Chapter34「楽できるのは今日まで」
ホテルのレストランの一角、なるべく人気のない席を選び悠奈達はそこで食事をとる。
今度はシグも交え、明日に迫ったニコライ・ロマネンコの護衛に関する段取りを確認。
「それにしても、めんどくせ―ことするのな。公に護衛出来りゃあいくらか楽なんだが」
「我々が守っていると知れれば、悠奈君の二の舞になるからね。だから護衛対象にも敵にも知られずに守り通す」
そうして一通り決めた昨日の配置をシグに伝えると、彼は水を一口飲んだ後で悠奈を半目で見つめた。
「な、なに?」
「いやさ、なんでお前まで出てくんだよ。怪我しても知らねーぞ?」
彼なりの配慮だろうか。いや、シグの場合だと単に邪魔だからだろう。素人が現場に入るのは不安要素を大きくする要因につながる。
「私だって何かしたいもん。守られてばっかりは……嫌、だから」
とはいえ迷惑をかけているのは事実だ。だから言葉の最後の方に行くにつれて徐々に音量が下がる。
しかし、だからといって何もしないのでは悠奈の気が済まない。どちらを選ぼうとも最良の選択とは言い切れない。なので極力迷惑をかけない範囲でユー達に協力するのだ。
ユー達の任務は悠奈の護衛。もちろんそれも忘れてはいない。なので、どうしても自分が危なくなるのならニコライを見捨てるという選択もする必要があるし、それについては悠奈も否定はしない。
「ほー……まあがんばれや。邪魔になんねーならなにしたって構わんぜ」
言いながら、シグはビュッフェ方式で皿にかき集めてきた料理を手早く平らげる。彼が一番多く取ってきたのに、食べ終わるのは一番早い。さすが男の子だ。
しかもシグが取った料理はハンバーグにベーコン、ソーセージなどにもう一枚の皿にはご飯にビーフストロガノフがかけられていた。朝から重すぎやしないだろうか。
「ま、まあそうする……ね、ねぇシグ君」
「ん?」
「朝から重くないのそんなに食べて。見てるこっちが辛いわ」
シグはさらにピロシキを頬張りながら、何かおかしいところでもあるのかと首を傾げた。
「はぁ? お前らが小食なだけだろーが。俺からすりゃそっちの方が心配だぜ。その程度で持つのかよ」
悠奈の皿には、ベーコンが数枚にサラダ、あとはボルシチと呼ばれる鮮やかな赤色のスープと小さなパンが二つほど。シグとは盛る量も料理の数も違う。
「体の構造違うし、しゃーないじゃん」
「あーあー、ちょっといいかな?」
悠奈とシグのやり取りに、ユーが割って入る。
そういえば明日の作戦会議中だった。
「なんだよ? まだ何かあるのか?」
「そりゃまあ。それで、知っての通り今回は悠奈ちゃんがターゲットに近づくことになる。そこでなんだけどさ」
そこでユーが一度切る。と、何故か横でユーリが面白そうにシグを見ながら笑っていた。
それに怪訝な表情を浮かべるシグ。当たり前だ、あんなことをさせられると知ればきっと怒るに違いない。
「シグ、君には女装してニコライと悠奈君の傍にいてほしいのだよ。君もセクター5の人間なら、その手の事は一通りできるのだろう?」
シグの手が止まった。表情を凍り付かせ、今ユーリが言った事の真偽を問うような視線を彼女に向けている。
「言っておくけど、冗談じゃないよ」
「おいおい待て待て待て。悠奈が傍にいるんだろ? だったら俺が女装する必要ねーじゃねーか」
「悠奈君が言いださなくても、君にはやってもらうつもりだったしな。ニコライの護衛をするならそちらの方がいろいろ便利だぞ」
シグがこれまで見たことも無いくらい顔をしかめて嫌そうな表情をした。
気持ちは察することができる。パーティーだから、服はドレス。当然露出も多いし、いくらシグがちょっと女顔だったとしても色々まずいだろう。
