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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
32/53

Chapter32「次のステージへ」

 目を開ける。

 最初に視界に入ってきたのは白い天井。これは見慣れたもの。

 周囲は薄暗く、明かりは無いが辛うじて自分の部屋だという事は認識できた。

 ベッドの横にあるナイトテーブルにおかれた電気スタンドのスイッチを入れ明かりをつけると、その傍らにある時計に視線を移す。

 現在の時刻は、午後九時半。

 あの事件が起こってから少なくとも五時間程度は経過していることになる。

 そもそもなんで自分はベッドに寝ていたのだろう。まずはそこから考える。

 最後に記憶に残っているのは、銃を自分の頭部に向け引き金を引いたところ。そして、それをフィオナに助けられたこと。

 その後気を失い、気がつけば悠奈はここにいた。

 恐らくユー達が運んでくれたのだろう。つまり、少なくともユー達の内の誰かは無事だという事だ。

「――ッ!?」

 突然、頭痛が走る。

 悠奈は片手で頭を抱えながら、ベッドから立ち上がった。

「クロエ……ちゃ……秋奈さん、は……」

 いいや、その問いに意味は無い。秋奈が死ぬところは悠奈も見ている。彼女は確実に、死んだ。

 ではクロエは。その疑問に答えられる者はこの場にいない。

 悠奈はふらつく足でドアを開け、リビングへと向かった。

「ユーナ!」

 ドアを開けすぐに飛びついてきたのはアリスだ。

 彼女は目に涙を浮かばせながら悠奈の腰にしがみつく。小さな手が必至に離すまいと悠奈の体に回され、それだけアリスが心配していたのだという事を知らせてくれる。

「ごめんね……大丈夫だから」

「ユーナ……ユーナぁ」

 それまでせき止められていた物が一気に決壊するように、アリスは悠奈の顔を見た途端に泣き出してしまった。

「君が起きないものだからね。ずっと心配していたのだよ。十分置きに様子を見に行くくらいにな」

 ソファーに座っていたユーリも悠奈の傍までやってくると、そっと頭を撫でてくれた。

 母親のような慈愛に満ちた微笑み。これはきっと、嘘偽りない本当のユーリの表情だ。ユーリにそんなことをさせてしまうくらいには皆に迷惑をかけたのだと思うと、心が痛む。

 そうだ、あそこで本当に悠奈が死んでしまっていたら、今悠奈を抱きしめるアリスは何を思ったのだろう。今悠奈の頭を撫でてくれているユーリはどんな表情をしたのだろう。

 そんなことを考えると、本当に馬鹿な事をしたと悠奈の目からは意志に関係なく涙があふれてきた。

「あ……えう……ごめん、ね」

 言いたいことはもっとあるのに、そんな言葉しか口から出すことができない。

 止まることなく目から溢れる涙がアリスを、そして床を濡らす。

 死のうが生きようが誰かに迷惑をかける。誰かの命を危険に晒す。ならどうすればいい。なんの力もない悠奈はどうすればいいというのか。

「悠奈」

「……ぁ」

 そっと、ユーリの身体が悠奈を包み込んだ。

 冷たい肌の感触。でもそれとは違う別の温かさを感じる。

 ユーリはそのまま無言で悠奈を抱きしめながら頭を撫で続けた。その瞳に溢れる涙が止まるその時まで。



 悠奈が起きる三十分前。

 リビングに集合した皆は今後の事を話し合っていた。

 とはいえ提案するものなどユーとユーリくらいしかおらず、他の者は話を聞くだけだ。

「で? どうするね」

「セクター5が動いたし、管理局側の組織……少なくとも裏側の連中がこっちに介入してくることはないと思う。でもそれはシグ達が睨みを利かせているからだ。つまり、これ以上Jで問題が起これば逆に俺達が、というより悠奈ちゃんがセクター5に捕まる可能性がある。争いの火種を潰すってね」

