Chapter26「それぞれの戦場」
「悪いけど、それはできない相談だね」
悠奈のよく知った声が、背後から響いた。
悠奈以外の全員が驚いた顔をし、声の方向へ視線を向ける。
「……ユーちゃん」
悠奈が声の主の名を呼ぶと、彼女はふっと笑い悠奈の前に立つ。
「この子に関しては俺達の管轄だよ。悪いけど君らの出る幕は無い。帰ってもらおうか」
「ですって、修哉さん。どーしますぅ?」
カーディガンを着た子が、後ろの修哉と呼んだ少年に問う。
少年は少しの間顎に手を当て逡巡すると、口を開いた。
「僕らも上から絶対連れて来いって命令を受けてます。退けませんよ」
「お? ううん? 修哉さん?」
修哉がカーディガンの子に視線を合わせる。
と、少女は腰の辺りに手を当てた。少し膨らんでるし、何か武器を仕込んでいるのかもしれない。
それを見逃さないユーは、見るからに機嫌が悪そうな顔をしていた。
その時、
「わわっ!?」
「おわぁ!? なんだ!?」
突然響いた音に、悠奈とクロエが同時に叫び声をあげた。
何か金属のようなものが転がる音だったが、何なのだろう。
もしかしたら、別の場所で誰かが戦闘をしているのかもしれない。
正面にいる子達だけが敵だなんて保障はどこにもないのだし。
そう、また戦いが始まるのだ。悠奈を賭けた、無駄な争いが。
突然の敵襲に、アリスとボブは狼狽していた。
いきなり銃撃を受けたハンヴィーだが、重装甲化していたので目立った損傷はない。そこは救いだ。
だが、ハンヴィーから降りるときにアリスが被弾した。
クラス2とはいえ、銃弾が全く効かないわけではない。アリスの頬からは、その白い肌を真っ赤に染め上げるほどの鮮血が流れ出ていた。
「アリス!」
「大丈夫よ! 掠っただけ! なんなのこいつら!」
アリスとボブを襲ったのはボブに負けず劣らず筋骨隆々の男と、気持ち悪い笑みを浮かべながら投げナイフを舐める女。
アリスの勘だが、男の方はおそらく強化人間ではなく普通の人間だ。クラス3は導入されて間もないと聞いたので、あの年代ではいるはずがない。クラス2も恐らく同様。だから多分間違いはない。
「ボブボブ、あっちの筋肉任せていい? ナイフ女は私が何とかする」
「ああ、だが大丈夫か?」
ボブが心配するのも無理はない。なにせ、アリスの頬を裂いたナイフを投げてきたのはあの女だ。
銃火器ではなく、あの手の得物を持つ者は大抵身体能力に自信があるクラス3。だから、正直アリス一人で対抗するには辛い相手でしかない。
だが――だからと言って負けられないのだ。守らなければいけない者を守れなくて何のための護衛か。もう負けない、そう決めた。だから――
「私はやるわよ……負けないから、絶対」
意思を込めて、言い放つ。
ボブはそれ以上何も言わずに、ただ頷いてくれた。
「お? そっちのおっちゃんが俺の相手かい?」
「てめぇに言われたくわねぇな」
「いいねぇ、同類と見たぜ。よろしくやろうじゃねーか」
筋肉同士威勢の張り合いをしつつ、ボブはHK416アサルトライフルを構える。
が、
「おいおい、無粋だな。その体はハリボテか? 来いよ、玩具は無しだ」
「無理すんなよジジイ。俺はこっちの方が強いぜ?」
言いながら、ボブと筋肉男は上着を脱ぎ捨てる。筋肉同士通ずるものでもあるのだろうか。彼らは肉弾戦がお好みのようだ。
しかしそんな中でもボブはアリスを気遣ってか、間合いを取りつつ男を遠ざけるように移動。これでアリスは目の前の敵に集中できる。
経験はボブの方が多いせいだろうか、こういう時に周りに気を配れる彼をアリスは純粋に仲間として信頼し尊敬している。
「アハァ! 小っちゃくってかわいー。ねぇ? どこから削ぎ落としてほしい?」
「あいにく自分の体を刻む趣味は無いのよ……あんたこそ、その無駄にでかい胸に風穴開けてやるから」
言いながらM3ショットガンのセーフティを解除。
だがまだ動かない。いや、動けない。
相手はクラス3。アリスの数倍は身体能力が高いはずだ。奴ら相手ではM3のOOバックを至近距離から当ててもどこまで効果があるか分からない。
いくら近距離に強いショットガンでも、ナイフの間合いに入られれば不利なのはアリスの方だ。
