Chapter43「ナノハザード:アウトブレイク」
「ねぇ……アセリアさん」
まるで動物園に展示された動物のように、透明な檻に閉じ込められたアセリア達の沈黙を破ったのはアリス。
片膝を立て、檻の壁に背を預けながらアセリアは天井を眺め答える。
「なんだ」
「もしかして私達……忘れられて――」
「言うな」
アリスの言葉を途中で遮ると、空になったP226拳銃の弾倉を反対側の壁、その外側から覗くヤツら目掛け放り投げた。
これは先程無意味だと知りつつも檻に向かって弾丸を撃ちこんだものの名残。
跳弾してアリスに当たりそうになったので、こればかりはさすがにアセリアも弾倉一つ分、9mm弾十五発を消費したところで自粛した。
「面倒事が増えて奴らも手を焼いているだけかもしれんだろう。どちらにせよ、今はこの檻があって助かったな」
「う、うん……そだね。割られないかって心配だったけど大丈夫そうだし……怖いけど」
アリスの視線が、檻の外に向く。
先ほど、ドアが開き早々にユーリが戻ってきたと思い期待したのも束の間、やってきたのは仲間ではなくイカれた団体だ。
容姿もそうだが、あの目の光は強化人間がナノマシンのリミッターを解除した際に起きる現象によく似ている。もしアレがそうであるなら、ここにいるおおよそ三十人のイカれた集団は皆リミッター解除した強化人間クラスの力が有るはずだ。
幸い知性は低いのか、部屋の中を歩きまわったり壊れもしない檻を何度も叩いてなんとかアセリア達に触れようと無駄な努力を繰り返す者達ばかり。ホラー映画さながらの光景にアセリアはこうして現実で直面していることに思わず笑ってしまう。
「はは、しかしなんだこれは。ここの施設の連中はこいつら並みに頭のイカれた奴らばかりだったようだな」
まるでミイラのようにやせ細り、ぼろぼろの布切れ同然になったような服を身につけてはいるが、性別が判断できる程度には身体の特徴をかろうじて残している。それで気づいたのが、ここにいる集団が全員女性だということだ。
最初の実験体がそうだったとか、アセリアは詳しくは知らないがそういう理由でナノマシンとの相性は女性の方がいい。なので、強化人間は大抵女のほうが強くなる。とはいえ適性には個人差があるし、技術さえ伴えばノワールのように男性が女性以上に強くなる例は無いわけではないが。
ユーリは、クラス3以上の存在を作り上げようとしていた施設だと言っていた。
単純に訓練や薬物投与による身体強化の補助を行うものなら男性が混じっていても問題はない。だからここは、そういった類の研究をしていた施設ではない。
「……ナノマシンそのものを弄ったか。馬鹿な奴らだ、裏の連中ですら制御するのがやっとのものを改良など……」
ナノマシンの適正は女性が圧倒的に優れている。
そこから推察するに、この施設はナノマシンそのものに改良を加える実験をしていたのだろう。
一般市民の身体に入っている第2世代のものはいいとして、アセリアたち強化人間に入っている第3世代のナノマシンにはまだ謎が多い。
リミッターを解除するとその影響でまるで壁の外にいる連中のように目が赤くなる理由も伝えられてはいないし、第三世代型にはその宿主を殺す機能さえあるのだ。これは、ナノマシンによる身体への想定外の負荷がかかり起こる暴走を防ぐ役目を持っているらしい。
暴走とは、自我を失い狂人と化する現象。それを防ぐために普段はナノマシンの機能をリミッターで抑えているが、強化人間は意図的にリミッターを解除することで一時的にだが暴走するリスクを払いつつも通常の数倍の力を発揮することができる。簡単に暴走してしまわないよう、リミッターを解除するといってもある程度は暴走しないように機能に制限はちゃんと付いているのだが、連続でリミッターの解除を行うと体に負担がかかりすぎて暴走を引き起こしてしまうのだ。
アセリアは暴走した者を見たことはないが、ここにいる連中の様子はちょうどナノマシンによって暴走した人間の例に酷似している。
自我を失い、本能のままに行動する者達だ。
「さて、これからどうするか……と言っても、私達がどうすることもできないか」
「ねぇ、アセリアさん」
「ん?」
何やら深刻そうな顔で、アリスが名を呼ぶ。
その視線は、檻の外の者達へと向けられていた。
