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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
53/53

Chapter53「共闘」

「くそっ……」

 腹の上で馬乗りになりなりながら妖艶な笑みを浮かべる悠奈を見上げながら、ボブはそう吐き捨てるように言った。

 それにも動じず、悠奈は上体を下ろし顔をボブに近づける。彼女の息遣いが聞こえるほどの距離。鼻先がぶつかり合うほどの位置で悠奈は一旦動きを止めると、蒼く輝く瞳をボブへと合わせた。

 くすりと笑う悠奈の顔には、あまりにも艶めかしく淫らな雰囲気が隠そうともせず滲み出している。

「あらあら……つれないのねぇ?」

 わざわざボブの耳元で囁くように悠奈はそう言うと、体を起こしその両手を自らのスカートの端にかけた。それを、悠奈はおもむろに持ち上げ始める。

 ゆっくりと見せつけるように、悠奈の白い肌がボブの視界で少しずつ露わになっていく。健康的で艶やかな太股に目がいき、悠奈はもう一度音を立てて笑う。

「触っても……いいのよ?」

「やめろっ! 畜生……」

 もはや抵抗は言葉だけだった。ただ上に乗られているだけ。それだけなのにボブにはもうこの少女を体から引き剥がすことは出来ない。

「我慢する必要なんてないのに……ただ、したいことをするだけ。そうでしょう?」

「バカ言え、誰が……っく」

「んふっ」

 ついにスカートがその下にある薄い布を外界に晒そうというところで突然、悠奈はつまんでいた指先を離し、ソレは重力に従い再び心許ない一枚布に覆い隠されてしまった。

「見たかった?」

 無意識に注視していたボブを面白がるように、悠奈が妖しく微笑みながら細い指先をボブの頬へ、胸板へ、腹部へ。そしてとうとう、悠奈の指がボブのズボンへとたどり着いた。そして――



 ――数十分前。

 大聖堂近くのカフェテラス横にハンヴィーを止めたボブ達は、特に動きのない状況に少々退屈を感じ始めていた。

 時は夕刻、仕事帰りで黒のスーツを着た者達が皆疲れた顔をしてそれぞれの帰路に向かっている。

 見慣れた風景に一点、異質な物を見つけ往来する者達の視線は瞬きするほどの間だがボブ達が乗るハンヴィーへと注がれていた。警備隊が使用する物ならば話は別だっただろうが、この前管理局で改造を受け現在このハンヴィーは管理局が使用する『外出用』のD装備に切り替わっている。それが何よりも目を引く原因だろう。

 シートで隠しているが、ハンヴィー上部の銃座には毎分四十発以上の40mmグレネード弾を撃ちだすことができるMk19が搭載されている。外の連中に使うならまだしも、エデンの市街で使うのは正気の沙汰ではない。まあ、聞き分けのないクラス3に撃てば言葉よりも強力な訴えにはなるだろうか。

 ともあれこんなものを担ぎながらずっと止まっているのだから、物々しい空気を醸し出す上に人々の注目を集めるのは言うまでもないことだった。

「煩わしいな、なんとかならんのか」

 ついに耐え切れなくなったアセリアが後部座席でぼやくが、どうすることも出来ないとボブは肩をすくめてバックミラー越しに視線で訴える。

「少し、風に当たって来る」

 アセリアは言いながらハンヴィーを出ると、すぐ側の街灯に背を預けながら大聖堂を見つめていた。

 こうして車内には、先ほど夢から覚めたアリスとボブの二人。まだ一月も経っていないのに、悠奈達がいないことにボブは違和感を覚えてしまう。ほんの少し前まではむしろこの面子の方が当たり前だったのだが、それだけ悠奈達のキャラが濃いとも言えるのだろうか。

