

 これは、現在警備部隊が採用しているショットガンよりも一つ前のものだが、使い慣れているのと思い入れがあるのとでアリスはずっとこれを使っている。

 M3は撃つたびに手動で弾を装填、排莢しなければならないポンプアクション(手動式)と、トリガーを引くだけで発射できるセミオート(半自動式)を切り替えることができる。

 だが銃自体がかなり大きく、小柄な体格のアリスに銃先端部分に近い場所にあるフォアエンド(前床)を前後させるポンプアクションはし辛いので、余程のことが無い限りはセミオートのみで射撃をする。

 もうずいぶんと弄り、初めて触った頃から大分外見は変わってしまったが、それでもまだ名残はしっかりと残っている。

 これを手に取ったその瞬間から、アリスの世界は大きく変革した。

 誰の為でもなく、毎日をただ生きるために生きてきたそれまでから、大切な人を守るという本当の意味での生きる理由を見つけた。

 それからアリスはそれを為すだけの力を手にし、ユーと共に戦うと誓った。

 まあその過程で無駄に大きくてうるさい余計な者もついてきてしまったが。それでもアリスはそいつのことも含め、今の環境は割と気に入っている。

 ただ、いかんせんあの巨漢は落ち着きが無くて困る。

 現に、こうしてアリスの目の前でもぞもぞと動き始めているし。そろそろこの静けさに耐えられるのも限界と見える。 

「なあ、アリスよぅ」

「……何よ」

 案の定、集中力の切れたボブが声をかけてきた。

 一度大きくため息をつきながら、アリスはボブに返答する。

「なんだよ暗いな。俺らもう付き合い始めて……えーと、何年だったか」

「二年と少し。エリアDの事件……Dの悲劇だっけ? あれからちょっと後にあった警備部隊再編成の時でしょ」

 今更なんでこんな話をするのだ、とアリスは顔をしかめながら目を吊り上げる。

 出来れば、二年前の事件に関しての話題は避けてほしい。ユーなら気を利かせてくれるだろうが、ボブにそれを期待するのは間違いか。

「いや、出会ったばかりの頃はすげぇ不愛想だったのに、随分変わったよな。ユーのおかげもあるだろうがよ。はは、今の方が可愛くていいぞ――うごぉ!?」

 つい、シート越しにボブ目掛けアリスは蹴りを放つ。

 衝撃はちゃんとボブに伝わったようで、ボブは背中をさすりながら何をするとでも言いたげな視線を向けてくる。

「好きで愛想よくしてるわけじゃないわよ。けど、ずっとあのままってわけにもいかないでしょ。部隊でトラブル起こせばユーの迷惑になる。それくらい私にだって分かるわよ」

 そう、警備部隊にはユーの計らいで入れさせてもらっている。

 そんな立場であるアリスが問題を起こせば、きっとにユーの責任問題になる。それは是が非でも避けなければならない。

 恩人に仇で返すような真似は絶対にしたくないし、それは結果的にアリスの生きる理由そのものを自分で奪ってしまう行為に他ならない。

「もう、この命は私だけのものじゃな――ちょっと、ボブ」

 言いかけた言葉を飲み込み、アリスは身を乗り出して窓の外を見つめた。

 駐車場にもう一台、車が入ってきたのだ。しかも、どう見ても一般車ではなく明らかに『戦闘』を目的として改良されたものが。

 車両自体は民間用のピックアップトラックだが、荷台にM2重機関銃が備え付けられている。

 このハンヴィーにも装備されているM240よりさらに大きい、装甲された車両すら撃ち抜く威力を持った強力な銃火器だ。

 つまりあれは、戦闘用に改良を加えられた戦闘車両(テクニカル)

 乗員はアリスが見える限りでは、運転席の一人と荷台M2の射手の計二人。

 どちらも服装自体は民間人と変わらないが、腹に銃の弾倉を入れるポケットがたくさんついた胸掛け式の弾帯――チェストリグを装備しているので、軍人ではないものの一般市民とも言えなさそうだ。

