Chapter28「変化する戦場」
あと数メートル進んだ先にある階段を上れば屋上。というところまで来たというのに、悠奈達の足はそこで止まっていた。
「くっそ、なんだよもう……」
悠奈の横でクロエが舌打ちする。
それもそのはずだ。今、悠奈達の前には新たな敵がいる。
敵だと断定しているのは、既に向こうが銃口をこちらに向けているから。
女性ではあるが、強化人間であるユー達の事を考えると甘く見るわけにもいかない。
しかも向こうの武器はショットガン、だと思う。アリスが使ってるのに細部は違うがよく似ている。たぶん悠奈の考えは間違っていない。
「標的の方は修哉達が確保するものと思っていたが……邪魔でも入ったか。まあいい」
女が呟くと、手に持ったショットガンのトリガーに指をかける。
さっきの子達と違い、この女は交渉よりも先に銃を撃つ方が得意な部類らしい。
であるなら、こちらの戦力が秋奈だけという現状は大変まずい状況だという事になる。
「悠奈……隠れてメールかなんかでアンタの仲間誰か呼べない?」
「無理でしょ……打ってる間に撃たれるってこれ」
そっと耳にささやきかけてくるクロエにそう返すと、悠奈は辺りを見回す。
後ろはユーと先ほどの少年達がいるので戻るわけにはいかない。
少し引き返せば下の階に通じる階段があるが、今外に出てでも無事にアリス達と合流できる保証はない。何よりさっき聞こえた大きな音が外からのものだったので、校内より外が危険である可能性もある。
となれば、この女を突破して屋上の階段を突っ切るしかないわけだ。ユーリと合流できれば勝機が見えるかもしれない。
だが、
「そこの女、こっちにこい」
女が悠奈を指さす。
銃口は依然こちらに向けられたままだ。
「やっぱそうくるか……」
悠奈は両手をあげてしぶしぶ女の方へ行こうとする。しかし、それを秋奈が手で制した。
「秋奈さん!?」
悠奈が声を張り上げる。
なにせ秋奈は銃を取り出しそれを女に向けたのだ。たぶんだが秋奈の敵う相手ではない。これでは――
「ちょっと村雨さん、あっちたぶん場慣れしてる。村雨さんじゃ――ちょっと!」
クロエも引き止めるが、それより先に秋奈は前へと歩き出した。
女は顔をしかめて、銃を構え直す。
「私が何とか隙を作りますから、その間にクロエさん達は屋上に。大丈夫です、お二人は私が必ず守りますから」
そう言う秋奈の声は震えていた。
怖くないはずがない。敵の方が格上なのは恐らく秋奈も承知の上のはず。
しかし、戦う力のない一般人である悠奈やクロエと違い、クラス2の秋奈がここで足止め役を引き受けるのは一応最善の策ではある。
それでも、最善であって最良には成り得ない。下手をすれば全滅の可能性もあり得る。
「ええい、きかん坊め! おい悠奈、アンタだけでもなんとか屋上に行け!」
クロエは傍にあった掃除用具箱からモップを取り出すと、それを構えて秋奈の隣に立つ。
貧弱極まりない装備だが、無いよりはましといったところか。
それでも敵の力には届かない。とにかく今は、屋上へ行かなければ――
顔を出すのをやめると、敵は射撃の頻度を少なくした。向こうも弾を無駄に使いたくないのだろう。
そこでユーリはもう一度、ケースの方を見る。
ほんの一瞬でも隙を作ることができれば、すぐにでも取りにいける距離だ。とはいえその一瞬が無ければユーリが撃ち抜かれてしまうくらいには敵の腕も相当なもの。
「ふむ……まいったな」
手榴弾の類でも持っていれば傍で爆発させ、それで生じた土煙に乗じて移動も出来たが生憎とユーリはその手の武器を持っていない。
ユーがいくつか持っていたはずだが、あの子が持っているのは『アレ』のはずなのでさすがにこんなところで使えば屋上が吹き飛んでしまうか。
とすればアリス達になるが、ユーにしてもそうだが受け渡せるような状況ではない。
あまりやりたくはなかったが、一人で何とかしなければならない以上手段を選んでもいられない。
「ふう……やれやれだ」
ユーリは依然、花壇に背を預けながらそっと目を閉じた。
屋上に吹く風がユーリの白い髪を揺らす。
下の方から聞こえる銃声やらなんやらの喧噪とは打って変わっての静寂。そこで、ユーリは呟いた。
「リミット……解除」
再びユーリは目を開ける。
仄かにだが、先ほどよりユーリの瞳の赤い色が輝きを帯びているように感じられる。
すると、ユーリはおもむろに腕を振り上げ――それを思い切り地面に打ち下ろした。
大砲の弾でも着弾したかのようにコンクリートの床ははじけ飛び、その衝撃で周りの花壇やその他諸々が吹き飛ぶ。
