Chapter18「管理局の闇」
「ただいまー!」
言いながら自分の家のドアを開け放つと、悠奈はすぐさまリビングまで駆け下り棚を漁り始める。
リビングには既に、アセリアが仏頂面のままソファーの背もたれに寄り掛かって待ち構えていた。
しかし悠奈の声に答えようとはせず、語るべき相手は他にいるとでもいうように玄関から視線を離さない。
悠奈も気にすることなく棚から救急箱を取り出すと、それをテーブルの上に置いて中身を広げた。
「誰かやられたのか?」
ふと、アセリアの方から悠奈に話しかけてきた。
珍しいとも思ったが、さすがに仲間に危険が及んだとなると話は別らしい。
「ん、アリスちゃんがちょっと」
「撃たれたか?」
「ううん、ただ擦り傷がたくさんあって……」
ここは空中庭園を見下ろせるし、アセリアがあちらで起きた事件を把握していても何ら不思議ではない。
むしろ、悠奈達の行動の一部を見ていた可能性だってある。
「わわ、いいよユーナ。これくらいしばらくすれば治るし」
「もー、そんなこと言って。駄目だよー消毒くらいしておかないと」
すぐに駆け寄ってきたアリスが首を振るが、悠奈が治療を始めると大人しくそれを受ける。
もっとも、放っておいたところで傷の治りが遅くなるわけでもないし何かリスクが増えるわけでもないのだが。
細菌なんて入ったところで体のナノマシンが全部駆除してしまう。ナノマシンの普及のおかげで、人類の病気や怪我に対する耐性は格段に向上した。
このおかげで男女共に平均の寿命は延び続けているとも聞くし、何より病院の世話になることが稀になったというのはいいことだろう。
おかげでエデン内に病院は各エリアに大きなものが数個程度しかない。
「誰にやられた?」
悠奈の治療を受けるアリスに、アセリアが言う。
外に出る前の一件があったせいか、やや不機嫌そうにアリスは顔をしかめる。
「別に、あなたみたいのが他にもいたってだけよ」
それだけ言って、顔をアセリアから背ける。
と、アセリアは前髪をかきあげながらため息をついた。
「……クラス3は持ち前の能力がある分、力を過信している奴が多い。戦闘は力量差だけで勝敗は決まらない。どこか付け入る隙くらいあるかもしれんな」
「何よ……」
誰に向けて言うでもなくアセリアは独り言のように呟くと、玄関に向けて歩き出す。
が、途中で足を止め、
「私とお前では住む世界が違う」
「何よ? またその話? あなたと私に違いなんて……」
アリスがイラつきを見せる。
が、
「違うさ。だから私達に近づく必要はない。お前はお前としてやるべきことをやればいい」
「クラス3のあなた達がいるんじゃ私に出来る事なんて――」
「あるさ。だからユーはお前を呼んだ。奴もそうだ」
アセリアはボブを横目で見ると、すぐに別の場所へ視線を移した。
だが相変わらずアリス達には背を向けたままだ。その表情をはかり知ることはできない。
「私は戦う事しかできん。だがお前は違うだろう。ユーの期待に応えてやれ、お前の力でな」
「……」
アリスは何も答えない。
だが、その小さな手で拳を作り握りしめている。その顔に、先ほどの剣呑な雰囲気はない。
「所詮私達は意思があるだけの兵器、人と相容れる必要などないんだ……」
「え? 今なんて……」
アセリアが聞き取れないほどの音量で何かを呟くと、そのまま玄関の方へと消える。
アリスはというと、喜びとも悲しみともとれない複雑な表情で顔をひそめアセリアの後姿を見つめていた。
その直後、
「ユーリ、お前……」
「はは、久しぶりだなアセリア。元気そうで何より。さて、入らせてもらうよ悠奈君」
アセリアの怒気を含んだような声が玄関の方から聞こえてくる。
それに対して、名前を呼ばれた本人は淡々とした相も変わらずの口調で答えていた。
「ほお、なかなかいい部屋じゃないか。二人暮らしにしては少々広すぎる気もするが」
「無視するなユーリ!」
周辺を見渡しながらリビングに降りてくるユーリ。その後ろを先ほどの態度から一転、怒ったアセリアが追う。
アセリアの対応に慣れているのか、ユーリはさして気にしていない様子で彼女を軽く受け流しながら両手に持った二つのケースをソファーに置いた。
