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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
27/53

Chapter27「心の傷」

「遥香、戦闘準備」

 修哉は遥香に短くそう伝える。

 修哉に答えるように遥香は頷くと、カーディガンに手を入れ腰の後ろから銃を取り出した。

 それを確認しながら、修哉は数歩後退。

 戦闘はクラス3である彼女が担当だ。ただの人間である修哉が介入したところで足手まといにしかならない。

 遥香もクラス3の身体能力に頼りすぎな節はあるが、相手が一人なら戦力としては十分足りているはず。

「ゆ、ユーさん! 私も……」

 遥香と修哉を睨みつけていた男――だろうか、やけに女顔だが一応服装は男物だし男だろう。それの後ろに隠れるようにしていた少女が彼の隣に立つ。

 あの紺色のジャケットは修哉も見覚えがある。

 保安・警備支援大隊。あそこは中央管理局の所属ではあるが、末端もいいところ。扱いは警備部隊と大差ないし、実際一般人でも入れるくらいで中央管理局所属という肩書があるだけのような場所だ。

 さすがにあの子は遥香の敵じゃないな、と修哉は少女を一瞥しながらそう判断すると男の方へ視線を直す。

 どうやら男の方も同じ考えに至ったのか、少女を手で制すと下がるように指示した。

「いや、村雨さんは悠奈ちゃん達を連れて屋上へ。ユーリと合流して。下手に学校内をうろつかないで最短コースね」

 修哉は内心で舌打ちした。

 あの男は多分、この学校に修哉と遥香以外にも悠奈という少女を捕まえようとしている人間がいるのを察知している。

 事実、修哉達にはもう一人仲間がいる。先ほどの音は『彼女』が出したものかは分からないが、もう別で行動し始めているのは確かだ。

 修哉達が逃しても彼女が捕えてくれる。筈なのだが、仲間と合流されては彼女でも分が悪いだろう。

 外の状況が分からない今、闇雲に歩き回って逃げるよりは確実に守る戦力を増やした方がいい。そこまで考えてるならあの男は少し危険だ。

「で、でも……」

「いいから、ここは俺一人でいい」

 男が強めに言うと、悠奈を含めその友人らしき者と共に支援大隊の少女は階段の方へと消えていった。

 あの男がどうやっても邪魔をするだろうし、悠奈を追うのは不可能だ。まずは男を何とかしなければならない。

「修哉さん……」

 遥香が修哉の指示を乞うような視線を向けてくる。

 あくまでここでの司令塔は担当官である修哉。だから遥香には何をすればいいかを指示してやらねばならない。

「早くかたを付けよう。でも殺しちゃ駄目だよ」

「はいです!」

 服装や容姿からして警備隊ではない。かといって支援大隊でもない。修哉の見たことのない服装だ。

 とはいえたかが女の子一人の護衛なんだし、あの男もクラス2程度だろう。実力はあろうとクラス2と3では身体能力に圧倒的な差がある。それを実力だけで埋めるのは出来なくはないが難しい。

