Chapter6「稀有な出会いは大切に」
ユーと父親を見送った後、悠奈達はリビングへと戻りアリス達と会話をしながら暇をつぶしていた。
出会ったばかりとはいえ、アリスとボブに限った話で言えばどんな話題でも反応してくれるので話しやすい。
問題はあと二人の方なのだが、明も数週間は帰ってこないかもしれないと言っていたので、その間中彼女達といられるならその期間を利用して徐々に仲良くなっていけばいいだろう。
「へぇ、じゃあ二人は普段ユーちゃん達と一緒じゃないんだ」
「うん、ユーとは所属する組織そのものが違うから。最近はユーも忙しそうであんまり話す機会なかったし、会うの自体久しぶりなんだ」
ソファーに座り、足を遊ばせながら嬉しそうに顔を綻ばせるアリスは本当にユーの事が好きなのだろう。でなければこんな顔はできない。
ボブから聞いたが、彼とアリスは数年前色々なことがあって、それぞれユーに救われたようだ。特にその時の事をアリスは恩義を感じており、非常にユーに懐いてるのはそのせいらしい。
出会ったのもほんの数年前で、一緒にいる時間も少ないため意外に彼女の間の付き合いはそう長いものではないようだ。
それでも互いに信頼しているという事は、それもユーの人徳あってのものなのだろうか。
「ユーがいなかったら、私はそこら辺で野垂れ死ぬか管理局に捕まって最悪は……だから、ユーには凄く感謝してるんだ。あの人と一緒にいるために警備部隊に入らなきゃいけなくなったけど、それも後悔はしてないよ。この力がユーの役に立つならね。今度は私がユーを助ける番だから」
いくつか気になることをアリスは言っていたが、今はそこを追及するべきではないだろう。そこまで深入りするほど彼女を知らないし、聞いたところであまりいい話ではない気がする。
「ほらな? 羨ましいよなぁ、あいつは女にモテて」
「いや、アリスちゃんはまだ子供だし……てか、ユーちゃんはユーちゃんで女の子にモテても嬉しくないんじゃないかなぁ。まあ外見も可愛い感じの男の子に見えなくはないし、女の子にモテるのも分からなくはないんだけどね」
「うん?」
何か変なことを言ってしまったのだろうか。ボブが首を傾げ、中身まで筋肉が詰まってそうな頭を使い何かを考え込むように唸る。
数秒後、ぽん、とボブは手の平に拳を乗せた。
「ユーは男だぞ?」
「あーえっと……そ、その……ま、まあ仕方ないよね」
ボブの放った言葉に、その場の空気が固まった。
アリスがフォローしてくれたようだが、そんな言葉も耳に入らず悠奈は唖然としてぽかんと口を開けたまま硬直。
確かにユーは女性らしいとはいえ、男と言われればそう見えなくもない程度には中性的な容姿だ。
声もどちらか分かりにくいというのもあって、完全に悠奈は女だと思い込んでいた。
今まで何回ユーをちゃん付けで呼んでしまっただろうか。そんなことを心の内で思いながら、悠奈はぽつりと、
「マジで?」
「そ、マジで」
一応、再確認の為に聞き直してみる。
すると誰かが答えてくれたのだが、目の前のアリスではない。彼女は口をぱくぱくと開き悠奈の背後を指さしているが、声を発してはいないはずだ。そう、声は悠奈の背後から聞こえた。
悠奈は振り返り確認。その目に映ったのは、いつの間にか帰って来ていたユーだ。
背後からにっこりと笑顔で見下ろされると、少し怖い。
「まあ気にしてないよ。いつもの事だしね。うん、気にしてないよ」
「そ、そうなんだ……」
震える声で気にしてないと繰り返すユーを見ながら、悠奈は恐る恐る呟いた。
あれからつい時間を忘れて会話に興じてしまい、気づけば辺りはもう暗くなり時間はもう午後八時を回っていた。
さすがにこの時間から料理を作るには遅いし、そもそも冷蔵庫内のストック的にここにいる全員に振る舞えるだけのものは作れそうにない。特にボブは三人分くらい食べそうなので、尚更無理な話だ。
なので、今日のところはデリバリーで済ませることにした。
店が近くにあるのもあってか、電話してものの数分で届けてくれる。
