Chapter12「初動Ⅴ」
屋上は辺りに広がる風景とは裏腹に、静寂に包まれていた。
殺風景なコンクリートの灰色が続く屋上は、さながら戦場のようだともいえる。
無数の弾痕のような穴が開き、地面はひび割れ、舞い上がる土煙と共に焦げたような臭いが漂う。風通しは元よりいいため、あと数秒もすれば臭いだけは風に吹かれてどこかへ飛んでいくだろう。
七百発の鉄球はその役目を全うし、目の前に広がる空間を瞬時に破砕した。
およそ人一人に使うには過剰すぎる武器だ。普通に考えれば、防護装備もろくにつけていない華奢な男一人相手にわざわざこんなものを仕掛ける必要はない。
しかしロークは、こうでもしなければ、『ソレ』に有効打を与えられないことを知っている。
もっとも、これだけで終わりなところを見ると、今回はどちらかといえば嫌がらせの類で仕掛けたという意味合いが強いのかもしれない。
本当に殺す気なら、互いに言葉を交わす程の余裕は与えはしないはずなのだから。
『ユー、大丈夫かね?』
イヤホンから、彼女の声が聞こえた。
言葉だけ取り繕ったかのようで、さして心配していなさそうな口調。だがこの反応は、彼女がこれくらいではユーをどうにかできないと分かっているからこそのものだ。
「うん……でももう少し避けるのが遅かったらまずかったかな」
ユーは言いながら、自分の体を無事を確かめるように隅々まで確認。
制服は特殊な材質でライフル弾でも防ぐことができるのだが、さすがに装甲されていない車程度なら吹き飛ばせるような地雷となると無事では済まないらしい。掠った部分が破けている。
しかも地面に身を投げた時に擦りつけたのか、白い制服は土のせいで茶色に変色してる部分があった。
咄嗟に避けたはいいが、完全に回避できる距離とタイミングでもなかったのでこの有り様だ。
『まともに当たらなくてよかったよ』
「あれを全部避けられるのは君とノワくらいだろ。一緒にしないでほしいな」
『はは、だろうな。でも君は他と比べて脆いのだから、もう少し気を付けて……っと、頬から血が出てるぞ』
「ん……」
言われてユーは頬を手で拭うと、僅かだが赤い血が付いた。
見たところそれほど出血はしていないようだし、放っておいても夜には治るだろう。強度はともかく他の機能は皆と同じなのが幸いだ。
とりあえずその場に破れたジャケットと黒のワイシャツを脱ぎ捨てると、ユーはインナー一枚になる。
ユーはシャツを脱ぐ際に外したショルダーホルスターを手で持つと、自分の身体を眺める。と、その場でくるりと一回転。
「こっちは破れてない?」
『幸いなことにな。とはいえ、それ一枚だと体のラインが出てなぁ……』
「ん?」
『いやまあなんというか、早く何か羽織った方がいいぞ。男の子、なんだろう?』
「だね、寒いし中に戻るよ。うん、たぶんもう大丈夫。そっちも休んでいいからね」
ロークが去った以上、もう襲撃の心配はないはずだ。
警報も鳴っているだろうし、しばらくすれば保安部隊もやってくるだろう。とりあえずは落ち着いたということになるだろうか。
様子が変だったし、早く悠奈のところに行かねばならない。
そう思い立ち、ユーは屋上を後にした。
ユーが去った後、怪我の痛みからか男が再び暴れ出したのをクロエが腹に一発蹴りを入れて黙らせてから、さらに数分が経った。
ひとまず落ち着いたのと、クロエがまとめてくれているおかげでクラスメイト達も平静を取り戻しつつある。
が、それ以上することも無いので、悠奈とクロエはひとまず席に座ってユーの帰還を待つことにした。
特に悠奈はまだ頭に妙な違和感を覚えているので、あまり動きたくはない。
「ちょっと悠奈、アンタ大丈夫?」
「ん……さっきよりは……なんとか」
さすがにこんな状態だからか、むやみにテロリストの前に出たことに関してクロエからお小言を頂戴することはなかったのだが、これはこれで彼女に心配をかけているので少し心苦しい。
