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CODE:Ultimate  作者: 天宮 悠
1章
15/53

Chapter15「新たなる闘いへの予兆」

「……まいったね」

 場の剣呑な空気に、ユーは大して気にしてもなさそうな口調でそう呟いた。

 一通り事を終えてバスルームから悠奈達が帰ってくると既にこの状況だったので詳細は分からない。

 が、アリスとアセリアの態度から大体の事情は察することはできる。

 悠奈はボブに助けを乞うような視線を向けるが、彼もやれやれと両手を広げるだけ。まあ、これ以上はボブでもどうしようもないのだろう。

 家にいるしかないこの状況で、ずっとこの空気のままでいるのは悠奈でもさすがに気が滅入る。

 さてどうしようかと悠奈が思案していると、ユーが咳払いをして皆の注目を集めた。

「あーその、ずっと家にいるとみんなも気が滅入っちゃうだろうし、昨日の事もあるしさ、お疲れさまってことでちょっと外に出ないかい?」

 皆が皆、何を言っているんだというような視線をユーに浴びせた。

 昨日の一件で悠奈がテロリストに狙われたことはユーも十分知っているはずだ。というか、ユーが一番この手の事情は把握しているはずなのだ。

 なのに、そのユーが一番現状でやってはいけないことを口にする。

 その意図を図りかねたアセリアが、訝しげにユーを見ながら口を開く。

「何を言っている。今こいつを外に出すのがどれほど危険か分かっているのか?」

「もちろん」

 自信満々にそう答えると、ユーは口の端を吊り上げて笑う。

 すると、アセリアは怒ってしまったのか勝手にしろとだけ吐き捨てるように言って、自分の部屋に引き籠ってしまった。

「んー、怒らせちゃったかな?」

「むしろこれを狙って言ったようにも見えたけど?」

 わざとらしく首を傾げるユーに、さすがのアリスも呆れ顔で彼を見上げていた。

 もしあれが意図したものなら、なぜユーはアセリアを遠ざけたのだろうか。

 たまにユーはその意思が上手く読み取れない時がある。というより、ほとんどがそうだ。

 ユーは真摯に悠奈達の事を考えてくれているようで、どこか一歩距離を置いて接しているような気がする。

 あの笑顔も皆を心配する顔も、薄壁一枚を隔てた向こうから見せられているようでユーの本心はいつも読み取れない。

 ただ、稀に見せる悲しそうな顔だけは悠奈でも分かるくらいには感情が込められていた。なぜあんな顔をするのかまでは、知ることはできないが。

「気を使わなくてもいいよユー君。私ってばほら、結構前向きだし缶詰め状態だって平気――わわっ!?」

 だから大丈夫。と言おうとしたところで、ユーが近づいてきて悠奈の肩に手を置いた。

 突然のことで驚いたのもあるが、それ以上にユーは男性にしては異常なほど整った顔立ちで、美人と言ってもいいくらいの顔で見つめられるとなんだか恥ずかしい。

 アリスからは前にユーと悠奈は少し似ていると言われた。が、顔立ちこそ似ていても、知的なユーと一見すると馬鹿っぽい悠奈とでは纏う雰囲気も相まって似ていると言われても今一ピンと来ない。

 そもそも細かいところを除けば同じのは黒い髪と青い瞳だけなので、そう似ているとも言えないはずなのだが。

「まあいいじゃないか、息抜きくらい。それに、君の為だけに言ってるわけじゃないしね」

 悠奈にだけ聞こえるように言って、ユーは背後のアリスとボブへ視線だけを向ける。

 たしかに、このままだとアリスに関してはアセリアと余計に拗れて面倒事が起きそうだ。

 悠奈としても外に出れるのは嬉しいし、頑なに拒むほどの理由は無い。

「そんで、どこに行くの?」

「そうだね……」

 行く場所までは決めていなかったようだ。

 悠奈の問いにユーは人差し指を唇に当てながら考える仕草をする。

 と、何か思いついたのかユーは片目をつむりながら窓の外を親指で示した。

「じゃあ、空中庭園なんてどうだい? あそこなら買い物もできるしね」

「おお! あっち誰かと行ってみたかったんだ! 行こう行こう!」

 明がよくいろんなところに連れて行ってくれたが、歳の近い人と一緒にどこかへ遊びに行く機会はあまりなかったので、素直に嬉しい。

 悠奈もクロエとはよく学校帰りにファミレスなどに行った事はあるが、休日などで一日中遊ぶという事はあまりしなかったせいもあって、期待に胸が躍る。

 退屈させないようにと明の計らいには感謝しているがどうしても大人、それも父親となると遠慮してしまうし、やはり歳が離れている分話題が少なくなってしまうのもあって十分に楽しむことはできなかった。

