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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
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Chapter4「帰宅と再会と」

悠奈の住む場所は、ここエリアJでも五本の指に入るほど有名だ。

 別に特別な施設があるわけでもなくなんてことのない居住用の建物なのだが、一本だけ異様に高いタワーが生えていたら嫌でも目立ってしまう。

 この百階建てのタワーは管理局職員の居住用として建てられ、当然そこに住むのは管理局に携わる仕事をしているものと、その家族。

 管理局の科学者をしている父親と一緒に、悠奈はこのタワーの八十六階にある一室に二人で暮らしている。

 母親は、悠奈が生まれてすぐに事故でなくなったと聞かされているが、それ以上のことは悠奈も聞かされていない。

「ボブ、地下の駐車場に」

 あれから数分車を走らせ、タワーが見え始めるとユーが口を開いた。

 ボブはそれに頷いて返すと、タワーの正面玄関の隣、急な坂道が続く地下駐車場の入り口に巨大な車を滑り込ませる。

 百階建てということもあって、それなりの人数を収容できるこの建物はそれら全ての住人の車両を格納するために駐車場も地下三階までと広く作られている。

 が、ここの住人の多くは自家用車ではなくバスなどの公共交通機関を利用するので、ここの利用率は半分以下。ほとんどがら空きで、今も悠奈の視界に入る車は数えられるくらいしかない。 

 そもそもここ、エデンの園では自家用車を持つ市民自体、そう多くはないのだ。

 バスやモノレールといった公共交通機関が非常に発達しているというのもあるが、車両の所持に管理局の許可が必要というのが最大の理由だろう。

 限られた敷地しかないエデンでは、それを少しでも有効に活用しなければならない。そんな中で市民用にと駐車場のように幅を取るものを設けるのは、出来る限りは避けたいのだろう。

 だから許可制にして、許された者だけが車両の所持を認められている。しかし、余程のことが無い限りそういった許可が出るのは管理局の職員か、企業の社長クラスといった特別な地位にいる者ばかりだ。