「だが、それならどうするつもりだ。悠奈のやつが裏の連中にも狙われているのなら、管理局の中は敵の巣も同然だ」

 アセリアの言葉にユーは顔をしかめる。

 そう、安全な場所はもう悠奈には存在しない。エリア外に出ればELFから逃れられても、管理局の部隊はその情報網から確実に悠奈に迫ってくる。そしてJに留まれば、今度はJに工作員を忍ばせているロークの一派が悠奈を追い詰める。

「これ以上は悠奈ちゃんが起きてから話し合おう。Jから出るにしても彼女の意見も聞かないままというのはよくない」

 そこまで言って、ユーはソファーから立ち上がると窓の方へ行き管理局のタワーを睨むように見つめた。

 あまりにも早すぎる対応。ラトリアが手を回した可能性は十分にある。

 現状、一番手っ取り早くエデンの混乱を収めるにはラトリアが本来の機能を取り戻す以外あり得ない。

 そのためには悠奈の持つ鍵が必要だ。だが、ラトリアは恐らくだが悠奈に直接手を下すことはできない。いや、しないはずだ。

 だから部下に手を回させ、この混乱で暴れ回る表の連中やELFが悠奈を狙うように仕向け、あくまで今回の騒動での犠牲者として処理するつもりだろう。

 あとは悠奈の遺体を回収し、ラトリアが扉を開ければ以前のエデンが再び戻ってくる。

「維持するだけでは何も変わらない……何も変わらないんだよラトリア」

「ユー?」

 ふと、ユーリが傍で怪訝な顔をしてユーを見つめていた。

 聞かれてしまっただろうか、まあユーリならそれほど問題はないが。

「いや、何でもないよ」

「ふむ、そうかね」

 納得したようだが、ユーリはその視線をユーから外すことは無い。

 逆にユーが首を傾げ、ユーリに問いかける。

「何?」

「いや……君はこんな時でもいつもと変わらないのだな、とな」

 こんな時という程状況は切迫しているわけでもないだろうに。と、ユーはため息をつく。

「被害は少ない方だろう。こっちはほぼゼロ、悠奈ちゃんがちょっと怪我をしただけだし」

「君は……」

 ユーリが悲しそうに顔を背けた。何かおかしなことでも言っただろうかと、ユーはさらに懐疑的な視線をユーリに送る。

「おいおいユー、そりゃねぇだろ」

 意外にも反応したのはボブの方だ。しっかりと聞き耳を立てていたらしい。

「悠奈は襲われたんだぜ? しかも友達の護衛してた子は殺された。その子とも結構仲良くやってただろ悠奈は」

「だから何さ」

「何ってなんだよ! 仲の良いやつが殺されていいわけねぇだろ!」

 いきなりすさまじい剣幕でまくしたてるボブに、さすがのユーも押されて何も言えずに目を見開いて驚く。

 ボブはエリアJ担当の警備部隊、その中でも特に優秀なものだけを集めて出来た雪風小隊に所属していた。

 小隊は隊員の内の二名を残し三年前に起きたDの悲劇で死亡し、その際に隊の名前も消えた。

 ボブはその生き残りで、当時現場の指揮を任せられていた者の愚鈍さに腹を立て殴り飛ばし、それで管理局に拘束されそうになったところをユーが助けたのだ。

 兵士としては感情を殺すべきなのだろうが、ボブはそうではない。だからこそユーのような態度に反発する。

「お前は何も分かっちゃいねぇ! 確かに悠奈は守れた。だがそれは身体だけだ!」

「え? あ、ぼ、ボブ……」

 割れるのではないかと思う程の勢いで、ボブはユーの顔のすぐ横の窓に手を押しあてる。

 びくりとユーの肩が震え、ぎゅっと一瞬目を瞑り再度開いた時には、怯えるようにもとれる困惑した表情を浮かべながらボブの顔を見上げていた。

「そこまでだボブ」

