Chapter33「新人エージェント」
エデンの中央にそびえ立つタワー。管理局の本局。
その足元から、悠奈は天を貫くタワーを見上げた。どのエリアのどの位置からでもこれだけは見えると言われる程はある。確かにこれは大きい。
前に来た時はすぐ中に入ってしまったのでハンヴィーから眺めるしかなかったが、改めて見ると本当にその存在感は圧倒的というしかない。
「二百八十階建てのタワー。あの中に管理局の表裏合わせ、それぞれ何百という部署が絶えずエデンの、そして自らの為にその力を使っている。考えてみれば恐ろしいものだな。この国……まあ国と呼べたものでもないが、エデンはあのタワー一本で支えられている。壁という強固な外殻を持ちながら、その中身は突けばすぐに壊れてしまう程儚く脆い」
ユーリから差し出されたアイスを受け取りながら、悠奈は視線をユーリと同じくタワーへと戻す。
「本当に。今までよく持ってたね」
「今までは壊れない最低のラインを死守し続けていた。我々の部署も含め、管理局の中でもまともに働ける者達がいるからね。だが今回は違う。誰もが予想しなかった場所を的確に突いてきた」
鍵の情報、そしてリストの流出。どう考えても内部の犯行であることは明らかなのだが、管理局が自ら滅びを選ばない限りそれは無い。
ユー達、そしてラトリアが手こずっているのはそれもあるのだろう。自滅を望む者がいるはずはない。無暗に敵を作り、エデンを混乱させるこの状況を作り出した理由が分からない。
まあそこはいくら悩んだところで、一介の女子高生でしかない悠奈では到底答えには辿り着けないだろう。だから今は、降りかかる火の粉を払うことに集中しよう。
「ん……おいしいねこれ」
悠奈はユーリから受け取ったアイスを一口舐める。
爽やかなミントの香りが口一杯に広がった。中に入っているチョコも甘すぎず苦すぎずで、甘いものが苦手な悠奈でも食べやすくて丁度いい。ユーリも分かっててこのチョイスをしたのだろう。彼女は細かいところまで気を配ってくれるので、なんだかお姉さんみたいだ。
「ユーちゃんは?」
「ああ……あれは放っておいてくれ。ああなったらしばらくは戻らん」
ユーリの視線を追いかけると、アイスの屋台で両手に収まらない程のアイスを注文しているユーが見えた。しかも、これまで見たことがないほど目を輝かせて。
「……え? えぇ? あれユーちゃんだよね?」
「うむ、すまない。彼女は菓子が絡むとすぐあれでね。あれで節度は弁えてるし、時間になれば戻ってくるさ」
「そ、そっか……」
意外な一面を見た。あまり見たくない方のではあったが。
ユーにはいろいろと迷惑をかけているし、たまには息抜き位させてあげた方がいいのだろう。
ユーリから聞いたが、かなりユーも見た目相応に子供っぽいところがあるようだ。悠奈の前でそういうところをなかなか見せないのは、信頼されてないからなのか、職務中は自分を律しているのか。どちらにせよ、ユーリには心を開いているようなのだから、悠奈はまだまだだという事だろう。
「まあそこのベンチにでも座って待っていようか。待ち合わせの時間まで三十分くらいはあるしね」
「おぉ、なんかデートしてるみたい」
「君な……私達は同性だぞ」
冷静に返ってくる言葉に悠奈は肩を落とした。
ユーリは普段から女性にも結構べたべたしてくるのだが、こういう時は真面目に返される。いつものはあくまでスキンシップであって、そういう意味でしてるわけではないという事だろうか。
とはいえボブがいようと全裸で部屋を闊歩したり、不思議な人であることは確かだ。
「いーじゃんいーじゃん、ユーリってば男装したら似あうと思うけどなー」
「あっちにしてるのがいるじゃないか」
ユーリが指さす先には、嬉しそうにアイスを頬張るユー。いつものクールで落ち着きのある彼女の姿はどこにもない。
それよりは、身長も高いし凛とした雰囲気があるユーリの方がよっぽど似合うと思う。
「ユーちゃんは可愛すぎるから駄目ー」
