Chapter19「管理局」
ユーリという新たなる仲間が加わった日の翌日。
悠奈達は早朝から家を出て、ある場所に向かっていた。
悠奈の学校は相変わらず休校なので、時間はいくらでもある。
今回悠奈がついてきたのは、家に一人取り残しておくわけにもいかないからというのが理由だ。
なので、悠奈はユー達に付き合わされているだけともいえる。
ユーがそれについては最初に謝ってくれたのだが、どうしてもこの車を直しておきたいらしい。
登校に使うものだしいつまでもボロボロのままでは見てくれも悪いので、悠奈が断る理由もないだろう。
「しかしな……本当にいいのか?」
ハンヴィーを運転しながら、ボブは隣に座っているユーに言う。
「何がだい?」
「いや、中央に行くんだろ? 撃たれたりしないよな?」
「はは、まさか。大丈夫だよ」
ボブはどうやら、これから行く先について危惧していたようだ。
どうにも、ハンヴィーの装甲板には特殊な素材を使っているらしく、普通の場所では修理は不可能らしい。そこで、中央管理局の中にある専門の工場へ運ぶことになった。
そう、ボブが懸念しているのはその中央管理局だろう。
エデンの中枢。そして、昨日の一件も行ったのは管理局だというのなら、警戒しないわけがない。
「まあ今回行くのは我々の側の方だ、危険はあるまい」
ユーリは窓の外を眺めながら、呟いた。
当然のことながらさすがに服は着ている。が、予想外だったのはアセリアのように着崩すのではなく、ちゃんと制服を整えて着ていることだろう。悠奈が思うよりもずっとユーリはまともな人間なのかもしれない。
「あ、待ってボブ。正面は迂回して裏の道に」
話している間に中央管理局のタワーに着いたのだが、そこでユーは正面ゲートを避けるようにとボブに指示をした。
困惑しながらもボブはハンドルを切り、ユーの言った通り裏道へ回る。
「なんでだ? 入口はあっちだろ?」
「まあね。でもできれば今はあそこを通りたくない」
ゆっくりとハンヴィーを進めると、ちょうど悠奈達が来た方向と真逆の位置にもう一つ小さな入口を発見。
この場所を知っている人でないと見逃しがちなところにあるがそれでも警備員らしき者は居るし、堅牢そうなゲートもあるのでセキュリティ面でも不備はない。
「それじゃああっちに」
「お、おう」
ユーに言われボブはハンヴィーを入口の傍、停止位置と書かれた標識の場所に停車させる。
と、警備員と思われる少女がこちらに近づいてくる。
「どうも……あ、ユーさんでしたか。一応規則ですので、IDを」
「ああ、うん。はい」
「……確認しました。どうぞ」
警備員の子はユーから受け取ったカードに目を通すと、一歩下がり敬礼をする。
それを合図に、もう一人奥の方にいた警備員がゲートを開けた。
「わお、ユー君覚えられてるんだ」
「俺は大体こっちから入ってるからね」
恐らくそれ以上に印象に残りやすい容姿もあるからなんじゃないかと悠奈は思ったが、本人が嫌がると思うので口には出さない。
「今の子……クラス3よね?」
アリスがひょこ、とトランクの方から上半身だけ身を晒しながら、訝しむような視線を先ほどの少女に向ける。
図体ばかり大きいがこのハンヴィーには五人分しか座る席がないので、今の状態だと誰かはトランク行きになってしまう。
とはいえハンヴィーのトランクは一般車のそれと違い、人が寝転んでも大丈夫なほどスペースがあるのでアリスになら十分すぎるほど空間だろう。
「そうだな。こっちは普通の人間よりもああいうのが多い」
ユーリがアリスの言葉に答えながら、外にいる警備員に軽く手を振る。
ゲートが完全に開ききると、ボブはまたアクセルを踏みハンヴィーを建物の中に。
中は悠奈の住んでいるタワーの駐車場にも劣らないくらい殺風景なコンクリートの空間が広がっていた。
というより、ここも駐車場なのだろう。悠奈のところよりは多くの車が止まっている。
どちらかと言えば、このハンヴィーのような軍用車が多いが。
「その辺に止めていいよ。どうせここが埋まるほど車くることないし」
「そうか、じゃあここでいいな」
ボブはハンヴィーを停車させると、ユーが一足先にドアを開けて車を降りる。