「ユーリ、お前の考えか」
「うむ」
「このやろう。っち、分かったよ。悠奈のフォローに回るにしてもそっちの方がやりやすいしな」
あれだけ嫌そうにしたわりに、簡単に受け入れたことに悠奈は眼を見開いて驚く。任務に私情は挟まないタイプ、という事だろうか。
シグの女装姿は、今のままの彼の印象しかない悠奈には到底想像できない。ユーリが言うには、シグの部署はそういう事もするそうだが彼自身はどうなのだろうか。
悠奈はボルシチを口に流し込みながら、明日目の前に現われるであろう女装したシグの格好を見て笑ったりしないように覚悟を決めた。
「おいこら、変な想像すんなよ」
悠奈の思考を読み取ったのか、シグが懐疑的な視線を浴びせてくる。
これ以上何か言うとまた怒りそうなので黙っておこう。
「ではまあそういう事で。さて、悠奈君はこれからどうしたいね? 準備は夜からでもできる、町に出てみるかね?」
「ほんと!? って、そういえばユーリってばここの出身だっけ? じゃあじゃあ案内してよ! ね? いいでしょいいでしょ」
はしゃぐ悠奈にシグが呆れ、椅子にもたれ掛かる。
ユーは横で食後のデザートをどっさりとテーブルに広げ、そのやり取りを見るだけで何も言おうとしない。恐らく今の彼女に重要なのは悠奈よりも目の前のスイーツなのだろう。
「む……そ、そうだな。では私と一緒に観光でもするかね。ユー、構わないかい?」
一瞬呆けたユーリがユーに向け言うと、ユーは多彩なジャムの乗ったクッキーに視線を向けたまま片手をあげて親指を立てた。許可されたという事でいいのだろうか。
しかし、この様子ではユーはついてこないだろう。エリアRに来てまだ間もないので、悠奈が危険に晒される心配はないという判断なのかもしれない。
「それで? 君はどうする?」
ユーリがシグも誘おうとするが、彼女が言い切る前にシグは席を立ち悠奈達に背を見せる。
「行かねーよ。女の買い物にゃ絶対付き合わねぇ。勝手に行ってろ」
「つれないなぁ。別にここまで来て下着だとか服なんて見ないよ」
「だとしてもだっつーの、いいから女二人でよろしくやってろ。そいつがいりゃあ男に絡まれても大丈夫だろ」
それだけ言って、シグはエレベーターホールの方へ去っていく。部屋に戻るのだろうか。
ユーリに視線を戻すと、彼女は両手を広げてやれやれと肩をすくめた。
「さて、では我々も準備をしようか。ユー、あとは任せるよ」
「ん……」
何を任せたのかは知らないが、ユーは聞いているのかいないのか視線はスイーツの方に向けたまま僅かに声を出す。
ユーリはそれに綺麗な唇を少し動かして笑うと、立ち上がる。
「どこに行きたいかね?」
「んー……ユーリに任せる!」
「ふむ、では適当にぶらつくとしよう」
「じゃあねユーちゃん!」
悠奈が手を振ると、ユーもそれを返してくれる。悠奈を見ていないから動作まで見えてはいないのに、よく分かるものだ。
明日からまた忙しくなるし、少しでもユーに好きな時間を取らせてあげよう。彼女もきっと、辛いはずだろうから。
周りを囲む者がいなくなった後も、ユーは黙々とエリアRのロシアンスイーツを食べ続けた。
一通り平らげると、一口水を飲みながらやっとユーは視線をあげる。
すると、誰に言うでもなく呟くように、
「いつまでそうしてるつもりだい」
「うぇ!?」
ユーの声に、後ろのテーブルに座っていた一人の女性が奇妙な声をあげながら肩をびくりと震わせた。
顔は動かさず、視線だけを背後の方へやってユーは淡々と女性に告げる。
「この間の子だろう。また悠奈ちゃんを狙うつもり? だったらこっちも相応の対応をさせてもらうけれど」