言いながら悠奈はユーリに腕をからませる。
ユーリは悠奈より頭一つ分くらい大きい。こうして並ぶと本当に女と男のようだ。
「まったく君は……」
「えへへ~」
管理局前の公園に、一台の車が止まる。
見慣れた車両だが、その色は真っ黒に塗りつぶされ妙な威圧感を与える。白が警備部隊、黒が管理局の部隊用だったか。つまりあのハンヴィーは管理局所属の物。
運転席から出てきたのは、一人の少年。どうやら彼が待ち人らしく、ベンチに座っていたユーリが立ち上がると少年の方へ歩み寄っていった。
それに合わせて、悠奈も立ち上がりユーリの背中を追う。
見てくれからして、少年はユーリと同じくらいの歳だろうか。短い黒髪に鋭い視線は、アセリアのように近寄りがたい雰囲気を醸し出す。
「やあ、ちゃんと来てくれたようだね」
「無視するわけにもいかんだろーが。だが、受けるかどうかは話を聞いてからだ、いいな?」
悠奈の予想通り、口調もやたら高圧的で少し偉そうだ。相変わらずユーリはその手の連中の扱いになれているのか、特に気にも留めていないようだが。
「うむ、まあちょっとの間だけエリアRの方で仕事を頼みたい。私達と一緒にな」
ユーリがそう言うと、少年の視線が悠奈の方へ向く。気圧されて少し身を引くと、何を思ったのか少年は半目でしばらく悠奈を見つめてから視線をユーリへと戻した。
「おい、まさかこいつ絡みか? 俺は言ったよな? 面倒事は――」
「Jで起こさなければいいのだろう? なら問題はない」
少年が言い切る前にユーリが言い放つと、少年が悔しがるように顔をしかめる。
彼は面倒くさそうに髪を掻きながら視線を逸らすと、明後日の方向を見ながら口を開く。
「何をすればいい」
「私達と一緒に、RでELFに狙われている御仁を守るだけだよ」
「あぁ? ELF? つーことはニコライ・ロマネンコだろ。いーじゃねーか、おっさん一人がJの外で殺されようが知ったこっちゃね―よ」
「君は、な」
ユーリが凄んで言うと、少年は一瞬目を丸くした後で先ほどの鋭い視線に戻る。
だが、効果はあったようで少年は逡巡するように頭に手を当て数秒考え込む仕草をした。
「っち、おっさん一人の為にお荷物抱えて旅行かよ。……貸し一つだぞ」
「ふむ」
ユーリが満足したように頷くと、悠奈の方へ視線を向ける。
「そういえば紹介がまだだったね。一応彼は君を見ているんだが、生憎と君は気を失っていたようだからね」
ユーリが肘で少年の脇腹を突くと、彼は面倒くさそうにため息をついて悠奈から顔を背ける。
「……えっと」
「シグだ。そう呼べばいい」
「あ、うん……私は悠奈、だよ。よろし――」
「知ってる」
視線を一切交えないでの会話。悠奈はどこか居心地が悪くなる間隔を覚えた。シグはあんまり好きなタイプじゃない。
「で? お前さんとこのリーダーは? あいつまで置いてきたわけじゃないだろ」
「ああ、それなのだが……」
「話はまとまったようだね」
ユーリが屋台を指さす前に、いつもの調子を取り戻したユーが傍に来ていた。キャラの変わり様が凄い。
何よりもだが、あの短時間で屋台のメニュー全てを平らげたのが凄い。確か二十種類以上はあったはずだが、一体あの細い体のどこにしまい込んだのか不思議なくらいだ。
「じゃあ行こうか。Rでの拠点も確保しなきゃいけないし。ほらシグ、さっさと車」
「あぁ? 俺ので行くのかよ。お前らのは? っておい! 荷物積むんじゃねぇ! 話聞けよ!」
シグが叫ぶが、それも虚しく響くだけでユーは荷物を荷台に放り込んでいく。さすがハンヴィーだ、それなりの量の荷物もすべて収めてしまった。
「てめぇら……覚えとけよ」
そんなシグの恨み言もユーに届く前に風にかき消され、彼女は手早く助手席に乗り込んだ。
一人で顔を歪めているシグ。何と声をかければいいかと、悠奈は隣で苦笑しながら頬を掻いた。
「あーその……よ、よろしくね」
「……おう」
帰ってきた声に、最初の頃の元気はどこにもなかった。