「この人達ってさ……ここで……」
「ここで研究に使われていた奴らだろうな」
それを聞いて、アリスは悲しそうに檻の向こう側で透明な壁を爪で引っかき続ける化物を見つめる。
「こんなことをしてまで……何がしたかったのかな」
「表の連中は裏の言いなりだ。奴らはそれが気に入らんのだろう。少しでも隙があればそこにつけ込んで転覆でも狙ってるんだろうな。だから今回の件でも、表の連中が動き回っているんだ」
「そんな……そんな理由でこんな……」
小さな手で作った拳が、壁を叩く。
非道な行いは許せない。そう、アリスは善悪を判断した上で行動できる子だ。アセリア達のように任務だからと平気で人を殺めることのできない優しい子。
「強化人間になった時点で、人の何たるかなど捨てている。こうなった時点で、私達は道具でしかなくなるのさ。だから、道具としてしかるべき目的のためにこいつらは使われただけだよ」
だから、人を殺める道具でしか無い自分は人と必要以上に触れ合うべきではない。アセリアは、そう思っていた。だが――
「そんなの違う!」
アリスはアセリアの前に立つと、意思のこもった強い瞳でじっと見据えていた。
「違わないさ」
「違うよ。何も変わらない、強化人間になったって何も変わらないよ」
「お前はなって日が浅いのだろう? だからそう思うだけだ」
アリスはゆっくりと首を左右に振る。どうやっても意見を曲げる気はないらしい。
「道具なんかじゃ……ないよ。だって、私はこんなふうに泣いたり怒ったり笑ったりできるもん。ちゃんと人のままだよ。それは、アセリアさんも一緒」
「違う、私は……」
「違わない!」
急に側によってきて腰を下ろしたかと思うと、アリスはアセリアの両肩を掴み訴えるように顔を近づけた。
「熱くなるな。別にお前がそう思うんならそれでいいじゃないか。私はだな……」
「駄目。アセリアさんはそういう風に思ってるからみんなと一緒に居たがらないんでしょ? そんなの、悲しいよ」
「別に私は気にしてないからいいだろう」
「よくないの!」
どう言おうとノーを出してくるアリス。普段なら突っぱねて返すところだが、今日は妙に意思が強く感じられて気圧されてしまう。
「悠奈だってアセリアさんと仲良くなりたいって。だからさ、ただの仲間じゃなくて……友達になろうよ、ね?」
「……」
差し出された手を、アセリアは取るのを躊躇する。
強化人間でありながらも人であろうとするアリス。強化人間だからこそ道具であろうとするアセリア。間違っているのはどちらか。
いや、どちらも間違ってはいないのだろう。だから――
「まるで悠奈みたいだな、今日のお前は。甘い奴だ。それではいずれ足元を掬われるぞ」
しゅんと肩を下げるアリス。そんなアリスの手を、アセリアはそっと握った。
「だがまあ、そういう考えもたまには悪くは……ないのかもな」
「やったぁ!」
「お、おい馬鹿やめろ!?」
急に抱きついてくるアリスを振りほどくと、アセリアは立ち上がる。
「大体、お前だってクラス3は嫌いなんじゃないのか」
「う……そ、そうだけど。でも、他の人とは違うの……ユーやユーリ、それにあなたも」
「やれやれ……私もあの妙な連中の仲間入りなのか。……っふ、まあいいさ。そういう好き嫌いも人ならではだ。さて……」
言って、アセリアは背中にしまった二本のマチェットを取り出す。
「アセリアさん?」
「まったく……タイミングというものがあるだろう。気の利かんやつだ」
ゆっくりと檻が上に移動する。おそらくユーリ達が最深部までたどり着いたのだろう。
解放はされたが、ここで別の問題が浮上する。
「リミッターが外れた連中だとすれば厄介だ。後ろに隠れて……おい」
アセリアが言うより先に、アリスは銃を構え隣に立つ。
「もう、足手まといは嫌だから……私も、ユーやアセリアさんの背中くらいは守ってみせる」
「……ちゃんとついてこいよ」
「うん!」
ゆらゆらと揺れるライトの光を受け、通路に散乱した人の形をした肉塊が姿を見せる。
静寂に包まれた暗い通路で金属の擦れる音が響くと、リノリウムの床に6発の空薬莢が降り注ぎ音を立てた。
ユーリは口に咥えたライトを器用に手元に向け照らすと、片手をポケットに入れスピードローダーを取り出し手に握ったMR73リボルバーに新たな弾を装填する。
