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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
35/53

Chapter35「M:I::エージェントS&Y」

 酒池肉林のパーティー。その言葉通りに、老若男女問わず華やかな衣装を着飾った者達が今宵の宴を楽しんでいた。

 皆このような催しに慣れているのだろうか、優雅に振る舞う姿は見ただけで気品を感じさせる。中にはテレビで見たような人物もいるし、こういったものに参加するのが仕事の者もいるのだろう。

 一体何人参加者がいるのか分からないほど、会場の中は人で埋め尽くされている。少なくとも百人は優に超えているだろう。

 そんな中で、それぞれ漆黒と真紅のドレスを身に纏った女性が二人。彼女達だけは他の者とは違う理由でこの場所にいた。

「多分ここらにはいないな、VIPルームに入るぞ」

「了解了解」

 艶のある黒いドレスを着た女性――ではなくシグが言いながら先導する。

 口調こそいつもと変わらないが、声音はどう聞いても女性のそれである。特に機械を使っているわけではなく、コツがあって訓練すればだれでもできるらしいが本当か嘘か分からない。

 しかもちょっと化粧をしてウィッグを付けただけでここまで女性になりきれるものも凄い。シグがやや中性的な顔立ちというのもあるが、やはりそういう類の事を専門としている部署ならではの技術があるのだろう。

『悠奈ちゃんそっちはどう?』

 突然、耳につけたイヤホンからユーの声が聞こえた。

 髪で隠しているので、誰かの目につくことはない。チョーカー型のマイクも悠奈は付けているが、独り言をつぶやいている不審人物と思われるものよくないので応答は必要最低限で簡単な返事は身振り手振りで行うようにと言われている、

「うん、今のところは何も」

『そう。会場の監視カメラと警備装置は全部掌握したから、そっちもなるべく早くニコライとの接触を』

 そこで交信は途切れる。悠奈はシグに目配せすると、彼の後ろについてVIPルームへと急ぐ。

「むぐぅ」

 しかし、身体に窮屈な感覚を覚えつい悠奈は呻き声をあげてしまった。

 別に太股に隠した警棒のせいではない。なんというか、ドレスが凄くきつく感じる。

「どうした?」

「いや、なんていうか……このドレス小っちゃくない?」

 これでも体型は整っていると自負できるくらいには管理を怠っていない。これは悠奈の方に問題があるわけじゃなさそうだ。

「そりゃそうだ、聞いたサイズより下のを持ってきたからな。せいぜいその無駄に育った胸の肉でニコライを誘惑してくれ」

「……やっぱ私、アンタ嫌いだわ」

「おーそうかい。奇遇だな俺もだよ」

 やっぱりシグが絡んでいたようだ。ドレスを用意したのがシグなのだから、目星はついていたが。

 サイズがギリギリ着れるくらいなのもあって、悠奈のボディラインは必要以上に強調され主に一番突き出ている胸の部分の主張が激しくなっていた。

 あまり派手に動くと零れてしまいかねない。それだけは避けたい。いくらなんでも悠奈は、衆人環視の中胸を晒すほどの変態ではないのだ。

「っく!」

「っはん! さっさと行くぞ」

 後で殴るとシグに視線で訴えると、再び二人は歩き出す。

 天井が空まで届くんじゃないかという程の高さがある広間を抜け、豪勢なシャンデリアと鏡のように磨かれた床が延々と続く廊下を進む。

 これが個人の家だというのだから、無駄にエデンの土地を使いすぎだ。エデンは土地に限りがあるせいで市民は集合住宅が基本だというのに、贅沢しすぎな気もする。こういった一部の地位の高い連中が幅を利かせるから、それなりの格差が生まれるのだ。

「おーおー、お金持ちはいいですねぇ。ま、私も人の事言えないけど」

「ここにいる何人かが今日悲劇の死を遂げれば、いくらはエデンはましになるぜ。ほとんどの連中が金があるからって威張り散らしてるだけの奴らだからな。ついでに土地も空く」

 シグが何やら物騒なことを言っているが、それを流して悠奈は歩を進めた。

 ELFに襲われるなら、きっと少なからずとも被害は出るはずだ。だが悠奈達の目標はあくまでニコライを守る事。それ以上の事をすればこちらの危険が増えるだけだ。見捨てることになるのは多少心苦しいところもあるが、欲張って全てを不意にするような真似はできない。

