Chapter2「邂逅。或いはそれは必然か」
「じゃあ、とりあえず自己紹介でもしようか。名前も分からないと呼びにくいだろうしね」
悠奈の横を歩く黒髪の少女がにこやかな笑顔を向け、そう言った。
現在悠奈はこの少女ともう一人、少し先を歩く銀髪の女性に護衛されながらエリアDからの脱出を目指している。
いうなればここは、敵の手中も同じだ。ここの人間にとって、外に住む者達は憎むべき敵でしかない。
いつ、誰が銃口をこちらに向けるのかも分からないこの場所に留まるのは、自殺行為に等しいだろう。
とはいえ、悠奈一人では少しでも歩けば先ほどと同じような状況になっていたのだろうが、この二人がいるだけで、随分と変わるものだ。
すでに何人ものエリアDの住人とすれ違っているが、皆、場違いな悠奈達を見つめるだけで手を出してこようとはしない。
まあ、両手に大きなナイフのようなものを持った危険な人物に先導される集団に、無警戒で話しかけるような輩はそういないとは思うが。
「俺はユー。で、あっちの不愛想なのがアセリア。他にもあと二人いるんだけど、合流してからでいいかな。よろしくね、東條悠奈さん」
「あ……よ、よろしくです」
悠奈は名乗ろうと開きかけた口を閉じ、ユーと名乗った少女が差し出してきた手を取り握手を交わす。
ここまでの手際を見るに、彼女達は狙って悠奈を連れ出すために行動していたはずだ。なら、最初から悠奈を知っていてもおかしくはない。
しかし、これで名乗らずには済んだが同時に悠奈は話の話題を失ってしまった。状況も相まって、話しかけ辛い。
それに、連行される理由も分からぬままこうして歩いていると、どうしても不安が込み上げてくる。
ユー達は、先ほど悠奈を追っていた男達の仲間というわけでもなければ、エリアDの住人ではないだろうが、だからと言って危険な者達ではないとはいいがたい。
さっきの男達とはなんというか雰囲気が違うし、エリアDの住人かどうかは見ればすぐに分かる。だからこそ、彼女達が何者か分からず不安を抱いてしまうのだ。
「あ、そっか」
ふと、ユーがあと二人仲間がいると言っていたことを思い出し、悠奈は手を打った。
もしかしたら、さっきの金髪の少女も彼女達の仲間なのかもしれない。
というか、明らかにユーのいる方へ誘導していたし間違いないだろう。
あの女の子が着ていた服が警備部隊の物だとすれば、ユー達は『管理局』の人の可能性が高い。
ユーとアセリアが着ている衣装も制服のようだし、多分間違いない。
管理局。それは、悠奈が住まうこの土地――エデンと呼ばれるこの楽園を管理する者達。
管理局があるからこそ、この楽園はその秩序を保っている。
逆に言えば、管理局なくしてここは楽園たり得ない。ここでは彼らは、いわば神のような存在だ。
もっとも、その活動内容の殆どは秘匿され、各エリア別に支部があることと、警備部隊というエデン内部の警備を担当する軍隊のようなものを保有していること、あとは漠然とエデンを総括する組織、と、その程度の情報と認識しか一般市民にはないが。
「さっき金髪の女の子に会ったんですけど、あの子もユー……さんの仲間ですか?」
「ん? ああ、アリスの事かい? そうだよ、彼女も俺達の仲間。そっか、先行させたのは無駄じゃなかったみたいだね」
さっそく本人達に先ほどの女の子の事を悠奈が問うてみると、案の定だった。
女の子の名はアリスと言うらしく、悠奈の予想通り警備部隊の所属だそうだ。
言った傍から、アリスがひょこ、と悠奈達の数メートル先の路地から飛び出してきた。
そのまま辺りを見回すとユーを発見したのか、
「あ、ユー!」
手を振りながら、年相応の無邪気な笑顔のまま駆け寄って来る。
綺麗な金色の髪を揺らしながら走る可憐な少女は、その小さな体に抱いた大きな銃と武骨な軍服さえ纏っていなければ、つい抱きしめてしまいそうになるほど可愛かった。
「お疲れ様アリス。ボブはどこかな?」
「あ、私が案内するよ! 大丈夫、任せて!」
アリスはそういうと、アセリアを通り越して前に出る。
すると、手をまっすぐ上に伸ばしアリスがぴょんぴょんと軽やかに跳ねながらユーにこっちだと手招き。
いちいち挙動の可愛いアリスを眺めつつ、歩くこと数分。徐々にだが、見慣れた景色が視界に入ってくるようになった。
ここはちょうどエリアDと、悠奈の住むエリアJの境界線にあたる場所だ。鋼鉄製のゲートがあり、その扉は開いたままだが両側に警備部隊の隊員が完全武装した状態で常に警備しているため、ここから出る事も入ることもそう簡単にはできない。
しかし、悠奈の様に裏路地から入ること自体は可能なのでエリアDは完全に隔離されているわけではない。他のエリアの住人が迷い込む事はそうないはずだが、エリアDの住人が出てくることはあり得るのではないだろうか。
悠奈はその辺のことに詳しくはないが、このゲートだけしか警備されていないのは少し心配だ。
「やあボブ、待たせたね」
ユーは、ゲートの傍らに止めてあった軍用車に背を預け寄りかかる黒人の男性に手を振った。どうやら、彼がユーの仲間の最後の一人らしい。
彼が背にした、巨大な鉄塊のように重厚なデザインの車に負けず劣らずの、筋肉の塊と言ってもいいくらい鍛え抜かれた体を持った黒人の男性はアリスと同じ警備部隊の軍服を着ている。
彼はゆっくりとユーに近づくと、白い歯を見せながら暑苦しいくらいにっこりと笑顔を作った。
「おう、早かったな。はは、その子か。なんだ、写真よりも実物の方が可愛いな」
黒人男性の視線が今度は悠奈に向けられ、そのまま悠奈の方へ歩いてくる。
すると、彼は嬉しそうに笑い丸太のように太い腕を悠奈の方へ伸ばす。
が、体格差が二倍以上もある相手が目の前にくると、さすがの悠奈も圧倒されてしまった。
悠奈が言葉に困っていると、
「あ、えと……」
「よろしくな、俺はロ――」
「彼はボブ。仲良くしてあげてね」
ユーが途中で遮り、黒人男性の名乗りは中途半端に終わってしまった。これはつまりボブ、と呼べばいいのだろうか。
「あ、その……よろしく、ボブさん」
「い、いやな、俺は――」
「こいつはボブ。そんで、私はアリスよ。よろしくね、ユーナ」
悠奈とボブの間にアリスが割り込むと、彼女は可愛らしい柔らかな笑顔を向けてくれた。やっぱり、見れば見るほど可愛い。
「さて、これで全員揃った事だし、行こうか」
「えっと、どこに……ですか?」
悠奈が聞くと、ユーは何を言っているんだとでもいうように一瞬目を丸くした後、薄く笑い声を立て、
「どこも何も……君の家、さ」
「え? ええええ!?」