Chapter48「語らずとも想いは同じ」
エリアUの大聖堂周辺。
平日だというのに、辺りは観光客で溢れかえっていた。
ユーリは大聖堂が見下ろせるビルの中にあるカフェから、外の景色を眺める客を装い大聖堂周辺を観察する。
大聖堂自体も大きいし、管理局や警備部隊の警備もないので実質中で何が起こってもそれを妨げる者はいない。しかも、ここは管理局のエリアU支部や保安部隊の駐在所もそう遠くはないがすぐに駆け付けられる距離ではない。少なくとも、中に入った悠奈を殺すなり捕まえるなりする時間はあるということだ。
大聖堂も窓が少なく、ちょうどいい高さの建物もないため狙撃は難しいだろう。
何よりも向こうが誘ってきたのだから、何かするなら大聖堂の中でするはずだ。今回狙撃はないと考えていいかもしれない。
大聖堂の後ろにある建物も気になるが、あちらは孤児院らしいので今は気にしなくていいだろう。
「やはり中、か……」
ユーリは一口コーヒーを飲むと、そのまま何事もなかったかのように席を離れて会計を手早く済ませると店内から出る。向かう先は、大聖堂だ。
エデンの中に複数ある大聖堂の中でも、エリアUにあるものは比較的そこまで大きいものではない。確か地下墓地もあったはずだが、出入り口は教会内部に一つだけ。
後方にある孤児院は管理は大聖堂の者がやっているらしいが、大聖堂と繋がる通路はない。
「ふむ……」
大聖堂周辺に怪しい人物はいない。それを確認し終わると、ユーリは大聖堂内に足を運ぶ。
割と人は多いようだが、見えるのは修道者達よりも観光客の方が圧倒的に多い。構造的にトラップを仕掛けるような場所も少なく、見渡した限りでは外と同様に目立つような怪しい人物はいない。
「本当に会話が目的なのか、あるいは……」
「失礼」
「ん? ああ、すまない」
突然現れて背後を通り過ぎる女性と肩がぶつかりそうになり、既の所でユーリは足を止めると女性はそのまま去っていく。
眩しいくらいに煌めく青の双眸。ゆったりと歩む動きに合わせて揺れ動く漆黒の髪は見る者を惹き寄せる魅力を感じさせた。ほっそりとした体型だが、手足の運び方や纏う雰囲気が常人のそれとは全く違う。うまく隠してはいるが、間違いなく一般人ではないソレは迷いのない歩みのまま大聖堂から出て行った。
「管理局の……か? なぜここに」
偶然ここにいただけなのか、なにか目的があってここに来たのか。とにかく、やはり警戒はしておくべきだろう。
「さて、長居は無用だな……」
憶測で動くわけにもいかず、女性の追跡は不要と判断するとユーリは拠点のホテルへと歩き始めた。
「ちょっといいかしら」
目の前で半目のまま見つめてくるユーに、悠奈はにやにやと意味深な笑みを返す。
ついでにポケットから携帯を取り出すと、記念に一枚写真を撮る。
「さすがにこれを着たまま歩くのはまずいと思うのだけれど」
「いーじゃんいーじゃん、逆にいつもと違うからわかんなくない?」
目の前のユーは、上だけはいつもの制服だが下は丈が短めのスカートに黒のトレンチコートを羽織っている。
コートとスカートの下からは白い太股が見え、いつものインナーを外しているので本来あるべき胸の膨らみもちゃんと確認できる。
「おお、やっぱ綺麗な形ですな」
「ちょっと……」
悠奈は思わず人差し指でユーの二つの胸の膨らみを片方をつつくと、呆れたように息を吐きながら鼻先を指で押される。
「むぎゅう」
「つつかないでよ、恥ずかしい」
「いやぁ、つい……」
こうしてちゃんと女性としての姿をしていると、ユーは誰もの目を引く存在に変わる。
