Chapter25「Fの影」
薄暗い部屋の中で、数名の人影が僅かにうごめいていた。
てきとうに荷物を積み上げ作り上げた台の上に乗せたパソコンとにらめっこしている者。
木製の椅子にふんぞり返って煙草を吸う者。
何がしたいのか、ナイフを取り出して刃の部分をずっと見つめて恍惚とした表情を浮かべる者。
全員、フィオナの仲間だ。
フィオナは彼らを一瞥すると、床に放ってあった弾薬箱に腰掛ける。
傍らに自分の得物であるSR-25狙撃銃を立て掛けると、弾倉を外して膝の上に乗せた。
「ランディーさん、そこの箱取ってください」
「んおお?」
先ほどからずっと煙草を吸って、密閉空間であるこの部屋に煙を充満させていく張本人にフィオナは声をかけた。
ぼうっとしていたのか、声をかけられた主は間抜けな声を出して辺りを探し始める。
「すぐ後ろの箱です。この子の弾」
「おお、これかぁ。ほいよ」
「投げないでくださいよ、もう……」
妙に呂律が回っていないような声。本当に煙草なのだろうか。
投手のコントロールが絶望的に悪く、頭の上を通り過ぎようとした箱をフィオナは何とかキャッチすると、中身が派手にぶちまけられなかったことにほっと息を吐いた。
7.62×51mmとパッケージに書かれた箱も足に乗せると、フィオナは中身を開ける。
中には、たくさんのライフル弾が隙間が無いくらい詰め込まれていた。
今回使うのは特殊な加工もされていない民間用の弾だが、それほど精密な狙撃が主目的ではないらしいためこれで十分だ。
それに、任務の性質上できれば管理局製の物を現場にばら撒きたくはない。
手際よくフィオナは箱から取り出した7.62×51mm弾をSR-25の弾倉に詰めていく。
正直、これが一番退屈でなおかつ面倒な時間。ただ同じ作業を延々と行うだけ。しかも弾を込めれば込めるほど弾倉内のスプリングの力が強くなっていくため、その都度押し込む強さを上げねばならないのが面倒さに拍車をかけている。
普段百キロ二百キロといった物を余裕で持っているくせに、なんて言われそうだが力があるのと面倒なのは別の話だ。
これではまだ銃の整備の方がまし。とはいえ、空の弾倉だけ持っていても銃はその役目を果たしてはくれない。弾と銃が揃って初めて効果を発揮する。だから残念ながらこの作業を省くことはできない。
「はぁ……」
「どーしたフィオちん? 元気ないじゃん」
ナイフの刃先を向けながら言わないでください。なんて言おうとしたが、この人には無駄だろう。
フィオナは何も言わずに、半目で声の方へ視線を移す。
「そんな顔すんなよー。死にに行くみたいだぞう?」
「そこまで酷いですか」
「うんうん、吸血鬼に血を全部吸われたような顔してる」
それはもう干からびているんじゃないだろうか。
そこまでおかしな顔をしたつもりはないのだが、とフィオナは自分の頬に軽く指で触れた。
「あ、そういやさ」
「……なんですか」
やけに絡んでくる仲間に鬱陶しさを覚えつつも、反応しなければそれはそれで面倒なことになるので空返事だけでも返しておく。
すると、それまで握っていたナイフをしまって一枚の写真をフィオナに差し出してきた。
「なんか今回のターゲット、フィオちんに似てない?」
「お、それ俺も思った」
何故か外野まで反応する。
それに嘆息しながら、フィオナはSR-25の弾倉に弾を込める作業を続けながら言う。
「さあ? 他人の空似じゃないですか?」
「えー? そんなことないと思うんだけどなぁ」
まあそんなはずがないのはフィオナも十分理解している。
恐らくは自分と同じ境遇の子なのだろう。
そう――フィオナが知らない子なので、たぶんK以降の名前を割り振られた者。
「別に誰だっていいじゃないですか。それは関係ないです」
「あー、フィオちんなんか話逸らしたー」
「逸らしてないです」
「んー、ぜーったいなんか知ってるでしょ」
「その辺にしておきなよウィンディさん。フィオナちゃんが困ってるよ」
パソコンに張り付いていた青年が、操作を止めずにウィンディと呼ばれた女性を制する。
また彼か、なんて思いつつフィオナは弾込めを続けた。
「カイル君ってばやっさしー」
「茶化さないでください。僕らの任務はその子の捕獲か殺害を任せられてるんです。それ以上に目標のことをとやかく言っても仕方ないでしょう」
「まあ、そうだな。気になるやつなら他にもいらぁ」
そこで、それまで煙草を吸っていた一応この部隊の隊長、ランディー・バートンが腰を上げた。
「このお嬢ちゃんを護衛してるのは、あの情報室だ」
「その権力は僕たちのような管理局の裏側、その中でもかなり上位に位置している。よく分からない部署ですよね」
パソコンを弄る手を止め、カイルが振り向きつつランディに合わせるように口を開いた。
