Chapter23「キスから始まるのは恋……ではなく友情」
気が重い。
このドア一枚を隔てた先には、ユーがいるはずだ。
起きてからもう十分くらいは経っているが、悠奈はいまだ自分の部屋から出られずにいた。
忘れる事などできはしない。昨日悠奈は紛れもなくユーとキスをしてしまった。
あれは夢ではない。ちゃんと感触も思い出せる。
まあそれをしてしまうとまた顔が真っ赤になるので、今は無理やりにでも頭の片隅に記憶を追いやる。
「う、ううむぅ……なぜあんなことを」
悠奈は呻きながら、頭突きするかのように頭をドアにくっ付けた。
今更後悔したところで遅いが、自分の意思というのではなくつい自然な流れでしてしまったことが余計に気まずさを醸し出している。
嬉しくないかと聞かれれば、そういうわけでもないのがまた何とも言えない。
だが、あんなことをしてしまった以上意識しないわけがない。これまではただの仲間として彼を見てきたが、これからはそうもいっていられないだろう。
「うー……ユー君」
彼はどう思ったのだろう。ふと、そんなことを考えた。
いきなりあんなことをしてしまったのだから、怒っているだろうか。
そもそも彼の色恋沙汰の話は何一つ聞いていない。もし彼女がいたら、そんなことを考えると余計に後悔だけが悠奈を押しつぶそうと迫ってくる。
「ううぅ……学校以前に向こう側に行きたくない問題ですよ」
とはいえ悩んでいてもいずれボブ辺りがこの部屋に入り込んでくるはずだから、諦めてドアを開ける。
そこには、まあ当然だがユーがいて。
「……あ」
「ん、おはよう悠奈ちゃん」
おはよう、と返すはずがユーの顔を見るなり言葉が出てこなくなる。
悠奈は後ろ手でドアを閉め、そのドアに寄り掛かる。
不自然に思ったのか、ユーがそれに気づいてこちらへ向かってくると――
少しだけ屈み、悠奈の顔を覗き込むようにして視線を合わせる。
「どうしたの? 気分でも悪い?」
「あ……や……そうじゃなくて……その」
じ、とユーの人見に見つめられ上手く言葉が発せず、唯一出来たのは視線を彼からずらすことだ。
また頬が赤くなっている。自分でもそれがわかる。昨日と同じだ。
自分でもおかしいくらいユーを意識してしまっている。早まる動機に思考が遮られ、不意に。
「へう!?」
「え?」
いつの間にか傍まで来ていたユーリに、ユーが額を人差し指で弾かれていた。
「君は全く……はぁ」
「な、なにさ」
「いいからちょっと離れていたまえ」
言われてしぶしぶ元いた場所にユーが戻ると、ユーリが困ったように頬を掻く。
「あー……そのなんだ、君が気にするほどユーは何も思ってないと思う、ぞ」
「そ、そか……え? なんでユーリがそのこと」
「ま、まあ気にするな! ほら、まずは朝食だ」
やや焦り気味にユーリが悠奈の背中を押しながら、テーブルに着かせる。ユーリがこんな態度を示すのは珍しい。
テーブルには既に朝食が並べられていた。この料理の本にでも載せられそうなくらい丁寧に盛り付けられ、基本のレシピ通りに従って作られたであろう料理を作ったのは間違いなくユーだろう。
「いただきます――ぁ」
「ん……」
悠奈が醤油を取ろうと手を伸ばしたところで、同じことをしようとしたのであろうユーと指先が触れ合う。
「あう……ど、どうぞ」
「うん? あ、ああどうも」
ユーリの言う通り、この様子だとユーは昨日のことを気にしていないようだ。
それどころか、まるで何事もなかったように振る舞っている。
それはそれで悠奈は複雑な心境になってしまうが、下手に気にされるよりはましだろうか。
とりあえず緊張しているのが顔にでないように注意しながら、朝食を手早く済ませると一旦悠奈は自分の部屋に戻る。
ドアを背に、そっと悠奈は胸に手を当てた。服越しでも分かるくらい胸が脈打っている。
「うぅ……初めて、なんだよねぇ」
そっと悠奈は人差し指で自分の唇をなぞると、昨日のことを思い出す。
過程はどうあれ、あれが悠奈のファーストキスだったことに変わりはない。