「やや、気づいてたのなら座った時に言ってくださいよ。というか銃しまってください怖いです」
P226拳銃を抜きジャケットの内側から隠すように銃口を向けていたのだが、どうやら気づかれていたようだ。
狙撃でユーリを数分の間ではあるが押さえたと聞いたし、相当腕の立つ人物であることは間違いない。まあ、彼女もアレのはずだろうから、ある程度の性能は保障されているようなものだ。つまり、まともに戦えばユーの勝てる相手ではない。
「まあ俺もこんなところで無粋なことはするつもりはなかったけど……それで、君はなんでここに?」
「ふぅ……偶然ですよ偶然。こっちでの任務の途中でJに戻されたので、また元の仕事に戻っただけです。そしたら悠奈さんがいるんですもん、ちょっと気になっただけですよ」
背後の女性は深めに被っていた帽子とサングラスを取ると、その容姿を露わにする。
悠奈と同じ夜空のように黒い髪。肩より少し下まで流れるその髪はしっかりと手入れされているのが傍から見て分かるほど艶やかで美しい。青いサファイアを思わせる瞳は淀みなく輝き、まるで悠奈のようだ。アレの中でこういう目をする子は珍しい。
「それならいいけど、任務って?」
「それ言わなきゃだめですか? って、ちょっと何してるんです?」
「ふぅん、ニコライ・ロマネンコの監視、か……」
女性は目を見開くが、それも一瞬ですぐに半目で携帯端末を操作するユーを見つめる。
「ほんと怖いです情報室……ていうかわざわざ聞かなくてもそっちには筒抜けじゃないですか」
「正規の手続きを踏んだものはね。データ上に存在しないようなものはこっちでもどうしようもない。そういう事があるから、セクター5なんてものがあるんだろう?」
セクター5の役目は、エデン内における情報収集と、操作隠蔽捏造。セクター5と連携することで、中央情報室はその機能を最大限に発揮できる。
「はぁ……なるほど。それも含めて、シグを連れてきたんですか? 正直言って人選間違ってると思いますケド」
「あれを呼んだのは俺じゃないさ。ところで、一つ相談があるんだけど……どうだい?」
「う……お断りします」
「まだ何も言ってないじゃないか」
立ち去ろうとする女性の手を掴み、ユーは彼女に笑顔を向けた。それが余計に警戒心を煽ったのか、女性がユーの手を払おうと力を込めるがユーも負けじと両手でしっかりと女性の腕を押さえる。
「ま、まあまあ話を聞くくらいはね?」
「いやですだめですお断りデス」
首を左右に振って拒絶を示す女性を無理やりユーは隣の椅子に座らせる。
言葉を交わさずともわかるくらい嫌だというオーラが出ているが、この際それは気にしない。どうせ目的は似たようなものだ、なら別行動をあえてとる必要もない。
「うぅ……嫌な予感しかしない」
「時間は取らせないから、ね? 実は――」
赤に青、黄色に紫その他色々。夜のエリアRはネオンの光で満ち溢れる。
ユーリと観光地を回ったが、やっぱりというか一日ですべてを回りきるのは無理があった。
まあ悠奈からすればここで見るものはなんであろうと珍しいものばかりなので、歩いているだけでも退屈はしない。
かつては国境があり、それが国と国の境目として機能していたが、もはやこの世界にそんなものは存在しない。まさに国境なき世界だ。
ただ一つの国と呼べるこのエデンの中に、かつて国だったものが幾多も存在しそれぞれの繁栄を遂げている。わざわざエリア別に分けたのは過去の世界を忘れないためのものか、あるいはそうであったという事実がしがらみとなり付きまとっているだけなのか。
どちらにせよ、どこも同じよりはこうして所々違った方が面白味がある。案外みんなそういった単純な考えから、こうして今のエデンが出来上がったのかもしれない。