特に、アリスの使うM3は全長が長いため取り回しはしにくい。だから、遠すぎず近すぎずの距離を保たねばならないのだ。
だが、
「どーしたの? 来ないの?」
女が挑発してくる。
しゃべり方といい癪に障るが、我慢してアリスは好機を見逃さずすぐ動けるように身構え様子を見る。
女は隙だらけのように見えて、すぐに構えを取れる姿勢を保ったままだ。
恐らく、ああやってこちらの集中を切らせて無策で突っ込んでくるのを狙ってのことだろうが、そんな簡単に引っかかるほどアリスは馬鹿じゃない。
が、
「なぁんだ、けっこー用心深いなぁ……じゃ、シンプルに行きますか」
「――なっ!? っく! この!」
突然女は体を一回転させたかと思うと、振り返りざまに二本の投げナイフをアリスに投げてきた。
距離的にも回避が不可能だったので、M3でそれを払い除ける――と、その瞬間、
「ざぁんねんでした」
「あぅ!?」
一瞬目を離しただけなのに、目の前まで接近されていた。
払ったM3を構え直す暇も無く、女が振り上げたナイフがアリスの上腕の皮膚を軽く裂く。
振り切られたナイフについたアリスの血が勢いよく飛び、ぱっと地面に赤い線を描いた。
「ほいさ」
次いで、女はアリスの腹部を蹴り飛ばす。
見かけよりもずっと重い一撃。まるで最高速度を出した車に追突されたかのような衝撃を受け、アリスは地面のコンクリートを転がりながら奥の街灯に身体を打ち付けられそこで停止する。
アリスを受け止めた街灯が根元からひしゃげ、耳障りな金属音を響かせながらへし折れ地面に倒れた。
まだアリスは立てない。立つことができない。
さすがだ。クラス3は素手で装甲車を壊せるとは聞いていたが、こんなに強力な蹴りが放てるならあながち誇張された表現ではないのかもしれない。
噂が事実だと証明されたのは結構だが、おかげでアリスの状況はさらにまずくなる一方だ。
「う……っく、けほ」
咳と共に、赤黒い血が口から零れる。
口から流れ出る血を手で拭うと、アリスはM3を支えにしてゆっくりと立ち上がり女を睨みつけながら銃を構え直す。
内臓がどこかやられたのかもしれない、息をするだけで胸の辺りが痛む。
口の中に血が溜まり、ずっと鉄の味がするのも不快だ。
「く……そ……」
せっかく手に入れた力。それですら、クラス3には届かない。
アリスは歯が突き刺さるほどに唇をかみしめた。
こんなことでは、ユーを守るどころか背中を追う事すらできない。
結局、アリスはあの時から何も変わってはいない。そういわれているようで、悔しかった。
ここで折れるわけにはいかない。でも、勝機はあまりにも少ない。
だから――
「交代だ。私が行く」
その時、アリスの瞳に映ったアセリアの背中は、まるであの日のユーのようで。
急に足の力が抜けて、アリスはその場に座り込んでしまった。
少し色素の薄い、アセリアの瞳。彼女の少し薄い黒の瞳は、迷いなく敵を見据えている。
理由なんてない。けれど、彼女がいるだけで安堵してしまう。
「何をしている」
「え?」
ふと、アセリアが背後のアリスに視線を合わせた。
「私は交代すると言っただけだ。休んでいいとは言っていない」
「あ……ごめ」
言い切る前に、アセリアが口を開く。
「ここは私に任せろ。私は私のやるべきことをする。お前は、お前が出来る事をしろ。それが……それがお前の戦いだ」
「……うん!」
そうだ、休んではいられない。
ユーもアセリアも、転んだアリスに手を差し出してくれる。
でも、立ち上がるのは自分の力で、だ。
自分で選んだ道を進むのは、自分自身なのだから。
一歩でも先に、自分の足で歩く。誰かの力を借りたとしても、その道を歩くのは自分の足で。
アリスがやるべきことは、守りたいものを守る。するべきことは、何も目の前の敵を倒すことだけじゃない。
「アセリア……さん。ありがと!」
「……ふん」
言葉の無い返事。
でも、不思議とアセリアの顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。
「うーむ、まいったな。足元でやられるとどうしようもないのだが」
ユーリは一人、屋上で事の成り行きを見守っていた。
正確に言えば、見守るしかないと言った方が正しいか。