「や、やめやめ! 考えちゃいけない……から」
頭に浮かんだ昨日の情景を払拭するように、首を左右に振ると悠奈はベッドに正面から倒れ込む。
僅かにきしむ音を立てながら、ベッドは悠奈の身体を受け入れる。
「考えすぎ……なのかな。普通はノーカン、だよね」
悠奈もやろうとしてやったわけではないし、ユーもさほど気にしていないならこのままあれは無かったことというのでいいとは思う。
だが、ユーとしてしまったという紛れもない事実は変わらない。
「これも全部ユー君がエロ可愛いのがいけないんだ」
変な理由を付けて現実逃避し始めた思考を止め、悠奈は立ち上がる。
とにかく今は、着替えよう。
今日から学校。つまり、またあの場所に戻るという事だ。
「こんなことしてる場合じゃないんだよね。もしまた次があれば、その時傷つく人たちはみんな私のせいで……」
せっかく別のことに意識が向いたのはいいが、そっちもそっちで厄介なせいか悠奈はさらに気落ちする。
ユー達はそういうのには敏感だし、こっちで悩んでいるのは悟られないようにしなければならない。
「……行こう」
悩んでいても、時間は進む。
そして悠奈がいなくても、再びあの学校で事件が起きるかもしれない。
クラスメイトの誰かが悠奈のせいで傷つくなど、見たくもない。
だが、せめて悠奈と一緒についてきてくれるユー達さえいれば、未然に防ぐことも被害を少なくすることだってできるはずだ。
だから今は、学校へ行こう。
「はぁー……ただいま」
特に問題なく学校が終わり、なにもないまま悠奈は家に帰ってきた。
クラスメイトとの会話も、久しぶりだねの一言がある程度であとは何らいつもと変わらないものだった。
確かに、実際に被害にあった生徒は少ない。とはいえ自分の身が危険にさらされたというのに、随分と皆落ち着いているようにも思えた。
まるで、何事もなかったかのように。
「あらゆる危険を排除した世界……その結果生まれたのは、危機感の欠如した人間……か」
リビングまで下りてテーブルの上に鞄を置くと、悠奈は独り言ちる。
朝会った時にクロエも似たような懸念を抱いていたが、悠奈もそれには同意だ。
何の不安も無く、また平和な日常が来ると思い込んでいる。それが当たり前なのだとでもいうように。
「別に、私が悩んだからどうなるって話でもないけどね。……だからさ、早く本当に平和な世界に戻してよ、ラトリアさん」
この独り言ですら、ナノマシンを介して聞いているかもしれないあの人に向け言ってみる。
急かしたところでどうにかなる問題ではないのだろうが、悠奈も関わっている件なだけに傍観者でいるわけにもいかないのだ。だから、悠奈なりに悩みもすれば焦りもしている。
ラトリア以外は鍵がどんなものかさえよく分かっていないはずだ。それはユー達も同様、だと思う。
だから、今ここで悠奈が自決したとしても、大半の人間は鍵が失われたことに気づかぬまま争いを続けるだろう。
「死ぬも生きるも同じ、か。一度火がついたら消すことは難しい……本当にそうだね、本当に」
管理局に行ってから、悠奈の様子が変わった。
ラトリアがどこまで話したかは分からないが、悠奈自身が鍵だという事を知ってしまったのは確かなようだ。
この戦いは悠奈をめぐる争いだということ、それを彼女は知ってしまった。
普段は馬鹿を演じている節があるが、聡い子だ。きっと相談もせずに一人で悩んでいるのだろう。
潰れてしまう前に何かしら対策を講じておいた方がいいはずだ。
「とはいえ、私にできる事なんて……」
「悩み事かね? ユー」
一人窓からエリアJを見下ろしていたユーの肩に、ユーリが腕を乗せた。
これでも人に心配をかけないように顔に感情は出さないようにしているのだが、どうにもユーリには通じないらしい。何かしらあるとすぐに心配してくれる。
「いや、君に相談するほどのことでもないことだよ。自分で何とかするさ」
「そうか……じゃあ私から少し、いいかい?」
なんだ、とユーが首をかしげる。
