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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
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Chapter51「新しい一週間」

 どこまで行っても灰色の景色。

 自分たち以外に人がいないのは幸いだったが、おかげで道がわからない。

 かつかつとコンクリートの床を叩く靴の音だけが響き、他に物音一つしないのが気味の悪さを助長させていた。

 隣で肩を貸しなんとか歩かせている少女も具合が良くないのか、こうして身体を触れさせていると彼女の熱が伝わりそれが平時とは比べ物にならないほど熱いものだと直感で理解する。

 悠奈はユーのおぼつかない足に注意しながら、男の子から取り戻した彼女の携帯端末をポケットから取り出す。

 画面下部にあるボタンに指を置き、画面に表示されたバーが右端までたどり着くのに数秒。と、ぱっとディスプレイが明るくなり悠奈が持つ携帯と同じような画面が表示される。

 悠奈は画面を指で弾くように切り替えながら表示されるアイコン一つ一つに目を這わせた。

「あった、お願いだから私に分かるようなので頼むよ……」

 地図の機能のアイコンをタッチすると、画面が切り替わり端末周辺の区域の略図が表示される。

 どうやらここは悠奈達がいたタワーの隣にある建物の中らしい。整備用の通路にある道具置き場に連れてこられていたようだ。

 こんな一般のアプリでは表示してくれないような場所すら詳細に映しだしてくれる政府特権がついた便利アイテムに感謝しつつ、悠奈は出口を探してさらに端末を操作する。

 どうやら数メートル進んだところに従業員通路と合流する場所があるようだ。そこからなんとか外に出て、仲間と合流できればこっちのもの。

 そのためにはまず誰かと連絡を取らなければならない。さすがにもう日が変わっているし、偵察も終わっているのなら単騎での戦闘力を考えればユーリを呼ぶのが適切だろうか。手数が欲しいならアセリアたちだが今もボブ達と一緒に行動しているか怪しいものだ。それに今のユーの格好も考慮すればユーリ以外に選択肢はほぼないと言っていい。

 悠奈は連絡先の項目からユーリの名前を探しだすと、すぐに発信ボタンを押した。数秒のコール音が鳴り、聞くだけで安心する仲間の声が聞こえた。

「どうしたねユー? 悠奈君もだがさすがに遅すぎ――」

「ユーリ! ユーリ聞いて!」

 ユーリが言い切るのを待たずに、端末に向かって悠奈は叫ぶ。

 その声にユーリも状況をなんとなくだが察してくれたのか、その声に緊張が交じった。

「悠奈君か? どうした」

「ユーリごめん助けて! 敵に追われてる!」

「む……分かった。なるべく急ぐからその端末を落とさんようにな」

 それだけ言って、ユーリは通話を切ってしまった。場所を聞かなかったが、端末のことを言っていたのでおそらくはあちらからこの端末の位置を知ることができるのだろう。いちいち場所を説明している余裕が悠奈にはないため、正直助かる。

 と、ポケットにしまおうとしていた端末が再び震える。なんだ、と悠奈が画面を確認すると、フィナンシェという名が表示されていた。

 確かユーの上司だったか。こんな時ではあるが震えっぱなしにしておくわけでもないので、悠奈は画面に表示されたボタンを押した。

「もしも――」

『やあ、東條悠奈くん。話すのは初めてかな? ははっ、随分と面白おかしく大変なことになっているようだね』

 端末の向こうからは、嘲るような笑い声が聞こえてきた。思わず悠奈は切ってしまいそうになるが、出たのが悠奈だと知っている上にこの様子では今悠奈達が置かれている状況を把握しているように聞こえた。

「ち、近くにいるんですか?」

『んや、その端末のカメラを通して君を見ているだけだよ。まあ状況が状況だ、細かい話は無しにしよう。逃げ道は私が確保するから、君は端末の画面に表示されているルートを通りたまえ。ユーはご覧の有様だ、君が頼りになるが……できるかな?』

「……やります」

 言い切ると、通話が切れて自動的にアプリが立ち上がり画面を覆い尽くした。

 これは先程の地図のようだが、悠奈達の現在地から青色の線が伸びそれが出口へと繋がっている。これは通るべきルート、ということなのだろうか。僅かに動く赤い光点も散在しているが、こちらはおそらく敵だ。フィナンシェがどこまで把握しているのかはわからないが、今は信用するしかない。何よりも悠奈は面識がなくともユーの上司だ、悪い方向へと状況を運ぶことはないだろう。

 ユーに無理はさせず、だがなるべく素早く移動する。何度か赤い光点、すなわちあの少年の仲間と遭遇しそうになったが、その都度近くの端末やパイプが爆発して注意を逸らしてくれたので比較的容易に脱出のルートをたどることが出来た。

 フィナンシェが指示した脱出ルートの終点。そこに至るドアまで悠奈はたどり着くと、後ろを振り返って誰も居ないことを確認してから端末に視線を落とす。

 今のところ周囲に赤の光点はない。ユーの様子は相変わらずだが、命に別状があるような感じでもなさそうなのでとにかく今は一刻も早くユーリと合流するのが先決だ。

 と、悠奈がドアノブに手をかけたところで、

「悠奈君!」

「ぶぇっ!?」

 急に開いたドアが悠奈の顔面に激突し、鈍く鉄の音を立てる。幸いユーは悠奈のやや後ろ寄りにいたので被害はないが、いかんせんユーリが思い切り開けはたったドアは彼女の力と鉄という材質のせいもあってそれなりに痛かった。