「あ? これは俺とユーの……って、いででで!?」 

 ユーリがボブの耳を引っ張りながらソファーの方へ連れていき、放り投げる。

 と、すぐに彼女はユーの元へと戻ってきた。

「大丈夫かね?」

「あ……うん」

 放心したように気のない返事をユーが返す。すると、それを見てユーリは困ったように眉をよせた。

「まあボブ君の言い方はどうあれ、今のは君も悪い」

「うん……そう、みたいだね」

 ユーは目を逸らす。なんとなくは分かるが納得するには至っていないと言ったところだろうか。

「結果だけではないのだよ。そして、人には心もある。人を求めるなら、その心を理解してやらんとな」

「ん……」



 悠奈が落ち着いた頃、彼女をソファーに座らせ再度今後の事を相談することにした。

 のだが、いかんせん先ほどの事もありユーがあまり口を開かない。

 しかもそれとなくボブと距離を取っているところを見ると、さっきのがよほど効いたらしい。言葉というよりは、男に詰め寄られた怖さの方が、だろうが。

 ユーも悠奈よりは歳上とはいえまだ子供だ。知識はあっても、経験や心が未熟な状態ではああいうものの処理はなかなかに大変だろう。

「まあというわけでだ、最善の策としてはJを出るのが一番なのだが……」

 ユーの代わりにユーリが悠奈に説明すると、彼女は俯いて数秒沈黙。

 それはそうだ、いきなりここを離れると言われても決断はそう早く出せるものじゃない。

 猶予はそんなにあるわけではないが、別にそこまで急ぎという程でもない。

 だからゆっくりと、そうユーリが言いかけるが悠奈はそんな中で誰もが予想だにしなかったことを口にする。

「じゃあさ……私達でこれから先ELFや管理局の人に狙われる人達を助けるってのはどうかな」

「……え?」

 さすがのユーも反応してくれた。それくらい突拍子もないことを悠奈は言ってくれたのだ。

「どうせ私が狙われるなら、どこにいても戦いは避けられない。だったらさ、他の狙われてる人を助けながらでも変わらないんじゃないかな」

「ゆ、ユーナ!? 自分から戦いに飛び込むの!?」

「ふむ……だがそれなら場所をいくらでも移せるし犠牲者も減らせる。戦闘の時には悠奈君には下がってもらえばいいだけだしな」

 時間制限も無い状態で逃げ続けるのはなかなか骨が折れる。その間にリストに載った者達がやられればそれだけ敵の矛先が直接悠奈に向くことになるのだ。そう考えれば悠奈の提案は何もそう馬鹿げたものではない。

「正義の味方ごっこでもするつもりか?」

 アセリアが言う。

 それにボブが顔をしかめるが、彼女はそれを気にせず付け足すように口を開く。

「と、そこの指揮官殿が言わないんだ、なら悪い案ではないという事だろう」

 単に先ほどの事もあってユーは言い出しづらかっただけかもしれない。もしかしたらそれを狙ってアセリアはあえて悠奈の案を通すためにあんなことを言ったのだろうか。

 そこまではユーリの考えすぎかもしれないが、悠奈の提案に納得している者が多いのも事実だ。ボブは当然、ここまでくればアリスも悠奈に異を唱える事は無いだろう。

 それを察したユーはやや抑え目な口調で、それでも諭すように悠奈を見つめるながら、

「俺達だって万能じゃない。もしかしたらこっちの被害が増える可能性だってある。その被害って言うのにはもちろん、君も含まれてる……それでも、かい?」

「ユー君達に戦いを強要させるようになっちゃうのは分かってる。恨んでもいいよ。でも、こうして今のままで居続けても悪い方向にしか進まないから。私も協力する……だからお願い」