かちりと弾が込められたシリンダーが本体にはまり射撃が可能な状態になると、ユーリは片手のままMR73を握りローダーを投げ捨て咥えたライトを左手に持つ。
「道はわかっても、こう物が散らばってると思いの外進みにくいものだな」
文句を言いながらも、歩くペースを落とさず障害物を避けながらユーリは歩を進めた。
目指すは最深部。あそこにあるコンピューターなら、アセリア達を捉えた檻もコントロールできるはずだ。
当初の任務である警備部隊の隊員探しも忘れてはいないが、ここまで化物が闊歩している状況では望みは薄い。
なにより、この通路の奥が最深部。ここに来るまで一通り部屋は調べ尽くしたので、探してないのはもう最奥の部屋だけだ。
つまり、原型がわからなくなるほど引き裂かれたか、この奥にいるかのどちらか。
「……む? ロックがかかっているな」
最奥の部屋のドアには、電子ロックがかけられていた。
最後に使われた時には開いていたはずなので、誰かがここの鍵を締めたことになる。
ユーリは悩むことなく電子パネルに数字を打ち、それに答えるようにドアは抵抗なく開く。
装置が動いているのでもしやとユーリも思ったが、予想通りこの部屋にはちゃんと電力が回っているようで照明がついていた。
ここで激しい戦闘は行われていないので、設備の損壊も最小限。経年劣化はあるが、まだ使用できないレベルで破損しているものはない。
ユーリは周囲を見渡し、気配を探る。靴が床を叩く音は一つ。ユーリのものだけ。だが、気配は感じる。
ライトをポケットにしまい、代わりにクリップでベルトにとめてあったカランビットナイフの刃を展開しながら左手に握る。
と、割れた培養槽の影に隠れるようにして床に寝るように倒れている白骨死体を見つけた。白衣を着ていることから、この施設の研究員だったことが分かる。
「…………」
ユーリはそれを一瞥すると、視線を部屋の奥へと移した。その時――
「があああああ!」
「――っち」
耳鳴りがするほどの金切り声を発しながら動く物体の接近を感知すると、ユーリは舌打ちしながら後ろへ飛び退く。
「えう……あああああ!!」
もはや言葉ですらない唸り声を出しながら、化物に変貌したソレはユーリを睨みつけ対峙した。
栗色の、肩にかかる程度に伸びた髪。そして華奢ではあるが鍛えていることを伺わせる体躯。人間だった時の特徴はちゃんと残っている。
だが、ユーリのやることは変わらない。いつも通りに、任務の障害に対して対処するだけ。
飛びかかってきた化物はユーリの首へと手を伸ばす。
その手を右手に握ったMR73で払うと、すかさず左手に握ったカランビットナイフの刃で化物の脇腹、続いて首を切り裂き腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
ユーリの攻撃はそれで終わらず、床を転がる化物に向けMR73の357マグナムを3発浴びせるがそれを物ともせずに立ち上がると培養槽の影に隠れてしまった。
「やれやれ……今ので普通は致命傷なんだがね」
並んだ培養槽を見渡しすぐに仕掛けてこないとわかると、ユーリは周囲を警戒しながらも奥にあるコンソールを操作し施設に設置された起動中の装置を全てオフに設定する。
これでアセリア達は解放されたはずだ。
ちょうどこのコンソールの横で倒れている警備部隊の男の死体も見つけたことだし、もうこの施設に用はない。
「…………」
ユーリは背後の方でずっと様子をうかがっている化物に視線を送る。
動物的な本能でか、それとも人間であった時の記憶からなのか、ユーリの攻撃を受けてからは一度も姿を晒そうとはしない。
それならそれでいい。わざわざ戦って時間を無駄にするより、今はユー達と早く合流したい。
「来ないのかね?」
「…………」
一応問いかけてはみるが、返答はない。言葉が返ってこないのはわかっていたことだが、態度でも示してもらえないところを見ると完全に警戒されてしまったようだ。
ユーリは踵を返しドアの方へと向かう。
「……まあなんだ、また君の顔が見れて嬉しかったよ」
ドアの前で一度止まり、それだけ言うとユーリは再び足を進める。
「あ、あぁ……ゆ……り……」
背後から聞こえた声に振り返らず、ユーリは静かに仲間の元へと歩み始めた。