Jとは全く違う景色に、悠奈はハンヴィーの窓から見える光景に釘付けになっていた。
集合場所を中央管理局前にしたのは、エデンの中心にあるそこからならどのエリアにもアクセスが容易であるかららしい。
そうしてシグのハンヴィーは管理局を後にし、今はもうエリアRと管理局エリアの境界線まで来ている。
「先に見える看板を超えたら、もうエリアRだ」
バックミラー越しにシグが悠奈を見ながら言う。一応気を使ってはくれたのだろうか。
「Jの連中は滅多にエリア外に出ないって本当かよ。せっかく陸続きなんだからいろいろ見てまわりゃあいいじゃねぇか」
「学生もいろいろ大変なんだよー。それにとーさんはお仕事で殆ど家にいないし」
「……そうか」
自分で振ってきた癖に、それだけ言ってシグは黙り込む。運転に集中しているわけでもないだろうし、単に悠奈との会話を長引かせたくなかっただけだろう。
口も悪いし、今はシグに構うより外の景色を見る方が何倍も面白い。悠奈は視線をハンヴィーの窓へと戻す。
「で? どこ拠点にすんだ。管理局の支部か?」
「いや、管理局の息がかかった施設は避ける。なるべく客の多いホテルに」
「っは、まあそれが賢明だな。そこのお嬢さんを狙ってんのはELFだけじゃねぇし」
他人事のように、というかシグにとっては他人事だが、彼は笑いながらそういってハンヴィーのハンドルを切った。
住宅地に入り込んだようだ。建物の構造や外観がJの物とは全く違い、新鮮さを感じる。
Jの建造物と言えばそのほとんどが灰色のビルだが、ここは多種多様いろんな建物が見受けられる。大きな建物はなんだか玉葱のような屋根の宮殿といった感じだし、何より民家も含め全体的に玩具のようにカラフルだ。
エリアRは世界が崩壊する以前にあったロシアという国がモデルらしい。それがどんな国だったかは分からないが、Rの様子を見るとロシアもさぞきれいなところだったのだろう。行ってみたい気もするが、今のロシアが崩壊以前の姿を残しているとは考えにくいし、その辺について深く考えるのはやめよう。
そのままハンヴィーはさらに奥へと進み、景色も段々と賑わいを見せてきた。看板を見る限り、かなりエリアRの中心地に近くにきたようだ。
すると、突然シグはハンヴィーを道路の脇道に止める。
「荷物降ろして待ってろ。これ以上先はこいつだとまずい」
それだけ言ってシグは悠奈達と荷物を降ろすと、一人でハンヴィー事どこかに消えてしまった。
「置き去りにされちゃった?」
「いや、この近くにはセクター5のエリアR支部があったはずだよ。そこに変えの車を取りに行ったんじゃないかな」
ユーの言う通り、しばらくしてシグは車を変えて帰ってきた。
変えの車は、ハンヴィーと比べてしまうとどうも見劣りしてしまう。Jでも走っているような一般的な乗用車だ。
ハンヴィーでは余裕だった荷物も、この車ではトランクと後部座席を使ってやっと乗せられるほど。もうちょっと車を選べなかったのだろうか。
「狭いしぃ……」
「文句言うな。見てくれは一般車と変わらんが防弾だし色々装備が詰め込んである。あんま勝手に弄んなよ、怪我するぞ」
さっそく物色しようとしていた悠奈は、そこで手を止めた。変なボタンを押して自爆でもされたら困る。まあ、そんな映画みたいな装置がついているとは思えないが。
「ああ、お前が座ってるシートの下の赤いボタンは絶対に押すなよ」
「ん? なにこれ」
「証拠隠滅用の自爆ボタン」
「早く言ってよ! 押しそうになったじゃん!」
どうやら映画のあれは嘘ではなかったようだ。
そんな悠奈の反応にシグはまた笑うと、エンジンを始動する。
振動はハンヴィーより少ない気がした。シートも柔らかいし、そこは評価できる。まあ一般車なのだから当たり前か。
「おっと、そうだ。トージョ……ええい、言いにくいな。悠奈、お前金持ってるか?」
「え? あ、うん。一応それなりには」
