Chapter31「希望の芽」
「そこまでだお前ら」
アセリアが踏み込もうと体を前に出した瞬間、それを止める声が響いた。
しかしそれでも武器を収めない者達に、声の主は不機嫌そうに顔をしかめアセリアと女を交互に見つめる。
「誰だお前は」
「あ? 知らねーのかよ。まあいい、とにかく武器引っ込めてとっとと帰れお前ら」
常人なら逃げ出しそうな鋭い視線を向けられても、それに屈するどころかむしろ挑発するような口調で少年はアセリアを威圧する。
「我々も参戦しますか?」
少年の隣で屈みながら、やけに気取ったような雰囲気を纏う男性が呟いた。
彼は立ち上がると少年の前に行き、手に持っていた黒い薔薇を地面に落とす。
「この薔薇をあなた方の血で彩ることにしましょう」
「貴様……やる気か」
向かってくる男にアセリアはマチェットを構える。
女も向こうの男の方がやり合って楽しいそうだと感じたのか、狙いをアセリアから男に変更していた。
手を組むわけではないが、邪魔者がいたのでは満足に戦えない。まずはあっちを片付ける。
が、そこで少年が嘆息した。
「やめろって言ってんだろーが。お前らここがどこだか分かってんのかよ」
「知るか。文句なら襲ってきたそこの女に言え」
アセリアが答えると、少年はとうとう舌打ちして面倒くさそうに顔を背けた。
それを好機と思ったのか、女の方が少年に向かって飛び出す。
「そぉれ! 死んじゃ――ええ?」
投げナイフを握り、女は少年の喉元目掛けて突きを繰り出した。
高速の一撃。アセリアでも避ける事は出来ない。
だが少年はそれを当然のことのように難なく身をひねって回避すると、そのまま女の腕を取り地面に引き倒して拘束する。
女が無力化されるのは一瞬だった。先ほどまでアセリアと互角に戦っていた女が、これではまるで大人と子供だ。
女が抵抗できないのを確認すると、少年は女を押さえ込んだままアセリアを見る。
お前はどうする、そんな風に問うような視線。少年には仲間の男もいる、アセリアには武器をしまって抵抗の意思がないことを示すくらいの選択肢しかなかった。
「いい子だ。お前はユーのとこのだろ。あんまあっちと揉めたくないしな」
「おや? ではユーさんもこちらに?」
ユーの名に反応したのは少年の傍にいた男だ。
何故か何かを期待するよう目を輝かせている。
「ん? ああ、そうらしい。そもそもここ最近ここを騒がせてる火種の一人を守ってんのが情報室の連中みたいだしな」
少年はどうやらユーを知っているらしい。
それに行動を見るに、この戦闘を収めに来たような振る舞いだ。
その証拠に、争う者がいなくなったとみると殺気めいたものを消して表情も緩ませている。
いつの間にか、女はタイラップの手錠で手と足をそれぞれ拘束されていた。しかもあれは表面がナノマテリアルで加工された強化人間用の物。普通の物だとクラス2ですら簡単にちぎって壊すことができる。用意がいいというか、やはりこの場の収拾が目的のようだ。
「うー、離せよー」
女が身を左右に振りながら抗議する。何とも滑稽な様子だ。
「暴れないならな」
「やだ」
「じゃあそのままだ」
「ぶー」
女はふて腐れたように口をへの字に結ぶと力をゆるめてぴくりとも動かなくなった。諦めたのだろう。
そこで少年は女を一瞥すると、誰かを探すように周囲を見渡した。
どうやら探し人はすぐに見つかったようで、駐車場の少し奥まった方でボブやアリスと戦う巨漢に少年は大声で叫んだ。
「おいランディ! もうその辺にしとけ!」
少年の声に気づいたのか、巨漢はボブと取っ組み合っていたのだがそれをすぐにやめてこちらに向かってきた。
それにつられるように、アリスとボブもこちらへ近づいてくる。
「悪いアセリア、面倒なの押し付けちまったな」
地面に転がる女を見てから、ボブが言う。
「……構わん」
傍まで寄ってきたボブが申し訳なさそうにして肩に手を置こうとしたのを回避し、アセリアは一歩距離を取る。ちょっとボブは汗臭い。
