Chapter17「広がる亀裂」
十二人の男達。
その全員が、同じ場所を目指して走っている。
狙いはおそらく悠奈達だろう。
休憩所ならそこかしこにあるし、隠れたいならわざわざここに来る必要はない。
大方人質でも取ろうとしているのだろうか、確かに人質になりそうな人間は今この場所には悠奈達しかいない。
「はは、大の大人がああも狼狽している姿を晒すのは滑稽だな」
余裕なのか、ユーリは笑う。
しかし、向かってきている男達は全員がライフルで武装している。
にもかかわらず、ユーリの武器はリボルバーのみだ。全然余裕をかましている場合ではないことくらい、悠奈でも分かる。
「いやいやユーリさん、逃げましょうよ。あっちライフル持ってるよ?」
「ん? ああ、そうだな」
だが、依然ユーリはリボルバーを手にしたまま笑みを浮かべている。
勝算があるのだろうか。悠奈も彼女に頼るしかできないため、もうユーリを信じるしかない。
まあ、ユーが応援によこすくらいの人なのだから、相応の実力は持っているのだろうが。
「まあ、ライフルくらいなら問題ないだろう」
「……え?」
「ん?」
さも当然のように、リボルバーしか持っていないはずのユーリはライフルを持った男数人に勝てる気でいる。
この場所を動かないあたり、何か策でもあるのだろうか。
いや、もしかしたら彼女は正面から立ち向かい、拳銃だけで男達を倒そうとしているのかもしれない。
「まあそこの柱の後ろにでも隠れていたまえ。流れ弾が当たって腕が飛ぶのは嫌だろう?」
「さらっと怖いこと言わないでっ!」
言いながら、悠奈は急いで柱の後ろに身を隠す。
木製の頼りなさそうな柱だが、最悪弾が貫通したとしても直撃するよりはましだ。
などと言ってる間に、男達との距離がもうさほどないくらいに縮まっていた。
先頭の男が走る速度を速め、ユーリの元に駆け寄る。
「おいお前、俺と……なっ!?」
男はユーリを捕まえようと腕を伸ばすが、彼女の手に握られた物を見るや否や慌てて腕をひっこめると銃を構える。
銀髪の少女のせいで武器を持った者を警戒しているのだろう。遅れてきた男達も、状況を理解すると全員がユーリに銃を向けた。
一触即発。加えてユーリは銃を構えてすらいない。どう考えても圧倒的に不利な状況。
しかし、それでも彼女の笑みは決して崩れる事はなかった。
「て、てめぇもあのガキの仲間か!」
「んー……当たらざるとも遠からず、といったところかね」
唇に人差し指を当てながら、何か考えるようにしてユーリは言う。
抑揚のない口調だが、悠奈にはどこか楽しそうにも感じられた。
「くそ、どうする?」
「人質に取るっつっても管理局の奴らに手を出したらそれこそ……」
男達が互いに顔を見合わせながら相談し始めると、ユーリは何をするでもなくそれを眺めていた。
場慣れ、だろうか。少なくとも悠奈は、あんな風に銃を向けられた状態で平静を保てる自信は無い。
「やる気が無いなら早く逃げてはどうかね? またあの銀髪の子がこっちに戻ってくるかもしれんぞ?」
「な!? くそ! 余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」
ユーリの言葉が気に障ったのか、男の一人がライフルのトリガーに指をかけた。
それを見逃さなかったユーリは、手で遊ばせていたリボルバーを回転させ銃身を握る。
撃つのではなかったのか。その場にいた皆が怪訝に思い一瞬の隙が生まれる。
と、ユーリはおもむろにリボルバーを男達へ投げた。
「ほら」
「え? あぁっとと」
つい受け取ってしまう男。そして男達の注意がリボルバーに逸れたところで、それは起こった。
一瞬。刹那の間にそれは起こり、悠奈の目にはもうユーリの手にいつの間にか握られたナイフで首が掻ききられる男の姿が写っていた。
リボルバーは男の手からするりと落ち、ユーリは器用にそれをキャッチしながら隣の男の首にナイフを振る。
そしてユーリがリボルバーを構え直す間に、もう一人がナイフの餌食に。一瞬で肉薄され、三人が殺された。
「……え?」
突然のことに男達は呆然と立ち尽くす。
そんな男達にユーリはリボルバーの引き金を引いた。
全弾放たれた弾丸は綺麗に一人一発ずつ、六人の男達の額に赤い穴を穿つ。まだ三秒も経っていないだろう。なのにもう男達はあと三人。圧倒的だった。
「あ……あ」