 悠奈の顔に迷いはない。彼女の事だ、ユー達を戦わせることに何とも思っていないわけではないはずだ。きっと相当に悩んだ末の答えであることはユーリにも分かる。

「まあこのまま傍観していたらELFと管理局の部隊の両方を相手にすることになるから悪い提案ではないんだけど……ん、悠奈ちゃんにその覚悟があるなら」

 悠奈の顔を見て、ユーが頷く。彼女の決意は本物だ。

「うん……そっか。じゃあそういうわけで、これから大変になるとは思うけどみんなは大丈夫かな」

 声には出さないが、皆態度でそれを示していた。今唯一不安な要素があるとすればユーの元気がないことだが、まあこれはそう長く続くものでもないだろう。

「じゃあ、また忙しくなると思うから。みんな、覚悟だけはしておいて」



 早朝。これが最後の登校。

 校門の前で佇みながら、悠奈は学校を見つめていた。

 横を通り過ぎる生徒達は、いつもと変わらぬ調子のまま今日も勉強明日も勉強。

 昨日の一件は当事者以外には知られていない、だから誰も騒がないのは分かる。

 が、先日もここではELFの事件があった。そして空中庭園でも。

 エリアJでこうも立て続けに死者や怪我人が出る事件が起こっているのに、殆どの者達は気にも留めていない。

 どうせ管理局が何とかしてくれる。管理局があるから何も気にしなくていい。大方そんな風に考えているのだろう。

 管理局が全てを統制する世界。管理局に全てを委ねていれば何も考えずとも生きれる。世界がそういう風に出来上がってから、人は変わってしまった。

「…………」

「おっす悠奈。どーした?」

 校門から一歩も動かない悠奈の背中を叩く者。

 悠奈は振り返ってその姿を確認すると、クロエが笑って肩を組ませた。

「ん……ちょっと、ね」

「元気ないぞー? ははぁん? さては冬休み前のテストで私に負けるのが怖いのかな?」

 頬を指先でつついてくるクロエを悠奈は見る。

 こうしてみると、普段と何も変わらないように見える。だがそれは表面上だけだ。

 出会ってまだ一年も経っていないが、それでもクロエは悠奈にとっての親友。だからこそ、隠していようとその気持ちくらいには気づいてやれる。

 だから、悠奈は手の甲でクロエの額を軽く叩いた。

「いた!? なんだよ」

 反論するクロエを、有無を言わさず抱きしめる。

 胸に顔を埋めるクロエは、僅かに肩を震わせながらそっと悠奈の背に手を回した。

「いいんだよクロエちゃん……いいの」

「悠奈……」

 秋奈と一緒にいた時間はクロエの方が長い。悠奈ですらまだ全てを吹っ切れたわけじゃない。きっとクロエはもっと辛いはずだ。

 悠奈の胸で小さく震えるクロエ。いつもの気丈な彼女とは違う、か弱い少女としての姿がそこにはあった。

 通り過ぎる通行人達から怪訝な視線を浴びせられようとも、二人はしばらくの間ずっと抱きしめあっていた。

 しかしそれも数分だけで、そっとクロエが悠奈から離れるとそこにはもう普段と変わらぬ彼女。

「ん……やっぱり黒江ちゃんは凄いや」

「そういうあんたこそどうしたのさ。あ、隠そうとしても無駄だからね」

 どうやら、相手の隠れた気持ちが分かるのは悠奈だけではないらしい。

「あ……その、ね。私さ……」

 クロエになら。そう思い、悠奈は明日から自分はここにはいないという事を打ち明けた。

 何を思っているのか、クロエは何を言うでもなく最後まで悠奈の話を聞いていた。

 すると、

「そっか……うん、そういうのもあるか……はは」

「クロエちゃん……」

 悲しそうに顔を背ける悠奈の頭をクロエが撫で、手を繋ぐ。

 そして、いつも通りに。いつもと変わらぬ口調でクロエは微笑みながらこう言うのだ。

「さ、悠奈。教室に行こう!」

「……うん!」



 昼休みの時間、悠奈は一人で中庭をうろついていた。

 この景色が今日限りのものだと思うと、そんなに思い入れがあるわけでもないのに急に恋しく思えてくる。

 長いようで短かったこの学校での生活。意味なんてなくて、ただ学生として精一杯学生らしくやってきただけ。

 それがここ数日で一変。悠奈を取り巻く環境は全てと言っていいほどに変わってしまった。

 悠奈は迷う。昨日の決断が正しいものなのかと。

 このままいつ終わるともしれぬ騒動が収まるのを待つ間に、きっと多くの者が命を落とす。

