練習と再会
『お酒が絡まなかったら、大丈夫』と言った言葉を証明するように、悦ちゃんは春休みに二回ほどあったサークルのテニスには出席していたらしい。
俺は経済的な問題で、かなり出席率悪かったけど。彼女はそれからも飯の誘いだけは断りながら、自分なりに参加をしていた。
そんな春休みの最中に、一つの飲み会があった。
「はじめまして、ジンくんたちの高校の同級生で、中村 由梨です」
「よろしく。野島 和幸、っていいます。ユキって呼んでな」
「由梨、そこで何で、ジンの同級生って名乗る」
「ウソじゃないじゃない」
「まあまあ。落ち着いてぇな。マサの彼女やって、ちゃんと聞いとうし」
早速、痴話喧嘩を始めたマサとその彼女を、慌てて仲裁する。
ジンたちとの”友人づきあい”が長いマサの彼女に、”新メンバー”の俺を紹介する。そのついでに、一年間お疲れ様の打ち上げも、ってのが名目のこの日の飲み会に、実は悦ちゃんも誘われてたのやけど。
「ユキくんの彼女も連れて来たらよかったのに」
「俺たちも誘ったんだけどよ。断られたんだよな、ユキ」
彼女の言葉に答えたリョウが、笑いながら小鉢を皆に配っている。
「照れ屋さん、やから。もうちょっとだけ、待ったって。せめて、ライブを見に来れるようになるまで」
「そっかぁ。じゃぁ、ご一緒できるのを楽しみにしてるって、伝えてくれる? 今まで、女の子来たことないし」
お絞りで手を拭きながら、ゆりさんが俺の目を見て微笑む。
見た目、派手そうな子やけど。感じ、ええ子、やな。
派手そうな子、といえば……。
「サク、彼女いたんと違うん?」
「先週、ふられた」
憮然とした顔で答えたサクがお絞りをグルグルと、テーブルの上で巻く。
「サクちゃんかわいそう……」
「ゆりさん、やっぱり”かわいそう”って思う?」
調子に乗って泣き真似をして、『別れるサイクルが早すぎ』とマサに突っ込まれるサク。
そうやんな。俺がメンバーに入ってまだ半年もたたへんけど。サクが、二人目。ジンが、三人目、かな? マサが言うように、この二人はとにかく”来る者拒まず、去るもの追わず”で。
ホンマ、見とって呆れる。
そんな話をしとるうちに、ビールが届いた。ついでにウーロン茶が二杯。
『誰が飲む』だの、『誰が頼んだ』だの”ゆりさん”がひとしきり騒いでから、渋々、という感じでグラスを受け取った。酒癖が悪い、と言われる彼女のために、マサがこっそりと頼んだらしい。
もう一杯は、咽喉を守るために酒を飲まないジンの分。
彼らのそんなやりとりを黙って見ながら、考えていた。
このメンバーだったら。悦ちゃんが”飲まない”とわかれば、無理強いはせんやろ。
となれば……。体格の問題だけクリアすれば。悦ちゃんも、ココ、来れるやんな?
”照れ屋さん”を返上できたら。皆と一緒に、飯食べに来よな?
返上のきっかけを悦ちゃん本人が掴んだのが、四月のガイダンスの日やった。
その日、二年生は午後からがガイダンスになってたから、悦ちゃんと昼飯を食べるために学食で待ち合わせをしてた。
俺は、新曲のドラムパートを組むためにマサが作ったデモテープを聞きながら、楽譜とにらめっこをして、悦ちゃんを待つ。相変わらず、待ち合わせの十分前に悦ちゃんが現れた。
「ユキちゃん」
「あ、おはよう」
「こんにちは?」
「ああ、昼やな」
『午前中はパン屋のバイトへ行く』と言っていた悦ちゃんは、昼飯も買ってきたらしい。バイト先のパン屋のロゴが入った袋と、缶入りのミルクティーを手にした悦ちゃんの姿に、自分がまだ食券を買ってないことを思い出す。
「そういえば、さっきリョウ君がお客さんで来てたの」
「ああ、アイツはまだ春休みらしいな」
楽譜を片付けながら、相槌を打って。
妙な会話、したな。と思ったのは、カツカレーを食堂のおばちゃんから受け取ってからやった。
リョウと逢うた、って?