しかし、多めに注文したつもりだが予想以上にボブが大量に食べてしまって、他の皆の分が少なめになってしまった。
というかボブは遠慮という言葉を知らないのだろうか。まあ、知らなさそうである。
「さぁて、そろそろシャワー浴びんとな。誰から入る?」
ボブは食べ終えると、ソファーに横になりながらそう言ってテレビをつけた。もう完全に自分の家と同じような感覚でくつろいでいる。
それを呆れながら見るアリスは、何も言わずに片腕で頭を抱えて溜息をついていた。
「あ、そうだね。誰から入る?」
いくらなんでもこの人数全員が入るほどこの部屋のバスルームは広くない。
それに男女混ざっているし、一緒はさすがにまずいだろう。
「まあこの部屋の主のお前が入ればいいんじゃないのか? それともあれか? 俺と一緒に入るか?」
「……え?」
ボブが甲高く笑いながら悠奈を指さして言うと、
「いや、駄目でしょ。いくらなんでも。常識無いの?」
「なんかお前に言われるとすげー腹立つな。あと冗談だからマジな顔すんな」
悠奈が真顔で答えると、ソファーからゆっくりと身を起こしたボブが不満げに言う。
ボブは一番最後にしてやろう。と悠奈は心の中でそう決めると、もう一つ考えていた事を口にした。
「ねぇ、アリスちゃん」
「ん? なに?」
「一緒にお風呂入ろっか? ていうか入ろう、入る。もう決めたもーん」
悠奈はずっとアリスと仲良くなりたいと思っていた。ついでに色々弄ったり。
入浴という名目上でなら、そこまで警戒されることはないはずだ。
が、アリスは呆れ顔で肩を下げると、
「はぁ……子供じゃないんだし嫌よ。ユーナは一人でお風呂も入れないの?」
「違うよ! ほ、ほら、修学旅行とかでみんなと一緒に入るノリ的なあれだよ!」
「ん? んぅ、そういうもの……なの? よくわかんないけど」
困惑しながら、アリスは首を傾げる。これはあと一押しで折れそうな感じだ。
だから、と。悠奈はアリスの手を握り、目を輝かせながら言う。
「そうだよ! だから入ろう! ね? ね?」
「変なことしないなら……」
「やったー!」
周りの冷めた視線など気にせず、勝利を宣言するかのように拳を天に掲げる悠奈。
案外あっさり受け入れてくれたことに安堵しながら、悠奈は引き続き入る順番を決めることにした。
「んで、私達は多分時間かかっちゃうからあとでいいよ。アセリアさんとユーちゃ……君、どっちが先がいい?」
「私は後で構わない」
ユーが答えるより先に、壁にもたれかかっているアセリアが言い放つ。
会ってからこれまで直接会話した数の少なさと、どうにも話しかけ辛い雰囲気を出されているせいか悠奈はアセリアだけさん付けで呼んでしまっている。
いずれはもっと友好を深めたいところだが、この手の人は急いても余計溝を深くするだけだ。ゆっくり少しずつこちらから近づけばいい。
とはいえこれで順番はもう決まってしまったようなものだ。
ユーは悠奈を差し置いて先に入ることを懸念していたようだが、悠奈が気にするなと言うと申し訳なさそうにしながらも承諾してくれた。
お湯を沸かす間にボブが全員分の着換えを含む荷物をあの車から取ってきてくれたらしく、皆は荷物の整理をしている。
部屋に関しては元々悠奈と明の二人で住むには大きすぎるくらいの場所だったのもあって、相部屋になることは無さそうだ。むしろまだ空き部屋が出来る時点で相当持て余していたことが窺える。
各々が割り振られた自分の部屋に荷物を置くと、お湯が沸いたのを知らせる電子音がバスルームから聞こえた。
「それじゃあ、お先に」
既に準備を整えていたユーは、悠奈に一度断ってからバスルームへと向かった。
護衛役としての役目も忘れてはいないというか、それを考慮してなのかユーの着換えは現在着ている制服と同じ物のようだ。
楽にしてくれても構わないのだがユーの性格的にもそこはしっかりと分けているのだろうし、悠奈から何か言う事もないだろう。
そうしてユーがバスルームに入って数分経ったところで、
「ああ!?」
悠奈は突然、声を張り上げた。