 そういう事もあって、純粋にユー達と一緒にどこかに行けるのは悠奈としては非常に嬉しい限りだ。

「それじゃあ俺達はちょっと出てくるから、アセリアは留守番お願いね」

「あれ? アセリアさんはいいの?」

 ユーがアセリアの部屋のドア越しにそう言うと、ボブとアリスに準備するように指示する。

 アセリアは留守番と言ったが、さすがにそれは可哀想ではないだろうか。

「大丈夫さ。それに一緒に来いって言っても、来てくれそうにないしね」

 言いながらユーは悠奈の肩を掴むと、部屋の方へ体を向かせる。

「さ、準備しておいで。こうしている間にも時間は過ぎていくからね」

「う、うん……」



 空中庭園。

 こうしてその場所に来てみると、その名が付いた所以が分かる気がする。

 辺り一面緑の野原。そこに広がる無数の花は毎日誰かが手入れしているのであろう、紛れもない本物だ。

 数百種類にも及ぶ花の爽やかな香りが地上百メートルという高さに位置するこの場所に吹き込む風に運ばれ、観光客達の鼻腔をくすぐる。

「んー……いい匂い」

 悠奈達はハンヴィーを空中庭園内部の駐車場に止め、まずは一番の見どころである屋上の庭園にやってきていた。

「ほんとだね。私、エリアJってあんまり来たことないし、他のエリアじゃこんなところないからすごく新鮮」

 背伸びする悠奈の横で、アリスが目を輝かせながらきょろきょろと辺りを見回していた。

 あの歳で仕事を持っているのだ、普段は碌に遊びに行く暇もないのだろう。

 だからこそ、アリスにはこういった気分転換が必要なのかもしれない。

「なぁ、花見もいいけどよ……そろそろ飯にしねぇか?」

「そか、ボブは朝食も食べてないもんね。じゃあ下に降りようか」

 こっちが辛くなってしまう程、いかにもお腹が空きましたと言わんばかりにボブは前かがみになりながら腹を抱える。

 ちょうど昼時間だし、ここらでご飯にするのも悪くはないだろう。

 幸い、空中庭園の内部は飲食店も多く食べる物を探すのには苦労しない。むしろ多すぎて迷うくらいだ

「あ、そうだ。悠奈ちゃんちょっといいかい?」

 ユーに呼び止められ悠奈が振り向くと、彼は両手を合わせて何かをお願いするようなポーズをとる。

「何かな?」

「急にで悪いんだけどさ、もう一人分部屋を借りれないかなって」

「なになに!? 新しい人来るの? いいよ! まだまだ空き部屋はたくさんあるしね!」

 どんなものがくるかと思ったが、予想以上の答えに悠奈は驚く。

 なんだかんだでユーの知り合いは皆それぞれ個性があって面白いので、期待は大きい。

 が、

「そか、よかった」

「うぅん……ユーの仲間? ってことは……クラス3の人?」

 アリスが露骨に嫌そうな顔をする。

 会ったことがなさそうな言い方なのに、既にどんな人物か分かっているかような態度に悠奈は首を傾げる。

「クラス3って?」

「あっ!? ごめん、ユー……」

 悠奈が聞くと、アリスはしまったというような顔をしてユーを見る。

 だが、ユーはさして気にしていないのかアリスの頭をなでると悠奈に視線を向けた。

「まあ、いずれ知ることになるだろうしいい機会さ。移動しながらちょっと説明してあげるよ」

 言って、ユーは下へと降りる階段まで歩き出す。

 それに追従するように皆が後を追う中、悠奈は一言一句聞き逃すまいとユーの横にぴったりと張り付く。

「クラス何とかってのは、まあ簡単に言えば強化人間のランク分けみたいなものだね」

「強化人間!?」

 いきなり現実離れした単語が出てきて悠奈は驚愕するが、ユーがそれを手で制して言葉を続ける。

「軍用ナノマシンはちょっと普通のとは違って特別でね。身体に入れると、体の組織を弄って常人よりも高い身体能力を発揮できるようになるんだ」

「でも、そのままだと際限なく体を弄り続けて、最終的に自我を失って暴れまわるだけの狂人みたいになっちゃうの。まあ、そうならないように一定以上は弄くらないようにリミッターがかけられてるし、万一何かあってもおかしくなる前に母体を殺してしまう機能がナノマシンには組み込まれているけど」

 捕捉するように、いつの間にか悠奈の隣に来ていたアリスが言う。

「これで、人が耐えられるレベルでの強引な肉体強化を実現した。これがあればみんな強くなれるってのならよかったんだけど……残念ながらそうもいかなかったのよ」

 解説訳が入れ替わっているが、アリスが自慢げに説明をしている姿はなんだか可愛らしくて。ユーも彼女を気遣っているのか、特に何も言わずアリスを見守っている。

「身体が成長すればするほど、ナノマシンの効果が薄くなるみたいなの。年齢を重ねると強化の上限値がどんどん低くなっていくのよ」

「初期型のナノマシンを発展させていったもので、初期の実験に使っていた実験体の年齢に合わせて作ってあるのが原因らしいね。二十歳までにナノマシンを身体に入れている人が、クラス2。それ以上の年齢から入れた人がクラス1って風に分けられるよ」