それに続くように皆が降りだすと、悠奈も飛ぶようにハンヴィーの外に出た。
「ふえー、広いねー」
悠奈がいる場所とは反対側の壁が見えないくらいに、この空間は広い。
それもそのはずだろう。中央管理局のタワーは横幅だけでも小規模のエリア一つ分の大きさがある。
ここにエデンを支える物の全てが集結しているのだから、当たり前と言えばそうなのだろうが。
「さ、こっちだよ」
ユーが先導し、悠奈達はそれについていく。
このスペースには今のところ誰もいない。が、警備の詰所らしき物が途中にあったので、まったく無防備というわけでもないらしい。
そもそも、武装した門番を超えてここにくるような者がエデンの中にそういるとも思えないが。
「そういやユー、わざわざ私たち全員でここに来る程の用でもあるのかね? これの修理なら君とボブだけでもいい気がするが」
「今別行動を取るのはよくないと思ってね。少なくとも今は悠奈ちゃんから離れたくない」
「ほう? ふぅん?」
ユーリが意味ありげに笑うが、それにユーはため息をつく。
「言っておくけど、ユーリが考えてるような意味で言ったんじゃないからね」
「なんだ……悠奈ちゃんは残念です」
わざとらしく悠奈は肩を落とすが、半目でユーが呆れるような視線を送ってきたので舌を出して悪戯っぽく笑う。
その後も何度かユーリと一緒に悠奈はユーをからかいながら歩を進ませる。
すると、奥まったところに大型のエレベーターを複数発見。
ユーがそれの一つを操作すると、数秒も経たない内にドアが開き真っ白な内装のエレベーターが姿を現した。
それに皆乗り込むと、ユーは一と数字の描かれたボタンを押しその横についているパネルに手を押しあてた。悠奈の住んでいるタワーにもある認証装置と同じ物だろうか。
ドアが閉まると僅かだが浮遊感を感じ、軽い電子音が鳴った後ドアが再び開く。
悠奈の目の前に広がったのは、乗っているエレベーターよりも純白な空間。
エリアJにある病院がちょうどこんな感じだっただろうか。
ここがエントランスのようだ。
受付や上層階に上る為のエレベーターなどが配置され、周囲には人があふれかえっている。
「ここ、管理局の玄関? あれ? でも微妙に違うような……」
アリスがきょろきょろと辺りを見渡しながら、首を傾げた。
「ここは裏の入り口だよ。表の方と構造こそ似ているがね。まあ行ける場所は同じだし、強いて違いがあるとすればこちらから向こうへは行けても、向こうからこっちに来ることはできないといったところか」
「裏の人専門ね。別にあっちから入ってもいいけど、表の人間を嫌ってる人もうちには多いから。まあ、それは向こうも同じだろうけど」
ユーが言いながら先導するように前に出て、ユーリはアリスの横につく。
と、いつのまにかアセリアもユーリの反対側に移動していて、あの三人で悠奈達を三角形の形で囲むような陣形を取っていた。
気付けば、周囲の――特に年齢が比較的低そうな者達から何とも言えない視線を浴びせられていた。
よそ者を歓迎していないのは明らかだ。ユー達がいなければ、ここでは身の安全はどうにも保障できそうにない。
とはいえ、痛いくらい視線は浴びせられてもちょっかいをかけてくるような者はいない。
そこまで愚かではないのか、あるいはユー達の存在がそれを許さない程に大きなものであるからなのだろうか。
悠奈が話に聞く限り、少なからずユー達は裏側の管理局の中でも上位の地位にいる者達らしい事は確かなのだ。
「いいかな?」
「あ、はい。ユーさん。何でしょうか?」
受付に辿り着くと、ここでもユーは当然のように名前を呼ばれる。
あの管理局なのだ、ここに所属する者の数はエリア一つ分かもしくはそれ以上。その中から顔と名前を憶えられるというのは純粋に凄いことだろう。
ユーリ達はユーの後ろで待機。だが悠奈だけは、周囲を見るふりをしてユーの会話に聞き耳を立てた。
「ハンヴィーの修理を整備に頼みたいんだ。識別番号E-6657324の車両、駐車場のBブロックに止めてあるから」
「承りました。破損状況をお伺いしてもいいですか?」
「左側面に弾痕複数。あと装甲板のナノマテリアルが見えてるからそれを隠して」