 それを防ぐ者はいない。管理局そのものが鍵を見つけるゲームに参加してしまったから。

 消えゆく命を少しでも減らすためには、誰かが自分の意思で守るために戦わなければいけない。

 だから悠奈は、ユー達という力を使いそれを為すと決めた。

 だがそれは決して悠奈の力ではない。これはユー達の命を危険に晒し、他の誰かの命を助ける行為なのだ。当然、ユー達に危険が及ぶ可能性もある。

 ユー、アリス、アセリア、ユーリ、ボブ。彼女達を危ない目に合わせてまでやる価値があるものなのだろうか。

 これが結果的に悠奈に向けられる矛先が減る事になるのは分かる。だが、それだけの為にここまでする必要があるだろうか。

「そもそも、私にも力があればこんなことには……って、うぇ!?」

 目に飛び込んできた光景に、悠奈の思考は中断された。

 だって、植え込みの中から人の下半身が出ていたら誰だって驚くだろう。

 スカートに白く綺麗な太股からして、恐らく悠奈と同じくらいの年頃の少女。だが制服が違うので悠奈の学校の生徒ではない。

 というか、あのスカートと太股には既視感を覚える。悠奈に膝枕してくれた一人の女の子が、ちょうどあの色のスカートを履いていた。あの寝るのにちょうどいいくらいの柔らかそうな太股も、まだ記憶に新しいため容易に思い出せる。

 だから悠奈は、あの子だと断定して頭隠して尻隠さずな少女に呼びかけた。

「フィオナちゃん、何してんの?」

「はひゃい!? す、すすすみません決して不審者では! 不審者ではありませんので!」

 植え込みからずぼっと抜け出し、フィオナは両手を上下にぱたぱたさせながら明らかに動揺した様子で不審者ではないと連呼する。その行動や様子からしても逆に不審者っぽい。

「って、あ……悠奈さんですか」

 だが相手が悠奈だと分かると、フィオナは落ち着きを取り戻し咳払いをしながら立ち上がった。若干頬が赤くなっている。恥ずかしいのだろうか。

「何してるのさ」

「あ、いえその……ですね。私の拳銃、ないかなーって」

 気まずそうに、フィオナは徐々に声の音量を落としながら人差し指同士をつんつんしだす。

 そういえばユーが屋上から蹴り落としてしまったのだったか。しかし切断された街灯ですら管理局のあの手の処理専門の部署が来て元通りになっているので、拳銃くらい回収されてしまったのではないだろうか。

「もう回収されてるんじゃないの?」

「えぇ!? そんなぁ……うちの部署なくしたら自腹なんですよ」

 がっくりと肩を落とし、オーバーに落胆を表現する。

 ユーと似た顔立ちでそんなことをするものだから、まるで彼女がやっているみたいに見え滑稽さがまし悠奈はつい笑ってしまった。

「笑わないでくださいよ……もう。でもこれだけ探してないなら悠奈さんの言う通りもう回収されたのかもしれませんね。まあ実弾入りですしただなくしただけよりはまし、って考えるべきなんでしょうか……はぁ」

 言って、フィオナは悠奈の横を通り過ぎとぼとぼと校門の方へ向かう。本当に拳銃を探しに来ただけらしい。

「私を捕まえないの?」

「今日は非番です。それにここで騒ぐとセクター5がうるさいですし。私はこれからエリアRに行かなきゃならないので……それでは」

 一礼してフィオナはさっさと行ってしまった。一応敵なのだが、どうにも憎めない子だ。こんな状況でなければもっと一緒に話したい、そんな子。

「ん……あはは、フィオナちゃんのおかげでちょっと気分も晴れたかな」

 一時でも悩まずにすむ時間をくれたことに感謝しつつ、悠奈も教室に戻ることにした。

 最後の授業だ。せっかくだしちゃんと受けていきたい。そう考えると、自然と教室への足取りも軽いものとなっていた。



 放課後、悠奈は校長室に呼び出しを喰らったので、今後の事の報告も兼ねてそこへと赴いた。

 校長室のドアをノックし、開けた先には応接用のソファーに座る男女の姿。

 男の方は校長だ。しかしもう一人の女性は悠奈は学校内で見たことは無い。少なくとも教員ではないはずだ。

 艶やかな黒髪に、それと同じ色をした瞳。エリアJの生まれだろうか。それにしては彫りが深い容姿で別の生まれにも見える。スーツから見て取れる体のラインもほっそりとしていて背も高い。ハーフなのかもしれない。

