Chapter47「すれ違い」
ホテルのロビーに集合した皆は、一足先に出発するユーリの見送りだ。
彼女は黒いロングコートに深めに帽子を被り、いつものすれ違う通行人がみな振り向くようなあの学校の制服のような服を着てはいない。
「本当にユーリだけでいいの?」
ユーが心配そうに眉をひそめる。それもそのはずだ、なんせ大聖堂への偵察はユーリ一人で言い出したのだから。
「ああ、大人数で行けば気取られるし私も人のことは言えんが君らはなかなかに目立つ」
「まあその点では異論はないな。だがユーリ、私も一緒にいくぞ」
予想通りアセリアはついていく気らしい。が、一歩踏み出したところでユーリがアセリアの鼻先に人差し指を触れさせた。
「まあ待ちたまえ。そう急く必要もあるまい、どうせ明日には行かねばならん。軽い偵察だし君には退屈だと思うぞ。せっかくUに来たのだからアリス君達も観光したいだろう。彼女らの案内でもしてやってはどうかね?」
あくまで仲間達の、そして最近仲良くなっているのを知っているユーリはアリスの名を出しアセリアをなんとか止めようとする。
と、アリスが突然アセリアの手を握る。
「うん、せっかく休めるんなら今の内に休んでおきたいよ。Fではあんなことあったしさ、アセリアさんも疲れてるでしょ? ね?」
「む……し、しかたないな」
意外にあっさりとアリスの言葉に落ちると、アセリアは身を引いてアリスと手を繋いだままユーリから顔を背けた。
「そうだね……ユーリがそう言うなら。俺が行っても邪魔だろうしね。うん、じゃあこれからは自由時間ってことで。ああ、でも大聖堂には近づかないでね。あと管理局関連の施設の近くも」
「Uは広い、迷子になるなよ? はは、ではな」
ユーリはそれだけ言い残し、人混みの中に消えていく。
容姿のせいで目立つと思ったが、そういう技術でもあるのかもう群衆の中に溶け込み悠奈の目にユーリは写っていない。
「悠奈ちゃん……これから二人きりで、いいかな?」
「おお? 何だ? デートの誘いか? やるねぇユーも――ぐぉ!?」
茶化すボブだが、脇腹を両側からアセリアとアリスの二人に思い切り肘で抉られ両膝をつくと、アセリアに襟首を掴まれ引きずられていく。
「行くぞデカブツ。気の利かんやつだ」
「まったく、ほんとデリカシー無いわよねアンタ」
「ぐあああ! 首が! 首が絞まる! た、たすけ……ユー!」
ひとしきり周辺の人々の注目を集めながら、ボブ達も街の方へと繰り出していく。
そんな光景を眺めつつ、ユーが気まずそうに言った。
「じゃあ……私達も行こっか?」
「あ、うん。そだね……」
悠奈の反応にユーが一瞬悲しそうに目を潜めた。
部屋の中での話の続きをしたいのだろう。だからこそ悠奈も少し気落ちしてしまうのだが、おそらくこれは避けては通れない道だ。これもまた、こちら側へときてしまった代償。
だが知らないまま生きているよりは、この方がいい――のかもしれない。
遠くにぽつんとそびえ立つ白い柱を眺めながら、悠奈は足元からあの白い柱まで続いている長方形型の池に視線を落とした。
水面に浮かび上がったのは、悠奈の顔と、その横でずっと口を閉じながらも見守り続けているユーの姿。
池を介してユーに視線を向ける悠奈は、そっと口を開いた。
「ねぇユーちゃん。あっちのあの白いのってさ、ここができる前からあるものなんだよね?」
「うん、ワシントン記念塔。そして君が眺めてるそれも、あの当時からあるものだよ」
「不思議だね。世界が壊れて、エデンができて……でもここは、ここだけは変わらない。まるで、ここだけ時が止まってしまったみたい……」
「エデンはかつてアメリカの……ワシントンDCを中心に作られた場所だからね。他のエリアは再現するしかないけれど、DCエリアにあるものは結構壊されずに当時のままの状態で保管されてるよ」
悠奈は立ち上がると、空を見あげてからワシントン記念塔に視線を向けた。
崩壊する前の世界を見ていた建物。もう崩壊以前の世界を知る人間がほとんどいなくなってしまった今では、貴重なかつての世界を語る者の一人である。
