Chapter24「友は得難く、失うのは容易い」
火曜日の朝。
東 修哉は、ジャンクフードの入った紙袋を片手に息を荒げながら遊歩道を走っていた。
早朝からこんなに走らされるのはいつも通りだからいいとして、周りの視線が痛い。
修哉の着ている服がそう見えるせいなのだろうが、これでは寝坊して学校に急ぐ学生そのものだ。
『彼女達』ならいざ知らず、修哉はただの人間なのだ。さすがに一キロもの距離を全力で走れば息も切れる。
運動不足なのはこちらの落ち度だとしても、動いて何かするのが修哉の仕事ではないのだ。
立場上修哉の方が彼女達よりも上のはずなのに、これでは真逆。
そして、いつもこんな風に修哉に注文ばかり押し付けてくる主は、ちょうど数メートル先にあるベンチに座りながら呑気に携帯を弄っていた。
「っと、ほら。買ってきたよ」
「おっ! さんきゅーです修哉さん」
クリーム色のカーディガンの袖口から指だけ出した彼女は、器用に指先だけで修哉の手に握られた紙袋を受け取る。
肩に触れるくらいの少しだけ長めの黒い髪。化粧はほとんどしてないというが、わりと整った顔立ちなのでそれでも問題ないくらいには可愛い。
彼女は三島 遥香。修哉が監督官を務める、犯罪対策部第三班に所属しているクラス3。
本当はもう一人いるのだが、彼女の方は典型的なクラス3としての性格の為か一人が好きなので、大抵任務の時に現地で合流というのがいつもの流れだ。
今回も事前に内容は伝えてあるので、今頃勝手に一人で目的地に向かっていることだろう。
「そーひや、ひょうはどこにいふんでしらっへ?」
「食べながら話さないでよ」
袋から取り出したハンバーガーをハムスターみたいに可愛らしく両手で持ちながら口に咥え、そのまま遥香が話す。
何を言っているか全く聞き取れなかったが、なんとなく言いたいことは修哉に伝わった。これも、それなりに長い付き合いがあっての事だ。
「エリアJの学校だよ。この子を捕まえるんだってさ」
言って、修哉は懐から昨日の夜に部長から渡された一枚の写真を遥香に見せる。
写真に写っているのは、どこにでもいる普通の女学生――に見える少女。
同じくベンチに座った修哉の隣にまるで恋人のように遥香はぴったりと肩を並べてくっつくと、写真を覗き込む。
恥ずかしいけど悪い気はしない。いつからか遥香はこうして修哉に自然と寄り添ってくれるようになった。それだけ信頼されているのだとしたら、修哉も嬉しい限りだ。
「はえー、私達と歳変わんないですよね? この子何かしたんですか? 万引き?」
「その程度の事で僕らに回されて来るわけないでしょ。まあ……何かあるんだよ」
と、遥香に写真を奪われる。
よほど写真に写った子が気になるのだろうか。
「……この子って、J生まれですよね?」
「え? ああ、容姿からしてそうだと思うけど」
「珍しー。こんなに綺麗な青い目してるからてっきり別のところの人かと思いました」
言われて、修哉も写真をもう一度見る。
昨日はぱっと見ただけでしまったので気づかなかったが、確かにエリアJの人に多い綺麗な黒髪をしているのに瞳だけは他のエリアの人の特徴が入っている。
「ハーフ……なのかな? 家族構成とかまでは聞いてないからなー……でも僕らには関係ない事だよ。捕まえるのが目的だからね」
「はー……いいなー私もこんな綺麗な目欲しいです」
「カラコン」
「あはは、いやいやああいうのじゃなくてもっとこう、生まれつき的なのですよ」
何て笑いながら、修哉と遥香は同時に立ち上がると目的の場所へ急ぐ。
なんてことの無い、いつもと変わらない簡単な仕事。そう、なるはずだった。
いや、そうであると言われていた。だけれど――
悠奈が教室に入ると、そこはいつもと変わらぬ風景。
昨日もそうだったのだし、今さら考えても無駄だろう。
「おはおは……ん? どーした悠奈」
「んおお、おはよー凛華ちゃん」
背後からクロエに肩を叩かれる。
虚を突かれてしまい、変な声を漏らしながら悠奈はクロエに応じた。
「おはようございます、悠奈さん」
一足遅れて、秋奈が丁寧にお辞儀をしながら悠奈に挨拶してくれた。
