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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
21/53

Chapter21「引かれ合う者達」

 エレベーターはゆっくりと目的地へと近づく。

 中ではエレベーターの動く機械音だけが響き、静寂が保たれていた。 

 悠奈は思案しながら、壁にもたれ腕を組み目を伏せる。

 前にアセリアが言っていた。あのエデンを騒がせた最悪の事件、Dの悲劇でも動かなかったユー達がこの案件では動いているということ。

 そして悠奈の父、明は護衛を管理局の本局所属の部隊に変えさせ悠奈の護衛をするように命じたこと。

 これらが偶然と明の過保護だけで成り立っているというのは、さすがに都合がよすぎる。

「鍵……そもそもそれはなに? それを父さんが持っている? ううん、なら私に護衛は……いえ、そんな」

 一瞬、自分でも疑いたくなるような答えが浮かび、首を左右に振るとそれを払拭する。

「まさか、ね」

 管理局に入ってからというもの胸の中で妙な隙間ができ、そこから誰かの意思が入ってくるような気持ち悪い感覚がずっと悠奈を襲っている。

 いや、これは意思が入ってくるというよりも誰かに監視されているような、そういう不思議な感覚。

 これも悠奈に会いたがっている誰かのせいなのだろうか。

 今更ながらに、ユーリ達を置いてきてしまったことに不安を覚える。

 彼女達がいるというだけで、悠奈は無意識のうちに安堵感を覚えるようになっていたのだろう。だからこうして一人になるととても不安だ。

「そろそろ、か……あ、あれ?」

 階数を示すエレベーターの電子版がロビーのある一階を表示させるが、そこを通り過ぎ地下一階、二階とさらに下へ下へと下降していく。

「ちょっと……」

 ここは管理局だ、誤作動はあり得ない。

 となれば、これをやったのは一人しかいない。

「あなたは、誰なの……」

 悠奈を呼んだ者は、少なくとも管理局の設備を弄れるほどの相手ということになる。

 さすがに余裕を見せられる状況ではない。ロビーならまだ人が大勢いるから、悠奈に何かするつもりでもそんな大きなことはやれないと踏んでいた。

 だが行先を自由に変更できるならその限りではない。ちゃんとユーリ達の元に帰れるのだろうか。

 悠奈はごくりと唾を飲み込むと、張りつめた空気の中緊張感を漂わせ静かにエレベーターの扉が開くのを待つ。

 それからしばらく経った後、エレベーターは地下三十階で止まると電子音と共にその重い扉をゆっくりと開けた。

「ここは……」

 床から壁、天井に至るまで全て黒い金属質の何かで固められた闇色の空間。

 不気味さだけを感じさせるその空間には、悠奈の正面、ちょうど反対側にもう一枚扉がある以外はなにもない。

 こうして立ち止まっているわけにもいかず、悠奈はその扉の方へを歩き出した。

 途中、悠奈は床に手で触れる。この黒い物体は金属のような質感はあるが、冷たさは感じないし叩いても金属特有の音が鳴るわけでもない。というか、叩こうが踏み付けようが音一つしない。まるで音がこの物体に吸収されているかのようだ。