アリスも何か言いたげだが、どこかで引っかかっているのか言葉に出来ずちらちらとアセリアを見ていたので、ちょっと頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。こうしてみるとハムスターか何かの小動物みたいだ。
「あーなんだよくそ。おいおい出っ張ってくるの早すぎだろ。もうちょっと待てよシグ」
そこで、あの巨漢が面倒臭そうに頭をかきながら少年と肩を組もうと手を乗せるが、それを手で払ってからシグと呼ばれた少年はため息をついた。
「あのな……Jで今月何件目の事件だと思ってる? しかもこの場所じゃあこれで二回目だ。俺らがいるからって好き放題していいってわけじゃねーぞ」
「そこをなんとかなぁ。なぁ? リカルド?」
「我々にそれを願っても無意味ですよ。私達は鎮圧するのが役割であり、それ以外の処理は担当ではありません」
思い出した、とアセリアは自分で頷いた。
確か悠奈の護衛につく前、ユーから聞かされた事の一つだ。
セクター5。エデンで民間人が知ってはいけないような何かよくないことが起こった時に、それを人知れず処理する部署だ。情報の提供も行ってくれるので、中央情報室とも無関係ではない。
そこのエリアJの担当官であるシグとリカルドとは接触しても戦うなと念の推されていた。部署的にも揉めると面倒そうだし、何よりこの二人もなかなか曲者のようで機嫌を損ねたら面倒そうだ。
「いいから今日は退いとけって……つーかもうここでぶっぱなすんじゃねぇ。やるなら他のエリアに行けよ。Jはただでさえ面倒な連中多いんだからよ」
「分かった分かった。悪かったって」
巨漢が両手をあげて降参のポーズをとると、シグも両手を広げてやれやれと返す。
どうもシグはなかなか顔が広いらしい。部署の活動内容的にあまり名が広がるのはよくないのだろうが、あの性格と態度を見ると嫌でも噂になりそうだし仕方がないと言ったところだろうか。
「相変わらずだな君は。まあ元気そうでなによりだよ」
「やっぱり当たってるし……ユーリの勘って本当に時々怖くなるよね」
さらにユーリとユーも合流したところで、いよいよこの事件も終結といたっところだろうか。
そこで、リカルドが目当てのものを見つけたのか素早い動作でユーに近づいた。
「お会いできて光栄です、麗しの姫君よ」
「げ……」
珍しくユーが本当に嫌そうな顔をした。
それはまあ、いきなり姫君とか呼ばれて同性に薔薇なんかを差し出されたらそうしたくもなるだろう。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ええ……っと、うんまあ、怪我はしてないけど」
「それは何より。あなたの肌に傷がついては大事です」
どんどんユーが後ろに引いている。余程リカルドが苦手なのだろうか。
というより男全般だろうか。ユーがノワール以外の男性と仲良くしているところは見たことがない気がする。ボブとも一定の距離を保っているようだし。
「おいおいリカルド、今は仕事できてんだろーが。それにユーは男だろ、なんでそんなにそいつに拘る」
「この美貌の前では性別など些細な事です。これほどの方はエデン中探してもそう見つかるものではありませんよ。そういうシグも、素材はいいのですから化粧をすればなかなか様になるかもしれませんよ」
「やめてくれ気色悪い。って、話がずれてんぞ。そういう事言いに来たわけじゃないだろう俺達は」
シグが大げさに手を振って話を切ると、リカルドも笑ってユーから離れる。
私情も多分に挟むが、職務自体を放棄するほどの連中ではないらしい。
「とりあえずこれで集まったか?」
シグが周囲を見渡し全員の顔を確認。
ユーの後ろには見慣れない顔が二人ついてきていた。特にお互い怪我もないところを見ると、ユーリがまたうまく収めたのだろう。ただ悠奈がユーに背負われているのが少し気になったが、死んでいるわけでもなさそうなので放っておくことにする。あとのケアはユー達がやればいい。