リョウが怖くなかったのか、訊かな、と思いながら悦ちゃんの待つテーブルに戻って。
「あー。悦ちゃんが缶開けとる」
違うことに目がいってしもた。
「俺が開けるから、って言うてるのに」
って言うたら、いたずらが見つかった子供みたいに、首をすくめる。
「ホンマにもう。悦ちゃんの爪で、缶開けとるって考えただけで、サブイボがでるわ」
「さぶいぼ?」
皿をおいて腕をさする俺に、悦ちゃんが首を傾げる。
「へ?」
「ユキちゃん、”さぶいぼ”って、なに?」
「あー。方言、か。ええっと……鳥肌?」
「へぇぇ」
「寒いと、ブツブツ出るから。寒イボ、が訛ったのと違う?」
ホンマに、やめて欲しいわ。缶ジュースくらい何本でも開けたるねんから。
もう、二度と悦ちゃんの爪、血に染めたくないねんで?
って。話が完全によそにいってしもた。
「リョウと会って、怖なかった?」
「はい。店員として少しお話もしたけど、大丈夫」
「そっか」
悦ちゃんの、拍子抜けするほどあっさりした返事にほっと息をついて、俺も食事を始める。
そんな俺の心に気づかぬふうに、悦ちゃんが手にしたサンライズを割っている。って、違うわ。”メロンパン”やったな。こっちでは。
生まれ育った街のことを”居場所やない”って、ずっと思ってたのに。こうして離れるとさっきの方言といい、自分の中にあの街がズシっと根を張っとることに気付かされる。
そんな自分の思いもよらぬアイデンティティはともかくとして。
悦ちゃんがリョウを怖がらないのは、当たり前、か。
「リョウは、俺より背が低くて細身やし。見た目も男臭くないやろ?」
「うーん?」
見た目、は一番派手、やけど。
「アイツは一番モテるから、ガツガツしとらんし」
俺がメンバーに入る前から付き合っとる彼女は、放っといても寄ってくる他の女に、気が気でないらしいけど。
って言ってもな。自分の知らん相手と付き合っとる俺やマサの”彼女”の存在が気に入らんからって、合コンをセッティングしようとするのは、やめて欲しいわ。まぁ、宣伝、のつもりで俺は合コンにも付き合うて、それなりに宴会係をしとるけど。マサは『関係ない』みたいな顔で、一人離れて飲んどるし。
まぁ。それは置いておいて。とりあえず、リョウは、怖くないと。
次に、怖くなさそうなのは……マサとサクのどっちやろ?
練習の合間とか、打ち合わせを兼ねて一緒に飯を食いながらとか。サクとマサの二人を見比べる。
身長は、微妙にマサのほうが低い気がするけど。目つきが悪いんよな。マサつり目やから。
うーん。
そんなことを考えていたある週の日曜日。マサがゆりさんと一緒に歩いとるところに出会った。
他愛ない会話を交わしてて、ふと、春休みの飲み会のことを思い出した。
「ゆりさんとマサって高校から付き合っとるん?」
確か、ジンの同級生、って名乗ったよな、ゆりさん。ってことは、マサとも同級生やろ?