 そうこうしている内に、扉の前へ到着。

 こうして近くで見て初めて分かったが、これは扉というか壁に扉のような形に線が入っているだけのもののようだ。

 が、

「わわっ!?」

 悠奈がそっと手で触れると、本当に扉が開いたかのように扉が描かれた壁は徐々に消え始め、その向こう側にある階段を露わにする。

 どうやらさらに下へ行けという事らしい。

「なんていうかあれだね、ラスボスのダンジョンみたいな……はは」

 冗談の一つでも言って気を紛らわせないと、本当に潰れてしまいそうなほど悠奈は切羽詰っている。

 それこそ、本当にラスボスがいそうな場所に自分一人で挑もうとしているのだから、覚悟があるとかそういう話以前の問題だ。

「また扉……ん」

 ここまで来ては後戻りはできない。悠奈は目の前に現れた、正真正銘のちゃんとした扉を開ける。

 と、

「な、に……これ?」

 一瞬、夢でも見ているのかと思ってしまった。

 それほどまでに、ここが現実世界だという事を忘れてしまう。

 そんな世界が、悠奈の目の前に広がっていた。

 先ほどの黒色の金属。それが積み重なってできた四角柱のタワーが大小何本も建ち並び、その内いくつかは絶えずゆっくりと動き回っている。

 しかもここの黒い金属はぼんやりとだが青白く発光しており、幻想的な景色にすら思えてしまう。

 まるでこれは、悠奈が漫画で見た電脳世界のような空間。

「すごい……」

 柱に触れると、その部分がより強く発光し不思議と心が安らぐ。

 あまりにも現実離れした状況に、悠奈も少しだが気を緩ませてしまっていた。

 だからだろうか、接近する人影に気づくのが遅れた。

「珍しいですか?」

「なっ!?」

 背後の声に悠奈は振り返りつつ距離を取る。

 そこにいたのは―― 

「ユー……君? いや、違う。あなたは……」

「三年ぶりになりますか、元気そうで何よりです悠奈さん。いえ、東條悠奈さんでしたか」

 髪を伸ばしたユーとでもいえばいいか、容姿から立ち振る舞い雰囲気が彼とまったく一緒の女性。

 しかし、あの青い瞳の奥に宿るのはユーのような清らかなものではなくもっと淀んだ何か。そんな風にも思える。

「あなたとは初対面のはずですけど」

「ふふ、そうでしたね。では自己紹介を。私はラトリア・コルネリウス。この場所、マザーを管理する者です」

「マザー!?」

 マザー。管理局の全てを管理するコンピューター。そうユーから聞いていたが、そんなものはここには一つもないようにも見える。

 そう、ここには機械なんて一つもない。ただの幻想空間。

「マザーとはエデン内の情報全てを管理、統制するシステム。ナノマテリアルとナノマシンの集合体で出来た装置を使い、それらの情報を機械ではなく人の手により統括する。私を含め、この場所全てがマザーなのですよ」

「この場所?」

「あなたが立っているそこも含めこの空間そのものが一つのナノマシンの集合体なのですよ。それがマザー。今、私達はマザーの中にいるわけです。そういう意味では、あなたが考える通り電脳空間というのも間違ってはいないのかもしれませんね」

 そう言ってほほ笑むラトリア。

 でも悠奈は思っただけで電脳空間だなんて一言も言っていない。

「エデンの情報を管理するのがこの場所。ナノマシンを介して各々の心理状態や考えていることなどもマザーは把握可能なのですよ。もっとも、エデンの住人全員のを一度に処理しようとすれば私もこんなふうに話してはいられませんし、する必要性も無いのでこういう事は必要最低限に収めていますが」

