表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
29/53

Chapter29「血は流れる」

 圧倒的。そんな言葉が真っ先にそんな言葉が悠奈の頭の中で思い浮かんだ。

 秋奈が銃を構えているのに、敵の女はそれを物ともせずに距離を詰め殴り飛ばした。

 クロエも喧嘩なんてしたことがないのだろうし、動けぬままそれを横で呆然と眺めるしかできない。

 時間稼ぎくらいは。そんなものが甘い考えだという事を今まさに思い知らされる。

 クラス3という存在の力。悠奈も幾度となく見てきたが、こうして敵として相対することでその異常なまでの性能が身に染みて理解できる。

 秋奈だってクラス2だ。つまりアリスと同じ。なのにこれじゃあ大人と子供。相手にすらならない。

「馬鹿な奴らだ……わたしに勝てるとでも思ったのか?」

「あ……っぐ」

 地面に倒れた秋奈の胸を、女が踏み付ける。

 ただの人間同士ならそうでもないのだろうが、相手がクラス3ならきっと目で見えている以上の負担が秋奈にかかっているはずだ。

 確か金属製の壁でも殴り壊せるのだったか。とすれば今の秋奈はトラックにでも踏まれているくらいの力が込められていても不思議ではない。

 秋奈が苦痛に顔を歪め、女の足をどかそうとするがびくともしない。逆に秋奈が抵抗すればするほど、その胸に女の足がめり込んでいく。

「馬鹿止め――くそ!」

 さすがのクロエも見ているだけではいられなくなったのかモップを振りかざして応戦しようとするも、女にショットガンの銃口を向けられ動きを止めた。

 これでは悠奈も動けない。完全に詰み、だ。

「クロエさ……悠奈さんを連れて……にげ……て」

 それでも秋奈は必死に女の足に手を伸ばし、何とかショットガンを持つ手も一緒に押さえこむ。

 これなら後ろに退くことはできるかもしれない。ユーのところに戻るにしろ外に出るにしろ、今より状況をよくすることができるとは思う。

 ただ――それは秋奈を犠牲にするという選択肢に他ならない。あの女はきっと、秋奈を殺してでも追ってくるはずだ。

 ――どうする。

 悠奈は迷っていた。だって、今日約束したばかりだ。全部終わったら、その時は一緒に遊ぶって。

 クロエと、そして秋奈と――

「邪魔を……」

「――ぁ」

 しかし、そんな悠奈の儚い願いは一発の銃声によって砕かれた。

 ショットガンの銃口から吐き出された散弾は、至近距離から秋奈の頭部目掛けて炸裂。

 弾が当たった反動で秋奈の頭部は床に重い音を響かせながらぶつかり、廊下に血と頭の中身を撒き散らす。

 ユー達には及ばずとも、とても綺麗で可愛らしい顔立ち。そこに浮かぶ笑顔はみんなを明るくさせる。

 そんな秋奈はもうどこにもいなくて――今悠奈の目の前にあるのは、目を背けたくなるほど一部分が損傷した肉塊。

「あ……あ……わた……私」

 迷っている内に秋奈は死んだ。悠奈は決断すらできず、ただ立ち尽くしていただけだ。

 これでまた一人、悠奈のせいで死んだ。

 今度は、とても家族と友達を大事にしていて、真っ直ぐ精一杯生きようとした未来ある子が。

 悠奈のせいで、死んだ。

「う……この……いけ悠奈! 行け!」

 呆然と立ち尽くしていた悠奈を叱咤するように、クロエが叫んだ。

 気づけば、今度はクロエが女の腕にしがみついていた。必死に銃ごと抑え込み、悠奈に向け声をあげ続ける。

「いけぇぇぇ!」

 これ以上迷っていては今度はクロエまでも失ってしまう。

 そんな思いと、クロエの声に後押しされるかのように悠奈は足を動かした。

 向かう先は屋上だ。一刻も早く、とにかく一秒でも早くあそこに行かなければいけない。

「待て! くそ、離せ!」