「うおぉ!? す、すまん」

『あららぁ、だからドアの前にいるって言ったじゃないか』

 嘲笑するようにユーリの持った端末からフィナンシェの声が聞こえた。悠奈をカバーしつつ、ユーリをこちらに導いてくれていたのだろう。これだけのことを一人でしているのなら、やはりフィナンシェという女性も相当の技術を持っている。ただの上司、というわけでもなさそうだ。

「んにゃ大丈夫……それよりユーちゃんが!」

「む、これは……思ったより酷いな、このままユーを頼めるかね? 車まで行こう」

「了解!」

 ユーリは端末を握り直し画面を確認。悠奈もユーの状態を確認しながら、ユーリが予め確保してくれていた車に乗り込んだ。

「ユーもそのなりだ、ホテルには戻れないからとりあえず落ち着ける場所に車を止めよう」

 ユーリが運転する車が動き出す。ひとまずは難を乗り切ったというところだろうか。だが結局、悠奈は誰かの力を借りずしてこの事態に対処することは出来なかった。

 そして今も、悠奈ができるのはこうしてユーの体から出る汗を拭き取るだけで――



 指先の感覚がない。いや、それどころか自分自身の身体そのものが感じられないような、まるで浮遊するだけの幽鬼にでもなってしまったかのような感覚。ただぼうっと、どこが前後で上下なのかわからぬまま視界に映り込むものだけを見つめる。

 そこは、まどろみの中でもいるのか、すべてが霞がかったように不鮮明な世界が広がっていた。

 聞こえるのは、自分を呼ぶ声。呼んでいるのは誰なのか。霧のかかった先に見えるのは、まるで自分自身。

 なら自分が自分を呼んでいるのだろうか。それはおかしなことだ。なら目の前にいるこの子は――

「ユー……ユーちゃん」

 頬に優しく、そして温かなものを感じた。それと同時に視界が急激に鮮明になっていき、やっと視界に映るその子を認識できるようになる。

 自分と同じ蒼海の瞳と漆黒の髪を持ち、それでいて自分とは違う真っ直ぐな目と意思、そして嫉妬してしまうほどに眩しい太陽のような輝きを持つ少女を。

「ゆう……な、ちゃん」

「あ……よかった」

 自然と漏れた声に、視界に映る悠奈が安堵したように息を吐いた。

 なおもユーの頬に触れる手のぬくもりは、ずっとこうしていたいと思えるほどに温かい。

 ふと悠奈と目が合うと、彼女はそっと微笑んでもう一度ユーの頬を撫でた。悠奈の指先が髪に触れ、光もないこの場所においてもなお艶やかに光沢を帯びた黒い髪が流れた。

「大丈夫? 気分はどう?」

「えっと……」

 どう言っていいか分からずに口籠る。自分の置かれた状況を理解できず、ユーはまず記憶を辿ることにした。

 突然ユー達の前に現れた男の子。彼が刃を抜き、自分と悠奈を傷つけたところまではよく覚えている。そしてどこかに連れて行かれ、暗い部屋で悠奈とともに拘束された。ユーはそこであの男の子に何かを塗られその後――その後、何だったかとユーは混濁する記憶からなんとか答えを引き出そうと思案する。

「そうか……私は――っ!?」

「あ! 無理しないで」

 悠奈にもたれる姿勢を直そうと状態を動かすと、不意に体中に電流が走ったような感覚がユーを襲った。実際にそうなったわけではないが、体の表面の感覚が鋭敏になっているのか僅かな衣擦れでさえ肌にちくちくと突き刺さるような感触がある。

「こ、これ……なん……」

「えっと、確か媚薬がなんたらって……毒じゃないとは思うけど。フィナンシェさんも心配ないって言ってたし」

「フィナンシェが?」

 動くだけで服が肌に擦れその度にびくりと肩を震わせながらユーは自分の上着のポケットを弄る。端末がない。

 が、目当ての物は意図を察した悠奈が手に取って差し出してくれる。

「あ、ごめんね。ちょっと借りちゃった」

「こんな状況だものね……いいよ、大丈夫」

 端末を起動し、アプリと通話の履歴を見ると、フィナンシェからの電話と外部からの遠隔操作の痕跡が見られた。おそらくこれでフィナンシェが悠奈を助けてくれたのだろう。

 いっその事ノワールでも助けによこしてくれればあの少年ごと不安要素を片付けてくれた上に久しぶりに彼の顔も拝めると思ったが、こんな醜態を晒すのはさすがにまずいな、とユーはため息を付いた。

「大変な目にあったね。でも、きっとこれで終わりじゃない。あの子は私を知ってた。それに、覚えてる? あの子、『ゼクトにはまだ手を出すなって言われてる』って、そう言ってたよね? 私を狙ってる人がいる。そう、鍵である『私』をね」

 どうやら事態を重大視しているのは悠奈も同様のようだ。だが、ゼクトという名には覚えがある。だとすれば悠奈が想像するように目的が鍵な可能性もあるが、それとは別に悠奈の知らないあちらの方面での問題があるのかもしれない。

「あ……空が」

「夜明けだね。おはよう、ユーちゃん。十二月十日、新しい一週間の始まりだ……そして、今日は最低で、長い一日になりそうだね」

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