「なんというかだな、君はそうやって関係のないことはとことん気にしないスタンスなのだろうが、今回は少し悠奈君の気持ちも考えてみてはどうだろうか……とな」
「悠奈ちゃんの?」
むしろ今、悠奈のことで悩んでいたのだからそれは無いとは思うが。しかしどうにも、ユーリが言いたいのはユーが悩んでいることとは別件のような気がしてならない。
とすれば昨日何故かキスされたことだろうか。
そういえばあれ以来、悠奈の態度が露骨に変になっている気がする。
「え? いや、まさか。出会ってまだ数日だよ?」
悠奈に好意を寄せられたという事だろうか。
だがそんなきっかけなど与えたつもりはユーは無い。
「意味も無くあんなことはしないだろう。やっぱりそこまで考えてなかったな君は」
「まさかそんな……うーん、まいったな」
放っておいていいものだとばかり思いこんでいたが、どうにもそうはいかないようだ。
悠奈が態度を変えたのも、ユーに好意があるからだとするなら納得がいく。
とはいえ、
「私ってそういうのよくわからなくて……どういうものなの?」
「ううむ、そうだな……じゃあこう考えてみるんだ。アレと似たようなシチュエーションで、君とノワールだったとするとだな」
「え……それってつまり、私がの、ノワールときききキスするっていう……」
目の前で、しまったというような顔をユーリがする。
いや、そんなことはもう今のユーにはどうでもよかった。
「や、そんな、そんなことしないから! できないし! わ、私はそもそもそんなんじゃないし! 大体なんでそこでノワが出てくるのよ! 私は別にノワとそんな……じゃないし!」
「こ、こらこら落ち着きたまえ。さすがにその口調のままそんな大声を出したらまずいぞ」
ユーとノワールとは確かに長い付き合いだ。
情報室に入った時から一緒にいて、フィナンシェの護衛をする傍らで面倒を見てくれたりとてもいい人である。
押しに弱いところはあるが、優しいしかっこいいし強いしで文句なしの人だとユーは思う。
「例え話だよ。今の悠奈君がそんな状態だという事だ。君よりよっぽど自制してはいるがね」
「私は冷静ですから!」
「冷静でない者ほどそう言う」
「本当だから!」
と、ユーリはユーの胸に手を当てる。
「すごくドキドキしてるぞ」
「違うから! 本当に違うから! もう! 馬鹿馬鹿ユーリの馬鹿ぁ!」
「あ、こら……」
逃げるように去っていくユーの背を見届けながら、ユーリは深く息を吐いた。
「しまった、もう少し表現を変えて言ってやるべきだったか」
悩みの種を一つ増やしてしまったことに、ユーリは肩を落とす。
とはいえ二つのうちの片方は重症ではあるが放っておけば治るだろうし、ケアすべきはもう一つの方だろうか。
どちらにせよ、このまま放置すれば悪い方向にしか転ばない。相手が相手なのだから仕方ないとはいえ、このままでは彼女が不憫だ。
「やれやれ……手間がかかるな」
さして面倒そうでもない笑みをユーリは浮かべると、自分の部屋へと戻っていった。
夜の十一時、悠奈は一人リビングへとやってきた。
ボブやアリスは部屋に戻っている。こうしてここに悠奈がいるのは、夕食の後にユーリにこの時間ここへ来てほしいと言われているからだ。
「あ、ユー君、ユーリも」
ソファーに腰掛けるユーリとユーを発見。
何故か、ユーの顔が赤い。気のせいではないはずだ。
「ユー君どうかした? なんか顔赤――」
「何でもないからっ!」
「へう……」
悠奈が言い切る前にすごい剣幕で押し切られた。
どう見てもなんでもないようには見えないが、そこに突っ込んだら余計ややこしくなりそうなので静観することにする。
「ふむ、まあユーのこれは気にしないでくれ」
「だから何とも――むぐぅ」
「はいはい、ちょっと黙ってような」
ユーリが流れるような動きでユーを背後からユーの口を塞いだ。
黙ったのを確認すると、ユーリはその手を外しいやな感じの笑みを浮かべながら、
「ほらユー、バンザイだ。バンザーイ」
「え? ふぇ?」
何とも可愛らしい声を出し、困惑しながらもユーは両手を上にあげる。
すると、