 それにELFも目的はニコライなのだ。他の客に無差別に危害を加えはしないはずだ。あまりにもやりすぎれば、管理局の本局が出てくるし最悪エリアDに対して何らかの制裁が加えられる可能性だってある。いくら最近動きが活発だからといっても、自らの首を絞めるような行動はしないだろう。

「ここだ。俺に合わせろ」

 長い廊下を渡りきると、突き当りに大きな二枚扉が姿を現した。

 左右それぞれに真っ黒なスーツを着た警備の男が立っている。見るからに戦闘の訓練を受けているといった体躯の男達に挟まれると、それだけで威圧感を感じる。

「申し訳ありません、ここから先は許可されたお客様のみ――」

 スーツの男が言い切る前に、シグは胸元から取り出したチケットのような赤い紙切れを男の顔の前で二枚ひらひらと揺らす。

「これでいいかしら?」

「失礼しました」

 チケット一瞥すると、男は一礼してもう一人の男に顎で合図する。と、煌びやかな装飾が施された扉が男の手によって開かれた。

「さ、行きましょう?」

 手慣れた様子で、シグは悠奈に振り向くと笑顔で手を取り部屋の中へと入っていく。

 動きに一切迷いが無い。シグだと知っていなければ完全に女性だと思い込んでしまうほど自然に振る舞う姿は、傍で見ていると本当に感心してしまう程の技術だ。

「まぶ……」

「っち、うっせーな。こういうのは嫌いだぜ」

 扉をくぐると、頭を揺さぶられる程の重低音が悠奈達を迎え思わず耳をふさぎたくなる。

 VIPルームは、薄暗い部屋の中央に七色のライトで照らし出されたダンスホール、それにバーといった構造になっていた。

 ここもそれなりに人が多いし、何より暗いので人の顔までは近づかないとよく見えない。

「悠奈、ここで別れる。ニコライを探せ。心配すんな、お前もちゃんと見てるさ」

「おーけい。わかった」

 一度シグと別れて、ニコライを探す。

 部屋自体はさほど広いわけでもないが、こうもたくさんの人が一度に動き回られると探すのも手間だ。

「おや? 誰かお探しですかな?」

「え? あ、いえ……」

 突然声をかけられ、悠奈が振り返る。

 すると、そこには昨日写真で何度も確認した顔がそこにはあった。間違いない、ニコライ・ロマネンコだ。

「友人に誘われてきたのですが、わたくしこういうところは苦手で……」

「ほう? ではなんですかな、そこのバーで私と少しばかりお話でもどうです?」

「あら……うふふ、ではお言葉に甘えて」

 思いがけぬことに向こうから接触してきた幸運に悠奈はガッツポーズを取りたくなるのを我慢しつつ、なるべく上品に振る舞う。といっても映画などで見た知識でしかないので、どこまでやれるかは不安なところだ。

「それはそれは……ふむ、貴女のような美女と今夜ここで出会えた幸運を神に感謝しましょう」

 気取った台詞を吐きながら、ニコライは悠奈の手を取り部屋の隅に設置されたバーカウンターに座らせる。

 身振りといい悠奈の気を引こうとしているのが見え見えで、悠奈は張り付けた笑顔を思わず崩してしまいそうになる。

 さっと視線をニコライの後方に移すと、シグが軽く手を振ってこちらの状況には気付いているという事を知らせる。本当にちゃんと見ていてくれたようだ。

 あとはこのまま何も起こらずに済めばいいのだが、そうもいかないのが現実。ユー達の情報なのだ、必ず今夜ELFが仕掛けてくる。

 悠奈はそっと拳を握りしめ、せめて自分の役目だけは果たそうと再度心の中で決心した。



 遠目に悠奈を気にしながら、シグはVIPルーム内を見渡す。

 今のところ異常はなし。悠奈もうまくニコライを引き付けているようで、このままならパーティーが終わるまでずっと彼は彼女の傍にいる事だろう。

 そのまま持ち帰られては困るので、そうなる前にニコライには少しばかり火遊びの代償を払ってもらうことになるが。

「ユー、外の様子は?」

 柱に背を預けながら、シグは呟く。この騒音だ、一人の囁きなど誰の耳にも入らない。

『何も。もしかしたらもう中に入ってるのかもしれない。シグ、見知った顔とかいない? セクター5ならELFの危険人物くらい把握してるでしょ。そっちカメラが無くて様子が分からないんだ』