 後ろは振り返らず、一心に悠奈は階段を駆け上がった。クロエを救うために。

 悠奈は階段を上りきると、その勢いを殺さずにドアに体当たりをくらわせる勢いでぶつかる。

 開け放たれたドアの先には、悠奈が今一番会いたい人が立っていた。

 そこまで走ろうとして、悠奈は足をもつれさせ転んでしまう。

 そんな悠奈を心配してか、ユーリが駆け寄ってきて身体を起こしてくれる。

「悠奈君、どうした?」

 悠奈の態度からただ事ではない事を既に察していたユーリは、用件だけを聞く。

 その顔にいつもの笑みは無く、真剣な眼差しを悠奈へと向けていた。

「あき……秋奈さんが……ゆ、ユーリぃ……クロエちゃんが! クロエちゃんが死んじゃう!」

 上手く言葉が出ない。秋奈が殺された事とクロエを置いてきてしまったことで頭がいっぱいになり、まともに思考も働かない。

 それでも、ユーリはしっかりと悠奈の願いを理解してくれた。

「……分かった。君はここにてくれ。あとは……私がやる」

 ユーリは立ち上がって通り過ぎざまに床で崩れ落ちる悠奈の肩に優しく手を置き、そのまま走って階段の方へ消えていった。

 屋上はこの間の事件の時よりも損傷が激しい。きっとここでも戦闘があったのだ。

 ユーリだって疲れていただろう。なのにまた戦場へと送り出してしまったことに、悠奈は後悔の念を抱いた。

 これも、悠奈に力が無いから。だから、誰かに任せる事でしか大切な人を守れない。

「う……うぅ……ごめん……みんな、ごめん……なさい」




 クロエは壁を背に、自身に向けられたショットガンの銃口を眺めつつ折れた右腕を押さえる。

 何とか悠奈を逃がすくらいの余裕は作れたが、それでお終い。

 あと数秒後には自分も秋奈と同じになるのだろう。そう考えると、もう少しくらい父に優しく接してやればよかったなと今更後悔が湧いてくる。

 父と娘という関係にはなっているが、クロエと血の繋がりは無い。もともとクロエの父に妻と呼べるものはいなかった。ある日突然、クロエはどこからかあの家に連れてこられたのだ。それ以前の記憶はクロエにはない。

 管理局で何か重要な仕事を任せられていたと父は言っていたが、よくは知らない。ただ、クロエが家に来て数か月後にはその任を捨て、一緒にいる時間を増やしてくれた。

 でも、突然連れてこられていきなり見ず知らずの人に娘と呼ばれべたべたされるのが嫌で、クロエは何度も反発した。

 それでも父は嫌な顔一つせず、クロエの面倒を今日まで見てくれた。言えば欲しい物は何でも買ってくれたし、行きたいところに連れて行ってくれた。あまりにも優しすぎて、滅多にそういう頼み事はしなかったけれど。

 今でもクロエは最初ほどではないが父とは少し壁を作っている。だからクロエから何かしてやったことはあまりない。

 それがなんでか、こんな時に限ってああしておけばよかったとか、こうしてあげられたらなんて思ってしまう。

 クロエはいつの間にか涙を流していた。こんなの何年振りだろう。いや、そもそも自分が涙を流したことがこれまであっただろうか。

「ああ……クッソ……やっぱ死ぬのは――いやだなぁ……」

 頬を伝う涙が、廊下の冷たい床に落ちて消える。

 クロエを冷たく見下ろす瞳が鋭くなると、今まさにその命の灯を消すために引き金に指をかけた。

 そっと、クロエが目を伏せる。どうせ死ぬなら、せめて女なのだからもう少し綺麗に死にたかったな。なんて――そんな風に思った時だった。

 銃声。それに続くように甲高い金属音が響いた。

 しかしクロエは死んでいない。まさか外したわけではないだろう。

 そういえば、首を切り離されても人間は数秒くらいは意識があるんだったか。その類だろうか。いや、でもショットガンだし頭を撃たれたら地面に落としたスイカ以上にぱっくりいくんじゃないだろうか。