頼みの綱の秋奈は、心ここにあらずといったような感じでクロエの隣の席に座り、俯きながらぶらぶらと宙で足を遊ばせている。
悠奈だけでなく向こうも初日から散々な目に合っているようで、これから先が思いやられる。
まあ、少なくとも数日は学校が休校になることは間違いなさそうだが。この分だとエデンのどこにいても安心はできそうにない。
「おおっとぉ!? なんだ?」
不意に、屋上の方だろうか、上からとてつもなく鋭い爆発音のようなものが聞こえた。
いち早く反応したクロエが身構えたが、こちらには特に問題は無さそうだ。
ただ、屋上へはユーが向かってからそれなりに時間が経っているし、ちょうどテロリストに追いついてもいい頃なので余計に不安が悠奈の頭をよぎる。
「やっぱり私も……」
それまで言葉を口にしなかった秋奈もさすがに今のは見逃せなかったのか、立ち上がって足先を教室の出口の方に向ける。
が、
「ちょい待ち、悠奈も言ったけど一応村雨さんは私の護衛でしょーが。それに大丈夫よ、悠奈のとこのは村雨さんより強そうだし」
「は、はあ……」
さらっと酷いことを言いつつ、クロエは秋奈を制して再度席に座らせる。
この教室には戦意が無いとはいえテロリストの一人がいるわけだし、これからこちらに来るやつがいるかもしれないこの状況で秋奈を屋上に行かせるのは、あまり意味のある行動とは言えないだろう。
結局ここに留まる以上は何もできず、またしばらくのあいだ椅子に座ったまま何もせず時間を潰す。すると、
「……悠奈ちゃん」
ずっと聞きたかった人の声が聞こえる。悠奈は顔を上げて声のした方を見た。
やはり、先ほどの爆発音は屋上からだったのだろう。ユーは先ほど別れた時とは比べ物にならない有り様になっている。
それでも頬に少し切り傷のよなものがある以外は特に目立った負傷は無いようだが、それでも傷に変わりはない。
悠奈は自分もそんなによろしい状態ではないのに、一気に立ち上がるとユーの方へと駆け出す。
「ユー君!? 大丈夫!? 怪我……怪我してる」
「んん!? ああ、このくらい平気だから。大丈夫だよ、心配しないで。悠奈ちゃんの方こそ、大丈夫かい?」
悠奈の反応に一瞬驚いたようだが、いつも通りの落ち着いた声だ。
悠奈に気を使わせないためだろうか、それとも本当に気にならないくらいの傷でしかないのか。
分からないからこそ、悠奈には気がかりでならない。
「でも、でもぉ!」
「本当に大丈夫だから、安心して」
秋奈もユーも、結果として悠奈を守るために体を、そして心を傷つけた。
それがとても苦しくて。自分の為に傷つく人を見るのが辛くて。
「なんで、なんでこんな……」
「悠奈……ちゃん」
それからほどなくして、悠奈の学校は駆けつけた保安部隊とその車両で一杯になった。
学生達には下校の指示が出され、学校に残っているのは職員と一部の生徒のみ。
悠奈はというと、ユーと秋奈が保安部隊の隊長らしき人に事情を説明しているところをクロエと共に眺めているだけだ。
ここまでくる間にユーの介抱を受けたおかげか、先ほどのように取り乱すこともなくいつも通り振る舞えるくらいには悠奈も回復したし、今はそれで良しとするべきだろう。
「ねぇ、アンタのとこだけ護衛多くない?」
「ほえ?」
クロエが唐突に話しかけてきたので、悠奈は変な声を出してしまった。
彼女は悠奈の少し後ろの方でアリスにちょっかいを出して怒られているボブを指差す。
クロエは秋奈だけのようだし、そう考えると四人もいる悠奈は異常なのだろうか。
他の人との比較ができない以上、結論は出せない。
「それに、あの二人って警備部隊じゃないよね?」
二人、とはユーとアセリアの事だろう。
制服を着ているから、ボブ達と所属が違うのは一目で分かる。
「うん、ユー君達ね。管理局の人みたい。とーさんが頼んで呼んでもらったって言ってたけど……あれ? 秋奈さんも管理局の人だよね?」