「へぇ……そりゃあ」

 ラトリアは悠奈の考えたことに反応して説明してくれる。

 悠奈はそんなラトリアを睨むように見つめていた。

 自分が考えていることを読み取られるなんて不快でしかない。

「でしょうね。こうしてせっかく会う事が出来たのです、人らしく会話をしましょう」

 なぜだろうか、ラトリアの口調は全く悪意を感じさせないのに不思議と身構えてしまう。

 やはりユーとは根本的に違うものがある。

「とはいえ、あなたをここへ呼んだのにはそこまで特別な用事はありません。ただ、貴女が私に引かれていたようなので……つい」

「ここに入ってから妙な感覚がずーっと続いてた。あなたが原因なの」

「ええ、恐らくは。私が貴女を感じるように、貴女もまた私を感じるのでしょう」

「あなたは私のなんなのよ」

 まるで母親が我が子に向ける笑顔のような顔を作るラトリア。

 彼女は何かを思い出すように目を瞑りながら、自分の胸にそっと手を置いた。

「貴女と私を繋ぐもの、そうですね……CODE:Ultimate」

「CODE……Ultimate?」

「そう、明が手掛けた研究の一つです。これが、私と貴女の関係。気になるならご自分でも色々と調べてみてはいかがでしょう? 」

 ここで父の名が出てきたことに悠奈は驚きを隠せない。

 しかも呼び捨てとは、一体どんな関係なのだろうか。

 なるべく動揺を表情に出さないようにしつつ、悠奈はさらにラトリアへ問う。

「意味わかんないわよ。研究ってなにさ……」

「知らない方が賢明ですよ。明もそれを望んでいます。先ほど言ったように、調べるのは自由ですが」

 この口ぶりだと、普通に調べたって簡単に出てくるような内容じゃない気がする。

 管理局の研究なのだから、当たり前と言えばそうか。

 そっと、ラトリアが目を開いた。

 コバルトブルーの瞳は相変わらず淀み、それが柔和な笑顔と混じり合い善とも悪とも取れない何とも言えない感覚を醸し出している。

「話は変わりますが……明は困ったことに、貴女の身体にちょっとした細工をしました。ええ、そうです。私があなたをここに呼んだのはそちらの件についてです」

「…………」

 ここで明の名が出たこと。そしてCODE:Ultimateという謎の単語。ラトリアの言葉。予想だにしない情報が一気に入り込んできたため、どれから先に処理すればいいのか判断しかね、悠奈は沈黙を守る。

「あわてなくても構いませんよ。ゆっくりと、帰ってからご自分で色々と考えてください。……では話を戻しますが、今エデンを騒がせている事件はご存知ですね?」

「……ええ」

 とりあえず口ぶりからして帰してはもらえるようだが、だからといってそれで一安心はできなさそうだ。むしろ、ここから先の話を聞いたらきっと悠奈は――

「現在、ELF、そして管理局までもが鍵を探して争っています。今この瞬間にも、エデンの均衡が崩れ去ろうとしているのですよ。ただ一つの、鍵という存在の為だけに」

「ならいっそのこと、その鍵ってのを壊せばいいじゃない。……なんて、それが出来ないからあなたも困ってるんでしょうね」

 悠奈が強気に出ても、ラトリアの表情は変わらない。

 むしろ、先ほどより雰囲気が和らいだようにすら感じられる。

「ええ、そうです。管理者の名を持つものとしてはお恥ずかしい話ですが、私も今はエデンを完全に管理できる力は無いのです。明はマザーの一部に壁を作り、機能を制限しました。その力は、私にも有効なのですよ。いえ、むしろ彼(明)は私の力を封じるのが目的で壁とそれを解く鍵を作ったのでしょう」

「父さんが……あなたを?」

 悠奈の言葉には答えず、ラトリアはさらに言葉を紡ぐ。

 何故だろうか、明の事を口にする時だけは、彼女は辛そうな顔をする。

「ですので、今管理局の皆さんとELFを完全に御するだけの力は私にはありません。まあ、元よりELFの内の多くの方はナノマシンの恩恵を受けていませんし、私の力の及ばないのは変わりないのですが。ただ、管理局の方の行動くらいは止めることができたはずです。しかし今はそれすらも満足に出来ず、こうして皆の暴走からなる被害を最小限に抑えつつ見届けるだけしかできないのが現状です」