「さて、私はどの部屋に入ればいいのかな?」
「あ、じゃああっちの……ユー君の部屋の隣で。大分使ってなかったから、すぐ掃除してくるね」
「いや、それには及ばないよ。私の部屋だ、私がやる。悠奈君は彼らとゆっくりしていたまえ」
言って、ユーリは再び長方形の大型ケースを持ち上げると悠奈の指差した部屋へと消えていった。
残ったのは、ユーリの背を睨みつけるように見ていたアセリアだけ。
「会う度に絡むのやめればいいのにさ。仲間なんだし仲良くしなよ」
「お前がそれを言うな」
いつの間にか降りて来ていたユーが言うが、アセリアに突っ込まれるとやれやれと両手を広げるジェスチャーをしながら自分の部屋の奥へと消える。
携帯端末を持っていたし、恐らくまた誰かと連絡を取り合うのだろう。
「なんだか大所帯になって来ちゃったね」
「まあユーナは巻き込まれやすいみたいだから、人が多いに越したことはないわよ。うん」
本当に、アリスの言う通りさすがに巻き込まれ過ぎではないかと悠奈も思うところはある。
単に運が無いだけだろうが、それでユー達に迷惑をかけてしまうのは何とも心苦しい。
「エデンは平和が取柄……だったはずなのにねぇ」
アリスの腕に巻いた包帯を片づけながら、悠奈は誰にも聞こえないようにそう呟いた。
アリスは既に寝てしまったのだろうか。
無理もない。今日は色々あったから、仕方ないだろう。
ユーは起きているだろうが、夕食を食べた後は部屋に籠ったきりでてこない。
悠奈はソファーに座りながら隣で銃の整備をしているボブの方に顔を向けた。
「ねぇボブ」
「ん?」
「ELFって、みんな悪い人達ばっかりなのかな」
「ふむ、難しい質問だな」
悠奈の問いに答えたのは、ボブではなくユーリだ。
彼女は部屋の掃除をした後で風呂に入っていたのだが、ちょうど今上がってきたらしい。
「難しいってどう……えちょ!? なにしてんのユーリ?」
「む?」
ユーリの方を向いた悠奈だが、彼女の恰好があまりにも予期しないものだったのでつい動揺する。
「なんだ? どうし――ぬわっ!?」
「わー!? 駄目ボブ見ちゃ駄目ー!」
つられてユーリの方に顔を向けたボブの目を、悠奈は両手で覆う。
なにせ、今ユーリは一糸纏わぬ恰好で平然と悠奈達の前に身を晒しているのだから。
「いや、別にかまわんよ。減るものでもあるまいし」
「いや、いやいやいや駄目でしょ!」
「なんだ、まるで生娘みたいな反応して」
「生娘だよ! これでも一応!」
悠奈に言われても、ユーリは一向に隠す気配が無い。
それどころか、楽しげに笑うとそのままの格好で悠奈の方へと近づいてくる。
「だ、大体ユーリだってそうじゃないの?」
「まあ、そうだがな。しかし恥じらって何になる」
「羞恥心くらい持とうよ! 大事だよ!」
「君が言うかね?」
言いながらユーリは悠奈を指差す。それに合わせて悠奈が自分の身体に視線を向けると、
「お、おい悠奈……なんか背中に」
「い――ッ!?」
「ん、んお? もういいのか? ……ぬああああ!?」
ボブに思いきり胸を押し付けていたことに気づき、悠奈はついボブから体を離すとそのまま後退。
が、ソファーの上だったのですぐに逃げ場はなくなり、勢い余って悠奈は後ろ向きに頭から床に落ちる。
ボブも悠奈に塞がれていた視界が解放されたのはいいが、次の瞬間にはユーリの裸体が目の前にあるという事態に驚きを隠せず、持っていた銃を足に落とした。
「ぐう、お……ユーリ、何やってんだ」
「頭が、頭がああああ!」
「……君らはコメディアンか何かなのか?」
ボブが足に落としたのはライフルだ。整備中で分解していたとはいえもう組み上がりかけていたものなので、本来の重量とさほど変わらないそれが足先に振ってきたのだからそれ相応の痛みがあるのだろう。
それを堪えながら、ボブは必死に声を振り絞る。
悠奈はというと、上半身だけソファーから離脱し身体をくの字型に折って床に頭をぶつけている。しかも、下半身がソファーの上で無防備な姿をさらしているのが辛い。
スカートを履いていたので、思い切りそれがめくれ上がってボブの横で下着を見せつけていた。
戻りたいが、下半身が上になっているこの体勢だと思うように起き上がれない。腹筋鍛えておけばよかっただろうか。