 クロエは目を開けてみる。視線を下に下げると、足も動くし手も同様。右腕が折れてるのを忘れていて、そのまま動かそうとしてしまいちょっと痛かった。

 そういえばあの女はどこに行ったのだろう。目の前から消えている。

 そこでクロエが周囲を見渡すと、ちょっと奥の方で腕を押さえクロエとは別の方向を睨みつけていた。

 その視線の先にいたのは、悠奈の護衛。確かユーリと言っただろうか。やけに印象的な外見だからよく覚えている。

 ユーリの手に握られた銃からは、煙が上っていた。もしかして撃ったのはユーリの方なのだろうか。

 それを証明するかのように、クロエの足元で真ん中に銃弾を受け壊れているショットガンがある。

「君を死なせはせんよ。……悠奈君が悲しむのでね」

「あ……ありが、と」

 礼を言っている間に、女が体勢を整えたようで壊れたショットガンの代わりにナイフを握った。

 それに対して、ユーリは持っていたリボルバーをしまう。このまま撃ってしまえばいいのではないだろうか。そうできない理由でもあるのかもしれないし、戦闘に関して知識のないクロエがそこで何かを言う事も無い。

「貴様ぁ……」

「殺すことしか出来ない、か。そう在るために生まれて来ようとも、生き方は自分で決められたはずだぞ……幾らかはな」

 憐れむような視線をユーリが女に向けると、それを挑発と取ったのかナイフを握りしめる力を強めた。

 そのまま一気に女はユーリに向かって駆け出すと、ナイフをユーリの首目掛け振るう。

 一瞬で距離を詰めての攻撃。タイミングや狙いも完璧だ。

「殺す力だけでは何もできんさ」

 誰に言うでもなく、ユーリは呟いた。

 彼女は女の攻撃を受け流すと、女の手首を掴み上に引き上げる。女の足は地を離れ、ユーリに片腕を掴まれた状態で持ち上げられる。と、間髪入れずにそのまま腹部に蹴りを入れ女を吹き飛ばした。

 凄まじい勢いで女は数メール後ろの壁に激突。

 そのままユーリは女が落としたナイフを空中でキャッチすると、それを女の胸目掛け投げつける。

「――っく!?」

 しかし女はそれに気づき、胸の前に片手の平を置いて盾にした。

 鮮血を散らしながらナイフは女の手を貫き、僅かに胸へ突き刺さる。だが心臓まで達してはいない。

 女は一瞬よろめくが、すぐにナイフを抜こうと無事な方の手でナイフの柄を掴んだ。そこに――

「なッ!?」

 きっと女の目にはもう、ユーリが回し蹴りを放つ光景しか映っていなかったはずだ。

 女のそれよりもずっと早く、さらに長い距離を詰めたユーリはナイフが刺さったその瞬間にはもう、蹴りの体勢に入っていた。女は対処のしようがない。

 ユーリの蹴りは、寸分の狂いも無くナイフの柄を捉えた。女の胸の中にナイフが沈み込むと、漆黒の刃が背中から突き出る。位置からしても完全に心臓を貫いていた。

 それを一瞥すると、ユーリは足を離して女に背を向ける。その顔はどこか寂しそうで、クロエはただそれを見つめる事しかできない。

「あ……わた……私は……こんなとこで」

 床に崩れた女が何か言っていたが、聞き取れない。それに、聞きたくもなかった。

 自分は助かったが、秋奈が死んだという事実を前にしてクロエは大きく息を吐く。

 まだ右手は痛む。目の前には秋奈だったモノがある。

 そんなクロエの頬を、ユーリのちょっと冷たい手の平が包み込んだ。



 パソコン片手に、カイルは積み上げられた荷物の影に隠れながら耳に付けたインカムを押さえる。

 廊下でのやり取りは一部始終見ていたが、隊長のランディが言っていたユーリはとんでもない人物のようだ。

 狙撃手と聞いてはいたが、接近戦もこなせるように見えた。とてもではないがカイルが敵う相手ではない。今飛び出したらきっと今やられた女性のように自分もなってしまうだろう。