「あ、こんにちは!」

「こんにちは……」

 女性は悠奈を見るとぱっと表情を明るくし、ソファーから立ち上がると傍まで歩み寄る。

「そう警戒しないで。お姉さんはちょっとあなたとお話したくて来ただけだから……ね?」

 言いながら片目を瞑りウィンクを飛ばしてくる。取っ付きやすそうな性格の女性だ。

「こちらは中央管理局からいらっしゃった……ええと」

姫路京子(ひめじきょうこ)です。よろしくね、東條悠奈ちゃん」

 校長が言いよどんだところで、女性が先に自分で名乗る。

 また管理局の人間。当然のように悠奈の名前を知ってるのが気味悪く感じる。

「えっと、それで……」

「あ、立ち話もなんだから座ってお話ししましょう?」

 京子に促されて、悠奈はソファーに座る。すると京子はそれと対面のソファーに座り、懐から紙を一枚取り出した。

「はい、これ私の名刺ね。一応とっておいてくれると嬉しいなー、なんて」

 差し出された名刺を受取り、そこへ視線を落とす。

 紙には名前と連絡先が書かれており、それ以外は真っ白だ。

「あはは、ごめんね。そんなに怪しいところじゃないんだけど、部署の名前とか書いちゃいけない決まりでね」

 首を傾げた悠奈に京子が捕捉するように言うと、彼女はさらに手帳を鞄から取り出し片手にペンを握る。

 何かメモするほどのことでも聞かれるのだろうか。

「昨日のこと、少しだけお話聞かせてもらえるかな?」

「えっと、昨日のっていうと……襲われたことの、ですよね?」

 京子が頷く。

 仕方ないと、とりあえず差し障りのない範囲で悠奈は昨日の出来事を京子に話し始めた。

 京子は悠奈の話を一言一句聞き漏らすまいとメモを取りながら時に質問を交えて聞いていく。真面目な人、なのだろうか。

 フィオナとのやりとりなど深いところは省き、概要程度だが全てを話終えると京子は手帳を閉じてテーブルにあったお茶を一口飲んだ。

「そっか……大変だね。この前もELFに襲われたばっかりなのに。でもよかったね、悠奈ちゃんを守ってくれる人が優秀な人たちばかりで。きっとあの人たちがいなかったら被害はもっと大きくなってると思うから」

「そうですね、ほんとユー君達がいてくれるから……って、ん?」

「どうかした?」

「あ、いいえ。なんでもないです」

 何か頭の隅で引っかかるところがあったのだが、今はそれを考えるのは後にしておこう。話がこじれると面倒だ。

「それで、悠奈ちゃんはこれからどうするの? 中央管理局に保護してもらう事も出来ると思うけれど」

「あ、いえ大丈夫です。それに私はもう、この学校に来ることはないでしょうから」

 そこでそれまで傍観していた校長も交え、悠奈の今後の話を説明する。

 話を聞いて真っ先に反応したのは校長だった。悠奈の事を知っていたのか、彼は残念そうに顔を伏せた。

「そうか……君はとても他の子達や教員にも好かれていていい子じゃったのだが、こんなこともあれば仕方ないの。わかった、手続きは私の方でやっておくよ。すまないね、何もしてやれなくて」