「ねぇ……こうなる前の世界はどうだった?」
自分でも馬鹿なことをしていると思いつつも、悠奈は天に向かって伸びる白い柱に語りかけた。
「今のエデンは……あなたがいた世界よりも良くなってる?」
ユーにも聞こえているだろうが、彼女は何もいわずに悠奈の行いを見届けてくれている。
あるいはユー自身思うところがあって、悠奈の言葉を聞こうとしているのだろうか。
「ねえユーちゃん。みんなはエデンで暮らせて……幸せ、なのかな」
背後にいるユーからの返事はない。
少しそのまま待っていると、一分くらい時間をかけてかやっとユーは返事を返す。
「どう……だろうね。理由はどうあれ、戦争や紛争はなくなった。少なくとも世界は確実に平和にはなったはずよ。それが人の幸せに繋がるかどうかは……また別の話でしょうけれど」
「でも人は争いをやめられなかった。こうして管理局とELFが……ううん、管理局同士ですら争っている」
「それはどうしようもないよ。人が個々で意思を持つ限り、どうしてもすれ違いは起きてしまう」
「みんなが仲良くなれる方法……無いのかな」
「それが簡単にできれば苦労はしてないさ。みんなが同じ考えでまとまってくれれば話は別だけど」
「みんなが同じ……でもさユーちゃん、それってどうなのかな」
悠奈が振り向くと、ユーがどういうことだと首を傾げる。
瞬間、二人の間を隔てるように十二月の冷たい風が吹きこんだ。揺れる髪を押さえるユーの瞳の輝きが、なぜか今日だけいつもより鈍くなっている気がして――
「意思の統一……それって個人を否定することにはならないのかな」
「確かに、集団の意思を統一すれば一人ひとりの、個人の人間性は欠落するかもしれない……それが個の否定に繋がるってこと?」
「うん……だって、同じこと考えて、同じことして……それじゃあそこらにいるアリと一緒だよ。個人としての人がいなくなった、ただ無数にいるというだけの人類という一つの種族でしかなくなる」
「…………」
ユーは悠奈から目をそらすと、広場の片隅で路上パフォーマンスをする男性の周囲に群がる人達に視線を向けた。
それから何かを逡巡するように目を伏せると、ユーは風で乱れた前髪を直しながら悠奈に視線を戻す。
「そう……なのかもしれない。でも、人同士の意見の相違を無くすには理想的なやり方よ」
「でも、どうやって意思をまとめるのさ? 簡単にできる話じゃない」
「摩擦が起こる原因を取り除けばいい。そうすればいつかは争いが生まれない世界になるわ」
取り除く。つまり問題を起こす悪は処理するということなのだろう。
ユーは味方にこそ優しいが敵には容赦のない対応を見せる傾向がある。
「取り除くって……その良い悪いを決めるのも人なんでしょ。人が人を裁くの?」
「然るべき人がそれをすればいい。それに、誰かが誰かを裁くなんてずっと昔からそうしてきたことよ」
「選んで生かすのが……正しいことなのかな」
「少なくとも……ELFや私利私欲で悠奈ちゃんを狙ってる表の連中なんて、生かしておく必要はないと思うけれどね……私は」
こんなに触れ合える距離にいるのに、なぜだかユーがずっと遠くにいるようで――
これ以上、何を言いたいのか自分でもわからずに、悠奈は自分の腕を爪が食い込むほど力強く握りしめ唇を噛む。
と、不意に悠奈の足元にサッカーボールが転がってきた。
「おねーちゃーん!」
声の方に視線を向けると、小学生くらいの子が悠奈に手を振っている。きっとこのボールはあの子のものなのだろう。
「あ……うん、はいどうぞ」
「ありがとー」
軽く蹴って渡してやると、友達だろうか、何人かの少年少女達の輪の中に入って消えていく。
それを見ていたユーも、何やら気まずそうに頬を掻いたあとで悠奈と二人して互いに顔を見合わせ苦笑した。
「ごめんねユーちゃん、変なこと言って」
「ううん、いいよ。悠奈ちゃんがそういうことちゃんと考えてくれてるんだってわかって……私も……良かった」
悲しそうにやや目線を下げながらユーは言うと、突然彼女はくすりと笑う。
「う、ううん? どしたの」
「悠奈ちゃん大丈夫? 震えてるよ」
笑いながら言うユー。