そういうことなので悠奈は体を回転させうつ伏せになると、這うように進み一度ソファーから完全に降りる。
「酷い絵面だな」
「だ、誰のせいよ……」
思い切り打った頭を擦りながら、悠奈はソファーに座り直す。
ユーリは呆れながら、棚の上に置かれたコーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーをコップに注いだ。
「で、最初の話に戻ろうかね」
「その前に下くらい履こうよユーリ。ボブがアレになっちゃう」
「何? ボブは私や悠奈の身体を見てアレになるのか?」
「は? ……あ、なんだその……う、うるせーな! 俺だって男だ! くそう、もういい! 二人でいちゃついてろ痴女どもめ!」
吐き捨てるように言って、ボブは逃げるように自分の部屋へと駆け込んでいった。
捨て台詞的な物を残して。
「え? あれ? 私も? と、とばっちりじゃん」
「はは、だそうだ。痴女同士仲良くやるか」
ユーリは笑いながら悠奈の隣に座ると、コップに注がれたコーヒーを一口だけ飲む。
足を組んでいるので正面からだといろいろ見えそうだ。さすがの悠奈も同性のものを見つめる趣味は無いが。
でもユーリは体がすごく綺麗だし、女の悠奈でもちょっと気になる。そこでつい、悠奈は彼女の体に視線を移してしまった。
ユーやアリスなんかよりももっと透き通ったい白い肌。でも、それこそ言い方は悪いが病的なほど白過ぎる感じ。
ユーリはエリアRの生まれらしいと本人から聞いた。確かあのエリアの人の中には白い髪や肌を持った人がいるとは聞いていたが、ユーリみたいなのは結構特別なんじゃないだろうか。
と、そこで呆れたような視線を悠奈に向けているユーリと目が合う。ルビーのように赤い瞳は綺麗でもあるが、同時に少し圧迫感を感じさせる。
「君はそっちの気もあるのかね?」
「え? いやそうじゃなくて……はは、ごめんね」
そうかね、と返されると不意にユーリの顔が出会った時の感情の無い笑みに戻る。
ここまで切り替えが激しいと先ほどの言動はあえてボブを遠ざけたかのようにも思えてくる。まあユーリの性格からして本当にからかっていただけかもしれないが。
「さて、ここからは真面目な話だ。……君は、ELFは皆が悪人なのか、と問うたね?」
「う、うん」
今の格好こそ緊張感が無いが、ユーリの声や表情にはもう遊びは無い。
悠奈もそれを察すると、もう何を言うでもなくユーリの言葉にだけ答える。
「はっきり言ってしまえば、それは無い。中には、入らざるを得なかった者もいるはずだよ」
「どうして?」
「現在のエリアDは、管理局が悪人だと認めたものをあの場所へ隔離するために使われている。もう三十年以上も前の話だな。そして一度あの場所に入れられたら、出る事はかなわない」
三十年以上もあの中で暮らすことになる。それを聞いただけでもぞっとする。
一昨日、少しの間入ってみただけでも分かるほど、あの場所は廃れている。
管理局から食料や物資の支給など、恐らくは無いかあったとしても申し訳程度のはずだ。
街として機能するだけのものはあそこにはほとんどない。そんな中でどうやって生き抜いているのかなど悠奈には想像もつかない。
きっと、悠奈の考えを容易く超えるようなことがあの中では行われているのだろう。
「あの中でそれだけの間暮らしていれば、自然と人は増えるだろうさ。新しく生まれてくる者達がな。だが、その子らは何の罪も犯してはいない。しかし親がDの人間だと、管理局は何の支援も保護もしない。……ここまで言えば、分かるかね?」
「Dで生きていくためには、あの中で生き残る術を身につけないといけない。その結果、ELFみたいな集団に入らないといけなくなる場合もある……ってことだね」
掃き溜めで生き残るには、それ相応の行動を起こす必要があるはずだ。
食料や住居など、こういったものは親がいても、まして一人では確保するだけでも相当な労力を伴う。
だが、集団に入ればそれも少しは楽になる。むろん、集団に居ればそれはそれで問題が発生するだろうが少なくとも個人で行動するよりよっぽどましだろう。