さすがにこういうことは、並のクラス3の身体能力でもいざやるとなると簡単にはいかない。
それを容易にできるようにする為の機能。能力の限界を超えた状態を意図的に作り出す。それがリミットブレイクだ。
むろん限界以上の出力を出しているのだから、多用はできないし長続きもしない。無理をしても身体に限界がくる。
だがこれはどのクラスでも可能なため、個人差はあれど一時的にではあるが上のクラスを上回る身体能力を発揮することもできる。
こうなっている状態の強化人間はナノマシンの作用で目が赤く光るのだが、ユーリは元々赤眼なため判別が難しい。本人がそこまで使用しないので、そもそも見る機会はあまりないが。
「さてと場所は……あそこか」
土煙が舞い上がりユーリの姿を隠している隙に、ばれない位置からリミットブレイクが切れるまでの間に向上した視力で敵の狙撃手を探す。
目星はいくつか付けていたので、あとはその数個を確認するだけだ。
ユーリの技術もあって、発見にはそう時間はかからなかった。
煙が晴れかかってきたので、完全に消えない内に少し吹き飛んでしまったケースも回収すると柵と柵の間の繋ぎ目にある壁に隠れるようにして伏せ、ケースから銃を取り出す。
「確かこの辺だったか……まあ当てなくてもよかろう」
ユーリが構えているのは、へカートⅡ対物ライフル。車だろうが破壊する大口径の狙撃銃だ。
その銃口は、目の前の壁に向けられたまま。その状態で、ユーリは敵がいた辺りに大雑把に狙いをつける。
ちょっと敵の位置を確認しただけで、今はもう敵は見えていない。目の前には壁があるだけだ。そんな状態からでも敵の場所に弾を撃つことができるのは、このエデン中を探してもユーリくらいなものだろう。
ユーリはへカートⅡのトリガーに指をかけると、軽く動かしてそれを引いた。
「あ!? むう、逃げるつもりですか……迂闊でした」
フィオナはスコープ越しに見える学校の様子に舌打ちした。現在学校の屋上はもうもうと立ち上る土煙で視界が不明瞭になっている。
膠着状態に持ち込んだものと思ったが、どうやら敵はこの状況を打破する策を考えていたらしい。
これではこちらは土煙が晴れるまで向こうを狙う事は出来ない。逃げるには十分な時間だろう。
「まあ、いませんよね。仕方ありません、ランディさんの方を支援――」
土煙が晴れてから屋上を見渡したが、敵の姿は無い。
そこでフィオナは下の方で戦っているランディの方へSR-25の銃口を向けた――その時だった。
「ひぇ!?」
突然、すぐ傍にあった柵が大きな音を立てて吹き飛ぶ。
この距離から攻撃できるのは屋上にいた敵だけだ。そこでフィオナがもう一度そちらへスコープを向ける。
すると、先ほど敵がいた位置からそう遠くない場所にある壁に穴が開いていた。というか、その穴の先に見えづらいが敵がちゃんといる。
しかも持っている銃が大型のものに変わっていた。あれは多分対物ライフル。まあこの威力を見ればそれはわかる。
そんなことよりフィオナが気になっていたのは――
「壁越しに撃った……です? なのにこんな正確な射撃ってちょっと……」
着弾地点はフィオナからそう離れてはいない。座る位置がもう少しずれていたら今頃フィオナは体の一部くらい千切れていたかもしれない。
12.7mm弾サイズとなるとクラス3のこの身体でも当たって無事かどうかは、フィオナはくらったことがないのでさすがにわからない。とりあえず無傷では済まないだろう。
そして今はもう、敵は銃眼を作り完全にフィオナを捕捉している。攻守が逆転した。しかも、敵は自分以上のスナイパーだと事前に知らされている。
そこまで条件が揃った時、フィオナの行動は早かった。
「戦略的撤退です。とう!」
SR-25狙撃銃を小脇に抱えると、そのまま柵を乗り越えて下に飛び降りる。
こういう時にクラス3の身体能力は便利だ。三階四階程度の高さなら頭から落ちても平気なのだから。それに、あのまま屋上を敵の弾をかいくぐりながら走り回るのは絶対にやりたくない。
華麗に裏路地の方へ着地すると、フィオナはこれからどう動くかを考える。
「さて、どうしますか。別の狙撃位置に……いえ、もう無理でしょうね。なら……」
フィオナが学校の方角を見る。
ここからだと約六百メートル。フィオナなら走ればそんなにかからない。
ランディ達だけでは不安な程敵は強い。フィオナがカバーするはずだったスナイパーもこれでフリーになったことだし、余計にまずい状況だ。
「すいません……今行きますから」