 しかし、そもそも彼女がこの場に降りてきているのがおかしい。ユーリはフィオナが押さえこんでいたはずだ。

 もしかしたら――そんな悪い予感が頭をよぎり、カイルはついフィオナに通信を入れる。

 これで声が帰ってこなかったら、カイルは生き甲斐の一つを失ってしまったということになる。

「フィオナちゃん、フィオナちゃん聞こえる?」

 数秒の静寂。これが心臓に悪い。

 だが、カイルの心配は無駄に終わる。

 インカムの向こうからは、息を荒げたフィオナの声がちゃんと聞こえてきた。

『はいはい、なんでしょうカイルさん』

「あ、よかった……ユーリが校内に降りてきたからもしかしたらと思って」

『ああ……それですか』

 ばつが悪そうにフィオナは答える。何かあったのだろうか。それになぜ息がこんなに荒いのかも気になる。

「どうかしたの? もしかして撃たれた?」

『いえ、無事です。でもユーリさんに反撃されるどころかこっちが逃げる感じになってしまって』

「いや君が無事ならいいよ。それで相談なんだけど、こっちに来れる? 今ターゲットが屋上にいるみたい。多分一人。屋上に通じる通路には敵が大勢だから何とか外側から……」

 そこまで言って、カイルは一度言葉を切った。

『はい、そう言うと思ってもうそちらに着いてます。外側から上っていけばいいんですか? ……カイルさん?』

 怪訝な声を出すフィオナ。きっと彼女は今頃首をかしげているのだろう。そんな姿を想像すると可愛らしくて笑みが漏れる。

「……うん、そうして。じゃあね」

『あ、ちょっとカイルさ――』

 そこまで言ってカイルは通信を切ると、大きくため息をついた。

 そして両手を頭より高く上げ、視線だけを背後に向ける。

「一応聞いておくけど……僕が生きれる選択肢はある?」

「さあ? 君次第じゃないかな?」

 通信の途中からずっと後頭部に銃口を当てていた人物が、そう答えた。

 ちょっとフィオナに似た感じの、凛々しさの中にどこか可愛らしさが含まれたような声。彼女よりも中性的だが、これはこれで可愛い。

 更にカイルは、視線に写った人物に驚く。声どころか容姿までフィオナにそっくりだ。フィオナが男装したらこんな感じになるだろうか。だとすればきっとすごく似合う。

 そんな少女――いや男性だろうか。フィオナに似た子は冷ややかな視線を向けたまま、カイルを見下ろしていた。

 死のうが生かされようが、とりあえずここで自分はリタイアだ。そう理解すると、カイルは全身から力を抜き廊下の先にあるモノを見ながら言い放つ。

「分かった分かった。とりあえず降参だよ。だからせめて頭に撃つのはやめてくれないかな。ああはなりたくないよ」



 学校での騒動も落ち着きを取り戻し始めていた。

 立て続けに起こった事件。しかもクラス3が絡んでいてこれだけの被害なら、むしろ安いものだろうか。

 今回はほとんどの生徒が帰った後のようだし、その辺は管理局も考慮してくれる分ELFよりはましと言える。

 あとはせめてエリアJではない別の場所でやってさえくれれば、校門に立つこの二人の仕事が増える事は無い。

「あのクソ共……ところ構わずぶっぱなしやがって」

 吐き捨てるように言うと、少年は足元にあった石を蹴り飛ばす。

「いいではないですか。私達が出ればそれで終わる。我々の戦場を兇賊の血で彩りましょう」

「おま……一応俺らは事態の収拾に来たんだぞ?」

「話が通じるのならそれでも結構。ですがはたしてそうなると思いますか?」

 少年は呆れながら、隣で一輪の黒い薔薇の花を手に持ち眺めていた男を一瞥するとそのまま歩き出す。

 それに合わせ男も歩を進めると、目指す場所が徐々に二人の視界に入ってきた。

 例の学校の校舎だ。参加している部隊の規模から死人は確実に出ている。まあ恐らくだいたいは表の連中だろうが、流れ弾で民間人がやられていないとも限らない。

「さて、じゃあ馬鹿共を押さえに行くぞ」

「ええ、賊に絶望を。そして、我々に勝利を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