「んや、表の連中が……って、あーそうかなるほどな」
そこでシグは頭を抱える。表とは管理局のことだろう。表の部隊も出てきいたたのだろうか。だとすれば恐らくであろう裏側の部隊の巨漢達やユーリに敵うはずもない。この場にいないという事は、つまりはそういう事だ。
「とりあえずあれだ、お前ら。今後一切ここでの戦闘は禁止だ。他のエリアならともかく、Jは民間人がうるさい。あまり派手にやりすぎると面倒なんだよ。特にユー、後ろのそいつは火種の一つなんだからどっかやっとけ……その内これ以上の被害出すぞ」
「分かってるさ……努力はする」
何とも気の無い返事だが、シグもユーには頭が上がらないのか、あるいは別の事情かそれ以上追及することは無かった。
その後は、あの巨漢達がシグを茶化しつつ足早に帰り、残されたユー達とシグがここの処理の相談の為に一旦席をはずした。
アリスとボブもユーについていったので、この場に残っているのはアセリアとユーリ、そして気を失った悠奈だ。
アセリアはベンチで横になっている悠奈の前に立つ。すると、自然にユーリが傍に寄って来てアセリアの顔を何か含みのある顔をしながら覗き込む。
「なんだ」
「んー? いやあ、別に何も」
む、と顔をしかめてアセリアが言うが、それを気にせずユーリは相変わらずの感情を隠した偽りの笑みを浮かべていた。
おかげで何を考えているか全く分からない。こういうユーリのいつも余裕があるような態度がアセリアは苦手だ。しかもよく茶化してくるのが余計にそれに拍車をかける。
「……悠奈君が心配かね?」
「そんなことはない」
「本当に?」
悠奈とは任務だけの関係。そう、それだけだ。だからそれ以上の干渉をするべきではない。
所詮クラス3は――アセリアは人の形をしただけの兵器でしかないのだから。人と相容れる必要などない。
なに不自由なく暮らしてきた少女を、彼女らにとっての非現実な世界に巻き込んでいる。これ以上知らなくていいことまで知る必要はないのだ。
確かに悠奈には不自然な点がいくつかあるが、それでも一般人だったことに変わりはないし、この騒動が終わればまたそれに戻る。その時になってこちら側の世界の事情など知っていて得をすることは無い。
「二度も言わせるな」
「ふむ……」
ユーリは顎に手を当てなにかを思案すると、悠奈とアセリアを交互に見る。
そして、ユーリは立ち去ろうとし通り過ぎざまにアセリアの肩に手を置くと、目を瞑りながら僅かだが本当に笑った。
「君は、少し考えすぎではないかね。我々は確かに普通の人間とは違う。かといって人をやめたわけではなかろう。ゆえに感情がある」
「…………」
アセリアは答えない。
クラス3に感情があるのは、きっと機械とは違う柔軟な思考を得られるから。
それだって多少そうだというだけで、あまりにも過剰に感傷的になれば色々と鈍ってしまう。必要以上の感情は無駄なだけだ。
強化人間など、戦闘マシーンであるだけでいい。それ以上のことを望むのは、おこがましい行為でしかない。
「ユーといい君といいな……そうだ、もっと悠奈君と触れ合うといい。彼女なら、自分だけで考える以上の答えを導き出してくれるかもしれんぞ。あの子はそういう子だ。まあ、どうするかは君次第だがね」
「悠……奈」
ユーリが立ち去った後、アセリアはしばらく悠奈を見つめていた。
アセリア達が強化人間だと知っても、接する態度を変えなかった少女。
きっと彼女には、そんな違いなど些細なことでしかないのだろう。
もし、世界が彼女のような人であふれていたのなら――アセリアたちのような者がいない、いらない世界になったのだろうか。
「……」
そっと、悠奈の頬に伸ばした手を寸前で止める。
アセリアは自嘲気味に一人で笑うと、悠奈に背を向けて歩き出した。
「らしくないな、私も……」