そこで、ユーは少し考えた後、
「ああ、待って。状況が状況だ、装備規制を俺の権限で解除。で、あのハンヴィーにアサルトパッケージを。D装備ね。できれば今日中に換装を済ませてほしい」
「アサルトパッケージ? 壁の外にでも行くのですか?」
「これから先やりあう奴らは、外の連中より厄介かもしれないからね」
「……はい、ではそのように」
受付の女性はユーの意志をくみ取ったのか、手元にあった電話を手に取ると誰かと通話を始める。
数度会話を交えた後、女性はすぐに受話器を置いた。大方整備員に連絡を付けたといったところだろうか。
ユーは礼を言いながら受付から離れると、悠奈達の方へと戻ってくる。
「ごめん、待たせたね。あとは……そう、アセリアとユーリは持てるだけ装備を持ってきて。予想より激しい戦闘がこの先起こるかもしれない。どんな状況にも対応できるように装備を整えて」
「私はこのままで構わん。装備に頼るやつは二流だ」
アセリアは素っ気なくそう返すと、ユーから顔をそむける。
ユーリはというと、アセリアの態度にやれやれと肩をすくめていた。
「さて、では私だけでも要りそうなものを取ってくるか。……ふむ」
しかし、ユーリは一度歩き出すも何か思いついたように顎に手を当て、顔だけアリスの方へと向ける。
何事かときょとんと呆けるアリスに、ユーリはいつもの笑みを崩さずに言う。
「アリス君、君が使ってるのは12ゲージのショットガンだったね?」
「え? あ、うん。そうだけど……」
「そうか、うむ」
ユーリは一人で頷くと、怪訝な顔をするアリスを残して奥の方へ去っていく。
と、
「んお? ユー……というより全員集合だな。なんだ? 見学でもしに来たのか?」
黒いスーツの女性が傍まで近づいてくると、ユーの背後から声をかけ彼の肩に手を乗せた。
「なんだ、フィナンシェか。珍しいね、外に出るの」
「表のトップ直々のお呼び出し。どうせ空中庭園関連の話なんだろうけどね」
その後に続くように来た黒服の青年が言うと、ユーの頭にそっと手を乗せた。
どことなく雰囲気がユーに似ているので、兄弟のように見えなくもない。ユーの外見からすると、兄妹と言ったほうが合っているような感じもするが。
「ちょうど良いユー、君も一緒に来てくれ。なんせ当事者だからな。他にもいろいろ話したいこともあるし、どうだね?」
フィナンシェが一瞬悠奈を見、視線をユーに戻す。
ユーは肩を落としながらため息をつくと、頬を掻きながら嫌そうな顔をしつつも、
「分かったよ。じゃあ……そうだな、悠奈ちゃん達は特警のところで待っててもらえるかな? アセリア、悪いけど彼女達を案内してくれるかい?」
「断る、面倒だ。そういうのはあいつに任せたらどうだ?」
アセリアはそう言って、丁度エレベーターから出てきた一人の女の子を指差した。
中サイズのダンボールほどの大きさの四角い黒い塊を三段も重ね、上半身は顔までその黒い塊で隠れているので視界が悪いのかふらふらと危なっかしそうな足取りで前へと進んでいる。
悠奈達から見ると黒い塊からスカートを履いた足が生えている謎の生き物のようにも見えて、思わず凝視してしまう。
「ああ、そうだね。丁度いい、彼女なら悠奈ちゃん達を任せても安心だ。アンバー、ちょっといいかい?」
「はひゃい? ふえ……ちょ、ちょっと待っててくださいね」
ユーが呼ぶと、その声に反応して箱を持った女の子は向きを変えこちらに向かってくる。
声からして、かなり若い人のようだ。まあこんな場所でスカートを履いているくらいだし、恐らくは悠奈やアセリアと同じくらいだろう。
しかし女の子は相変わらずふらふらしていて、通り過ぎる人達の方から彼女を避ける始末。
一体何で出来ているのだろうか、黒い塊は金属質のとても重そうな音を立てながら床に置かれ、それまで隠れていた女の子の容姿がやっと確認できるようになった。
顔は美人と可愛いの中間あたりといったところだろうか。整った顔立ちだが柔和な雰囲気が長い黒髪の凛とした空気を和ませる、可愛らしい少女。
歳は容姿だけ見れば悠奈と同じくらいだろうか。ここにいる人は大抵そのくらいの歳の子が多いので、悠奈ももう驚きはしない。