「いや? 去年の夏から、だな」
「その前から、昼ごはん食べに来たりとかして、気がついたら私の部屋に上がり込んでたけど」
「そうなん?」
「そうよー。終電逃したから、泊めてくれとか」
唇を尖らすように文句を言う ゆりさんを苦笑いしながら、マサが眺めてる。
「マサ?」
「うん?」
「付き合う前にお泊り、はアカンのと違う?」
誰やねん。『相手の気持、大事にしたい』とか言うとった奴。
悦ちゃん、忘年会のあの日だけ、やで。外泊したん。
「素泊まり、だよ」
「うそ。ご飯付きじゃない」
うん。一般的に”素泊まり”は飯ついてへんけどな。
この場合、意味が違うと思うんやけど。
「由梨が作ってくれるなら、なんだって食うし」
「……まっくんの、ばか!」
惚気か? ってマサの言葉に、ゆりさんが真っ赤になる。
「はいはい、ごちそうさんでした」
やってられへんわ。ホンマに。
その後も別れ際まで、夫婦漫才みたいな二人のやりとりに笑わしてもらいながら、一つ確信する。
マサやな。次、悦ちゃんと会わせるとしたら。
「悦ちゃん。ウチのメンバーと、一人ずつ順番に会って、慣れていこか?」
週明けの講義前。
隣りに座った悦ちゃんに提案をしてみた。
「順番にって……」
「うん。一度に会って、取り囲まれたらビビるやん。リョウ一人だけが大丈夫やったから、次はマサあたりどうかな?」
「マサ君……」
ちょっと考えるようにした悦ちゃんの肩に、力がこもるのが判った。
予告せんと、リョウみたいに突発的に逢うた方が良かったやろか。
でも、言うてしもたし。ええい。このまま押し切ったれ。
「アイツのほうが、サクよりちょっと背が低いと思うねん。それに、彼女にメチャメチャ惚れとるし」
「そうなの?」
「うん。この前の飲み会に彼女も来てたけど、もう『勝手にしとって』って感じ。学生の恋人同士、の空気と違うねん。すっかり夫婦」
「はぁ」
悦ちゃんの表情が『なんや、それ?』って言うとるのがわかるけど。
「お互いに、ちょっとした事で拗ねるんやけどな。その雰囲気がなんて言うかな……夫婦やねん。とにかく」
言葉にしにくい、なぁ。あの雰囲気。
もどかしくって、言葉を探していると、先生が教室に入ってきてしもた。
「ま、どこかで機会を作るわ」
悦ちゃんが構えられへんような、突発的なところで。
そして、俺は。
練習後の待ち合わせまで、マサとしゃべりこんどったり、サクがバイトをしとる牛丼屋に悦ちゃんを連れて行ったり。ほとんど、ドッキリカメラみたいな感じで、悦ちゃんと他のメンバーを引きあわせていった。
ジンに逢うた時だけは、ちょっと顔がひきつってしもて。後から、『俺、怖がられてる?』って、傷ついたみたいな顔のジンに尋ねられて、フォローに手間取ったけど。
それでも少しずつ、少しずつ。悦ちゃんは、彼らに慣れていった。
なんとか、ひと通りのメンバーと顔を会わせても怖くないと確認ができた、GW明け。
全員と一度に会ってみようと、練習後のスタジオで待ち合わせをすることにした。
「他の彼女も、練習しとる部屋に入ってきとるし。”待つ”のがしんどかったら、悦ちゃんも部屋に入ってきたらええから」
ロビーは、他のバンドの”男”がウロウロしとるから。二重の意味で悦ちゃんがしんどいと思うんやけど。
そんな俺の心配を読んだように、
「大丈夫。ユキちゃんが、私を騙したりしないのは判ったから。ユキちゃんを待てるくらいには、強くなれたから」
悦ちゃんは、ちょっと心もとない笑顔で胸をはってみせた。
不安、やろに。強くなろうとしとるんやな。
「なるべく、ギリギリに来て? それで、ちょっとでも不安やったら、遠慮せんと部屋に入っといで」
悦ちゃんのがんばりは認めるけど。
無理はせんとってな?
当日、練習中にサクの彼女、洋子さんが姿を表した。
この、”洋子さん”って子は、リョウの彼女がセッティングした合コンの席で、俺にやたらとちょっかいを掛けてきた子で。俺が『彼女居るから』って言うたら、いつの間にやらサクの彼女に成ってたって曰くつきの子。
俺にとっては、あんまり会いたくない子が、よりによって悦ちゃんの来る日に、来んでもええのと違うか?