「オーライ、ちょっと探ってみよう」

 柱から離れ、シグは怪しまれないように自然な動きで部屋中を探し始める。

 だが、見知ったような顔はどこにもいない。ELFが攻めてくるなら今日以外ありえない。

 とはいえ警備が敷かれているVIPルームに入り込めるほどの技術や伝手をもったグループとなると数は限られてくるし、その中で今現在エリアRで活動している者達はいないはずだ。

「ここにいれば安全……かもな、案外」

 しかし、そんなシグの予想は視界の端に写った者の姿に一瞬でかき消される。見知った顔なんてものではない、本来いるはずのない人間にこの時ばかりはシグも驚愕し目を見開いた。

「なっ……」

『シグ、どうかした?』

 イヤホンからユーの声が聞こえるが、それよりもとシグは視界に写った人物がよく見える場所まで移動。

 ダンスフロアの一角で、立ったまま酒も飲まずにある一点を見つめ続ける小太りの男。シグは彼に気づかれないように傍まで移動すると、見定めるように男の体に視線を這わせた。

「まずい……」

『シグ? どうしたのシグ』

 そこでようやくシグは何度もユーが通信を入れているのに気付いた。

 向こうはこちらの状況を把握していないのだろうし、ユーのサポートが無ければシグも動きづらい。周りの様子をうかがいながら、シグはそっとユーに返事を返す。

「ユー、まずい。タイラスだ」

『タイラス? どのタイラスさ』

「発破屋だよ、発破屋タイラス。あの爆弾魔だ」

『発破屋!? そんなまさか、だってあいつは――』

 シグと同様、ユーも驚愕したように声を荒げる。

 当然だ、発破屋タイラスといえばELFの中でもリストに名が乗るほどの危険人物。

 そして、そういった連中は全てエリアDではなく中央管理局の特別管理区画に収容される。タイラスもそうだったはずだ。

 つまり、この場にいてはおかしい存在。

 しかしそれも、今回の件でELF以外の別の組織が糸を引いているというなら納得できる。

 管理区画を担当しているのは、管理局の表側の連中。つまり、奴らの気分次第で凶悪人はいくらでもエデンに放てるのだ。

 これまではそう言った事をする理由が無いからしなかったのだろうが、今は違う。なんせ今は、表側の奴らすらも鍵の争奪戦に乗っているのだから。

『シグ、シグ。ニコライを狙ってるのはELFじゃない。そう見せかけてるだけで、俺達の敵は表の連中だ』

「わーってるよ。くそが、ややこしくなりやがった。茶番は終わりだ、相手が相手だしさっさと目標を回収してずらかるぞ。でないと手遅れになる」

『分かってる……シグ、いやみんな。気を抜かないで、手早く済ませる。いいね?』

 ユーからの通信が切れると、シグは一直線に悠奈の元へと歩き出す。

 と、その時だった。

「きゃあああああ!」

 VIPルームの中で、誰かが叫んだ。

 直後、地震でも起きたかと錯覚するほどの揺れが起こり、バーの棚に並べられた高価そうな酒が次々と音を立てて落ち、割れてその中身を床に撒き散らす。

 VIPルームに響く音が止んだ瞬間を見計らって、今度はダンスフロアの方で銃声が鳴った。

 撃ったのはタイラスだ。彼の周りにいる客は瞬時にタイラスから距離を取るが、逃げ遅れた一人の女性が髪を掴まれ顎に銃口を突きつけられる。

「おい、ニコライ! てめぇこっちこいや!」

「ひ、ひぃ!?」

 自分の名を呼ばれたことに恐怖し、ニコライはさり気なく悠奈の手を掴むとそのまま彼女の背に隠れてしまった。

 そんなニコライに冷ややかな視線をさっと送りながら、悠奈は周囲を見渡しシグを発見すると目で合図をしてくる。

「下手に動くなよ悠奈。お前が撃たれるのも、避けてニコライに当たるのもまずい。待ってろ、俺が何とかする」

 タイラスはまだシグには気付いていない。

 怯えて身を屈める客に紛れながら、そっとシグはタイラスに近づく。