 悠奈を確保すれば修哉達の任務は終わり。だから無駄な殺生をする必要はない。遥香には殺すのではなく倒せと命じた。

 何の疑問も抱かず、遥香は修哉の指示に従う。これまでも、そしてこれからもそうやってやっていくのだ。お互い、信頼し合えるパートナーとして。

「ごめんなさい。怪我しちゃうかもしれませんけど……通してくださいね」

 遥香が言うと、男はため息をついた。呆れるような、どうしようもない奴らを見つめるような目で修哉達を見る。

 よほど腕に自信があるのか、それとも虚勢なのか。恐らくは前者。たしかクラス2が3を倒した例もいくつかはあると聞いたし、油断はできないかもしれない。

「遥香、気を付けて。この人強いかも」

「大丈夫ですよ、だって私達ですもん」

 遥香は笑顔でそう返すと、拳銃とポケットから取り出した伸縮式の警棒をそれぞれの手に握る。

 クラス3の筋力から振るわれる警棒はそれだけで簡単に人を殺せる凶器だ。でも加減さえ間違えなければ本来の用途通りに使うことだってできる。

「君らは……君らはなぜ悠奈ちゃんを狙う?」

 不意に、男が口を開いた。

 今にも飛びかかりそうになっていた遥香が足を止め、再度修哉に視線を向ける。

 修哉は一度待てとジェスチャーで指示すると、口を開いた。

「それを聞いてどうするんです?」

「別に」

 素っ気なく返され、修哉はむっと顔をしかめた。

 顔は可愛いくせに、冷たい人。あの男からはそんな印象を受ける。

「悪いけど僕らは連れて来いって命令しか受けてないから、君が期待してるような答えは言えないよ」

 男の目がさらに鋭くなったような気がする。いや、修哉の気のせいではない。それを同時に場の空気が一気に重くなった。

「下の連中無差別に放り込んでどこかの誰かが連れてきてくれたらラッキー……そんなところか。馬鹿共が考えそうなことだ」

 男の淡々とした声が廊下に響く。すっと透き通るような綺麗な声音なのに、心の奥底まで染み込んでくる冷たさ。

「ともかく、通してもらいます」

「できないね」

「……遥香」

 待ってましたと言わんばかりに、遥香が再び戦闘態勢に入る。

 すると、男は面倒くさそうに腰のホルスターから銃を抜く。

「……P226?」

 男が取り出したのは、P226拳銃。スライドに制服の胸についたものと同じエンブレムが刻印されている。

 つまりあれは支給品という事になるが、一つでもかなり高価な銃だ。それを支給できるほどの部署があっただろうか。

 修哉が疑問に思っている内に、遥香が仕掛ける。

 クラス3の超人的な身体能力は人間のそれを超えている。数メートル程度なら一度地面を蹴るだけでも十分距離を詰める事が出来る。

 遥香は男の頭部目掛け警棒を持った腕を振り上げた。

 クラス2でもこの速度は反応できないはず。決まった――そう思ったときだった。

「……え?」

 男も前進して逆に距離を詰めると、遥香の振り上げられた腕の肘と肩に手を当て受け止め、遥香の肩に手を回しながら前に倒す。

 遥香からすれば振り上げた腕を後ろに思いきり引っ張られた形になるので、手に力は入らず警棒を落とし立つこともままならないままバランスを崩して後頭部から床に落ちた。

「きゃあ!?」

「遥香!」

 すぐ傍に男が立っているため近寄れないが、代わりに思いきり叫んで彼女の安否を確認。

 倒されただけだから怪我はしていないと思うが、まずい状況だ。

 間違いない、技術はもちろんだが遥香の力を受け止められるあの男はクラス3だ。

 全ての思考を中断して、修哉はここから逃げる方法を模索した。

 駄目だ、勝てない。いや、戦いにならない。今ので確信した。

 高価な銃。それを扱う修哉達と同じ年くらいの男。クラス3。これだけの符号が揃えば間違いない。目の前にいるのは、表の修哉達が絶対に触れては行けない相手。管理局の裏側の人間。