いつみても秋奈はクロエよりもよっぽど学生らしい風貌だ。
育ちがいいのだろうか。いや、そんな子がわざわざ管理局の中でも位の低そうな職に勤めるようなことはしないか。
「秋奈さんもおはよ。あはは、なんだか秋奈さんはやっぱりここにいても違和感ないねー」
「そ、そうですか? でも制服が違うしなんだか目立ってるような……」
最初のころと比べれば大分ましになったとはいえ、今だ秋奈はクラスの注目の的であることに変わりはない。
今はまだいいが、休み時間になればいろんな生徒が話しかけてくるのだ。主に男子が。
秋奈は押しに弱そうだし、そこに付け込んでくる輩が多いのも事実。まあ、クロエが目を光らせているのでそこは悠奈が心配しなくても大丈夫だろう。
そして、悠奈の方はと言えば。
ユーは校内を歩き回って警備しているし、ユーリはずっと屋上で監視。
アリスとボブはいつも通りハンヴィーの中で待機していて、アセリアは中庭のベンチで本を読んでいた。
全員自由すぎるが、それも彼女達の実力があるからこその余裕なのだろう。というかクラス3の面々がやる気なさすぎである。まあそれも実力がある故の態度だと目を瞑っておこう。
と、始業を知らせるチャイムが鳴った。
それを合図に、まるで機械のように生徒達が揃って着席する。
それとほぼ同時に先生が教室に入ってくると、今日のホームルームが始まる。
予定を聞くのは大事だ。だが、面倒な作業を先に知らされると、げんなりする。
悠奈はこの時間が嫌いだった。
昼休み、天気がいいこともあって悠奈達は中庭で昼食をとることに決めた。
ちょうど中庭にはアセリアもいたので誘ってはみたが、あっさり断られてしまったのでいつものメンバーで食事をとる。
悠奈は毎回手作りの弁当だが、クロエと秋奈は購買の弁当で済ませている。
秋奈は分からないが、クロエは少なくともちゃんと料理が出来る事を悠奈は知っている。
まあ彼女の事だろうし、わざわざ弁当を作るのが面倒くさいとかそんな理由だろう。
「アンタのとこの人はほんと自由よね。うちの村雨さんはぴったりだし大違いだわ」
サンドイッチを頬張りながら、クロエが秋奈を横目で見ながら言う。
「ええ!? もしかしてご迷惑ですか!?」
「いや、そういうわけじゃないけど。別に四六時中ついてなくてもいいんだよ?」
「えうー……でも護衛ですし、そのぉ」
秋奈は困ったように眉を細めると、両手の人差し指の先をつんつんと合わせいじける。
授業中だろうが秋奈はずっと教室の隅でクロエを見ているし、なんだか逆に監視されているような感じで落ち着かないのだろう。悠奈もそれは分かる。
「あはは、ごめんごめん。いいよいいよ、そのままで。まー多少むず痒い程度だしね」
「はは、やっぱり秋奈さんって管理局の人に見えないや。クラスメイトって感じ」
「そ、そんなぁ……」
悠奈の言葉に、秋奈が落胆。
向いてないというわけではなくそれくらい純粋に接しやすいという意味で言ったのだが、どうも変な意味に受け取られてしまったようだ。
「やっぱり、向いてないですかね。せっかくクラス2にもなったのに、相変わらず銃の扱い下手ですし。でもでも、ここってすっごくお給料よくって……その」
どんどん声のトーンが低くなる秋奈は、急に悠奈達から目を逸らす。
そういえば、秋奈はなぜ管理局に入ったのだろうか。悠奈と同じ年頃の子がこんな職に就いているというのは、相当な理由があるはずなのだ。
ユー達からは聞けそうにないし、秋奈からもどうせ、そんな風に思った矢先、
「ねぇ、そういや村雨さんは何で管理局に?」
「あー……それはですね」
クロエが聞くと、案外簡単に話してくれた。
これはもしかしたらユー達が特別なだけなのだろうか。というよりもあの人たちは、なんとなくだか話せない程の事情がある可能性が高そうだ。
「お恥ずかしい話なのですが、私の家ってちょっとその……あまりお金を持っている方ではなくてですね」
「あー……」