「まあ悠奈君、色々といいたいことはあるだろうが、とりあえず何も言わずに見てほしい。よ――っと」
「え? な――きゃ!?」
瞬間、ユーリはユーのインナーを目一杯捲り上げた。
恐らくユーもここで何をするかは伝えられていなかったのだろう、可愛らしい叫び声をあげる。
まくられたインナーの下には何も纏っていないようで、ユーの白い肌が露わになる。
摘まめるところなんてないんじゃないかというくらい、ユーの身体は贅肉が少なかった。
相変わらずきめの細かい肌に、引き締まったお腹とお尻。
それと――
「はぁ……色といい形といい綺麗ないいおっぱいですな……へ? あれ? お、おおう?」
つい悠奈の目の前に現れたモノに率直な感想を述べてしまったが、よく考えてみればおかしい。
それを理解するのに、少しだけ時間がかかってしまった。
「は、はぁ!? ユー君それ……へ? 何!? つまりユー君女の子だったの!?」
「そういう事だ。だからその……な?」
悠奈の目の前で揺れる少し張りのある綺麗な乳房は、女性の物に他ならない。
女っぽいとは思っていたが、本当に女だったようだ。あんまり意外だとも言えないのはユーの容姿のせいだろう。
こうして証拠も見せられた以上、ユーはそうだという認識に改める必要がある。
「あー……でもなんかまあそうかぁって感じ。なんでだろ、もともとユー君女の子みたいだし」
驚きが優っているせいなのか、不思議と残念な気持ちが湧いてくることはなかった。
そもそも本当に好意があったからあんなことをしたのかも微妙なところだし、むしろきっぱりと考えを捨て去る理由が出来て良かったのかもしれない。
「それと、そろそろユー君離してあげた方がいいと思うよ?」
「それもそうだな、もういいぞユー」
上にあげた両腕はユーリに拘束されているので、ユーは抵抗できずに泣きそうになりながら顔を真っ赤にして体を震わせていた。
やっとのことでそこから解放されると、ユーはインナーを着直しその場にへたり込む。
しかし、あの黒いインナーの構造はどうなっているのだろうか。着た瞬間にはもう、あの大きいとはいえずとも手ごろで掴みやすそうなサイズの胸が最初からついていなかったように隠れてしまっている。
今の平らなユーの胸だけを見れば、誰も女だとは思わないだろう。
「ゆ、ユーリぃ……」
ユーは恨めしそうな顔をしながら、インナーを着ているのに胸を隠すように両腕を身体に回す。
「ほら、一番わかりやすいだろう?」
「でも他にもやり方があるでしょ! わざわざこんなことしなくてもいいじゃない、私だって恥ずかしいんだからね!」
涙目で叫ぶユーは、もはやいつもの口調の欠片も無い。
こっちが素なのだろうか、クールな人を思い描いていたので悠奈は意外だなと思った。
「あはは、大丈夫だよユーく……んにゃ、ユーちゃん。私も一応女の子だからほら、見られてもそこまではね?」
とはいえユーの身体はかなり魅力的だった。女の悠奈でさえ妙な気持ちになるほどには。
昨日の事といいユーとそういった面で接触は避けた方がいいかもしれない。
同性すらも魅了するほど魅惑的な体というのも、なかなか珍しいものだ。
「それよりも……ちょっといい?」
「え? ひゃあ!?」
悠奈は身を屈めると、ユーの胸の辺りを指で突く。
硬い。感触も男の人の胸みたいだ。いや、悠奈は触れたことがないからよくは分からないが、たぶんそうだろう。このインナーはどういう構造をしているのだろうか。
「ユーリ、もーいっかい」
「了解した」
短く返事をすると、ユーリは悠奈の意図を察したのかにやにやと楽しげに笑顔を浮かべてユーを羽交い絞めにし抵抗できないように拘束する。
と、それに合わせて悠奈はユーのインナーを捲り上げた。
「や、ちょ……っと! 二人ともやめ――」
「ぐへへ、よいではないかーよいではないかー」
言いながら悠奈は、再び晒されたユーの胸を触る。
手の平からちょっと零れるほどのサイズ。巨乳とは言えないが普通に大きい。
そしてなにより――ユーの胸はとっても柔らかかった。