 歳を重ねれば重ねるほど効果が薄くなる力。どれくらい強化されるのかは分からないが、この説明を聞く限り、少なくともアリスはその強化人間とやらであることに間違いはないだろう。

 最初に会った時、アリスは壁をいとも簡単に粉砕した。疑問に思ってはいたがなかなか言い出せずにいたのだが、これでその理由にも合点がいく。

「クラス1は普通の人がちょっと強くなった程度だから、ボブみたいに訓練受けてる人ならまだ倒せるよ。でもクラス2になると、一人で車持ち上げたりコンクリートの壁を蹴ったり殴ったりして壊せるようになるから、この辺になると普通の人は厳しいね。身体も頑丈だし」

「ほう……してアリスちゃんとユー君は? そのクラス2ってやつなの?」

 いや、先ほどクラス3という単語が出てきたし、まだ紹介されていないものがあるはずだ。

 それを示すように、アリスが首を振る。

「ううん、私は確かにクラス2だけどユーは違うの……えと」

 そこでアリスは口をつぐむ。ユーを気にしているのか、そっちをちらちらと見ながら様子をうかがっているようだ。

 だが、そんなアリスを見かねてか、ユーが先に口を開いた。

「ナノマシンで体を強化すると言っても、どうしても母体となる人間の身体には限界がある。だったら、身体を色々弄ってその限界値を底上げすればいいんじゃないかなって、そんな理由で出来たのがクラス3。生まれる前に体にちょちょっと細工をしてね。おかげで丈夫だし速いし力も強いし……まあ半分以上人間やめてるし当然って言えばそうなんだけどね」

 そう言ってユーは笑うが、どことなく無理矢理引き出した笑みのようにも見える。

 確かにユーの言うとおりなら、ちょっとクラス3という存在には畏怖の念を抱いてしまう。

 アリスとアセリアの軋轢もなんとなくわかった気がする。

 が、ユーはユーだ。どんな理由があろうが、ここにいるユーは悠奈の信頼に値する人だということに変わりはない。

「ふぅーん、すごい人もいたもんだね」

「あ、あれ? 意外とあっさりだね悠奈ちゃん」

 拍子抜けしたようにユーが声の調子を崩す。

 これだけのことでユーへの認識を変える程、悠奈は薄情な人間ではない。

「いやぁ、やっぱり言われただけじゃピンと来ないしねー。それに、身体がどうとかは関係ないよ。だって同じ人間でしょ? ていうか、私らだってナノマシンで病気にならない体になってるしどっこいだよこれ」

「そう思わない連中もいるのよ……ユーが特別なだけで、他のクラス3の連中なんて大抵人を見下しているわ」

 アリスの顔は暗い。というより半ば怒っているようにも見える。

 これは、先ほどのアセリアとのこともあってだろう。

 まあ、生まれながらに強大な力を得ているのなら、そういった者が生まれても仕方ないと言えばそうなのだろうが。

 アリスが先ほどからクラス3に対して嫌悪感を抱いているのはそういうものがあるからだろう。

「あー……なるる」

「ほんっとに! あのアセリアってやつが! クラス3の典型すぎて……もうっ!」

 急に声を張り上げると、アリスは地団太を踏む。

 よっぽどアセリアと何かあったらしい。これはしばらくはアリスの機嫌は治ってくれそうにない。

「ほらほら、美味しい料理でも食べて元気だそ? ね?」

「悠奈ちゃんの言うとおりだよ。それにアセリアは別にクラス3が偉いとかって言ってるわけじゃ――ッ!?」

 言いかけたところで、ユーは歩を止め急に真面目な顔をすると身体を反転させて背後を見やる。

 視線の先には――ちょうど今すれ違った長身の男性と、アセリアよりも暗い銀色の長い髪を持った小学生くらいの女の子。一見すると親子にも見える二人は、手を繋いでいた。

 ユーは何も言わず、そのまま数秒睨むようにその二人を見据える。

 と、

「ユー……君?」

 いつの間にかボブもユーの反応に合わせて動いていたのか、悠奈を守るように傍まで寄るとベルトに挟んで隠し持っている拳銃のグリップをいつでも抜けるように握っていた。

「ユーよぉ……あいつら」

「ああ……『親付き』だね。こんなところにたまたま居た、なんてことはないだろうし……悠奈ちゃん」

 後ろを振り返り、あくまで悠奈には笑顔を向けながらユーは、

「ごめんね、お昼ご飯はちょっと……食べられなくなるかもしれない」

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