「いえ、そんな……」

 そこで話が区切れたのを見計らったように、今度は京子が口を開く。

「それで、具体的にはどうするの? Jから出るって言っても、住む場所とかいろいろ大変じゃない? 」

「そこは私の護衛の人が何とかしてくれるみたいです」

「あらら、本当に優秀な人たちね。それで……もうどこに行くかは決まってるの?」

「とりあえずはエリアRにしばらくはいるつもりです」

 移動先は、校長室に来る前にユーから伝えられた。

 どうやら今一番狙われているリストの対象者がエリアRにいるらしく、まずはその人を助けることを目標にするらしい。

 当然だが、人助けの為にJから出るとは京子には伝えていない。あくまで襲われる前に避難という名目だ。

「そかそか、大変だね。もしお姉さんに何かできる事があったら言ってね、いつでも協力してあげるから」

「ありがとうございます。その時はお願いします」



 その日の夜、悠奈の家でテーブルを囲みながらユーが明日の予定を確認をしていく。

 そこで聞かされた内容に、いくつか異論が上がった。まあ当然だろう。

「ちょっと待てよ! 俺達が留守番ってどういうことだ!」

「こいつらはいい、私までとは納得いかん」

 特にボブとアセリアは今にも飛びかかりそうな勢いでユーに詰め寄っていた。

 なんでも、エリアRに行くのは悠奈を含め三人。つまりユーとユーリしかついてこないらしい。

「はいはい文句言わない。しかたないだろう、ここを空き部屋にすれば誰かが入ってなにか細工するかもしれない。誰かが見ておいた方がいい。そうなるとクラス3相当の相手に対応できる戦力としてアセリアはこっちにいてくれた方が助かるんだよ」

「だが戦力を裂きすぎだろ」

 ボブの言う事はもっともだ。襲われるのを警戒して拠点を変えるのだから、悠奈がここに留まる事は出来ない。それは本末転倒だ。だから悠奈はここを出なければならない。

 だが、同時にリストに載った者達を脅威から退ける為に行動するのだから、そちらの方の戦力も相応のものでなければならないはずだ。

「そこは何とかするよ。重要なのは、悠奈ちゃんが帰ってくる場所をそのままの状態で保っていること。この騒動が終わった後で家が無くて困るのは誰だい」

 そこまで言われ、ボブは引き下がる。

 ユーもそうだが、ユーリの戦闘力は悠奈も十分に見ている。並の相手なら彼女一人でも十分対応できるはずだ。頭数では少なくとも、戦力自体はさほど変わらないのかもしれない。

 それに、家がなくなったら困るのは何を隠そう悠奈本人なので、ここを守ってくれる人がいるなら安心して家を空けて出られるというものだ。

「ごめんね。でもそんなに長い期間空けるわけじゃないよ。必要な時にはこっちに回ってもらう。その時には警備部隊か誰かにここを守ってもらうことになるけど……わかるだろう? 出来れば信頼できる人に任せたいんだこういう事は」

「……うん! 頑張るよ私!」

 信頼できる、そう聞いた瞬間アリスが元気に返事を返した。ユーにそういわれたことがよほど嬉しかったのだろうか。

「それじゃあ決定だな。さて、では任せたよアセリア」

「っく……あとで覚えておけよ」

 アセリアが睨むも、ユーリはそれをしれっと受け流して両手を広げてやれやれと肩を落とす。

 それに腹を立てたのかアセリアがリビングの方へ行ってしまったので、自然と話はこれで終わりという空気になっていた。

「はは、アセリアさん怒ってるよあれ」

「仕方ないよ。でもボブとアリスではクラス3に対応できない」

「はっきり言うなお前も。でもまあ間違っちゃいねぇ。悪いな悠奈、力不足で」

 そんなことは無いとボブの肩を叩いてやると、ボブは大きな手で悠奈の頭に手を置いた。

 その代りここは任せておけ、そう言いたいのか彼の顔に先ほどまでの不満の色は無い。

「とはいえ人手が無いのは問題だな。Rの件は特に難しそうだしな」

「うん、あと一人くらい……って、どうしたのユーリ?」

 何かを思いついたのか不安になるくらい面白そうに笑うユーリに、ユーも悠奈もいやな予感しかせず半目で彼女を見る。

「適任がいる。任せてくれたまえ」

「ま、まあ君がそういうのなら……それじゃあ悠奈ちゃん。そういう事だから、明日にはここを出ることになる。大丈夫かい?」

 悠奈は頷く。もう学校で散々悩んできた。だから答えは決まっている。

「うん、大丈夫だよ。決めたから……私も」

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