「なぁアリス」

「ん?」

 ふと名前を呼ばれ、夕日に照らされた金色の髪を揺れ動かしながらアリスが答えた。大きく、丸い瞳がボブの姿を捉える。

「これが済んだらよ、警備隊やめてユーのとこに行くか?」

「うぇ!? いきなり何いってんの?」

 予想だにしない内容の問いにアリスは目を見開いて狼狽すると、身体をシートの上で僅かに跳ねさせた。

「はは、なんかなぁ……やっぱお前はユーと一緒の方が楽しそうだしよ」

「ん……気持ちは嬉しいけど」

 煮え切らない様子でアリスは目を伏せる。膝の上で拳を作ると、アリスは静かに首を横に振った。

「やっぱりだめだよ。私は……私はユーの力になれない。…………少しでも、少しでも役に立てるならって、ユーに誘われた時は嬉しかった。でも、あはは……やっぱりダメだ。私じゃどう頑張っても、アセリアさんやユーリみたいには出来ないもん」

 顔を伏せ、アリスが肩を震わせる。その小さな身体の内に秘めた心に一体何を抱いているのか。

「悔しいなぁ……この体になれば、ユーの力になれるって……そう、思ってたのに」

「俺は……そうは思わねぇ」

「え?」

「お前は十分ユーの……いや、あいつらの力になれてると思うぜ」

 はっと顔を上げて、アリスがボブを見つめる。その目には、わずかに涙が浮かんでいた。

「多分ユーは、戦力として使うためにお前さんを助けたわけじゃない。強化人間になるの、反対したんだろあいつ?」

「うん……でも私、他にできることないから、だからユーの役に立つならこれくらいしかないって」

「ユーが求めてんのは、お前さんの力じゃなくてお前さん自身なのかもな。まぁ、あいつの考えてることはよく分からねーけどよ」

 きょとんと目を丸くして首を傾げるアリスに振り返ると、ボブはその頭を優しくなでてやる。いつもなら手を払って怒るアリスだが、今日は素直にボブの方から手を離すまでずっとされるがままでいた。

「力じゃなくて私自身って……どういうこと?」

「あー、そのなんつーかあれだ。お前がいると楽しいんだよ。俺もだぜ? 兵隊なんかやってるとどんどん心が荒んでいっちまう。だからお前さんみたいのが側にいるとよ、すっげー安心するんだよ」

「それって、やっぱり子供として見られてるってことなのかな」

「ちょっと違うが、まーなんだ……いいんだよそれで。無理して俺らみたいなのに合わせる必要はないし、背伸びしたっていいことねぇさ。そんでもお前さんは俺より強いんだ、その力も無駄じゃない。役に立てる時が来るかもしれないぜ」

 気恥ずかしげにボブが視線を反らし外を見ると、無謀にもアセリアをナンパしようとした輩が投げ飛ばされ噴水の中で寒中水泳に勤しんでいた。管理局の部署、それも裏側の者の制服など一般に認知されているはずもなく、デザイン的にも学校の制服にしか見えないものを着ているアセリアは容姿も相まって傍から見ればただの学生そのものだ。投げ飛ばされた青年も、自分が管理局の人間に対して無礼を働いたなど露ほども思っていないことだろう。

 そこでアリスとの会話は中断され、乱暴にハンヴィーのドアを開けアセリアが戻ってくるやいなや不機嫌そうに顔をしかめた。身分はどうあれ、ここまで話しかけづらいアセリアに声をかけられた青年は称賛に値する。