何か察したのか、クロエが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「両親がおっきな借金を抱えてて、少しでも足しになるならって中学まではバイトしてたんですけど……やっぱりその、中学生がやるようなものじゃ申し訳程度の額ですし、無理をしないでって逆に両親を心配させちゃって」
秋奈が両親と口にするたび、彼女の顔が綻ぶ。
きっと、すごく優しい人達なのだろう。でなければ彼女がこんなに頑張ることはないし、こんな顔をするはずもない。
「それで、高校に入ってからはもっとたくさんお金がもらえるお仕事を探したんです。そしたら、管理局のものがあって……」
「それで今に至るってわけだねー。やっぱり秋奈さんは――ってうおぅ!?」
しんみりした雰囲気を和ませるために普通に返そうとした悠奈だが、隣のクロエがハンカチ片手に号泣しているのに気づき、驚愕する。
「村雨さん……アンタええ子や」
「いや、いやいやいや、ちょっとキャラ違うよ凛華ちゃん。どーした」
泣きながらクロエは秋奈の肩に手を置く。と、若干引いてる秋奈を他所にクロエは言葉を続けた。
「村雨さんの事情はよぉーく分かった。ご飯の代金くらい、ううんその他諸々お金の事なら私を頼っていいからね! 私をあなたの財布だと思って!」
「えええ!? そんなことできないですよ!」
「いいの! 村雨さんならいいの!」
クロエの意外な一面を見てしまった悠奈は、そっと二人のやり取りを見届けることにした。
クロエに抱き付かれる秋奈。そこで助けてくれと目で訴える秋奈を横目に、悠奈は黙々と弁当を口に運んだ。
そして、数分が経ち、
「ひどいですひどいですひどいですー! 悠奈さん助けてくださいよぉ!」
「いやーなんだか入れる余裕なかったっていうか……ねぇ?」
「ねぇ、じゃないですよ! もー!」
言いながらぽかぽかと悠奈の肩を叩く秋奈は、もう管理局の護衛というより一人の友人のようだ。
ようだ、というより、もうそのものだろうか。
「はは、いいね。なんだか友達が増えたみたい」
「そうね、護衛とかそういうの抜きで村雨さんとは会いたかったわ。きっと、いい友達になれたと思う」
「そんな……クロエさんも、悠奈さんもありがとうございます。私、そういってもらえると本当にうれしいです。えへへ、こういう事言われたの初めてで……ちょっと恥ずかしいですね」
そう、クロエの言うとおりだ。
きっと秋奈とは、別の出会い方をしてもいい友人になれたことだろう。
気を使わないで付き合える人は、久しぶりな気がする。
「村雨さんとはこれが終わった後もお付き合いしていきたいな。せっかく仲良くなったんだしさ」
「そうですね……私も、そうしてもらえると嬉しいです。とっても」
「ぷぇ、やっぱ管理局の人でもこうやって気軽に話せる人はいるんだよねー」
言いながら、悠奈は遠くのベンチで本を読むアセリアを見る。
悠奈の視線に気づいたのか、アセリアはちらっとこちらを見た後で視線を本に戻した。何という探知力。超人かあやつは、なんて思いながら悠奈はそっとアセリアから目を外した。
なんというか、ここからでも分かるくらいアセリアからは話しかけ辛いオーラが出ている。
秋奈にはしょっちゅうちょっかいを出している男子でさえ、アセリアに話しかける事は無い。
やはり管理局の裏側の人は、他よりも独特の雰囲気を纏っている気がする。
これは、ユーやユーリも例外ではない。しかしこの二人に関してはアセリアのような威圧的なものではなく、どちらかと言えばあまりにも高貴で常人では話しかけるだけでもおこがましい行為だと錯覚してしまうような雰囲気を纏っているからだ。
だからこそ、悠奈にとって村雨秋奈という存在は貴重だった。
「三人でたくさん遊んでたくさん笑って……そんな未来が来ればいいのにね」
悠奈は誰も聞こえないように呟く。
この事件が全部終わった時、この輪の中に悠奈がいる保証はない。
この状況では、所詮は夢想でしかない事なのだ。
でも、希望すらも想うことを諦めたら、もうそこには何も残らない。だから、
「じゃあさ、全部終わったらみんなで遊びにいこーよ! きっと楽しいよ!」
「うふふ、楽しみです。本当に、本当にありがとうございます。二人とも」




