合コン
単科大学のええ所。
人数が少ないから、探し人がすぐに見つかる。
休み明けから、俺は講義のたびに教室を見渡して、悦ちゃんを探す。まだ一般教養のほうが多いからか、一緒の講義を受けていることが結構あった。
今まで、なんで気が付かなかったんか、不思議やわ。ホンマ、無色透明やなぁ。
悦ちゃんは、ヨッコちゃんたちと気が合うたのか、いつの間にか一緒に講義を受けるようになってた。
俺たちとも学食で顔を合わせたら、一緒に飯を食うようにもなった。
時々あるサークルの飲み会では、いつもちょっと早め来とる悦ちゃんと二人で、みんなが来るのを待っては、そのまま並んで座って。
そうして少しずつ、彼女と普通の会話ができるようになってきた。
ゴールデンウィークには市営のコートを借りて、みんなでテニスをした。
「完全に初心者、ってどのくらい居る?」
大山さんの声に応えて手を挙げたのが、俺と悦ちゃん、それから総合大の男子で、米山と、香坂だった。
「おお、結構今年は……」
その様子を見ていた二年の高見さんが手を叩く。
「経験者、ゲームやるか?」
「じゃぁ、こっちのコートは初心者グループな」
先輩たちの間で話がまとまる。
集められた初心者は、ラケットの持ち方から教えてもらう。
「じゃぁ、ゆるーいのから球出しをして行くから、打ってみようか」
佐々木さんがネットの向こうから、ポーン、ポーンと俺たちのひざの高さを通っていくような球を打ってくる。
俺、長いことサッカーしとったからなぁ。ボール見たら、足出してトラップしてしまいそうや。丁度、ええ感じにボールが飛んでくるし。
『足やなしに、手ぇやで』と、自分に言い聞かせながら、ボールを打つ。
「えぇい!」
妙な掛け声が聞こえた。と思ったら、悦ちゃん。
掛け声は、ええけど。ぜんぜん当っとらへんし。
悦ちゃんが空振りしたボールが、俺の方へと飛んできた。
よ、っと声をかけて。
「こらー、野島ぁ。ボール、蹴るなー!」
「あー。すいませーん。つい、サッカーの癖が」
軽すぎてコントロールが、って、問題でもないな。
あんまり運動が得意そうには見えない悦ちゃんは、やはり、というか。空振り、空振り、カス当たり。
何で、サークルに入ろうと思ったのか、ホンマに不思議な子やった。
ゴールデンウィークからしばらく経った五月の末。
季節の変わり目の温度変化に、体がついて行かんかったらしく、俺は風邪をひいた。これも夏風邪、になるのやろか? 妙に熱が高くて、三日ばかり寝込んだ。
寝込んでいる場合やなかった、と聞いたのは、元気になって大学へ行った日の朝。
「おい、野島」
「ああ、おはようさん」
「悦ちゃんがな……」
木下が顔を合わせるなり、悦ちゃんの名前を出したことに軽く身構える。
なにがあった? 俺が居らん間に。
「合コンの話、拾ってきてしまってさ」
「はぁ? 合コン?」
あの、悦ちゃんが? 合コン、拾たぁ?
ネズミがネコを拾ってくるぐらい、ありえへん話やん。
「一昨日、か。二時限目の考古学のあとにさ」
サークルの仲間うちで一般教養の考古学を履修しているのは、木下と広尾と悦ちゃんの三人やから、悦ちゃんは講義の最中も一人で座ってたらしい。
そして、講義の後。三人組みの女子が、彼女にごり押しで合コンをねじ込んだ。
「悦ちゃんにねじ込んだ、って、数合わせ、とかなん?」
「いや、お前つれだせってさ」
「俺?」
「『野島君とぉ、あと一人誰か呼んでぇ、四対四?』、だとさ」
木下が、妙な”しな”と声をつくりながら、言う。
「四って……」
「俺とお前だろ? あとは広尾と、もう一人、って。女子は、その三人に悦ちゃん」
「うーん……」
俺を釣るためのエサに悦ちゃんが選ばれた、っていうのが、嬉しないか? と言われれば、微妙に嬉しいけど。
「メンドクサイ話やなぁ」
「でも、お前が断ったら、多分、悦ちゃんにとばっちりが行くぞ?」
「そんな感じ?」
「だな」
行っても行かんでも……メンドクサイ。
「なんで悦ちゃん、そんな話、拾うねん」
「あの迫力を断れる子じゃないから、だろ」
「そうなん?」