だがさすがに学校の制服だけではもう寒いのだ、仕方ない。
「ふふ……建物に入ろっか?」
「うぃ……寒いです」
「……で、なんでホワイトハウス?」
悠奈達がやってきたのは、ワシントン記念塔から少し歩いたところにあるその名の通り真っ白な建物。崩壊以前はとても重要な場所だったらしいが、今ではただの観光地の一つでしかない。
内部に展示されているのは、当時の内装をそのままにアメリカだけでなく他の国の美術品その他諸々だ。
ホワイトハウスの周りや入り口周辺は売店が立ち並び、娯楽設備も多少あるので観光客や学校帰りの学生で溢れている。
「いやぁ、近いところっていうとここくらいしかなかったから……」
もう少し中心地の方へ出ると管理局のエリアU支部もあるし、エリアUは特に警備隊の監視も厳しいらしいのでこの辺が妥当というところなのだろう。
ユーは悠奈の少し先を歩き周囲を確認する。
大丈夫そうなのか頷くと、今度は傍にあったベンチを指差してユーは笑顔を見せる。
「ちょっとあそこで待っててね」
「え? あ、うん。いいよ」
そして人混みにユーが消えて数分経つと、再び戻ってきた時には手に白い布が握られていた。
「はいこれ」
言いながらユーは持ってきたそれを悠奈の首に巻いていく。白いマフラーだ。買ってくれたのだろうか。
「おー暖かい! ありがとユーちゃん!」
「どういたしまして。……じゃあちょっと、中に入ろうか?」
「うん! えっへへ……」
「な、なんだかすごく嬉しそうね」
「だって、ユーちゃんからのプレゼントだもん。ふふ」
顔の下半分をすっぽりと覆うように、悠奈はマフラーの感触を確かめながら深く巻いた。
これまでにないくらいの笑顔を見せる悠奈につられてユーが笑い、悠奈はそんな彼女の手を握りながらホワイトハウスの中へと歩き出す。
ホワイトハウスの中はとても手入れが行き届いていて、床は鑑のように反射して綺麗なのだがスカートの中まで映してしまわないか心配で悠奈は片手でスカートを押さえる。
そんなことをしている間にもユーはどんどん進んでいく。目的の場所でもあるのだろうか、その歩みに迷いはない。
「ちょっとここにいてね」
辿り着いた先は、人気のない一角のトイレだ。別にトイレなら他の場所にもあったはずだが、まあ混んでそうなのでこういうところのほうがゆっくりできるだろう。
「はいにゃ、待ってるよん」
言って、すぐにトイレの中に消えるユー。
それと同じくして、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。
同じことを考える者もいるようだ、とも思ったが、やってくる人影の足取りが早まるのと向かう先がトイレの入口ではなく壁に背を預ける悠奈の方なのに気づくと、悠奈は身構える。
「あれ? あなたは……って、わわ!?」
「久しぶりね、悠奈ちゃ――ひゃあ!?」
「動かないで」
悠奈の前に立つ女性。どこか見覚えがある。
が、彼女が悠奈に何かを言うよりも早く、トイレに入ったはずのユーが何故か女性が来た方向から足早にやって来ると同時に女性の手を掴んで拘束しつつ正面から壁に押し付けながら酷く冷静な声で命じる。
「ひゃあああ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないで!?」
命の危険を察知したのか、女性は何度も謝りながら許しを請う。
よく見れば、いつぞやかフィオナ達が学校を襲撃しにきた後に校長室で話を聞かせた――姫路京子という名だったか、その人だ。
「さっき悠奈ちゃんをフリーにした時は見てるだけだったのに……こんな人気のない場所でしかできないことでもやろうとしてたの?」
ユーの声に遊びがない。少し怒っているようにも聞こえて悠奈も少し怖かった。しかもあの時からすでにユーは尾行に気づいていたらしい。
「あわ、あわわわ……ち、ちが……ここならゆっくりおはな……お話でき……私、ただ悠奈ちゃん見かけたからつい」
ユーに気圧されているのか、京子は震えながらなんとか声を振り絞って言葉を紡いでいる。もう泣きそうだ。