ユーリが言っていたが、ユーが男装をしているのはそうしなければならない本来の理由よりこうやって周囲の注目を集めすぎてしまうかららしい。本人にそれを言うと意識してしまうから黙っていてくれと言われてしまったので、迂闊にユーにそれをいうことはできないが。確かに、ここまで皆に見られると仕事に支障をきたすだろうしなと悠奈も納得する。
男性から見れば、艶めかしく手を入れずともすでに完成された造形を持つユーはまさに誰もが想像する理想の女性像の一つであることは間違いない。
そしてそれは女性が見ても同様。もはや嫉妬する気すら起きないほど他を圧倒する美麗さは、一種の美術品といってもいいくらいだ。あまり思い出したくはないが、あの下着を盗んでいった男、クリスがユーを完璧すぎると評するのも分からなくはない。
ゆえに、みな高嶺の花として見てしまい実際に声をかけてくる者はいない。悠奈とのやり取りを羨望の眼差しで見つめるか、ユーの容姿に魅了され眺めるかのどちらかだ。
「ん……じゃあせめて大通りは避けましょう。なんというかその……」
そう言って、ユーは道行く男性陣の自分を見つめる視線に頬を僅かに赤く染めながら視線を伏せがちに左右へと動かす。
「はは、そだね」
自然に悠奈はユーと手を繋ぐと、小道に入る。
と、悠奈はその時ぽつりと――
「胸がでかいだけのおまけがいる、なんて言われたくないしね……」
1キロくらい先の方でワシントン記念塔が見える。
ボブに先導されながらエリアUのいろいろな場所を回ってはみたが、目的地に着くやいなや、というか道中ですら何か物を買い食いしながら歩きまわっているのでもうこれはボブの食べ歩きの旅だ。
アリスは嘆息しながら横を歩くアセリアの方を見る。すると、アリスの気を察してくれたのか一度ボブを見てから両手を広げてやれやれと肩をすくめた。彼女もアリスと同じらしい。
「アリスはどっか行きたいところあるか?」
「え? あーうん、じゃあお店」
どんな、とも言わずにアリスが答えると、ボブは上機嫌な様子で頷いていきなりアリスの手握るとそのまま歩き出す。歩幅が違うので、アリスはやや小走りになりながらそれについていった。
「おいおい……傍から見ると誘拐でもしてるみたいだぞ」
そんな時、後ろから聞こえたアセリアの呟きにアリスはつい笑ってしまう。それを見て怪訝そうに首を傾げるボブが滑稽で、アリスは彼の太股をつねる。
「いてっ!? 何すんだ」
「まったく……本当にアンタは」
「な、なんだよ」
「ほぉら、早く行くわよ。ばぁーか」
笑顔で言うアリスに、ボブは地団駄を踏む。
それを見て薄くだが笑ってくれているアセリアも、なんだかんだで楽しんでくれているようで何よりだ。
「っふ……子供、だな」
「ああ、全くだぜ。もう少し大人に――」
そこまでボブが言うと、アセリアが彼の肩にぽんと手を置いた。そして、アセリアはボブに聞こえるように呟く。
「お前が、だよ」
「なに!? どういう意味だそりゃ! おい待て! こら待てってば!」
言うだけ行ってアリスについていくアセリアと、取り残されるボブ。
これがいつも日常だったら――アリスはふとそんなことを考える。が、それをすぐに払拭して首を左右に振った。
もう後戻りはできない。それに、アリスは選んだ道を後悔はしていない。だから――これがつかの間の平和だったとしても、アリスはそれで十分満足だ。
でも、もう少しだけ贅沢が許されるなら、その時は――
「あ……」
ふと、アリスの視線の先に見覚えのある顔が二つ。
片方は悠奈だ。あの艶やかな腰まで流れる黒髪と、彼女の象徴とも言える輝く蒼海の瞳は離れた位置からでもよく分かる。