 とはいえ、車が無くても困らない程には各種交通機関が整備されているので、市民からその点で不満は特には無いらしい。

 悠奈の父親も自家用車を持っているが、ほとんど職場への移動用にしか使われていないため悠奈が乗る機会はそんなにない。

 悠奈も通学はバスを利用しているため、車に乗るのは実は久しぶりだ。

 だからこそ、せっかく管理局の車だしもっと豪勢なものに乗りたかったのだが、現実は非情である。

 今まで鋭いエンジン音を轟かせていた車はゆっくりと速度を落とし、一階へ上がるエレベーターの近くで止まる。

 せっかく三階分もあるのに、余裕で地下一階のエレベーター付近に止められてしまうあたりここを作ったの人の努力が虚しく終わってしまっていることが悲しい。

「さあ、到着だよ悠奈ちゃん」

 ユーが先に車から降りると、乗った時と同じくドアを開けてくれて、そのまま降車を促す。

「よっ、と……うぅ、お尻が」

 さっさと、素知らぬ顔で降りていったアセリアに続くように、悠奈が跳ねるように飛び降りると綺麗に地面へ着地し、直後涙目でお尻をさする。

 そこまで長時間乗っていたわけではないが、硬い座席の車に乗り慣れていないのもあって、少しだけ痛みを感じた。

 それを見てユーが口元に手を当て、どこかのお嬢様のように上品に笑い声を立てる。

「ふふ、残念ながらこの車はVIPを乗せるために作られた物じゃないからね。辛いだろうけど、我慢してほしいな」

「そのうち慣れると思うけど、何ならクッションでも敷く?」

 悠奈の後ろから降りてきたアリスが、ドアを閉めながら少し心配した様子で首だけを向けながら言う。

 ボブには厳しい発言をする時もあるが、他の人には比較的親切で思いやりのあるいい子のようだ。

 アリスは持っていた銃のスリング(負い紐)を肩にかけ、悠奈の隣に付く。

 すると、彼女の装備がしっかりと確認できた。

 ポケットがたくさん付いた防弾チョッキのようなものの下に、黒い軍服。これは、警備部隊が普段から着用している装備と同じ物だろう。

 肩にかけた銃は、形状からしてショットガンなのだろうか。悠奈は映画程度の知識しかないため、名称までは分からない。

 その他にも、太もものホルスターに拳銃、長い髪に隠れるよう腰にナイフが付けられていた。どうやらショットガン以外は、装着位置が違うだけでボブと同様の装備らしい。 

「……どうかした?」

 まじまじと見つめていたせいか、アリスが不思議そうに悠奈の顔を覗き込んだ。

 ちょうど悠奈と頭一つ分くらい身長差があるので、自然とアリスは見上げる形になり、なんだか抱きしめてやりたくなる衝動に駆られる。

 そんなことを考えている内に、全員の準備が整ったようで、エレベーターの前まで移動。 

「あ、じゃあエレベーター呼ぶね」

 そこで悠奈は、エレベーターの側面の壁に設置された認証パネルに手をかざそうとする。

 が、それより先に、ユーがそこに手を置いた。

 これは、ここに登録された住人以外がエレベーターを勝手に操作できないようにと設置されたもののはずだ。

 本来ならここでエラー音が鳴り響き、駐在している警備部隊の人間がここにやってくるはずなのだが、まるで当然のように認証完了の文字を画面に浮かべエレベーターを呼び寄せている。

 きょとん、と呆けた顔をする悠奈を見て、ユーがああと口を開く。

「管理局の特権、かな。いざって時にこういう場所に入れないと困るしね」

「うわぁ……管理局の人なら誰でも入れるってそれはそれで危なくない?」

「管理局所属でも一部の人だけだよ。誰でもってわけじゃないから安心して。この中でならボブやアリスは無理だね。そもそも彼女達警備部隊は、実質管理局の所属ってわけでもないし……っと、来たみたいだね」

 ユーはそういって話を途中で切ると、真っ先にエレベーターに入り、開のボタンを押したまま皆が入るのを待ってくれていた。

 全員が入り切ると、ユーが一階のボタンを押し、若干の浮遊感を味わった後、数秒の内に一階ロビーへ到着する。



このエレベーターはあくまでロビーへの移動用であり、上の階に行くにはロビー内の別のエレベータを使用する必要があるのだ。

 エレベーターを出ると、すぐ正面に受付があり、その横に警備室がある。のだが、ここの警備員は一人だけで、しかも受付も兼ねているため警備室内には誰もいない。 

 悠奈は勢いよくエレベーターから飛び出すと、受付のカウンターで肘をつきながら手に顎を乗せ、煙草を咥えたまま暇そうにしている女性に手を振りながら呼びかける。 

雪風ゆきかぜさん、ちわーっす! はいこれ」

 と、学校帰り際コンビニで買ってきた弁当を鞄から取り出し、煙草を咥えた女性に手渡した。

 彼女はここの警備員兼受付の雪風。これは本名ではなく、初対面の時に悠奈が彼女の着ていた制服に書かれていた雪風という文字を見てそう呼んでしまい、本人も名乗るのも面倒だからそれでいいと言われそれ以来雪風さんが呼び名になっている。