「ふぃー、つっかれたねー」
ホテルまでの街道を歩きながら、悠奈は思い切り背伸びをする。
悠奈の身長が小さいというのもあるがエリアRの人は平均して皆大きく、悠奈が背伸びして伸ばした手の先がやっと彼らの頭に届くほど。そのせいで悠奈が子供みたいに見えて話す時が大変だ。Jにいた時から少し小さめではあったので、多少慣れてはいるがこれは別格である。
「何ならタクシーでも拾うかね?」
「いんや、観光がてら自分の足で見て回りたいからこのままでいいよ。ユーリは大丈夫?」
一般人の悠奈でも言う程疲れていないのだから、ユーリに聞いたところで返ってくる返事は予想できるが念のため聞いてみる。
「ふふ、心配は無用さ。少なくとも君よりは歩き慣れているからね」
予想通りの返事を聞きながら、悠奈は立ち並ぶ売店に目を這わせていた。
すると、気になるものが一つ。
「およ? シュークリームか……」
店頭の看板には、半分に切ったシュークリームの中にカスタードクリームとイチゴが乗せられた商品の写真が大きく貼り付けられている。しかも、なんだか妙に可愛らしい砂糖菓子のクマまで乗せられていて、いかにも女の子を狙った物だと分かる。
そういうのにのせられる悠奈ではないが、ふとユーの事が脳裏に浮かんだ。彼女は甘いものが好きだし、買っていったら喜んでくれるだろうか。
この程度の物で今までの事を帳消しにできるとは思っていないし、する気もないがお土産として買っていってもいいだろう。
「おっちゃんこのシュークリームおひとついくら?」
悠奈がカウンターの店員に聞くと、店員はさっと悠奈の体を上から下まで品定めするように眺めてから答えた。
「ひとつ10だぜ、お嬢ちゃん」
「えぇー? さすがに高くない?」
観光客だと思って何も知らないと足元を見ているのか、店員は若干笑いながらそういった。
当然悠奈は顔をしかめて抗議。
「なんだぁ? 払えねぇのかい?」
「そんなことないけどさー、わざわざ10出してここで買うのもねぇ?」
今度は店員の方が顔をしかめる。と、
「そんじゃあ7でどうだい?」
「んんー!もう一声!」
「6」
そこで悠奈はこれまでにないくらいの笑顔を作る。悠奈のクラスでも何人かの男子生徒を落とした破壊力があるのだ、効かないわけがない。
「ね? ね? 私の為にと思って……こう、もうちょいね?」
そこで店員はいきなり笑いだすと、先ほどとは打って変わっての態度で悠奈の頭を撫でた。
「負けたよ嬢ちゃん。はは、こんなかわいい子の笑顔を貰ったんじゃあしゃーねぇな。二つで4ってのは?」
「わお、おっちゃん大好き愛してる!」
「はは、そうかそうか。そりゃ嬉しいねぇもう一個サービスだ」
こうして三つもシュークリームを確保すると、上機嫌のまま悠奈はホテルへの帰路へと着く。
ふと、呆れるような感心するような、妙な視線を向けるユーリと目が合う。
「んにゃ? どうかした?」
「いや、なんというか君は随分と適応力が高いな。エリア外に出るのは初めてなのだろう? それでこうも生活に馴染めるのは感心するよ」
そこまで褒められることだろうか。他のみんながやっていることに倣って振る舞うだけのことだ。この程度は数回でもやり取りを見れば出来る事だし、そう難しいことでもないだろう。
とはいえユーリに褒められるのは素直に嬉しい。自然と悠奈は顔に笑みを浮かべる。
「ふふーん、なんたって悠奈ちゃんですからねぇ」
「はは、そうだな」
なんて冗談を言いながら、今日という日を楽しむ。
明日はやるべきことがたくさんある。だからせめて、今日は楽をしよう。
楽できるのは、今日までなのだから。