敵が侵入してくる数分前に、ユーリが真っ先に襲撃を受けた。
恐らく敵はユーリの存在を知っていたのだろう。仲間の侵入を待たずに、ユーリだけをスナイパーは狙ってきた。
おかげで敵には侵入され、現在ユーリは花壇に隠れながら愛銃のFR-F2を抱えて座り込むという状況。
身動きが取れない上にボブ達は校舎のすぐ下で戦っているので、射角的にも援護はできない。
しかも、敵スナイパーの腕は相当の物だ。
顔を出せば、正確にその場所に弾が飛んでくる。
発射の間隔からしてセミオート式の狙撃銃だという事は分かるが、それだけだ。
やみくもに撃ちまくってくれるなら射撃が止んだタイミングから装弾数を計ることもできるが、発射間隔をランダムでずらしてくるのでいくつ弾が入っているのかもわからず迂闊に身を晒せない。
当てるつもりもないようだし、恐らくここにユーリを張り付けておくのが目的なのだろう。
さすがのユーリも銃を構えて狙えるだけの余裕が無ければ、対処のしようが無い。
「7.62mm……か。無理にでも出てみるか」
口径からして、クラス3のユーリなら頭に直撃弾を貰わなければ致命傷にはならない。
とはいえこれまでの着弾点から察するに、相手は瞬時にユーリの顔を狙って撃ちぬくだけの技術があるはずだ。
牽制の射撃こそばらばらに着弾しているが、ユーリが何度か顔を出した際には、必ず顔があった場所に弾が飛んできた。避けねばもう何度かユーリは頭を撃ち抜かれている。
「まあ、下にはアセリアやユーもいるし何とかなるか。なら私はこのままここにいるとしよう」
本当にまずいなら何とかしなければならないが、ここで下手にユーリが校舎の中に逃げればあのスナイパーの銃口が今度は外にいるアリスやボブに向くことになる。
正確に標的を撃ち抜く弾丸は、遮蔽物の無い場所で戦う彼らにとって脅威でしかない。
だったら、まだこのままユーリだけを狙っていてくれた方がましだ。
「せめて場所と距離さえ分かればなんとかなるのだがねぇ……」
呟きながら、ユーリはもう一つの相棒を横目に見た。
ユーリの位置からはほんの数メートル離れた場所に置いてあるケース。その中には、あらゆるものを破砕するライフルがしまい込んである。
まあ、それを取るにしても一度この花壇の盾から離れ身を晒さねばならないのだが。
「せっかくユーが私を頼ってくれたのだし……少しはやる気を見せねば、か」
このままスナイパーを引き付けていてもいいが、状況を改善するにはもう一つ手がある。
スナイパーを倒すことだ。もしくは、倒せはしなくてもユーリが狙撃できるようになればそれでいい。
的に当てるのが上手いのは、なにも相手だけじゃない。
「さて、じゃあ勝負といこうか」
少し古びた、飲食店の屋上。
コンクリートの壁の上にSR-25狙撃銃を乗せながらフィオナは椅子に座り、スコープ越しにずっと一点を眺めていた。
六百メートル先にある学校。その屋上にいる人物だけを狙い、適切なタイミングでトリガーを引く。それだけ。
適当に間隔をずらして射撃を続け、今は相手を花壇の後ろに追い込むことに成功した。
標的は先ほどから何度か顔を見せては引っ込めてを繰り返している。
恐らくこちらの位置を探っているのだろうが、似たような高さの建物はいくつもあるし、夕日もフィオナの背後で味方をしてくれている。
出来るのなら仕留めたいところだが、そこまで相手も愚かではないのか当てるつもりで撃った弾丸は全て直撃する前に顔をひっこめられ回避されている。
「まあ、簡単にやられてくれるとは思ってませんでしたけど」
吐き捨てるように言いながらフィオナは空になった弾倉を地面に落とすと、SR-25の横に並べた装填済みの弾倉の一つを取り、リロードを完了する。
SR-25は連射のきくセミオートマチックライフルなのに加え、リロードもしやすいのでこういう場面では重宝する。
長年の付き合いがある相棒だ。だから、この子の良いところも悪いところもフィオナは知っている。
「でも……なんだか嫌な予感がします。ランディさん、はやく……」
祈るように、フィオナは呟いた。
この時フィオナが感じた予感が的中し、これからの人生がおかしな方向に転がっていくことを本人が後悔するのは、まだ先の話である。