 そうしてふてくされたアセリアをボブとアリスの二人が宥めつつ、数分が経過。ふと誰かがハンヴィーの窓を叩いた。

 ボブが顔を横に向けると、それに気づいたのかガラスの向こう側で――悠奈が手を振った。何事だとボブは窓を下げる。と、

「はろはろー」

「何だ悠奈、もう終わったのか? ユーはどうしたよ」

 笑顔で手を振る悠奈。何故かそれだけのことなのに、妙な違和感を感じた。それにいち早く気づいたのは、さすがというべきかアセリアだった。

「下がれボブ! こいつはあいつじゃない!」

「きゃん、こっわーい」

 壊す勢いでハンヴィーのドアを蹴り開けアセリアが車内から飛び出す。と同時にアセリアが背中に隠した鞘からマチェットを振りぬくが、身を捻って軽やかに悠奈が回避。すると、そのまま身をかがめて横を通り過ぎざまにアセリアの背中に手を差し入れ、少女がアセリアの持つもう一本の方のマチェットを引き抜き身を反転させ、その勢いを乗せながらアセリアを斬りつける。

「っちぃ!」

「あはっ、当たり引いちゃった?」

 煌めくような二つの黒の閃光。黒色の突風は一瞬交わると、僅かに金属の音を立てた。

 刃同士がぶつかり鍔迫り合い――にはならず、刃の半分から上を切断されたのはアセリア。

 彼女の持つマチェットは一方が純粋な金属、もう一方がナノマテリアルでできている。ナノマテリアルで生成された物はあらゆる攻撃を防ぎ、物質を断ち穿つことができるのだ。不運にも今回初手でアセリアが抜いたのは通常の軍用マチェット。ナノマテリアルでできた刃を持つものには通常の兵器は無力だ。それを自身の武器で証明してしまい、アセリアは数歩後退しながら少女を睨みつけた。

「アセリア!」

「アセリアさん!」

 数秒遅れてボブとアリスもハンヴィーから飛び降りる。そこでやっと事態を飲み込めたのか周囲の民間人も一人が逃げ出すと、それに従うように皆散り散りに悲鳴を上げながら逃げていった。

「来るな! 私がやる」

 一歩踏み出したボブに、アセリアが叫ぶ。かつての彼女ならボブが足手まといになるからなどと言っていただろうが、今のアセリアの言葉には棘がなくまるで身を案じるようにも聞こえた。

「くそ! だが黙って見てもいられねぇぞ!」

 ボブはハンヴィーの助手席に置いたHK416アサルトライフルを素早く取って構えると、その銃口を少女へと向けた。見れば見るほど悠奈を撃とうとしているように思えてきて、ボブはおもわず眉をひそめる。だがその迷いが、一瞬トリガーを引くのを躊躇っただけで本当に護りたいものを失ってしまうことは十分に理解している。だから敵には非情であれ。ボブは深く息を吐くと、再び呼吸をする頃にはもう視界に映るものを敵として認識していた。

 横目で銃を構える敵二人を確認し、少女はそれも注意しつつ対峙するアセリアへと視線を戻した。

 手の中でマチェットを回しながら少女は輪を描くように移動し、アセリアも同様に動いて互いに環状に歩を進める。

 少女が噴水を背に歩を止めるのに合わせ、アセリアもそこで立ち止まる。わざわざ背後に逃げる空間のない場所を選んだことを怪訝に思ったのか眉を寄せながらアセリアは肩に吊るしたホルスターからP226拳銃を抜き、折れたマチェットを持つ腕の反対側、左手に握る。

 ――それに気づいたのは、実戦経験がこの中でも豊富なボブだった。

 特に反応のないアセリアを見る限り、おそらく少女があえて不利な地形を選んだとでも思っているのだろうが、それは違う。噴水の後ろには大聖堂前の広場があり、それを正面とするボブとアリスは迂闊に少女を撃てば後ろで逃げ惑う民間人を傷つけてしまう可能性がある。ましてアリスの散弾ならなおのことだ。どれだけ丁寧に撃ってもリスクの方が圧倒的に高い。アリス自身自分の必中とはいえない技量は理解しているはずなので、緊張から余計狙いが定まらなくなり、ボブの予想ではもうこの位置からではアリスが発砲することは出来ない。

 近頃のアセリアは割と協調性も良くなってきてはいるものの、元が単独戦闘を主とするクラス3。ゆえに味方との連携に不慣れなアセリアは協力して戦うという意志はあっても、その経験が乏しい分それを戦術として生かすことが出来ないのだ。