Jの名前は独特で、どうも他のエリア出身の人は発音し辛いようだ。なのに悠奈がJの住人だという事に気を使ってかユー達は日本語で話してくれるのだが、今はシグもいるので英語で話している。悠奈も数種類の言語は使用できるので問題ない。
Rは公用語がロシア語だったはずだが、英語は基本的にどのエリアでも通じるので使い勝手がいい上に、ここでも問題なく使えるはずだ。それに比べJの公用語である日本語はほぼJでしか通用しないようなものなので、正直不便でしかない。
「よし、じゃあホテル代はお前持ちな」
「はああ!? なんでそうなんの!」
「俺らは基本的に管理局のカードで金払ってるからな。あれを使うとユー達がここにいるのがバレる。普通に払っても管理局員が使ったっつーデータとして残る。こういうのは普通の部署でも調べられっから足がつくんだよ。その点お前は一般人だしな」
そうはいっても、ホテル代となれば結構なものではないだろうか。しかもしばらく滞在するとなれば相当な資金が必要だ。
「で、でもそこまでのお金は……」
「そこは大丈夫。魔法の機械があるからね」
ユーが意味深な笑みで懐から携帯端末を取り出し、何やらいろいろ操作し始める。数秒で操作を終えると、彼女は再び端末を懐にしまった。
「ユーちゃん何したの?」
「君の持ってるお金の数字に0を何個か増やしただけだよ」
だけという事ではないだろう。明らかに犯罪。とはいえそれを取り締まる側の人間だからいいという事か。職権乱用である。
携帯を取り出して残金を確認してみると、十倍どころか百倍になっていて悠奈はたった数秒で家も買える金持ちとなった。
「おーおー情報室はいいねぇそういうの好き勝手やれて。まあいい、どっかの一般人が急に金持ちになったり別のエリアで大金使い込んだりしようが、それを調べられる部署は限られてくるからお前が使う分にゃ問題ねぇ。食いついてきそうな連中はフィナンシェでも使って何とかしろ」
「そこまで細かい情報調べるのなんてセクター5くらいだろうがね。まあ彼女にはこちらのサポートをしてもらうようには頼んであるし、あとは向こうが気づいてどうにかするだろうさ」
そうしているうちに、車は目的地に到着。
なかなか大きいし、外見を見て分かるほど高級なホテル。
先ほどのあれがあるため悠奈の資金でも泊まれはするだろうが、一気にお金が出てく様を見るのはちょっと心臓に悪い。
とりあえず部屋は三人部屋一つと一人部屋を確保し、ベルボーイが台車に乗せた荷物の重量に時々悠奈達に見えないように辛そうな顔をしながら部屋まで運んでくれる。まあ中身は衣服より武器弾薬や何かの機材の方が多いので仕方がない。
特にユーリのへカートⅡ対物ライフルとFR-F2狙撃銃は合わせれば十キロを軽く超える重量になるので、この二つだけでも相当なものだ。
荷物を部屋に運び終えると、ベルボーイが凄くやり遂げたような眩しい笑顔を見せながらフロントへと帰っていく。ちょっとだけ悠奈は申し訳ない気持ちになった。
「ところで……何でユーはそっちで俺だけ別の部屋なんだ」
「信用ないんじゃない? ユーちゃんそんなにシグ君のこと好きじゃないっぽいし」
「っぐ、呼んどいてそれかよ。まあいい、どうせ今日は動かないだろ。今後の事は明日教えろ。俺はもう寝る」
ぶつくさ文句を言いながら、シグはそのまま自分の部屋に消えた。なんだかんだ言いながらもちゃんとやってくれる辺りいい人なのかもしれない。
シグにはかわいそうだが、ユーも表向きには男性だが本当は女性だし、彼と同室ではいろいろ不便だろう。それに他部署には話したくないこともあるのだろうし、一応この部屋割りに間違いはない。
「さて、じゃあ私達も入りましょう。あまり人に見られたくはないわ」
「お? おおう!? う、うん。そうだね」
シグがいなくなった途端、ユーが急に口調と声音を変えたので悠奈は一瞬混乱する。知っている仲だとやっぱりこの方が話しやすいのだろうか。
悠奈でも分かるくらいいつもより気を抜いているのが分かる。それだけで大分印象が変わり、今のユーは仕草も含めしっかりしたお姉さんといった感じだ。