 あと数メートルという位置まで来ると、太股に隠したマカロフ拳銃を抜きスライドを引いて弾を装填。いつでも撃てるように指をトリガーに添えるように置いておく。

「し、知るか! お、おいガード! いないのか! おい!」

「っち、クソ野郎がよぉ……弾ぁぶち込んでやるぞ」

 あともう少しというところで、ニコライが警備員を呼びながら狂乱したかのように叫び声をあげた。

 それに苛立ちを覚えたのかタイラスはニコライの方――正確に言えばニコライが身を隠した悠奈へ持っている銃を向ける。と、躊躇なくトリガーを引いた。

 予想よりも自体が早く動きすぎたせいで、シグも対応が遅れてタイラスの攻撃を許してしまった。

 タイラスの銃は問題なく作動すると、その銃弾を悠奈目掛けて吐き出す。

「っう!?」

「悠奈!」

 放たれた弾丸は照準の狂いなく悠奈の腹部へと着弾。身体をくの字に折って悠奈が床に片膝をつく。

 ついシグもそれに反応して声をあげてしまったせいで、タイラスの注意がシグに向いてしまった。

 しかも、立ち上がっているので右手に握ったマカロフもタイラスから見えている。

 当然タイラスは驚いたように目を一瞬見開くが、向こうはそれなりに経験を積んだ者なのですぐに思考を切り替え持っている銃で応戦。

「くそ! しくった」

「クソが! やっぱいやがったか管理局のクソ犬ども!」

 タイラスが発砲するより先にシグは悠奈の方へと走り出し、同時にマカロフをタイラスの方へ突き出すと片手で弾倉が空になるまで撃ち続けた。

 慌てて柱の陰に身を隠したタイラスも反撃に移り、シグに向け発砲。銃弾は走るシグの髪を掠めてその後ろの柱を削る。

 いきなり銃撃戦が始まり逃げ惑う客達でVIPルームは騒ぎになり、シグでも下手に撃てば客に当ててしまう程に人が縦横無尽に駆け回ってダンスフロアでは客の叫び声が響き渡った。

「くそが! 邪魔すんなタイラス!」

 シグは悠奈達まで、大きなテーブルを挟んで少しの距離というところまで近づく。

 走りながらマカロフの弾倉を交換し、テーブルに手をつき身体を滑らせるようにして飛び越えながら客に当てないよう再度タイラスに発砲。

 タイラスを柱の後ろに釘付けにしながらシグは床に着地すると太股のホルスターにマカロフをしまい、悠奈とニコライの腕を掴み引きずってバーカウンターの後ろに二人を隠す。

「悠奈!」

「いたた……本気で撃つ? ふつー」

「ゆう……って、お前大丈夫なのか?」

「え?」

 確実にタイラスが撃った弾は悠奈の腹部に当たったはずだ。

 だが、当の悠奈はシグが心配したほど容体が悪いわけではない。というよりまるで転んだ程度の反応を返されてシグは呆けてしまう。

「なんつー……頑丈すぎだろ」

「え? ど、どしたの?」

「い、いや、今はいい。とにかくニコライをつれて脱出だ」

 こんなことはさすがに聞かされていないし、セクター5でも知り得ない情報だ。

 悠奈が狙われる理由まではおおよそ察しがついているが、悠奈自体の情報はさほど多く出回っていない。

 だが今その詮索をする余裕もないので、当面の問題の解決を優先する。

「お、お前らも私を捕まえに来たのか! ひ、ひい! 来るな! 来るなあああ!」

「あ!? おい待て!」

「ちょ!? 待ってよおっさん!」

 シグと悠奈が引き止めるが、二人の会話を聞いていたニコライは急に立ち上がると客を押しのけながら出入り口の方へと一目散に走りだす。

「くそ、悠奈追うぞ!」

「合点!」

「させるかクソが!」

 ニコライを追おうとシグ達も立ち上がるが、待っていましたと言わんばかりにタイラスの銃撃が飛んでくる。

 これでは進むことができない上にニコライに逃げられる。

 無事に逃げてくれるなら別に構わないのだが、襲撃犯はおそらくタイラスだけでない。ニコライ一人ではここからは逃げることができても外に出る前にELFのメンバーに捕まるのが関の山だ。