「さんきゅー」

 雪風は悠奈から弁当の入った袋を受け取ると、それを傍らに置いた。

 動くのが面倒だからと、雪風はこうしていつも悠奈に弁当を買ってきてくれと頼んでいるのだ。もちろん、代金はちゃんと貰っている。

 しかし、彼女は余程ここを動きたくないのか家にも帰らずに警備室で寝泊まりするという徹底ぶり。

「今日は早いな?」

「うん、今日は半日だったからね。まあ本当なら、もう少し早く帰ってくるはずだったんだけど……」

「んん? どうした?」

 悠奈が視線をずらし、なにやら意味深に顔を歪めるので怪訝な表情を浮かべて雪風が顔を覗き込んでくる。

 そこで、

「おま……綾音か? なんでこんなところに。俺だよ、覚えてるか?」

「んー?」

 ボブが雪風の姿を確認すると、あの巨体からは想像も出来ないスピードでエレベーターから降り受付カウンターに身を乗り出す。

 すると、物凄く嫌そうに雪風が、迫りながら自分の顔をしきりに指差すボブの顔を押しのけた。

「うぼぁ……俺だ、オレオレ」

「ちょ、ちけぇよ。誰――って、まさかボブか?」

 雪風は一瞬虚を突かれたように目を丸くし、口に咥えていた煙草を落としかけたが慌てて指で挟んでそれを傍の灰皿に押し込んだ。

「アンタ、なんでここにいん……ふむ」

 言いかけた言葉を途中で飲み込み、雪風はボブと悠奈を交互に見つめる。途端に深刻そうな顔をし、

「部屋でするんなら、セキュリティ固いこっちよりアンタの家の方がよくない? この子馬鹿だから、飴でもあげればついていくわよ」

「飴なんかでつられないよ!? 雪風さん私のことなんだと思ってんの!?」

「はい、飴」

「わぁい、雪風さんありがとー」

 つい、悠奈は反射的に雪風が差し出した飴を手に取ってしまう。

 は、と我に返った時には、既に悠奈の手には飴がしっかりと握られていて、

「悠奈、お前……」

「ち、ちち違うんだよ、これはあえて雪風さんに乗ってあげたっていうか……」

 呆れるボブに言い訳をしている間にも、横で雪風はずっと腹を押さえて笑うのをこらえている。

 が、どうやら耐えきれなかった者もいるようで、

「あははははは! ちょ、ユーナ! あなたって! あはは!」

「もう弄るのやめてくれないかな? 私、泣くよ? 悠奈ちゃん泣いちゃうよ?」

 後ろで様子を眺めていたユー達だが、アリスだけは悠奈の醜態に堪え切れず腹を抱えて盛大に笑っていた。

 半ば涙目になりながら抗議する悠奈の頭を撫でながら、雪風は一度この場にいる全員を見、何か納得したようにふむ、と息をつくと、 

「なるほどねぇ、例の件か。とはいえお前にボブが当たるとはなぁ。はは、エデンは狭いな」

 どうやら、雪風は今回の事件の事を知っているようだ。

 動かない分、彼女なりにエデンの情報を備え付けのパソコンで調べているらしいし、警備部隊という事もあってその手の情報には精通しているのかもしれない。 

「お話が早くて助かります。それで、ここを通――」

「よし通れ!」

 ユーが言い切るより早く、雪風が親指を立てて拳を突き出す。

 一応警備も担当なのに、こんなに適当でいいのかと不安になる。ボブという知り合いもいるし、警備部隊と管理局の人間が揃っていれば身元確認の必要もないのだろうか。

「適当過ぎだろお前。ちゃんと仕事しろよ」

「あ? だってお前じゃん。なのにわざわざ本部に連絡入れんのめんどいじゃん。今日だけで何人の相手してると思ってんだ。別にここに住んでる奴らで護衛対象なのは悠奈のところだけじゃねーっての。理由はっきりしてりゃべつにいいから、さっさと行け無能の筋肉ダルマ。」

 最後の一言にボブは深く傷ついたようで、しょんぼりと肩を落としながらゆっくりとした歩調で上の階へ行くエレベーターへと歩いて行った。

 それに続くように、今だ微かに笑い続けているアリスと退屈そうにため息をつくアセリアも、ボブの後を追う。

 最後尾となったユーも歩き始めると、通りすぎざまに雪風が、

「はは、あんたがリーダーさんか。お仲間も護衛対象も問題児で大変そうだな。同情するよ。ま、頑張りな」

「まあ、慣れてますから。お気遣いどうも」

「ちょっと、私は違うでしょ」

 最後に悠奈が反論するが、アリスと雪風二人揃って、『一番問題なのは悠奈だ』と声を揃えて言われ、ボブと同じポーズで皆が待つエレベーターに向かう。

 そこで雪風と別れ、隣を一緒に歩くユーに慰められながら悠奈はアリス達に聞こえないように声を潜めて言う。

「ねぇユーちゃん、このまま何も起こらないで、平和に過ごせるってことは……」

「難しいだろうね。俺達も善処するけど、管理局が対応できなかったような事件だ。きっと、もっと良くないことが起こる。それは避けられない……と、思う。でも、俺達がいる限り君はしっかりと守るさ」

「……そっか」

 受け入れつつはあるが、急激に変化していくこの状況に困惑しながら、悠奈はこの先どんな事があってもいいようにと覚悟を決めて。

 悠奈は静かに、エレベーターへと乗り込んだ。

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