 だがそれをボブが指摘するよりも早く動いたのは、少女だった。

 拳銃を持ったアセリアにも怯まずに突進する少女。クラス3の頑丈さを生かした強引な攻めではあるが、向こうもナノマテリアルの武器を持っている以上油断できない。

 強化人間特有の身体能力の高さからくる瞬発力により一瞬で距離を詰める少女。さながら突風のような突然の強襲に一歩遅れてアセリアが反応しP226のトリガーを引くが、9mm弾は少女がもともと立っていた位置の石畳の床に突き刺さる。

 目の前まで接近した少女は左手に持ったマチェットの刃を掲げ、アセリアの左肩から右脇腹までを狙い袈裟に斬るように振り下ろす。マチェットの重量、そしてクラス3の力が加わった斬撃はたとえこれがナノマテリアルの武器でなかったとしても、アセリアを仕留めるのには十分な威力だっただろう。

 アセリアは思い切り地面を蹴って飛び退きそれを回避。だがその瞬間を見逃さず、まだ体勢を整えきれていないアセリアへ少女は振り切ったマチェットの刃先を向け、間髪入れず突きの構えで一歩踏み込みながら同時にマチェットを突き出した。狙いは、アセリアの喉元。

 身を捻りながら少女の手首を掴み取りアセリアはなんとか攻撃を凌ぐ。が、脳が次の判断を下すより先に少女の頭突きがアセリアの額に直撃した。

「あっつぅ……さすがにクラス3じゃ私も痛ったいかぁ」

 視界がぐらつきよろめくアセリアに、額を擦る少女が取り出したのは少口径の小型拳銃。トリガーを弾く指にあわせて銃口から弾丸が吐き出され、スライドが後退して薬莢を排出し新たな弾丸が薬室に装填されると、またトリガーが引かれた。この手順が五回ほど繰り返され、その全ての弾丸がアセリアの腹部に吸い込まれるように着弾。

 受け身も取れずアセリアは背後のレンガが積まれた花壇に背中を打ち付ける。肺に詰まった空気と共に、微量ながら紛れもないアセリアの血が彼女の口から吐き出された。

 幸運なのは、アセリアがクラス3であったことと、少女が使った拳銃が小口径のものだったことだろうか。とはいえホローポイント弾頭ということもあり、同じクラス3に軽く殴られたようなダメージはあるはずだ。

 銃声を聞き、なおも逃げ惑う民間人。その波の向こうから見え隠れする不敵な笑みを浮かべた少女に、ボブは雑踏の中でも聞こえるほど舌打ちした。

 右往左往する民衆をあざ笑うかのように笑う少女はボブが隠れるオープンカフェの一角、歩道と店内とを隔てるレンガの花壇に向かって歩く。少女の狙いはアセリアからボブへと移ったようだ。彼女の手には、未だアセリアから奪ったマチェットが握られている。

「ボブはそこにいて!」

「あ、おい待て!」

 もう選択肢はないと思ったのか、アリスがナイフを片手に花壇から飛び出て少女の方へと向かった。制止する間もなくアリスと少女は対峙する。

 なんとか位置を変えてボブも少女を狙うが、HK416のサイト越しに見た少女と視線が交わり、ボブは眉を寄せて銃口を下げた。相手は何が最も脅威なのかを理解している。簡単にねじ伏せられるアリスよりも、それの対処に集中したところから不意に飛んでくる5.56mm弾の方の警戒を怠ってはいなかった。不意打ちが出来ない状況では、強化人間でないボブがあの少女に銃弾を当てることはそう容易いものではない。下手に刺激して矛先がボブに向けば、それこそ窮地に他ならない。アセリアやアリスはともかく、ただの人間であるボブではあの少女に小突かれただけで死んでしまうのだから。