「悠奈行け! 俺が奴を足止めする!」

「でも……」

「心配すんな。俺は大丈夫だ。ここを出ればユーとユーリのサポートもある、ニコライが捕まれば俺達もまずい。な?」

 悠奈はそっと頷くと、シグに目配せして突入の合図を待つようにいつでも走り出せる体勢を取る。

 シグはカウンターに背を預けながら、足元に転がっている無事な酒のボトルを手に取るとそれをタイラスの方へと放り投げた。

「なん――!? ちくしょうが!」

 グレネードか何かだと思ったのかタイラスは柱から飛び出ると、銃を撃ちながら隣の柱に移動。

 だが走りながらなので照準はまともにつけられていない。そのせいで流れ弾が客に当たり、何人かが床に倒れ伏す。そこでシグは牽制でマカロフを撃ちながら悠奈に向け叫んだ。

「行け悠奈!」

 指示もろくに出していないのに、絶妙なタイミングで悠奈は飛び出すとそのまま客に紛れてニコライの後を追っていった。

 いくらタイラスでも大勢の客の中から悠奈を見つけ出すことは不可能だろうし、そもそも飛び出したタイミングがよかったので彼が悠奈が飛び出したのを感知できたかどうかすら怪しい。

「はは、お前こっちの仕事向いてっかもな。……さてじゃあ俺も本気だしますかね」

 悠奈の背を見送りつつ、シグは眼前の敵を凝視する。

 タイラスの武器は小型のサブマシンガン。装弾数や連射性で拳銃のマカロフしかもっていないシグは不利だが、客で溢れかえるここなら向こうが連射したところでシグに全ての弾が届くわけでもない。

 それを理解しているのか、タイラスも一度の射撃自体は数発撃つ程度に収めている。

 タイラスは元々爆弾を使っての破壊工作が専門で、銃撃戦など表に立って戦う者ではない。そこまで銃の扱いに長けているわけでもないのも救いだ。

 これなら十分シグでも対等に戦える。

「どうしたぁタイラス? やっぱお前はこんなドンパチ出来る玉じゃねーかぁ?」

「クソ! クソ! 管理局のクソ犬が馬鹿にしやがってこのクソ女! ぶっ殺してやる!」

「おっと、そういや女だったな」

 自分の格好を見ながらシグが自嘲気味に笑うと、タイラスが銃を撃つ。

 客の隙間を縫ってカウンターには着弾したが、弾が砕いたのはシグの頭ではなく棚に置いてあったワインだ。

「あーあー、もったいねーなおい。射的すんのはいいがもちっと安いの狙えよ」

 呟きながらシグは客に紛れて傍の柱に移動。そこから腕だけを出してマカロフを撃つ。

 二度目の弾切れを知らせるようにマカロフのスライドが後退したままその位置で止まると、左手で空の弾倉をグリップから引き抜き太股から新しい弾倉を取り出して入れる。

 空の弾倉を握ったままリロードを済ませると、シグはマカロフを撃ちながら柱を盾にしその距離を詰めていく。

 マカロフの装弾数は8発。しかも先ほど交換したのが最後の弾倉なので、無駄撃ちはせずにタイラスを現在隠れている柱に釘付けにするように発砲する。

「クソが! 吹っ飛べ!」

「あ? おいおい待て待て待て!」

 自棄になったタイラスは懐から何かのリモコンを取り出す。恐らく爆発物に接続してあるものだ。どこを爆破されようとまずいことに変わりはない。

 シグは全力で走り一気にタイラスとの距離を詰めると、柱を一本挟んだ位置に移動。シグが隠れている柱のちょうど対面の位置にタイラスがいる。

 柱越しにもタイラスが焦っているのを感じたので、シグはぐるりと柱を回ってタイラスの後ろを取ると空の弾倉を彼の顔面に投げつけた。

 手からリモコンが零れ落ちたのを確認すると、マカロフのグリップ底部でタイラスの側頭部を思い切り殴打し銃を奪い取る。しかしそれは使わずにタイラスが拾えない程度に遠い位置に放り投げ、シグは左手で何度もタイラスの腹部を殴りつけた。

「ぐぅ!?」

「すっこんでろ馬鹿が! てめぇは後で裏が管理する区画で一生まずい飯食っててもらうからな!」

 とどめだと言わんばかりに思いきり頭部を殴りつけ、タイラスが床に倒れ伏して動かなくなるとシグは頬を流れる汗を拭ってチョーカー型のマイクのスイッチを入れる。

「ユー! 状況は! 悠奈はどうなった!?」

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