「ゆ、ユーちゃん離してあげよ。この人たぶん悪い人じゃないよ」
「……ふぇ」
悠奈が言うと、しぶしぶユーが京子を解放する。安堵したせいか可愛らしい声を出しながら京子は胸に手を当てていた。
しかしユーは警戒を解かずに、じっと京子の顔を見つめながら腰の銃に手をかける。
「あーえっと、お久しぶり……です」
「は、はいぃ……うぅ、隠れてたのはその……ごめんなさい。でもなんだか二人とも仲良さそうで話しかけづらくて」
確かに一応男装しているユーと一緒のところを傍から見れば、デートしているようにも見えなくはない。
そんなところに割って入るのにはたしかにちょっと勇気が必要だろう。
「で? 何か用なの?」
しかし、そんなことはお構いなしにユーは淡々と告げる。
「あ、あー……いえその、悠奈ちゃんが見えたからちょっと気になって。Jを出るって聞いてからずっと心配だったの」
「すいません、なんだか迷惑かけちゃって。……で、でもほら、この通り私は全然平気なので」
すると、京子は悠奈の身体を上から下まで隅々見定めるように目を這わせ、一人納得したように首を上下させた。
「うん、怪我はしてないみたいね。良かった。あ、これ私の連絡先。ちょっといろいろあって前のから変わっちゃったから、何かあったらこっちに連絡してね」
言って、京子は肩に下げた鞄から一枚の紙切れを散りだす。
名刺のようだ。悠奈は受け取ると表記されているものを確認する。
中央に書かれた名前は姫路京子。まあこれが変わらないのは当たり前だ。
だが、前にもらった名刺はそれ以外何も書かれていない白紙だったのだが、今回は違うようだ。
「えーっと……犯罪対策課?」
名刺には、保安部隊犯罪対策課という文字が書かれていた。
紋章や連絡先などもちゃんと書かれてるし、本物っぽい。というか京子もスーツ姿だし、格好といいまあこれは本物なのだろう。
色々な目に合いすぎて疑う癖が付いている自分に呆れながら、悠奈はそっと京子から名刺を受け取る。
「そうそう、エデンで起こる犯罪を未然に防ぐだけじゃなくて、犯罪そのものをこっちで対処したりするんだよ。管理局の人達は、よっぽど大きな事件じゃないかぎり動かないからね」
「へぇー。じゃあ正義の味方だ」
「えへへ、そう言ってもらえるのはすごく嬉しいな。っと、私もう行かなきゃ。上司がうるさいからさ。じゃあね悠奈ちゃん、そのマフラー似合ってるよ」
手をひらひらとさせながら、京子は逃げるようにその場を去っていった。
ただ、その背中を消えるまで見つめていたユーの瞳が冷たくて、つい悠奈は声をかけてしまう。
「えっと……京子さんどうかした?」
「悠奈ちゃん……何か感じない?」
「え? 何が?」
悠奈が怪訝そうに首を傾げると、ユーは安堵したようにほっと息を吐いてから露出した腰の銃を再び上着で隠す。
「そういえばユーちゃんどうやってこっちに来たの? トイレの中入ったよね? ワープ?」
「いやそんな、なわけないでしょ。このトイレは反対側の通路にも繋がっているのよ。反対側から出てあの女の後ろに回っただけ」
「そこまで計算してここ選んだの!? すごい! やっぱりユーちゃんすごい! スパイみたい!」
「す、スパイ? そうかしら……」
喜ぶというよりは困惑した様子で悠奈を見据えるユーの気持ちを他所に、悠奈は一人飛び跳ねる。
そんな無邪気な悠奈に毒気を抜かれたのか、ユーも僅かに笑うと少しだけ肩の力を抜いてくれたような気がする。
「あはっ、じゃあ次はちょっと街の方に行こうよ。少しくらいならいいでしょ?」
ユーはそれにすぐには答えず、数秒だけだったが沈黙を守る。
一瞬、悠奈の瞳を見ると、そこでユーは悠奈の手を握る。
「ん、そうね。少しだけ……今だけは、休日を楽んで」
やっぱりユーには敵わないと、悠奈は誤魔化すように笑う。
ユーが二人きりになりたかった理由は、さっきの問答をするためではない。もっと悠奈に関するものだ。
しかしその話を始めてしまったら、きっとこんなふうに楽しむ間はもうないだろう。
だから、ユーも気を使ってくれているのだ。ならせめて、今この瞬間だけはユーと二人で――