悠奈も自分の部屋に戻り鞄を開けて中身を明日の授業で必要なものに入れ替えようとしたのだが、そこで中に入っていたある物に今更気づいてしまったのだ。
今朝、明にシャンプーが切れたから帰りに買ってきてくれと悠奈は頼まれていた。そこで買ってきたのまではいいのだが、その後の男達に追われた時の一件のせいでバスルームに置くのを完全に忘れていた。
「どうした?」
悠奈の声に気づいたボブが、いきなり部屋のドアを開けて体半分だけを覗かせた。
「や、一応女の子の部屋なんだしノックくらいしようよ。着替え中だったらどうすんの」
「おっと、悪い。でもまあ俺はそこら辺弁えてるからだいじょ……」
途中でボブの言葉が途切れると、何故か彼は悠奈を上から下までまるで品定めするかのように視線を這わせた。
「大丈夫だ、たぶん」
「おいこら」
ボブの反応に、悠奈は即座にツッコミを入れる。
「いやその……なんつーか。お前意外と胸でかいのな。九十くらいか?」
「だったら何よ」
「いやいや何でもないなんでもない! そんな顔すんなって」
ボブが顔を逸らしつつもちらちらと横目で胸ばかり見てくるので、悠奈は思い切り冷めた視線を彼に送る。
それに気圧されてか、ボブはドアに隠れるように身体をひっこめた。微妙に頭頂部がはみ出て見えているけれど。
そんなボブの傍まで寄って、悠奈は声をかける。
「ねぇボブボブ」
そっと無言で目線の辺りまでボブが顔を出す。
と、その瞬間悠奈は右手の指を二本付きだしそれを思い切りボブの目に突き刺した。
「ぐああああああ!?」
隣の部屋で床に転げのた打ち回るボブ。
そんな彼をドアから顔だけ出して悠奈は見つめると、人差し指を頬に当てながらこれまでにないくらいの笑顔を作った。
「次ノック無しにドア開けたらぶっ殺すぞ」
言葉とは裏腹にとても可愛らしい口調で言ってやる。きっとメールでのやり取りなら語尾にはぁと、とか付いてるはずだ。
それを聞いて戦慄するボブを置いて、悠奈はドアを閉めた。
「はぁ……なんだっつーの」
再び一人きりになったところで、悠奈はベッドに腰掛け傍らに置かれたシャンプーのボトルを見た。
と、
「ゆ、悠奈……入っていいか?」
かしこまった様にボブが言いながらドアをノックした。
それに深く息を吐きながら悠奈は口を開く。
「どうぞ」
明らかに不機嫌そうな顔をして出迎えた悠奈に、ボブが一瞬たじろぐ。
先ほどのやり取りもあってか、なかなかボブが要件を言わないので悠奈が先に切り出すことにした。
「なによ?」
「いやその、さっきはどうしたんだ?」
そういえばボブは一応心配してくれたのだったか。
デリカシーには欠けるが悪い人ではない。ユーよりも男らしい分色々と問題があるだけだ。
「ああ、シャンプー切らしててさ。新しいの買ってきたはいいけど置き忘れてね。ほら、今ユー君がさ」
それだけでボブも状況を察したのか、彼は手を伸ばしてくる。
「じゃあ俺がおいてくるぜ」
「おう、ありがと……んぅ?」
ボブの大きな掌にボトルを乗せかけたところで、悠奈は手を止めた。
怪訝な顔をして見つめてくるボブに、悠奈は半目で彼を見据えた。
「な、なんだよ」
「ユー君のこと襲わないでよ」
「男は襲わねーよ!」
「ふぅん、『男は』……ねぇ?」
悠奈の言葉にボブは泣きそうな顔になる。
喜怒哀楽がはっきりしていてボブは分かりやすい。
「なんなんだお前は! さっきからよ……そっちが素なのかぁ?」
「ふふん、女の子には秘密がいっぱいなんだよー。ってね、いいよ、私が行くからボブは部屋でゆっくりしてて」
涙声になりながら女の子みたいにしょんぼりするボブの肩を叩き、悠奈はシャンプーボトルを持って部屋を後にした。
気持ちは嬉しいが、その好意だけ受け取っておくことにする。
別段悠奈はユーの入っているバスルームに行きたくないわけではない。これはたぶん、ユーくらい女性的な人だとそこまで異性として意識できないというのもあるかもしれない。
別に一緒に入るわけでもないし、わざわざボブの手を煩わせるほどのことではない事だ。
悠奈はバスルームへと続くドアを開けた。