「しゅ、修哉さ……」

「逃げろ遥香! 駄目だ、この人は!」

「だ……めです!」

 遥香は起き上がり様に男から飛び退く。

 取り落とした警棒は男の足元にあるので拾う事はもうできないだろう。そんなことをさせてくれる相手じゃない。

 いや、それより遥香だ。命令を聞いてくれない。

「ここで帰ったら、修哉さん怒られちゃいます。駄目ですよ、そんなの」

「いいんだ! 遥香! こんな時だけ頑張るな! その人は僕らじゃ勝てない!」

「どの道ここで退けば……修哉さんも危ないです。いやですよ、そんなの」

 冷や汗を流しながら修哉は必死に説得するが、遥香は一向に聞いてくれない。

 修哉の身など心配しなくていいのだ。修哉はむしろ遥香の方が――

 しかし、彼女はあくまで戦うつもりのようだ。修哉を守るために。

 でも彼女は裏側の人間の事を知らない。知っていれば、到底勝てる相手ではないと逃げる選択肢を選んでくれただろうか。いや、もう後悔しても遅い。

 とにかく今は遥香を止めなければ最悪な展開が待っている。

「遥香! 駄目だ!」

「……っく」

 遥香が銃を構えると、男はまた溜息をついた。

 男の銃も遥香に向けられているので、遥香は迂闊に撃てないのかまだトリガーに指をかけていない。

 もう興味すら失せてしまったかのような冷たい瞳で男は遥香を見ると、退屈な作業でもするかのような適当さで、大して狙いも付けずに彼女よりも先にトリガーを引いた。

「ひ!?」

 頭部を狙った弾丸。

 それに気づいた遥香は顔の前で両腕をクロスさせて防御の姿勢を取る。

 いくらクラス3でも銃弾を頭部に受ければ無事では済まない。だがそれ以外の部位なら拳銃弾ではさしてダメージにもならないためこの判断は正しい。

 が、男が狙っていたのはその隙だ。

 クラス3に拳銃弾が効かないことくらい、裏の連中なら知っていて当然。だから当てなくてもいいので頭を狙って銃を撃つ。これで警戒した相手は頭部を守る。

 その隙に男はP226を腰のホルスターにしまうと、胸に手を入れ別のホルスターから銃を取り出した。

 間髪入れず体勢を立て直せないままの遥香にそれを撃ちこんだ。

「う――あ?」

 廊下に一際鋭く響いた轟音。

 音からして50口径だろうか。さすがのクラス3もそのサイズの弾となると頭以外でも多少怪我はする。

 だがその程度のはずだ。50口径とは言え拳銃弾では必殺の一撃には成り得ない――そのはずなのに。

「はる……か?」

 遥香の胸の辺りから、向こう側が見える。おかしい。

 ぼちゃり、と嫌な音がした。そこに修哉が目を向けると、遥香の足元に彼女の口から零れた血が床一面に広がっていた。

 修哉はふらふらと遥香の方へと歩み寄る。

「しゅ……やさ……」

 声にならない声を出しながら、遥香がこちらに振り向いた。

 声を出すたびに、彼女の血が口から零れる。

 突然ふっと力を無くして遥香が倒れそうになったので、修哉は駆け寄り彼女の体を抱き寄せ支えてやる。

 修哉の腕が、遥香の血で真っ赤に染まった。

 申し訳程度にしかないサイズで、いつもそれを修哉は馬鹿にしていた。そんな遥香の胸の真ん中に、穴が開いている。穴越しに修哉の腕が見える。

 修哉はいつの間にか涙を流していた。敵が傍にいるのに、そんなことはお構いなしに。

「修哉……さん。ごめん……なさい」

 遥香は腕を伸ばし、修哉の頬に指先を触れさせた。白く、握ってしまったら折れてしまうんじゃないだろうかと思ってしまうくらい細い指。修哉はそれをそっと握った。

 彼女の温もりが修也の手の平に広がる。

 それを見て遥香が笑う。いつも元気な彼女とは比べ物にならない程弱々しく、でも修哉に心配をかけまいと今できる精一杯の笑顔。

 男が放った弾丸は、遥香の胸を完全に穿ち貫いた。これが、絶対に抗えない力の一端。

 こうもあっさり命を奪われる。所詮表側の人間など、向こうにとってはただの使い捨ての駒でしかないのか。

「遥香……遥香……ごめん、ごめんよ僕が……」

「修哉さ……ん。泣かない……で」

 そういう君が泣いてるじゃないか。そんなことを言える余裕は、もう修哉には無かった。

 もっと強引にでも止めていればこんな結果にならなかったかもしれない。もっと相手の事を調べていればこんなことには――