そしてもう一方は、とそこで『彼女』の現在の姿に気づくとアリスは踵を返して、向かってくるボブの体を両手で押して塞き止めた。
「ん? どうしたよアリス」
「あー、その……えっと、こっちは駄目っていうか」
「店はあっち側だろ? お前が行きたいって言ったんじゃないか行こうぜ」
「あー! あー! 急にそういう気分じゃなくなったっていうかなんというかそのあれはそのそれでなんというか」
首を傾げるボブの影からアセリアが顔を出す。と、周囲を見渡してから険しい顔をした。
「まさか管理局の人間でも見つけたのか?」
「あ!? そ、そうそうそう! だからこっちは、ね? ね?」
「そうか、ならまあ仕方ないかぁ……」
ボブは残念そうに肩を下げて見るからに落胆を示すと、身体を反転させる。
「他にもお店はあるだろうからそっち行こうよ。ね?」
「まあそうだな。じゃああっち行くかぁ。そんじゃアリスもアセリアもついてきてくれ」
切り替えが早いなと感心する間に、ボブは再び逆方向に歩き出す。
その後ろにアセリアが続き、最後尾のアリスはもう一度だけあの人の方を見た。
「…………ユー」
もし、あと少しだけ願いが叶うなら。
いつか、あの人をお姉ちゃんと呼べる日が来ることを――
それがアリスの――ほんの些細な、だけど大切なたったひとつの願い事。
目的もなく歩き続けるのにもさすがに疲れ、二人は公園のベンチに腰を下ろす。
今時の悠奈くらいの年頃の子なら、意味もなくゲームセンターに一日中いたりショッピングを楽しむものなのだろうが生憎と悠奈もユーもそういった類の楽しみ方を見い出せる人間ではなかった。
「んー……」
「ど、どうしたの?」
じっと顔を見つめてくる悠奈に、ユーは困惑した表情を浮かべる。
「ユーちゃんはさ、髪が長いほうが似合うかも。かっこ良くて可愛いからポニテとかさ」
「え? そ、そう?」
とはいえ、今の髪の量ではポニーテールは少し難しい。伸ばせばなんとかなるが、一応は男のふりをしているので今そういう髪型に変えるのはあまり良くないだろう。
「まあユーちゃんなら何でも似合うと思うけどね。素材が良すぎ」
「そんなことないと思うけど。それに悠奈ちゃんだって――」
「待った」
言い切る前に、悠奈が手を前に出して話を中断させる。
ユーが首を傾げると、悠奈は肩を落としながら言う。
「今私関連でその話しするとあのパンツ男が出てきちゃってその……」
「あ、ごめん……」
思ったよりも下着を取られたのを気にしているようだ。
それもそうだろう、盗んだあれで何をしているのかそれを考えるだけでユーまで憂鬱になってくる。
「次会ったらあの野郎はただじゃおかねぇ……とまあ、嫌な事は忘れてまたちょっとぶらついてみる?」
「そだね、明るい内にもう少し回って……」
「ユーちゃん?」
「ん……なんでもないよ。行こう」
ふと視界に入り込んだ小さな金髪の少女に、ユーは笑みを浮かべた。
必死に筋骨隆々の巨漢を押しながら去っていく後ろ姿を遠目に見ながら、ユーは思う。
いつか、あの子の本当の姉として振る舞える日がくればいいのに、と。
隠し事もなく、全てを打ち明け暮らせる日がくればどんなにいいことだろうか。
あの日、あの荒廃した掃き溜めで出会った小さな希望。それは少しずつ大きく育ち、今もなお成長を続けている。
あの子もまた、一つの可能性。だからこそ、あの子を大事にしていたい。共に家族として暮らせるその時まで。
――それが、決して実現することのない夢想であったとしても。
いや、だからこそせめて――
すべてが終わったその時には、あの子の姉になってあげることができれば――
「…………アリス」