まず洗面所兼脱衣所の空間があり、その一角にある曇りガラスのドアの向こう側がバスルームになっている。
すでにバスルームからは水音が聞こえ、曇りガラスの奥に肌色の人影が動いていた。恐らくユーだろう。
時間的に服を脱ぎかけたユーと鉢合わせる事は無いだろうと思っていたが、これはこれで渡しにくいか。
とはいえこのままここで立っていても仕方ないので、悠奈は大きく息を吸い込み覚悟を決めて軽くドアを数回ノックした。
「あっと……ユー君? ちょっといい?」
「えぁ? ゆ、悠奈ちゃん!?」
ユーにしては珍しく動揺したかのようにすっ頓狂な声をあげ、次いで蛇口をひねる音が聞こえた。
やがて水音が止まると、ぴちゃぴちゃとユーがこちらに向かってくる足音がバスルームに響く。
「な、なにかな?」
「あのあの、シャンプー切らしちゃってたから、新しいの持ってきたんだけど……」
「ああ、ありがとう」
ユーはドアを少しだけ開くと、隙間から手だけを伸ばしてきた。
ここまで近づくと、曇りガラス越しでも分かるくらいユーのボディーラインが浮かび上がる。それを見て悠奈は息を呑んだ。
もしかしたら、悠奈よりもスタイルがいいのではないだろうか。
ユーが男性であることに疑問を抱いてしまう程、彼の身体はあまりにも艶めかしく女性的な体つきなのだ。それも、女の悠奈が嫉妬してしまいそうなほどの。
そして何より、少しだけでているユーの腕も凄く艶々で柔らかそうな肌をしている。
そこでつい、
「ん、じゃあこれで――ひゃあ!? ななな、何!?」
シャンプーを手渡すと同時に、引っこまない内にユーの腕を掴むと悠奈はそっと彼の肌に指先を這わせる。
傷一つなく、不純物を含まない白磁のように真っ白な肌。ほのかに水気を帯びて、しっとりと程よく柔らかい感触。それを指先からダイレクトに感じ、自分からやったというのに悠奈は顔を真っ赤にしながら慌てて手を放す。
「あ、あわわわ、ごめんつい」
「べ、別にいいけどさ……どうしたの?」
「いやあ、なんかすっごく触りたくなって……うぅ」
男性特有の魅力ではない。
ユーのこれは、どちらかといえば女性的な色気だ。
それも、まるで魔法にでもかけられたかのように誰だろうと惹きつけられるような、他とは比べ物にならない程圧倒的なもの。
自分でも気づかぬ内に限度を超えるくらい興奮してしまったのか、いつの間にか体温と心臓の鼓動が異常に上がっているのに今更気づいた悠奈は急いで踵を返し、
「ごめ……もう行くね」
「え? ちょっと、悠奈ちゃ――」
ユーの言葉を最後まで聞かずに、悠奈は急いでその場を後にした。
あれからなぜかもやもやとよくわからない不思議な感覚が悠奈の中で渦巻き、それを払拭しようとボブ達と一緒にテレビを見ていた。
のだが、割と予想より早くユーが上がってきたため悠奈は何の準備もしておらず、立ち上がったところでそれが視界に入った。
「お、おおぅ……なにこの目に毒な。ユー君エロすぎ。ボブは見ちゃ駄目よ」
咄嗟にボブの顔を手で覆った悠奈の目に映ったのは、風呂上がりで水分を含み、ただでさえ綺麗な黒髪に艶が出てそれが頬に張り付き紅潮した頬があでやかな雰囲気を感じさせる、大人の女性らしい魅力を醸し出したユーだ。
ボブは悠奈の手を振りほどくと、直後視界に入ったもののせいで銅像のように硬直したまま無言でユーを見つめている。
「なんだ、その……ユー、お前は意外とあれなのな。俺、初めて男でもいけると思ったぞ」
「それ、言われても嬉しくないからね。ていうかみんなそんなに見つめないでよ、恥ずかしいから……もう!」
言いながらユーはより一層頬を赤く染めると、手に持っていたタオルを被り頭を隠すとそのまま無言を決め込みソファーに腰を落とした。
これ以上弄ると怒られそうなので、悠奈はとりあえずアリスとの入浴を楽しむことにする。
アリスの方の準備は整っているらしく、小脇に着替えを抱えて悠奈を待ってくれているようだ。
しかし、アリスもユーと同じく私服ではなく着替えは警備部隊の制服のようだ。しかも、ユーの物より軍服らしい軍服なのでさすがに寝る時もあれでは窮屈ではないかと心配してしまう。