「先輩さんの言うことは聞くもんだよぉ?」

「う、うるさい! その顔で話さないで!」

「あらぁ? なんでかしら? も・し・か・し・て……知り合いに似てるからかなぁ?」

 狼狽するアリスを嘲るように弄り笑う少女。余裕を見せつけるようにアリスの目の前で拳銃の弾倉を落とし、新たなものに交換しようとする。それを好機と取ったのか、アリスはナイフを構え突きの姿勢で突進。少女はまだ弾倉をポケットから取り出す途中で、マチェットも小脇に抱えられたままなのですぐには振れない。

 ――が、それこそが少女の罠だった。向けられた銃口にアリスは一瞬動きを止めてしまう。弾倉が入っていないことを理解していても、武器を向けられることに体が反射的に動いてしまったのだろう。

 アリスに生じた僅かな隙。そこにつけ込むように少女は銃のトリガーを引く。銃の薬室にまだ装填されていた1発の弾丸がアリスの着るジャケットに突き刺さり、怯んだところを襟首を掴まれてアセリアの方へ投げ飛ばされる。

「きゃあ!?」

 アリスの叫び声。それが耳に届くより先に、アリスを投げた姿勢が解ける前にボブが少女の胸を狙ってHK416のトリガーを絞る。

「うわっとあぶな!?」

 倒れるように横に飛んで少女がそれを回避。これを予期してあらかじめ射線上には噴水と少女とを結んでおいたので、少女を外れた弾丸は噴水に着弾しそこで勢いを止めた。

 だが、少女は床に転がると同時にアセリアが持っていたマチェットの折れた刃先の部分を拾い上げ、立ち上がりながらボブ目掛け投擲。

「ぐお!?」

 銃弾さながらの勢いで回転しながらまっすぐ飛んで来るマチェットの刃。回避する余裕もなくボブは構えていたHK416を盾にするが、本体中央レシーバー部分に刃が突き刺さり、接触した衝撃も凄まじく銃は手から弾かれ床を転がるとボブ自身も体勢を崩し後ろに倒れこむ。ちょうどいい位置にあった段差がボブの後頭部に直撃し、脳が揺れ視界が歪んだ。これはまずいとボブが頭を抱えながら立ち上がろうとするが、霞のように不鮮明な視界の中でうごめく黒い影があった。

 次の瞬間ボブが感じたのは、腹部へのやわらかな衝撃。それが少女が腹の上に乗ったのだとボブが理解する頃には、もうすべてが手遅れだった。



 馬乗りになりながらボブを弄ぶ悠奈と瓜二つの少女。

 抵抗しようにも、殴ったところで強化人間であるこの少女には無力。突き飛ばすにしても力を込められればそれも叶わない。もはやボブができることはなく、こうして少女にされるがままの状況を受け入れるしかない。