 まあそもそも、一般市民はあんな物騒な車に乗って学校には来ないのだが。

「ボブ、左にテクニカル。雇われの民間警備会社……かな? でもなんだか――」

 嫌な予感がする。そう言いかけた瞬間、テクニカルは駐車スペースから大分離れた位置で停車した。

「警備部隊だけじゃ不安だって連中が、PMC(民間警備会社)まで雇ったのか? なんて……んなわけねぇか。アリス、分かるか?」

「うん、多分そう。M2のまずい部分(銃口)がこっちに向いてる。ボブ、エンジンかけて」

 テクニカルの荷台に積まれたM2重機関銃の銃口は、アリス達が乗るハンヴィーへと向けられていた。

 あとは弾を装填してトリガーを引けば、あれが吐き出す12.7mm弾でハンヴィーは蜂の巣。

 装甲されていると言っても、もともと警備部隊のハンヴィーからして通常のライフルで使う5.56㎜弾ですら装甲を抜けてくる貧弱さだったのだ。多分そこまで当てにはできない。

 申し訳程度に装甲したこっちと違い、あっちの銃は固い敵を撃つことを専門としたものなので歴然な差がある。

「いや、間に合わねぇなこりゃ。アリス、伏せとけ」

「そんな事言ってないで――きゃあ!?」

 諦めたかのように言ったボブの肩を揺さぶって訴えるがその間にテクニカルの乗員達は準備を済ませたようで、予想通りM2の射手はコッキングレバーを引いて弾を装填すると即座に射撃を開始。

 M2の長い鋼鉄の銃身が光り、標的を破砕するための弾丸がいくつも吐き出される。

 弾が着弾したハンヴィーが大きく振動し、鉄を打ち鳴らすような音が車内に響き渡る。

 が、耳障りなほど響く金属音はするものの、装甲板が砕ける音もガラスが割れる音もしない。

 アリスは耳を塞いでいた両手を離し、ぎゅ、と瞑っていた眼を開ける。

「え? あ……す、すごい、貫通してない」

 着弾の衝撃で揺れはするものの、目立った損傷は受けていない。全て追加の装甲板が受け止めてくれている。

 どうせ鉄板を仕込んだだけだろうと思ったのだが、案外丈夫な素材でちゃんと装甲しているようだ。

 とはいえずっとこのまま受け続けられる保証はないので、感心してる余裕も無い程にはすぐにでも行動しなければ危うい状況に変わりはない。

 ボブは運転の為にライフルを傍に置いていない。今はアリスがどうにかするしかない。

 そもそもこう射撃を続けられていたら、『普通の人間』であるボブは危険すぎて外に出せない。

 まあ、さすがのアリスも12.7mm弾クラスにもなればくらって平気な顔をしてはいられないだろうけれど。

 アリスはそこまで一瞬で判断すると、M3ショットガンのコッキングレバーを引き初弾を装填。これでいつでも弾を発射できる。

 準備ができたところでM2の弾を受け続けているのと反対のドアを一気に開け放ち、車内から飛び出す。

「あ!? おいアリス!」

 突然ドアを開けて降りたアリスにボブが驚くが、今は構っているだけの時間は無いので先に目的を済ませる。

「おい、なんか出てきたぞ! アントン、ぶっ殺せ!」

 テクニカルの運転手がM2の射手にそう叫んだ。

 それと同時に、M2の銃口がアリスを追う。

「約十五メートルか……これくらいなら!」

 着地と同時に、アリスは一気にテクニカルの方へと走る。

 ジグザグに移動しながら速度は緩めず一気に走りぬくと、それを追うように地面をM2の銃弾が穿ち、粉砕しながらアリスが通った軌跡を作る。

「くそ! 速くて当たんねーぞ! なんだこのちっこいの!」

 数秒であと数メートルという位置まで来ると、アリスは思い切り地面を蹴りスライディングしながら一気に間合いを詰める。

 と、同時にM3ショットガンを構え、テクニカルのタイヤを踏むようにして滑る勢いを止める。

 これで位置はちょうどM2の真下辺り。ここならあの銃の射角外となるため、アリスが撃たれることはない。

 仰向けのままアリスは構えたM3に装着されたダットサイト(光学照準器)を覗き、赤い光点を驚愕したまま硬直するM2の射手に合わせ――最初に胸、次に顔と間髪入れず二回トリガーを引いた。