状況を理解した男達はライフルを落とし、戦意を喪失したのかその場に座り込む者までいた。
「なんだ、そっちから吹っかけてきたのにもう終わりかね?」
楽しそうに笑うユーリは、手の中でナイフを回転させていた。
命を刈り取る鎌のような湾曲した刃を持つナイフが、男の血で真っ赤に染まっている。そこから滴る血が緑の芝生を濡らし、男達に更なる恐怖を煽る。
「ゆ、ゆるし……」
「にげろ! 逃げろぉぉぉ!」
叫びながら男達は散り散りに逃げ去っていく。
賢明な判断だ。どうせここにいてもユーリに殺される。
もっとも、この場にいる限り自分を殺す相手が変わるだけな様な気もするが。
ともかく、これで九人の男がトリガーを引く間もなく倒された。それも、一人の少女に。
「す、すごい……」
「まあこれくらいはできんと彼女達の無理に答えられないからね。仕方ないさ」
言いながらユーリはリボルバーの再装填を済ませると、それを腰のホルスターにしまった。
悠奈は柱の陰から顔だけ出して周囲を確認する。と、ユーリがそれを見て滑稽だとでもいうように笑って手招きする。
「ずっとそこに居てもいいが、こいつらの呻き声を事が終わるまで聞き続けることになるけどいいのかね?」
「あう……出ますです」
素早く悠奈は柱から出ると、ユーリの背後に隠れた。
ユーリは女性にしては身長が高めで、こうして傍によるとそれがよく分かる。ユーよりも若干高いから、170センチ前後と言ったところだろうか。
なんというか、態度や雰囲気も相まってユーリはユーよりも更に大人びた印象を受ける。
加えて、彼女は身体つきも悠奈のように出るところが無駄に大きく出てるだけではなく全体的にバランスが整っていて、モデルのようにほっそりとした体躯はそこらの女性よりもずっと魅力的だ。
真っ白な肌と髪がそれをさらに引き立てていて、これもまた一つの美女の完成形なのだろうと悠奈は勝手に頭の中で納得する。
「場所を変えようか。気分が悪くなるだろう」
「うん、ありがと」
銃を向けられていたとはいえ、ユーリもまた容赦なくELFの男達を撃ち抜いた。
でもこいつらは、容赦なく銃を一般人に向け引き金を引こうとするやつらだ。死んで当然なんてことは言わないけれど、こうなるのも仕方ないほど相応の事をした奴らに違いない。
きっと、これから先もこんなことが起こる。
いちいち人の死で悩んでいてはきりが無いなんてことになるかもしれない。これがきっと、これからの悠奈の日常なのだ。
でも――
「私は……」
「ねぇねぇユー?」
目的地までもう少しというところで、しばらく沈黙を守っていたアリスが唐突に話しかけてきた。
「なに?」
「さっきさ、あの女の子と男の人を親付きって呼んでたよね? あれってどういうこと? ボブは知ってたみたいだけど」
口ぶりからすると、アリスは知らないようだ。
てっきりボブから聞いているとばかり思ったが、そもそも本来ならクラス3と関わることもないだろうし、必要のない情報だけに彼が伝えてないのも無理はない。
まあ、こうして偶然とはいえ関わってしまった以上は彼女も知る必要があるだろう。
「クラス3の子は……君が抱いてるイメージの通りの子が多いよね。だから、あんまり人に迷惑かけないように、ああやってまともな人間がしばらくの間一緒にいるのが規則になってるんだ。悪さしない子になるまで教育する人ね」
「ああ……なるほど」
それだけで、アリスはなんとなく察してくれたらしい。
アリスは視線を横に逸らすと、憐れむように顔をひそめた。
「まあ、表側の連中だけだけどね。こんなことしてるのは。ともかく、そうやって付き添いといつも一緒にいるから親付き、ってね。あまり本人たちの前では言わない方が賢明だけど」
「お守りされてるみたいで嫌だろうしね」
「逆に監督官養成の為に優秀なクラス3が護衛でついてる時もあるけど、そっちはこういう任務に出てくるのは少ないし気に留めておくだけでいいかな。今回はそっちではないと思うし」
クラス3の子は、生まれた時から兵士として育てられるのが宿命。
しかし、生まれ持っての才能が常人のそれとは比較にならないので、度々トラブルを起こすことも少なくはない。
そこで考えられたのが、安定した人格が形成されるまで監督官を置くことだ。
実際これでクラス3による問題発生の件数は確実に減り、優秀な人材の確保にも貢献している。
「着いた……けどゲートは閉まってるか。アリスはここで待ってて、制御室を探してくる」