 そんな考えがいくつも頭の中で浮かんでは消える。後悔は先に立たない。まさにその通りだ。

 女の子を一人連れてくる簡単な任務。その時点で疑うべきだった。女の子一人を管理局が確保する理由があるなら、その女の子はきっと普通じゃない。

「おか……しいな、こんなはずじゃ……」

「遥香……」

 遥香の目から溢れた涙が零れ、床に滴り落ちていく。

 修哉はそんな彼女の涙を手で拭う事しかしてやれない。

「管理……局の人……聞こえます、か?」

「…………」

 突然、遥香があの男の方へ視線だけ向けた。

 男は沈黙したまま何も答えない。

「修哉さんは……この人は見逃して……ください。おね……がいです」

「……」

 だが男はその言葉に答えない。

 また、あの溜息。

 ふと、遥香の視線が修哉の方に戻っていた。

 彼女の綺麗な瞳と目が合う。

「あ……あぁもう……やだなぁ……これ終わったら、せっかく修哉さん……一緒にデパート行くっていってくれたの、に……」

「そんなのいつでも行ってやる! 行ってやるから! 遥香! 遥香ぁ!」

 修哉の声が聞こえないのか、遥香は徐々に双眸から光を失わせていく。

 独り言をつぶやくように、遥香は囁き続けた。

「楽しみに……してたのに……修哉さんとの……デート」

「はる……か」

 デパートに行くなんて、いつも通りの事なのに。

 任務の疲れを少しでも和らげられたら。そんな風に思っていつも任務の帰りは遥香と一緒にデパートに行っていた。

 いっつも、買い物めんどくさいだとかついでにアイス買ってだとか、文句しか言ってなかったのに。

 今まで遥香はそれをデートだなんて一度も言ってくれなかった。なのに、なんで今さら。

 修哉の流した涙は遥香の頬へ落ち、彼女の涙と混じり合って血の池に沈んでいく。

 クラス3だから遠慮していたとでもいうのか。修哉が人間だから本心を隠していたとでも。

 そんな気を使う必要なんてないのに。だって、修哉も遥香の事が――

「えへ……大好き、ですよ…………修哉さん」

「遥香! そんなの僕だって! ……遥香? 遥香!? うわあああああ!」

 修哉は叫ぶ。だが、彼女がそれに答える事は二度となかった。

 修哉の手からと遥香の細い指が滑り落ち、力なく重力に引かれて垂れ下がる。

 腕の中で、遥香の重みを感じた。眠っているだけなんじゃないかと思うくらい、その顔は安らかで。

「遥香ぁぁぁぁ!」

 いつの間にかたった一人になっていた廊下で、修哉はずっと泣き続けていた。



 ユーは悠奈達の元へと急ぐ。

 護衛が秋奈しかいない今、一刻も早く合流しなければならない。

 無事にユーリの元へとたどり着ければいいが、見た感じでは数名校内に侵入している気配がある。

 ふと、背後から先ほどの男の叫び声が聞こえた。クラス3の相方が修哉と呼んでいたか。ずっとあの女の子の名前を叫んでいる。

 なぜ見逃した。

 ユーの頭の片隅にそんな疑問が生まれた。

 敵であるなら脅威はすべて排除しておく方がいい。

 いや、でもあの男にもう戦う力など残されていないだろう。だから、必要以上の殺しはしないと見逃した?

 それとも、あの女の子の願いを聞いてやったのか。そんな情に流されるようなことはしないはずだが。

 なら、彼が人間だったから見逃したとでもいうのか。普段ならそうかもしれないが今回はそれも違う気がする。

 なぜだろう、今も聞こえるあの男の声を聴いていると心の隅にわだかまりが出来る。前はこんなことなかった。ただ淡々と敵を殺せてたのに――そこで、なぜか脳裏に悠奈の顔が浮かぶ。

 そう、あの男は泣いていた。それはユーのせいだ。ユーがあの女の子を殺したから。

 でもあの女の子は銃を持っていた。撃たれればユーはどこに当たろうが致命傷を負ってしまう。

 向かってくる以上、そして悠奈に早く追いつくためにはああするしかなかった。

 なのに――

「なによ……これじゃあ私が悪者みたいじゃない」

 吐き捨てるようにユーは言った。

 その声は、まるで子供が泣きそうになる寸前のように震えていて――

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