「らしいけど、なーんか下っ端っぽ……っと、来た来た」
クロエが言いかけたところで、ユー達が戻ってくる。
秋奈も一緒のようだが、気落ち気味だった彼女も大分よくなっているようだし、これならもう大丈夫そうだ。
「行こうか。あまりここに長居しても迷惑だろうしね」
「うん! それじゃ、凛華ちゃん、秋奈さん、さよならー!」
「おー、じゃあの」
「はい、こちらこそです、悠奈さん」
学校から帰った後は特にこれといったことも起こらず、昨日と同じような時間が過ぎていった。
あんなことがあったというのに、皆の態度は何一つ変わっていない。
結局今夜も語り合い、全員がそれぞれの部屋に入ったのは十二時を過ぎてからだった。
だが悠奈は寝付けず、目的は無いがもう一度リビングへと足を運んでしまう。
電気を消してはいるがガラスのカーテンウォールで作られたこのタワーは外側の壁一面が窓のように透明なので、街の光が差し込み物にぶつからずに歩ける程度にはほのかに明るい。
明かりを付けようかとも思ったが、外の景色を眺める分には少し暗い方が落ち着くので悠奈はスイッチには触れずそのまま壁の方へと歩く。
すると、
「ああ、悠奈ちゃんか。眠れないのかい?」
ソファーに座っていたユーが立ち上がり、声をかけてきた。
彼の中性的な声は聞いただけですぐに分かるので、顔を確かめる必要はない。
ただ、誰もいないと油断していたので悠奈は一瞬声をあげそうになった。
「っと、ユー君も起きてたんだ。えへへ、なんだか眠れなくってさ」
「……そっか」
言って、ユーはゆっくりと歩を進めながら壁のすぐ傍までやってくる。
と、何を思っているのか、壁に手をついて無言のまま外の景色を見下ろした。
「お隣、いいかにゃ?」
悠奈に顔は向けずに、外に視線が向けられたまま小さくユーが頷く。
隣で、悠奈と同じ色をしたユーの青い瞳がまるで泣いているかのように儚く揺れる。
いつもそうだ。どんな時でも、ユーはまるで何かを諦めているかのような、そんな風に悲しく青いサファイヤの瞳を揺らす。
彼が一体何を想っているかなんてわからないけれど、きっと奥底では悠奈の考えが及ばない程に深い何かを抱えているのだろう。
「綺麗だね。景色を眺めるには、ちょうどいい場所だ」
不意に、ユーが口を開いた。
彼の視線を辿ると、エリアJの名所である空中庭園が目に入る。
エリアJ中央にそびえ立つ、四つのビル。
それらから伸びた渡り廊下が交差する場所に、半球状の建造物がある。
上下左右、四つの渡り廊下に支えられた形になっているそれは、まるで宙に浮いているようにも見える事から空中庭園と名づけられていた。
上部は公園のようになっており半球の中にはデパートがあるので、意外と市民には観光スポットとしても娯楽の場としても人気がある。
夜には盛大に公園がライトアップされるので、植えられた花が人工の光を受け昼間とは違った色を放ちながら妖しく輝く。勿論、それが目当てでやって来る観光客も珍しくはない。
確かに、悠奈の部屋からだと空中庭園を見下ろせるので、一面緑の芝生が煌びやかに光り輝いていて眺めるには絶好の場所と言えるかもしれない。
「ユー君もこういうの好きなんだ。えへへ、なんだか嬉しいな。私もたまにさ、こうやって部屋を暗くして、あそこ(空中庭園)を見るのが好きなんだ」
「はは、そっか……うん、悪くないね、たまにはこういうのも」
ユーは薄く笑みを顔に張り付かせると、静かに目を伏せた。
そのまま、彼は言葉を続ける。
「悠奈ちゃん、今のエデンをどう思う?」
「ほえ? どうって?」
とぼけたように悠奈が返すが、なんだかユーは真面目にその問いを投げかけたようだ。無碍にはできない。
彼は悠奈の方へ向き直ると、真剣な表情で何かを訴えるような視線を向けてきた。
「んー……なんて言えばいいかな」
困ったように頬を掻くと、悠奈は明後日の方向を見ながら思案した。