「わお、綺麗」
悠奈は部屋に入る途端そう呟く。
まるでどこかのお城の一室のように、高級そうな絨毯に豪華な装飾がついたシャンデリア、それに大きなベッドも用意されていて値段相応の価値はあるのだと一瞬で理解させられる。
悠奈はふかふかそうなベッドにダイブしたくなる衝動を抑えて、荷物を邪魔にならないところに置く。と、意外にもユーが真っ先にベッドに倒れ込んだ。
「はは、疲れたかね」
「当たり前でしょう。ただでさえいろいろ処理しなくちゃいけないことがあるのに、男の振りまでしなくちゃならないんだもの。はぁ……そういう意味では感謝してるわユーリ。少なくとも悠奈ちゃんの前でやる必要は無くなったから」
「いつでもおっぱい見せてくれていいんだよ、ユーちゃん!」
「それはイヤ」
即答され、悠奈はがっくりと肩を落とす。女の悠奈が見ても綺麗な体をしているのだから、もう一度くらい拝んでみたいものだ。もう少し仲良くなれば一緒にお風呂でも入ってくれないだろうか。
悠奈がそんなことを考えてる間にユーも休憩が済んだのか、彼女は起き上がりベッドに座りながら足を組む。
「それで、今後の事だけれど」
「作戦会議?」
悠奈が聞くと、ユーは僅かに目配せしながら頷く。
すると彼女は荷物からノートパソコンを取り出し、それを太股に乗せながら数度キーボードを打つとベッドに置いて画面を悠奈達の方へ向けた。
画面には、一人の男性の顔が写っている。ちょっと太ったおっさんだ。なんというか、傲慢そうな印象を受ける顔をしている。いかにも偉そうな感じだ。
「彼がそうなのかね?」
「ええ、ニコライ・ロマネンコ。リストに載っている人物の一人で、現在ELFにマークされている中でもそこそこ優先度が高そうな人よ。普段は警備の厳重な家に籠って仕事をしているのだけれど、明後日開かれるパーティに参加するみたいだから。そこなら警戒が薄れる」
「パーティ?」
ユーリが首を傾げる。
「誰かの誕生パーティだったかしら。セレブの暇つぶしよ。彼、好色家らしいから女でも漁りに行くんじゃない?」
「うえ……絵に描いたような変態親父ですなぁ。それでプランは?」
自然と会話に悠奈が混じるが、二人とも何も言わないのでそのまま混ざることにする。
「ELFが仕掛けてくるなら、そのパーティのタイミング以外あり得ないわ。だから、紛れ込む。ユーリは外で狙撃と警戒、私は端末使って会場設備のコントロール奪うのとみんなの指揮。シグは直接ターゲットに近づいて護衛してもらうわ」
「……ナチュラルにハブられた」
当然のように名前が挙がらなかった悠奈がしゅんと身を縮ませた。
それを見てユーが嘆息する。
「当たり前でしょう。あなたも狙われているのだし、何より――っと、悠奈ちゃんは危ないからこの部屋にいてくれればいいのよ」
何かを言いかけ、ユーは言葉を隠すように無理矢理別の言葉を引き出した。
何もできない、そう言いたかったのだろう。事実そうなのが、心に突き刺さる。
しかし何もしないままでいいのだろうか。守られるだけの自分では、また誰かが傷つく。もちろん力が無いものが無暗に動けば逆に迷惑をかける事なんて百も承知だ。なら、誰にも害を与えずに動けばいい。
「……ねぇユーちゃん、そのニコなんとかって人は変態さんなんだよね?」
「え? ええ、そう……みたいだけれど。って、悠奈ちゃん馬鹿な考えは……」
「じゃあ、私が傍でそのおっさんを守る。トロそうだし、シグ君がELFに対処している間に襲われたら大変でしょ」
ニコライの護衛もパーティにはくるはずだが、大半が警備部隊なのだろうし実力はたかが知れている。
シグも優秀なのだろうが、一人ではできることが限られているはずだ。なら、ユー達のプランを知っている者がさらにいればより効率よく守ることができる。
「危険だ悠奈ちゃん」