西側ゲートは、非常用ゲートが下りていた。
厚さ五十センチのゲートは破壊するには骨が折れるし、そもそも壊すと後が面倒だ。開けた方がリスクは少ない。
ユーはアリスをゲート前に残し、制御室を探す。
警備室で制御できるはずなので、そこに向かうのがいいだろう。
この場所を監視する必要があるので、そう遠くないところにあるはずだ。
「あった、これか」
数分も経たない内に警備室を見つけ出すと、ユーは急いでドアを開けた。
警備員は出払っているようだ。というか逃げたのだろうか。それならそれで都合がいい。
ユーはパソコンの前に立つと、キーボードに指を滑らせる。
「空中庭園……西側管理所……ゲート関係は」
様々な情報が画面に映し出される中で、ゲートの開閉に関する項目を探す。
フィナンシェならこの程度は数秒でどこに何の情報があるかまで把握することが可能なのだろうが、生憎とユーにそこまでの技量は無い。
だが普段はパソコンを弄るのが仕事だったユーもこういうのは不得手というわけでもないので、しばらくして目的の項目を発見。
「よし、これで大丈夫。あとはアリスを……」
と、そこでユーは背後に気配を感じ、右手を懐に入れそこにしまってある銃のグリップを握った。
「……何か用かい?」
「ゲートを開けたのか? 悪いがもう一度閉めてもらう。ELFに逃げられるわけにはいかん。出口なら他を探してくれ」
「断ると言ったら?」
「無理矢理閉めさせる」
この口調と話の内容からして、後ろにいるのは親付きの監督官の方だろう。
一応は味方だが、そんなものは形だけ。その気になればユーが銃のトリガーを引いても何ら問題のない相手だ。
「それで逃げられたなら逃がすそっちが悪いだけだよ」
「これの準備にそれなりの時間をかけている。そちら(裏側)に面倒はかけん。できれば協力を……」
「これだけのことをやってよく言う。こっちに迷惑がかからなかったら市民を巻き込んでいいとでも? 曲がりなりにも管理局の人間だろうに、分を弁えなよ」
ユーはゆっくりと体ごと後ろを向く。
正面には、薄茶色のロングコートを羽織った長身の男性。
サングラスをかけており、無表情のため今一感情が読み取れない。
「情報漏洩はそちらの落ち度のはずだ、こちら側ばかり責め立てられる所以は無いだろう」
「…………」
「何も言えんか」
「……どうだかね」
ユーは吐き捨てるように言うと、携帯端末を操作する。
この端末は、一定の距離内ならエデンにあるほぼ全ての機械に無条件でアクセスできる。
本来ならハッキングは犯罪だが、こっちは管理局員。おかしなことに使わなければ罪になる事は無い。
さっき触ったパソコンにアクセスし、防火扉のコントロールを携帯端末で済ませる。
「防火扉を操作して残りのELFを全員中央広場に誘導した。これで満足だろ。通してもらうよ」
「……了解した」
ユーは男の横を通り過ぎ、乱暴にドアを開け放つとその場を後にした。
ユーに待っていろとは言われたが、混乱の中こうして一人立っているだけだと、不安が込み上げてくる。
ELFのメンバーがこっちに来る可能性だって十分にある。
むろん、アリスならたとえ拳銃しか持っていなくても彼ら程度なら十分に戦える。
が、アリスだって人間だ。やっぱり弾が当たれば痛い。そして、さすがに複数人に囲まれれば全員が放った弾を避けきれる自信はさすがにない。
「ユー、早く来ないかな……っ!?」
ふと背後から足音がしたので、反射的にアリスはその方向へ手に握ったP14拳銃の銃口を向ける。
と、
「……何のつもり?」
不機嫌そうな顔で、銀髪の少女がアリスを睨みつけていた。
ユーの話では親付きは監督官と一緒にいる事を義務付けられているらしいが、さすがに作戦行動中はそれも適応されないのか監督官の姿は見えない。
「あ、ごめんなさい」
味方に銃を向ける必要はないので、アリスはそっとP14拳銃を下ろす。
と同時に、間違いだったとはいえ武器を向けてしまったことを謝罪。
しかし、銀髪の少女の顔から妙な威圧感が消える事はなかった。
「敵と味方の区別もつかないくせに武器なんか持たないで」
「本当にごめんなさい、気に障ったのなら……あ」
そこまでアリスが言うと、銀髪の少女は興味を失ったように歩を進める。
そして、通り過ぎざまに、
「お前の仲間もそう。腑抜けた連中ばかりで反吐が出る。弱いくせに戦場に出てこないで」