「ユーさん、何でしょうか?」
「彼女達を君のとこの事務所まで連れて行ってくれないかな? ちょっと離れないといけなくなってさ」
ユーが視線だけ悠奈の方へ向けると、女の子は体を横に折りくの字にして、ユーの身体から顔だけ出して後ろの悠奈達を見た。
悠奈は女の子と一瞬目が合うと、彼女はにっこりと笑って手を振ってくれる。アリスとは少し違う気もするが、彼女からは似たような愛くるしさを感じる。
見るからに優しそうな子だ。あれが演技でないなら、少なからず腹に黒いものを抱えた悠奈よりもずっときれいでいい子だと思う。
「了解です! いってらっしゃい、ユーさん。お気をつけて」
女の子はユーがフィナンシェ達と共に去っていくのを笑顔で送り出すと、再び視線を悠奈達へ戻す。
「えーと、じゃあ行きましょうか。あ、私アンバーって言います。よろしくです!」
「ん、私は悠奈だよ。よろしくね」
屈託のない笑みに和まされながら、悠奈もアンバーに微笑みを返す。
なんというか、アンバーはいるだけで雰囲気が明るくなるようなタイプの子のようだ。悠奈もクラスの皆からはその部類に入れられてはいるが、ややそういう役を演じている節があるので同じとは言い難い。
「アンバーがいるなら問題ないだろう。私はここにいるからさっさと済ませて来い」
言って、悠奈達の答えを待つより先にアセリアは近くの壁に背を預けるとそのまま腕を組んで両目を瞑る。
これ以上話しかけるなという空気が伝わってくるので、そのままにしておいた方がいいのかもしれない。
どちらにせよここから先は、さっき会ったばかりのアンバーという案内人頼りになりそうだ。
「あはは……相変わらず。っと、なんだかみんなユー君達を見てるね」
ふと、周りの注目が悠奈から去っていくユー達の方に変わっていたのに気づいた。先ほどまではそうでもなかったので、フィナンシェ達と一緒になってからだろうか。
「それはそうですよ。裏の中でも上位に入る組織の幹部が全員集まってるとなれば、嫌でも注目を集めちゃいますから」
「ユーってやっぱり偉い人だったんだ……そんな人に私は」
アンバーの言葉に、アリスが俯きがちに呟く。
何を思っているのだろうか、少なくとも今は気づかないふりをしていた方がよさそうだ。と、悠奈はアリスから目を離すとアンバーが持っていた黒い塊に視線を移す。
「あ、これ運ばなきゃいけないんだよね。手伝おうか?」
「え? ああ! そうだ……すいません、ちょっとだけ寄り道、いいですか?」
アンバーが片目をつむりながら顔の前で両手を合わせ謝ってくる。
なんだかいちいち挙動が可愛い。黙っていても美人だし、ここまで良いところしかない人を見ると少し嫉妬心すら覚えてしまう。
「いいよいいよー、ついでにここの中案内してよ! 私達に見せられるところだけでいいからさ」
「それは構いませんけど……お二人はそれでもいいですか?」
アンバーはボブとアリスにも確認を取ると承諾を確認し、れっつごーです、なんて可愛く右手を掲げる。
「そうだ。荷物は俺が持ってやるぜ。これくら……これ……お、おう?」
ボブがアンバーの持っていた黒い箱を持とうとするが、びくともしないのか困ったような表情をしていた。
彼くらいの筋肉があれば百キロ程度の荷物でも持てそうなものだが、悠奈の想像以上にあの箱が重いのだろうか。
「あ、大丈夫ですよ。それ一つ二百キロありますから、さすがに重いでしょう?」
言いながら、アンバーは計六百キロある三つの黒い箱を軽々と持ち上げると、先ほどのようにふらふらと歩きだす。
絶対にあれは前がちゃんと見えていない。
「あ、ああ! 二百キロくらいなら私も持てますから! せめて一番上のは取りましょうよ!」
さすがに危険だとアリスも思ったのか、アンバーから箱を一つ取りあげる。
「よっとと……うん、大丈夫」
ボブでも持てなかった物を、彼女達は軽々と持ち運ぶ。
こんなところでも、強化人間というものの性能を垣間見た。
彼女達は笑うし泣くし血も流す。だが、これでは――
「……まるで、人の形をした兵器ね」
「ん? なんか言ったか悠奈?」
「うにゅ? なーんでもないよボブ。ほら、いこいこ!」