「だが、コイツを狙うELFのメンバーはロークの一派ではないのだろう? ロークは我々の存在を知っているからこそ悠奈君を狙うかもしれん。だが、他の連中はその限りではない。悠奈君はリストに載っている者の家族の一人という認識しかないのであれば、彼女の優先度はそう高いものではないよ」
ユーリは悠奈の肩を持ってくれるようだ。
彼女は見かけによらず任務や職務の事を抜きにして、悠奈達の意志や感情を尊重しての発言を多くしてくれる。
アリスもクラス3だからと毛嫌いしないくらいには面倒見のいいお姉さんなのだ。
「外は私がいるし、君がサポートにつくなら問題は無かろう。人手が足りないのは事実だしな」
「もう……最近ユーリは悠奈ちゃんに甘すぎるのよ」
ユーがそっぽを向いて頬を膨らませる。やけに子供っぽい仕草に悠奈は少し笑ってしまった。
ユーリが絡むとユーは時たまこういう年相応の態度をとる。それだけ気を許しているという事なのだろう。聞けばユーが今の部署に入った時からずっと一緒らしいし、きっと二人の間には悠奈が計り知れないほどの信頼関係が築かれているのだろう。
「分かったわ。じゃあニコライの傍には悠奈ちゃんがついて。あなたの容姿ならきっと向こうも乗ってくれる。パーティーが終わるまで傍にいるだけでいいから。もし襲撃があってシグがカバーできなくなったら、あなたがユーリのいる方へ誘導して」
「了解了解」
「そうだ、武器はいる? 一応悠奈ちゃんにも使えるような銃を持っては来たけれど」
言って、ユーは荷物を漁り小さな拳銃を手に取るとそれを悠奈へ差し出す。
そっと悠奈はそれを受け取ると、両手で握りしめ銃に視線を落とした。
重い。これが、命を奪う武器の重さなのだ。こんな小さな鉄の塊でも、引き金を引くだけで簡単に人が殺せる。
ふと、悠奈の脳裏に先日自分に向け撃った記憶が蘇った。あの時は思考よりも想いが優り考えるより先に引き金を引いてしまった。我ながら馬鹿な事をしたと思っている。
「…………」
「悠奈ちゃん?」
銃を握りしめたまま沈黙する悠奈に、ユーが怪訝な顔をして首を傾げた。
「……ん」
もし、敵が来たらこれを使えるのだろうか。
引き金を引き、弾が人に当たればその人を殺すかもしれない。理由はどうあれ、それは殺人だ。
命を奪う者としての覚悟。今の悠奈には、まだそれは無い。今のまま引き金を引いたら、悠奈はきっと後悔するだろう。永遠に。
だから――
「ううん、これはいらない」
悠奈は握りしめた銃を、ユーへと返す。
呆けたように悠奈を見つめるユーに、悠奈は答えた。
「今これを使ったら、きっと私は後悔する。えへへ、こんな時になにいってんだって思うだろうけど、もし今撃っちゃったらきっと私は永遠に後悔しつづけると思うから」
秋奈が死んだとき、悠奈は悲しかった。
もし、悠奈が撃った銃弾で倒れる者がいたら、きっとその仲間たちや家族はあの時の悠奈のような思いをするだろう。そんなのは嫌だ。
いずれはそうしなければならない時が来るのかもしれない。でも、今はまだ――だから。
「ごめんね、ユーちゃん。せっかく用意してもらったのに」
「……いや、いいさ。君の気持ちは分かったから」
「とはいえ武器が無いのも不便だろう。これくらいは持っておくといい」
ユーリから差し出されたのは、黒い棒状の物。どうやら伸縮式の警棒のようだ。確かにこれなら人を殺さない程度に攻撃できる。
「おお、まあこれくらいなら」
「もしニコライが変なことしようとしたらそれでぶっ叩いていいよ」
「よしきた! さすがにおっさんにお持ち帰りされる趣味は無いからね! その時は両手両足へし折ってボッコボコだよ!」
「殺さないなら何でもいいのだな君は……」
呆れるユーリを横目に、軽く警棒を振ってみた。かなり軽量だが、丈夫そうだし上手く当てれば怪我くらいは簡単にさせられるはず。扱いを間違えればこれもでも人を殺しかねないので注意が必要だ。
「それじゃあ細かい段取りは明日シグと一緒に考えよう。決行は明後日。いいね?」
「うむ」
「おっけーだよ!」