 ただボブは、殺されるわけでも暴力を振るわれるわけでもなく、歳相応に可愛らしく笑い声を立てながらスカートを捲る少女の意図だけが理解できずにいた。

「なんでこんなことをする。俺らを殺すんじゃないのか」

「んー? 殺す? ん~そうねぇ。それでもい・い・け・どぉ……どうしようかしらねぇ?」

 わざとらしく唇に人差し指を当てながら少女は首を傾げる。その気はないようにも見えるがこの状況はボブにとって非常にまずいのだ。

「とりあえずそこから手ぇどけろ」

「そこぉ? そこってどこかしらん?」

「てめぇ……」

 ボブの下半身を弄る手を止めない少女の顔を殴ろうと拳を振りかぶるが、案の定受け止められ掴まれる。すると、何を思ったのか少女はボブの手に頬ずりする。

「いやん、顔は駄目よ」

 手の平に感じる程よい暖かさと、艶があり柔らかな感触にこんな状況には不相応な考えがボブの脳裏に一瞬だが浮かんでしまう。

 何をしていると首を振り少女に誘導されつつある思考を払拭するが、それもまた新たな攻めで無駄に終わる。

「戦って、傷つけあって、殺して……そんなのばっかじゃつまらないじゃない? ねぇ?」

「だからって何してやがんだ……この!」

「抵抗しても無駄よぉ? それはあなたもわかってると思うけど? …………あら?」

 何かに気づいたのか少女がとても嫌な感じに含んだ笑いを浮かべ、突然ボブの頬を両手で包むようにし顔を近づける。

 また鼻先が触れ合うほどの距離。吸い込まれるような深海を思わせる青い瞳は真っ直ぐボブを見つめる。

「お、おまっ!? な、なんだよ……」

「ウェルミナ、ウェルミナよ」

 ウェルミナと名乗る少女はすっと目を細めると、今度は悠奈にも負けず劣らずの笑顔ところころ表情を変えてみせた。意図をはかりかねたボブが諦めて力を抜いた。その瞬間だった。

「ん……」

「うおぃ――っ!?」

 触れ合う互いの唇。ボブも経験がないわけではないが、何しろ突然のことでありさらに相手が年端もいかぬ少女なのだ。驚きに目を見開き、離せと少女の背中を何度も叩くがボブが開放されたのは口づけから一分ほど経ってからのことである。

「んふっ、やっぱりあなた素敵ね」

「何がだよ! 何がだよっ!」

「なんていうかこう……男って感じぃ?」

 それだけ言ってウェルミナは立ち上がってボブを解放すると、スカートを直して背を向ける。

 それは、彼女にとっての敵が復帰したという合図だった。

「あは、怒っちゃったかぁ……傷、大丈夫?」

「…………」

 ウェルミナが武器を構え直す。その瞳が見つめる先にいるのは、アセリア。だがいつもの彼女とは様子が違う。その顔に浮かぶのは、いつもの灰の色をした瞳ではなく、まるで血に濡れたかのように深く赤い色の双眸。それを向けられた相手は、等しく皆蹂躙される。強化人間という、それだけでも異常性の塊のような存在に与えられた秘めたる力。自身の力を束縛するリミッターを一部解除し、さらにその力を増すことができる強化人間の業を使ったという印だ。

 これは本来、壁の向こう側にいる人ではない者達に振るわれる力。それを想定したものと言ってもいいだろう。このように同じ強化人間同士の戦いで使ったところで、元々の実力に差があるのならば結局相手も同様にこの力を使ってしまえばその差が埋まることはないからだ。

 まして、今回ボブ達が相対しているこの少女は強化人間という枠すらも凌駕する存在。それを知らぬゆえ――いや、例え知っていたとしても、アセリア達に勝機は最初から無かった。

「御託はいい……来い」

「んん~どうしましょうかね」

 ウェルミナの視線はアセリアの腹部に向けられる。そこにはウェルミナが放った銃弾とはまた別の傷が新たにアセリアの身体へと刻まれていた。

 これはウェルミナすらも予測しなかったことだ。アセリアに向け投げ飛ばしたアリスだが、彼女が持っていたナイフはその手から離れることはなく、勢いをそのままにアセリアの脇腹を貫いてしまっていた。

 だがアセリアはそれを気にせず、むしろ武器が手に入って良かったとでも言いたげな顔で僅かに唇の端を持ち上げ、刺さったナイフのグリップを握るとそれを引き抜く。

 当然、ナイフが取り除かれたことで切り開かれた皮膚の隙間を埋めるものはなくなり、傷口からは銃創以上に血が流れ出し白を貴重とした制服を真紅へと染め上げる。

 アセリアは引きぬいたナイフを振り、刃についた自分の血を払うとそれを構えた。

 これから始まるのは、人を超えた者達による人智を超えた戦い。

 それだけのことをするのだから、それに見合っただけの犠牲が出るのは必定。それがたとえ、誰も望んでいないものだとしても、だ。

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