「昔と違って適正検査を受ければ自分に合った職業につけるし、ナノマシンのおかげで病気もしない。そして何より平和。ああエデン、なんてすばらしいところなんでしょー。まさに楽園ね」
くるくる回りながら演説でもするかのように悠奈は言う。
だが、すぐに大げさに手を広げると肩を落とした。
「なんてね。多分ユー君が求めてる答えはこれじゃないよね」
それまで険しい表情をしていたユーの顔が緩む。予想外の反応に驚いたのだろうか。
「正直に言えば、私は怖いよ。管理局に頼って、従ってさえいれば何も考えずに生きていける。そんな世界が。だって、そこには本当の自分の意思が無いじゃない」
「自分の……意志」
「みんな自由に生きているようで、本質は違う。仕事だってそう。自分は何がしたいかじゃなくて、エデンが何をさせたいかが基準になっている。言い方は悪いけれど、まるでこれじゃあ養殖されてる家畜みたい」
そう、今のエデンはそうだ。管理局が全てを管理し、彼らに従う事で生きる上での何もかもが保障される。
ルールにさえ従っていれば、なに不自由なく暮らせるのだ。
でも、その枷は人から個人を奪う。
枠から外れたものは駆除され、管理者の求める者だけが生き続けられる。
それはつまり、管理者が望む人間を量産しているだけ。
「誰もが無意識にルールに従って生きている。それを自由だと思い込んでいる。まるで枷を付けられているのに気付かないで、檻の中を走り回っているみたいに」
「悠奈ちゃん……」
と、ここで話している相手が管理局の人だという事を今更思い出す。
妙に親近感がわくから忘れてしまいがちだが、紛れもなくユー達は管理局の人間だ。
「あっと……えへへ、このこと先生には内緒だよ? エデンの不満を言うとは何事かーって怒られちゃう」
話を無理矢理切ると、悠奈は腰を折って両手を合わせながらお願いとユーに頼み込む。
そんな悠奈に、珍しくユーは声を立てて笑った。
「ふふ……そっか」
「あぅ……ユー君も管理局の人だもんねぇ。怒った?」
「ううん、それどころか……うん。そうか、君もそうなんだね」
一人で納得するユーに悠奈は首を傾げる。
でも、態度からすると悪い印象を与えたわけではないとは思う。
「ふふ、悠奈ちゃんってちゃんとこういう事言えるんだね。こういうのも男子にモテると思うけど、わざわざキャラ作ってるの?」
「最初の頃はそうでしたけど主に女子連中に引かれたのでやめましたー。それにこっちの可愛いのも半分は素みたいなものだし、無理矢理キャラ作ってるって程でもないんだにゃあ」
「半分ねぇ……」
すると、彼はもう一度笑ってから優しく悠奈の肩に手を置いた。
「ごめんね、変な事言わせて。さ、休めるうちに休んでおいて。ね?」
言われ、ユーに体を反転させられる。
と、悠奈は顔だけを後ろに向けユーに、
「あの……今日はありがと。ごめんね、私のせいで怪我まで」
「いいさ。君の為だからね」
それだけ言い残して、悠奈は部屋に戻る。
優しいユーがいてくれると、心が落ち着く。アリスやボブとはまた違う何かが、彼にはあるのだろうか。
少しずつだが、悠奈は彼に惹かれ始めていた。
もっとも、それはあくまで悠奈自身の感情でしかなく――
「らしくないな……」
薄暗いリビングで、ユーは一人呟く。
我ながら変なことを彼女に聞いたものだ。もっとも、それで返ってきた返事は予想外なものではあったが。
どれだけ弄ろうとも元が同じなら考える事も似てしまうのだろうか。
少なくとも悠奈はその辺にいる奴らよりもよほど人間らしい。
と、不意に思ったその考えにユーは笑みを零す。
「人間らしい……か。私達には程遠い言葉だね。でも、さっきの君は……」
そこまで言って、ユーは首を左右に振る。
一瞬でも彼女を認めてしまいかけた自分に自嘲する。
「やれやれ……なにやってるんだか」
ユーは再び空中庭園を眺める。
その顔に感情のこもった笑みを貼りつかせながら。