俺はちょっとした不安、のようなものを抱きながら、その日の練習をこなした。
片づけを終えて、練習が終わるのを待ちくたびれたらしい洋子さんに引きずられるようにして、サクが一番に防音のドアを開けて出て行った。
残った四人で、忘れ物や片付けの最終チェックをして、部屋を出る。
ロビーに出たところで、項垂れたような悦ちゃんが居った。
しもた。待たせすぎたやろか。
「悦ちゃん」
そっと、後ろから声をかけると弾かれたように悦ちゃんが顔を上げて俺を見た。
目が、少し潤んどるように見えた。
そんな彼女の前で、サクと腕を組んでいる洋子さんの姿があった。
「どないしたん? また何かあったん?」
背後から肩に手をおいて、耳元で囁く。
小さく、悦ちゃんの頭が振られる。
「なーんだぁ。ユキの彼女ってハイジだったのぉ?」
「洋子さん、悦ちゃんと知り合いなん?」
「中学の同級生よねー?」
「はい」
蚊の鳴くような小さな、小さな悦ちゃんの返事。
「ハイジ。これから、みんなとご飯に行かない?」
そんな洋子さんの声に、悦ちゃんが固まる。
行かれへんやろ、それは。
悦ちゃん、ちゃんと嫌やって、言い。
「ハイジ? 返事は?」
居丈高に返事を促す、洋子さん。断られる、なんて思いもしとらんのやろか。
「行けないの?」
「はい」
洋子さんと、目を合わさんように床を見たまま悦ちゃんが答える。
『イヤや』と言うたような……微妙に違うような。
「相変わらず、ハイジなのね。だったら……」
悦ちゃんの顔が、糸に操られた人形のように上がった。
なんや、これ。気色悪い、雰囲気やな。
「ねぇ、ハイジ? ユキを貸してくれない? 一度、彼ともゆっくり話してみたいの」
って、おい。何言うねん。
お前、サクの彼女と違うんか。
肩においていた両手を、悦ちゃんの体に巻き付けて抱え込む。リーチの長さと、身長に物を言わせて、誰にも彼女を盗られんように。
「ハイジは、ユキから離したら病気になるねんで」
さっきから洋子さんが連呼する、悦ちゃんの嫌いな『ハイジ』の呼び名を利用する。
悦ちゃんの手が、すがるように俺の腕に重ねられる。その手を更に俺の手で押さえる。
離さへんで。離させへんで。
「アレは、そういう話だったな」
俺の言葉に相槌を打ったのは、”読書家”のサクやった。
その言葉に便乗して、
「やろ? そやから、俺から離さんといて、な? ユキも病気になりそうやし」
”お願いモード”で言葉を重ねる。
俺に、興味があるのやったら、聞いてくれるやんな?
けれども、そのやりとりに洋子さんは腹をたてたらしく、サクの腕に爪を立てた。
「ちょっと、サク? あなた、いったい誰の味方なのよ!」
うわぁ。凶器、やで。その赤くって長い爪は。悦ちゃんが真似したら……一発で、割れるわ。
って思ってたら、俺の腕に重ねた悦ちゃんの手にも力がこもる。
あれは、怖いやんなぁ。と、宥めるつもりで、重ねた彼女の手の甲を軽く叩く。
サクが、洋子さんに謝って宥めるところまでを見届けて。抱え込んだ腕をほどいて、悦ちゃんの肩を抱くようにして、皆より先に外へ出るように促す。
洋子さんのせいで、メンバー全員と顔を合わせるって目標がどっかへ流れていってしもたことに気づいたのは、最初の交差点を渡ったところで、やった。
それよりも、さっきの一幕で気になったことの解決が先、やな。
「悦ちゃん。『ハイジ』て呼ばれるのが嫌なん、あの子のせい?」
なんか、聞いとって嫌な感じやった。
洋子さんのせいではないと、悦ちゃんは否定するけど、変な力関係、があるみたいな会話やった。
そこを突っ込んだ俺に、悦ちゃんはちょっと言葉を選ぶように言いよどんで。
「『ハイジ』は灰島が、由来じゃなくって。ハイしか言わない『ハイ児』なの」
「あぁ、なるほど」
それは、呼ばれたくない名前になるわな。
それでもそう呼ばれ続けたのは
「昔から、『嫌や』言えんかったんか。それで、足元みられとるのやな」
「はい」
それって、イジメなんとちがうん?