さすがにこれはアリスも癪に障り、銀髪の少女の肩を掴むと無理矢理こちらに向かせる。
「私に触れないで」
「ユーは……ユーは弱くなんてないわ」
まっすぐ少女を見つめながら、アリスは迷いのない口調で言い切った。
すると、銀髪の少女もだんだんと鬱陶しくなってきたのか肩を掴むアリスの手を握り、
「痛っ……」
「弱いから群れるのよ。お前は見たところクラス2? 雑魚が偉そうに意見しないで」
そのままアリスの視界は反転。どうやら少女に力任せに放り投げられたようだ。
コンクリートの地面に背中から落ち、その衝撃で一瞬視界が歪む。
体格はアリスと同じ、むしろ彼女の方が細いかもしれない。
まだ小さな女の子でしかないのに、軽々とアリスを数メートル先まで放り投げられる力。これが、クラス3。
「う……ぁ」
「これが私とお前の差よ。弱いやつはただ強いものの言う事を聞いていればいい」
少女は地面に倒れたアリスの腹部を踏み付けると、そのままじわじわと力を込めてくる。
少女の足を掴みそれに耐えながら、アリスは震える声で言う。
「力だけが……強さなんかじゃ……ないわ。……そんな陳腐な物より……もっと強いものを持ってる人を私は……知っている、もの」
「何よ……偉そうに」
「あう!?」
急に少女がアリスの腹部から足を離す。が、次の瞬間には脇腹に蹴りが飛んできた。
数メートル分アリスはコンクリートの地面を転がり、微かにだがかすり傷が所々に見られる。
「だがお前は今、力の前に敗れた。これは事実。口だけで人は守れないし、敵も殺せない。…………もういい、私の前に二度と現れないで。お前は……不快だ」
それだけ言い残し、銀髪の少女はまたどこかへと去って行く。
アリスは、すぐには立ち上がらずそのまま灰色の天井を見つめていた。
不意に涙が零れそうになったが、目を閉じて我慢する。
感情的になったのは事実。自分にも落ち度はある。
結局何が言いたかったのかなんて、自分でもよくわからない。
でも、今はとにかく、ただ悔しかった。
負けた自分が。何もできず、何も伝えられなかった自分が。
「私は……ユー……私は、私は弱くちゃ……いけないのに」
「ああ、君は強い」
その時、一番今聞きたかった声がアリスの傍で響いた。
ゆっくりと目を開けると、優しげな笑顔でアリスを見下ろすユーの顔がそこにはあった。
「アリス、君は強い。だから自分で立ち上がるんだ。あの時と同じように私は手を貸す。でも、立ち上がり前へ進むのは自分の力で、だよ」
「……うん」
差し出されたユーの手を取ると、アリスは今度こそ立ち上がる。
まだアリスは強くなれる。だから今は、進むために立ち上がるのだ。自分の意志で。
アリスと合流してから数分。
戻ってきた時には既にアリスは掠り傷だらけで地面に倒れていた。
状況はそこまで把握しきれていないが、アリスをここまで叩きのめせるのはあのクラス3の子くらいだから、きっとあの子と何かあったのだろう。
終始無言を貫いてはいるが、決して悪い方向にアリスは進んでいない。だから今はそっとしておいてやる方がいいはずだ。
「おっと、来たみたいだね。アリス」
「……ん」
奥の方から、一台の車が迫ってくる。
観光地には不釣り合いな武骨な軍用車。
真っ白な塗装が施されたボディは先日の戦闘で着弾した弾のせいで穴が開き、装甲として使われている黒色の防弾板が露出している。
こんな見てくれで公道を走るのはどうかと思ったが、修理する間もなかったので仕方なくこのままで走らせた。とはいえ、近いうちに直す必要がありそうだ。
少なくとも、あの特殊な素材を使った防弾板だけは早々に隠さなければならない。
「おう待たせたな、乗ってくれ」
「騎兵隊の到着だー! だっけ? って、あれれ? アリスちゃん傷だらけ! 大丈夫!?」
元気そうな悠奈の顔を確認して一息つくと、ユーは助手席に乗り込む。
アリスも後部座席に近づくと、中から誰かがドアを開けてくれる。
「さあ、乗りたまえ」
「あ、ありがと……え? 誰?」
ユーリに対しアリスは警戒するような視線を送るが、隣にいた悠奈が手招きすると仕方なくといった風に彼女はハンヴィーに乗り込む。
結局、休むこともままならないままこの場を去ることになってしまった。
エデンの混乱は、きっとこれからも続くだろう。
いや、むしろこのまま悪化の一途を辿る可能性もある。
まさに今、楽園の平和が崩れ去ろうとしているのかもしれない。