そう、カイルの言う通り中央情報室は管理局の裏側でもかなり異質の存在だ。
あそここそ管理局の全てを支配する場所だという者や、マザーを守るために作られた場所だなんていう者すらいる。
が、それらはすべて憶測でしかない。フィオナたち裏側の人間ですら、あそこについて詳しいものはほとんどいないと言っていい。
「ああ、まああそこがどんなところかは今置いておくとして、護衛にユーリの嬢ちゃんがついてるらしいんだよなぁ」
「誰です?」
フィオナが聞き返すと、ランディは顎の無精髭を擦りながら困ったように苦笑い。
「俺が見た限りじゃ、個人レベルでの実力は管理局で二番目ってところだな。しかもスナイパーだから性質が悪い」
「狙撃手……なるほど、わざわざランディさんが私を呼び戻したのはそれが理由でしたか」
数日前からフィオナは別任務でエリアRにいたのだが、隊長のランディがどうしてもとフィオナを事前に呼び戻していた。
普段こんなことは無いので余程の理由があるのだろうとは思っていたが、さすがにとんでもない化け物を相手にさせられるとは予想していなかった。
「そうそう、倒せとは言わんからあいつを足止めしてくれ。でないと俺達が学校に入る前に全員頭が吹っ飛んじまう」
冗談のように言うが、事実なのだろう。
ランディはあれで凄腕だ。その彼がそこまで言うのだから、気を引き締めないといけない。
「分かりました。じゃあ皆さんは目標の確保を」
「ああ、頼んだぜ。俺らきってのエースのお前さんが頼りだ」
「ああ、それとランディさん」
カイルがすっと手をあげる。
全員が彼に注目すると、眼鏡の位置を片手で直しながらカイルは口を開いた。
「どうにも動いてるのは僕らだけじゃないようです。表の連中も出てるみたいですね。僕らが隠れたところで奴らが派手に暴れる可能性があります」
「お、そういやそんなことをあの髭面が言ってた気がするな」
「一応私達の上司なんですから髭面とか言うのやめましょうよ」
フィオナが言うが、ランディは笑って返す。
これで当の本人と面と向かって同じことを言うのだから、笑えない。とはいえそれでクビにならないという事はそれなりにランディが信頼されている証でもあるのだろう。
「まあ表の連中はどうにかするとして、出来るだけ穏便に済ませたいもんだな。どうにも最近Jで事件起こりすぎでなぁ、セクター5の連中がピリピリしてやがる。あんまり騒ぎを大きくすっと奴らも出っ張ってくるかもしれん」
「あー……そういう揉め事の処理はあそこ担当ですもんね。そりゃ仕事増やされるのは嫌でしょう」
ランディが渋い顔をするのは他にも理由があるはずだ。
情報工作を担当とするセクター5、その中でもエリアJ担当で主に現場に出向き武力的な対処をする担当官の中に厄介なやつがいるからだろう。そいつらの名前はフィオナも知っている。
「あの口悪男とナルシストですか。まあ厄介ですね。あいつらなら任務内容がどうこうよりまず銃口を向けてくる」
「そう。シグとリカルドが出てきたら目標の確保どころじゃねぇ。表の連中が派手にやり始める前に片付けるか、騒ぐ前に奴らを処理するか、だ」
ランディの目つきが変わる。それを皮切りに全員準備が整ったとでもいうように纏う雰囲気を変えた。
そんな中、フィオナだけはいつも通り嘆息し――
「なんだかめんどいです。しかもいやな予感するし……」
誰もに聞こえないように呟いた。
放課後、には少し早めの時間。
なんでも校内のどこかで工事をするらしく、部活生も含めて今日は皆このまま帰宅ということになっている。
しかし悠奈とクロエは、担任に教材の片づけを任され少し帰る準備が遅れていた。
「いやぁ、優等生はこき使われて大変ね」
「その優等生の裏の顔がこんなんだって知ったら、先生も仕事押し付けたりしないだろうけどねー」
「それ、アンタがいうかね」
笑う悠奈に、懐疑の視線をクロエは向ける。
そんな二人のやり取りを見つめて苦笑する秋奈。もうこの光景が日常になりつつあった。
「とりあえずこれで頼まれた分は終わりですね。帰りましょうか?」
「さんせー。ちぇい、せっかく早く帰れると思ったのにいつも通りだなー」
時間を確認し文句を垂れながら、クロエは秋奈から自分の鞄を受け取る。
と、
「あー、見つけた見つけた。東條悠奈さん……ですよね?」
「え、あ……そうですけど」
急に背後から話しかけられ、悠奈が振り向くとそこには少女と少年の二人。
少女はクリーム色のカーディガンを着ているが、これはこの学校の制服ではない。他校の生徒だろうか。
いや、そんな人達が悠奈に用があるわけがない。だとすれば――
悠奈の考えを裏付けるように、少年は口を開いた。
「僕らと一緒に来てもらえますか?」