「今日死んだELFの中にそういった境遇の者がいたのかは分からん。居たかもしれないし、居なかったかもしれない。そんなのは私達には知り得ないことだ」
「だから、いちいち気にするなってこと?」
「そうまでは言わんよ。だがな、もしそういった境遇の者がいて、君はその子がそうだという事を知っている。その時、君は大人しく撃たれるのかね? いかなる理由があろうと武器を持った者に、善良なエデンの市民である君が殺される方がいいと?」
「それは……」
「命を重く見るのは素晴らしいことだ。だが、自分の命の価値を見誤るな、悠奈」
そういえば、前にもアリスにこういったことで諭されたことがあった。
悠奈一人が犠牲になれば済む話ではないのだ。むしろそれは状況を悪化させるだけでなく、ユー達にも迷惑をかけてしまう事に他ならない。
彼らが守ってくれているのに、守られるべき悠奈が命を投げるような行動をしてしまっては元も子もない。
もうそのことに関して悩むのはやめよう。
悠奈はそう決意すると、
「でもさ、対処するにしてもそのやり方が強引な気がして……」
「ああ、そういえば学校でもアセリアが何人か殺したようだしね。確かにそれはある。だが、生かして捕えたところで管理局の連中に渡してしまえば殺されてしまうだけだよ。最悪見せしめにされて終わりだな。結果は同じだ」
「そんな……そんなことって」
管理局はエデンの住人にとっての希望。
そう教えられてきたし、実際悠奈もその考え自体は間違っていないと思っている。
管理局がいるから、争いもなく安定した生活を送れる。
しかし、ここ最近の管理局のELFへの対応には、いささか疑問を抱いてしまう。
ユー達もELFに対しては制圧よりも殺害を優先している。とはいえこれは先のユーリの発言から考えると、むしろそれが彼らなりの配慮なのかもしれない。
管理局に酷いことをされるくらいなら、ユー達にただ殺された方がましだ。
が、問題は今日の空中庭園での一件の方。民間人を巻き込んでまでELFを呼び込み殲滅しようとした。これは明らかに、管理局の行動理念から逸脱している。
しかもニュースではELFのテロ行為という内容で放送され、管理局がそれを鎮圧したという内容になっていた。
あきらかに市民のELFへのイメージを悪い方向へ誘導するような放送。これも管理局だからこそできる事なのだろう。
しかしこういうものを一度でも見てしまうと、他のものにまで疑いを持ってしまいそうになる。
今まで管理局は、一体いくつ事実を隠してきたのだろうと。
「やりすぎだよ。管理局は」
「まあ否定はしないよ。あそこも一枚岩ではないからね。しかもあれの一部は非常に悪い方向へ向かっている。今日のがそれだ」
「うん、ユー君から聞いた。ELFの探してる鍵があるって偽の情報を流して、空中庭園にELFを集めたんだよね。自分達が鍵を見つけるのにあの人たちが邪魔だから、殺すために」
「ああ、表の連中はどうも鍵を取れば裏の奴らに一泡吹かせられると思っているらしい。マザーの鍵を手に入れたところで、その場所も使い方も分からなければ意味が無いだろうに」
ユーリはコーヒーを一気に飲み干すと、立ち上がり悠奈に背を向けた。
「これから先は、可能性は低いが表の連中が相手になる状況があるかもしれん。そうなればいくら私達でも無傷で君を守ってやれる保証はできない。むろん努力はするし、最悪の事態は絶対に起こさせないと約束する。ただ……」
「覚悟だけはしておけ、かな?」
「ふふ、そうだ。言っておくが、弾は当たると結構痛いぞ?」
「そりゃ怖いや。じゃあしっかり守ってもらわなくちゃね」
最後に互いに冗談めいた口調で言うと、それぞれ自分の部屋に向かって歩き出す。
裸の人とこんな真面目な顔で話をするという絵的には妙な構図。だが、ユーリは外見から感じるほどの冷たさは無く、思ったよりも親切なので話しやすい。ユーとは違って柔らかな雰囲気を感じるので、悠奈的には彼女の方が親しみやすさを感じた。
「管理局……鍵……父さん、私は……ううん、今は答えを出す時じゃない。きっと」
今の管理局に対する不満は積もるばかりだが、少なくともユー達は信頼できる。今はその事実だけで、十分だ。
そう、今はそれだけで。