サクたちと顔を合わせんところ……と考えて。奴のバイト先の牛丼屋へと足を向けた。
洋子さんが、牛丼屋で満足する子には見えへんし。サク自身が食い道楽やから、もっとええところに連れて行くやろ。
そう考えて、学園町のいつもの牛丼屋へ入って。そういえば悦ちゃんと最初に飯を食いに来たのは、ココやったと想い出す。
うん? 中学生の悦ちゃん?
さっきの会話が、俺の頭のなかで過去の話題とリンクした。
「初めてここ来た時のこと、悦ちゃん覚えとる?」
注文を済ませたところでの、俺の言葉に悦ちゃんが少し考えて。『ああ、アレか』みたいな表情になった。
「あの時に言ってた、偽ラブレター事件。洋子さんが一枚、かんでない?」
「!?」
「その顔は、アタリやな」
半分、カマをかけたのやけど。悦ちゃんの顔が、雄弁に事実を語る。
「俯いたかて、バレとるよ」
『なんで?』と、心底不思議そうな悦ちゃんに種明かしをする。
「悦ちゃん、『嫌や』も言わへんけど、他人を陥れるようなこともせぇへんもん」
「そう?」
「そんなことしたら、もっと他人が信じられんようになるって、心のどっかが知ってるからやろ。人間不信が高じたら、生きていかれへんで」
これ以上、他人が怖くなったら。
悦ちゃん、人生が終わってしまうで?
運ばれてきた料理を受け取って、店員に礼を言う間、しばし話が中断した。
悦ちゃんから割り箸を受け取りながら、話を再開する。
「『洋子さん犯人説』が、濡れ衣やったら絶対悦ちゃん違うって言うやろ? そう言わんかったから、ビンゴ」
「そう、だったんだ」
カマ、かけられちゃった、と呟きながら、悦ちゃん自身も割り箸を割る。
「まぁ、やりそうな子やとは思うし」
「そうかな?」
「悦ちゃんが主犯より、はるかに”らしい”わ」
悦ちゃんを巻き込むなや、と、洋子さんへの恨みを込めて生卵を割る。
「『世の中は全て、自分の思い通りになる』って思ってるのが、こう……伝わってくる子やな。アレやったら、偽のラブレターで男踊らすのに、躊躇せんやろ」
「そう、なんだ」
どこか複雑そうな顔で悦ちゃんが、牛丼の隅を崩している。
「俺は、嫌やな。ああいう子。サクの好みやから、俺が文句つける筋やないけど」
俺も生卵を崩しながら、正直な気持ちを言う。
チラリ、と盗み見た悦ちゃんは、ピタリと箸を止めて。
泣き笑いのような顔で、丼鉢を見つめていた。
悦ちゃんと洋子さんの二人を脳裏で比べながら、箸を動かす。
去年、俺は悦ちゃんも加害者や、って言うたけど。どっちかと言えば……悦ちゃんに対するイジメの一環、やないか?
「悦ちゃん、割り食ってもたな」
裏の黒幕がわかった悦ちゃんの”待ち合わせ恐怖症”を、これで解消できたらええけど……。
「はい?」
「主犯格は、良心の呵責を感じてなさそうやのに、悦ちゃん一人が嫌な思いしとるやん」
「いえ、私も悪かったから……」
あちゃぁ。俺が言うた『自業自得』が、メチャメチャ効いてしもとる。
「うーん。悪かったとしたら……タイミングが”悪かった”、だけと違う?」
レトリック、でしかないけど。
ちょっとでも、悦ちゃんの痛み、軽くできへんやろか。
「タイミング?」
「そう。悦ちゃんが悪かったのは、悪巧みのど真ん中に突っ込んでしまったことだけや。後は、何も反省するようなこと、ないで」
そう、おどけるように言ってみる。
「悪かったのは、タイミング?」
そう、繰り返した悦ちゃん。
そうや。
悦ちゃんが『嫌や』って言われへんのを利用した、あの女がすべて悪いんやで。
悦ちゃんは、十分反省したのやから。
残りの罪悪感は、あの女に預けとき。
悦ちゃんの罪なんか。
俺の罪、に比べたら……。