そこで、
「んー、アリスちゃん可愛いんだからそんな服じゃだめだよー。他にないの?」
「え? いや、別に服くらいなんでもいいでしょ。それに私、可愛いの似あわないし」
「そんなことないよ! ちょっと待ってて! アリスちゃんにも着れそうな服探すから」
確か、悠奈が子供の時に着ていた服がまだ残っていたような記憶がある。
それを探そうとクローゼットを漁るが、
「あれぇ? 確かここら辺にあったような気がするんだけどなー」
「いやいや、いいって別に。ボブとアセリアさん待たせるのも悪いし、早く入ろうよ」
「むー、仕方ないなぁ」
多少不満ではあるが、アリスの言うとおりだ。
いくら当人達が気にしないといっても、時間を引き延ばすのはよくない。
もう時刻も九時を過ぎているし、早めに入った方がいいだろう。
そうして、アリスと二人で脱衣所に向かう。
が、脱衣所に入ってすぐアリスは悠奈と距離を取って衣服を脱ぎ始めた。
「えちょ、なんでそんなに離れるのさ」
「なんか、ユーナの近くは男の人より危険な気がする」
「そんなー」
涙目になりながら悠奈はアリスにすり寄ると、それを華麗にかわされ彼女は一人先にバスルームへと入っていった。
悠奈も素早く衣服を脱ぎ捨てると、すぐにアリスの後を追う。
「あーん、待ってよアリスちゃん」
「ぐふぅ!?」
勢いよくドアを開けると、それがアリスの背中を思い切り強打した。
およそ女の子らしからぬ声を出したアリスは、勢い余って今度はバスルームの壁に頭をぶつける。
車内での一件を踏まえ、頭をぶつけるのはこれで今日二度目だ。しかも、その原因は両方とも悠奈にある。
「あわわわ、大丈夫?」
「うぅ、ユーやボブじゃなくてよかったわ。私は大丈夫だから……って、ふあ」
アリスは数度頭を擦るが、それだけで特に問題は無さそうだった。
かなり派手にぶつけたようにも見えたが、どういうことなのだろう。
いや、それよりも今は何故か悠奈の胸を凝視するアリスをどうにかした方がいいかもしれない。
「ど、どうしたの?」
「ユーナってあれで着やせするタイプ? 服着てても大きいのに脱ぐともっとすごい。髪もユーみたいに真っ黒で綺麗だし長いし……顔が子供っぽいの以外はほんと大人って感じだねユーナは」
「う……ほ、ほら、童顔なのはそれはそれでニーズがあるかもしれないじゃん。……うん、でもありがとねアリスちゃん」
言って、悠奈はアリスの頭を撫でてやる。
しかし、そうは言うがアリスも相当に美形であることに変わりはない。
元々の容姿もそうだが、丁寧に身体の隅々まで手入れされた姿はまるで精巧に作られた人形のようだ。
「ささ、風邪引いちゃわない内にシャワー浴びよう?」
「うん……あは、なんだかこうしてると……家族、みたい」
悠奈がアリスの背中を流してやると、彼女は愉しげに笑っていた。
その後も、アリスはなんだかんだで悠奈に甘えてきた。こうしているとまるで妹を持ったかのようで、つい嬉しくなり悠奈も自然と顔が綻んでしまう。
アリスにどんな過去があるのかは分からない。だが、先ほど彼女が言っていた家族という言葉に妙な重みを感じたのはきっと気のせいではない。
そもそもこんな歳で警備部隊に入っていることから推測すれば、きっと悠奈の想像もつかないような経験を彼女はしているはずだ。
アリスのような小さな少女に守られるばかりでは、悠奈の気が収まらない。なにか悠奈にもできることが――
「ふう、難しいね」
「ん? ユーナ?」
「なぁんでもない。ほれほれーほっぺぷにぷにー」
「にゃあああ!? なにすんのよ!」
アリスに小突かれ、それでも笑いながら悠奈は彼女の頬を指でつまむ。
今は考えるより、もう少しだけ彼女達の事を知る方が先だろう。
そうすれば、自然と何か手助けできる道が見えてくるかもしれない。
ずっと一緒にいられるわけではないのだ。だから、この出会いを無駄にしないためにも。
「さて、それじゃあ悠奈ちゃんも悠奈ちゃんなりに頑張りましょうかねぇ」
悠奈は誰に言うわけでもなくそう宣言し、そっと目の前のアリスを抱きしめた。