 一発のショットシェルに九つの小さな弾。計十八発の散弾は至近距離だったため拡散せずほぼ同時にアリスの狙った場所へと着弾した。

 M2射手の胸に赤い血を滴らせる複数の小さな穴が空き、顔の鼻から上は吹き飛びM2を血と脳漿で汚していた。

 支える力を失ったM2射手の身体は崩れるように膝から落ちると、そのまま荷台からアリスの方へと降ってくる。

「わちょ……っと」

 アリスはそれを転がりながら避ける。

 直後、頭から落ちた射手がぱしゃり、と嫌な音を立てながら頭の中身と血を灰色の地面にまき散らし赤色で染め上げた。

 アリスの真横で、下顎しかない死体が無いはずの目でこっちを睨んでいるような気がした。

 損傷部がはっきり見えるので、それも含め気味が悪くなりアリスは目を逸らしながら上体を起こす。

「よくもアントンを! クソガキが!」

 アリスが立ち上がりかけた瞬間、運転席から男が激昂しながらライフルを構えて飛び出してきた。

 M3ショットガンは銃身が長すぎて取り回しがし辛く、今構え直しては遅すぎて敵の攻撃を許してしまう。それは、この銃(M3)を使い慣れているアリスが一番よく知っている。

 アリスは一気に上体を起こし、勢いを付けてM3を男に放り投げた。

 それで男が怯んだ隙に、太腿のレッグホルスターからP14拳銃を抜きつつセーフティ(安全装置)を解除。大雑把に胸の辺りに銃口を向けて、トリガーを何度も引く。 

 たかが三メートルほどの距離。しかも相手は静止している。これならまともに狙わずとも十分当てられる。

 加え、P14は人体には十分すぎるほどの威力を持った45口径弾を使用する拳銃だ。ボディーアーマーも着ていないこの男なら、一発でも当てれればそれで方はつく。

 アリスの放ったP14拳銃の全十四発の弾丸の内、四発がそれぞれ太股や脇腹、それに胸に肩と着弾しまるで踊っているかのように男の体が着弾の反動で揺れ動く。

 すると男の手からライフルが零れ落ち、がしゃんと地面に音を立てて落ちるとそのすぐ後に男も膝から崩れ落ち前のめりに倒れ込む。

「あ、この……」

 そのせいでM3ショットガンが男の下敷きになってしまい、アリスは男の肩を片手で掴むとそっと持ち上げM3を引き抜き、男の体をゆっくりと元に戻した。

 アリスは一息ついてM3のセーフティを掛け、スリング(負い紐)を肩に回して背負う。

 だが、

「死ねや管理局の犬が!」

 助手席から飛び出してきた男がアリスに拳銃を向けた。

 死角だったせいか、アリスはもう一人の存在に気づけていなかった。しかも終わったと完全に気を抜いていたので、即座に反応も出来ず――乾いた発砲音がその場に響く。

 ぎゅっと目を瞑ることしかできなかったアリスは、数秒経っても自分の身に何も起こってない事を怪訝に思い目を開けた。

 あそこからなら何発か当たってもおかしくはないが、奇跡的に外れてくれたのだろうか。

 そうやってアリスは男の方を見る。

 途端に、頭と胸に銃弾を受けた男がその場に倒れた。

 そういえば発砲音はハンヴィーの辺りから聞こえた気がした。

 アリスがそこに視線を向けると、ハンヴィーのボンネットに肘を乗せながらライフルを構えたボブが目に入る。

「はは、油断だぜアリス。腕はいいけど詰めが甘いな」

「ぁ……う、うっさいわね! そもそもハンヴィーがあんな頑丈じゃなかったら今頃私達蜂の巣よ! 分かってんの!?」

「悪かったって。でもまあ結果オーライだろ?」

 さして悪びれた様子もなく笑うボブに、アリスは頬を膨らませながらそっぽを向く。

 助けてもらった礼くらいはとも思ったが、この様子だと調子に乗りそうなのでやめておこう。

 そして、本当に一段落したところで――ハンヴィーの無線機に通信が入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