「エデンの管理者が聞いて呆れるわね」

 悠奈の言葉に、ラトリアは自嘲気味に笑う。

「これも全て、何者かが鍵の情報を真実とは異なる歪んだ内容として広め、鍵を手に入れればマザーを制御できるなどという妄言じみたもので皆を煽ったのが原因です」

「で? 私にその犯人捜しをやれって言うの?」

「貴女の仲間は大変優秀なようですし、そうして頂ければ大変うれしいのですが……貴女にはもっと重要な役目があります」

 ラトリアの言葉で、おおよその見当はついた。

 これで少なくとも、この事件と悠奈に関する事柄は繋がったわけだ。

「父さんが私にした細工ってのが、つまりは壁を破る鍵。そういうわけね。で? 私をどうしたいの? 壁を破って今から管理者に復帰したいの?」

 が、ラトリアは静かに首を横に振る。

 彼女の複雑そうな顔を見ると、本意ではないがそうできない何か理由でもあるのだろうか。

「そんなことをすれば、明はきっと怒るでしょう。私にはもう、管理者である以外には彼との繋がりしか残されていません。それを……それを私は自らの手で断ち切るような真似はしたくありません。ですから悠奈さん、貴女はどんなことがあっても生きてください。私が必ずエデンに再び平穏をもたらします。その日まで、どうか……」

「そんな泣きそうな顔しないでよ……もう、調子狂うな。わかったわかった。あなたが言うように超優秀なお供もいるし、そうそう死にゃあしないでしょ」

 頭を掻きながら悠奈がそっぽを向くと、ラトリアは悠奈の手を取り一言ありがとうございますと礼を言う。

 他にも聞きたいことはあるが、今だけでも許容限度を超えた情報を抱えた悠奈では今聞いたところで重い荷物を増やすだけになてしまうだろう。

「とにかく、貴女はエデンを平和にする。私は死なない。これでおーけい?」

「ええ、お願いします」

「はぁ……了解了解。でさ、そろそろ帰してくれるとありがたいんだけど」

「はい。大丈夫ですよ。ああ、でもその前に……」

 言って、ラトリアが鼻先が触れ合いそうになるくらい悠奈に顔を近づけ、軽く指先で額を押された。

「ふえ?」

「ここで見たこと聞いたことを他の方に話されてしまうと少々困ったことになりますので、少しだけ……ね。うっかり口が滑ってしまうかもしれませんし、念のためです。大丈夫、体に害はありませんから」

 笑顔で言われても、怖いだけである。

 今ラトリアになにかされたようだが、特に身体に変化はない。気にはなるが害は無いと言っていたのでまあ大丈夫だろう。

「えと、じゃあ……」

「はい、ここから真っ直ぐ来た道を戻れば出口です。貴女とお話できて良かったですよ、悠奈さん」

「こっちは色々と大変よ。次会ったらただじゃおかないからね」

 捨て台詞的なものを残して、悠奈はラトリアに背を向けると来た道を引き返す。

 その足取りは、決して軽いものではなかった。



「……行きましたか」

 空中に表示されたモニターに映る悠奈の姿を確認すると、ラトリアは大きく息を吐いた。

「明……なぜ貴方はあんな人形の子を作ってまで私の元から去ったのです? 私なら、貴方に本当の子供を……」

 そこまで言ってラトリアは目を瞑ると、ナノマテリアルの外装で固められたナノマシンの柱に背を預ける。

「Uで得た二十六パターンのデータ全てを注ぎ込んだUの完成形。貴方による貴方の為だけのU……悠奈さん。あの子が貴方の理想……いえ、今は」

 ラトリアはそこで言葉を切ると、目を細めそれまでとは打って変わって鋭い顔つきになる。

「肉片になっても十二時間は鍵として機能してくれるんでしたよね。もし最悪の場合は……致し方ありませんよね、明さん」

 モニターに映る悠奈の顔を見つめながら、ラトリアはもう一つモニターを開いた。

 そこには、二人の女性の姿が映し出されている。

「貴方の意思に逆らうことになりますが、これだけはお許しください明。いくら貴方が彼女達の平穏を望もうと、一度そうであるように作られた彼女達はこういった道しか歩めないのです」

 ラトリアはモニターに触れ、映し出された女性に呼びかける。

「聞こえていますか? ウルスラさん、ミネルバさん。お話ししたいことが――」 

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