木下の話では、ほとんど”吊し上げ”の様相を呈していたらしい。それも廊下の片隅で。
「とりあえず、俺と広尾で仕切るように話つけておいたから。悦ちゃんは連絡係、ということで」
「なぁ。ソレ、俺は悦ちゃん狙いで構へんのやんな?」
念のため、と俺が言った言葉に、OKとジェスチャーで答えた木下は、教室に入ってきた女子を指さす。
「アレ、が主犯な」
ほほぅ。
なんて言うか……利害が無けりゃ、悦ちゃんに洟も引っ掛けそうにない子、やな。
そうして迎えた、合コンの当日。
前の週になってから急遽バイトが入った木下の代わりに、総合大のやつに声をかけて。結局オレと広尾。総合大から、米山と小野の二人が加わった四人、になった。
待ち合わせの五時より少し前、に俺は駅前のオブジェに着いた。
あー。今日は悦ちゃん、まだなんや。まぁ、そのうち来るやろ。
そしたら、いつもみたいにそのまま悦ちゃんとくっついとこう。
五時十分。
悦ちゃん以外の全員が揃った。
「どうしたんだろうな?」
「野島、何か聞いてるか?」
「聞いとったら、こんなところで、ボサッと待ってへん」
「それもそうだ」
男四人で、ぼそぼそと相談しとる横で、”主犯”の女子が声をかけてきた。
「あのぅ。先に行きませんか?」
「友達、待ってやる気、ないんだ?」
広尾が、呆れたような声を出す。
「え、だって。お店にも迷惑だろうしぃ……」
ものは、言いよう、やな。
どうするって、目だけで広尾が俺に尋ねてきた。
「俺が悦ちゃん待っとくから。先行っといて」
「場所、わかるか?」
「ああ、大丈夫やと思う」
行く気、ないけど。
「そうやなぁ。三十分待っても、悦ちゃんが来なかったら行くわ」
『来たら、行かへんで』と、言外に匂わせる。
と。
主犯の女子が、嫌な微笑み方をした。
結局、駅の時計が五時半を指す頃。待ち人が現れた。
「野島君?」
「あ、悦ちゃん。よかった。来た」
慌てる風でもない悦ちゃんの姿に、トラブルに巻き込まれて遅れた訳でもなさそうと、ちょっとホッとする。
「どないしたん? いつも、早めに着とるのに。遅刻なんて珍しいやん」
「え?」
真剣に驚いた風に、彼女の細い目が見開かれる。
「五時、過ぎとるで?」
「六時に変更って……」
おい。
「誰から?」
蚊の鳴くような声で、”変更”の事情を話す悦ちゃんやけど。
あの、”主犯”女め。さっきの嫌な笑い方は、ソレ、か。
嘘の時間を教えられた悦ちゃんが、三十分待っても来るはずがないって知っとったな。
ふん。ざまぁみろ。
悦ちゃん、いつも早よ来るのを知らんかったやろ?
それは、そうとして。
あっさりと騙された悦ちゃんに、少し注意をしとかんと、な。
「悦ちゃん。連絡係が悦ちゃんやねんから、時間の変更なんかあったら、俺らから直接連絡するやん」
そう言った俺の目の前で、顔が見えないほど俯いてしまった。
あれ? 言い過ぎた、かな?
「くぅー」
唸り声を上げて、悦ちゃんが両手で目をこする。
「悦ちゃん?」
泣いて、るんかなぁ?
唸り声に聞こえたのは、嗚咽、やんなぁ?
「泣かんとって」
「大っ嫌い」
聞こえてきた小さな声に、頭を殴られた気がする。
そんなぁ。俺、悪ないやん。
「待ち合わせなんて、したくないのに。約束なんて、信用できないじゃない」
はぁ?
妙なこと、言わんかったか? 今。
嫌だ、嫌だと呟きながら、悦ちゃんが泣き続ける。
そろそろ、泣きやまな。溶けてまうで?
「悦ちゃん。落ち着いたら、どっか店に行こう、な?」
彼女の意識をこっちに呼ぼうと、”待ち合わせ”とは関係の無いことを言ってみる。
作戦成功。
顔を上げた彼女は、真っ赤な目で俺の顔を見てくれた。
「野島君」
「どないしたん?」
「合コン……」
「行かんでもええやん。男、悦ちゃんの知っとる奴だけやで?」
「野島君、が行かなきゃ」
ホンマ。木下が言うてたみたいに、俺が行かんかったら悦ちゃんにとばっちりが行きそうな雰囲気なんやな。
そう思わせるほど、必死な顔で俺に行くように言うけど。
「俺、小心者やから。転校生みたいに途中で入るの、苦手やねん。盛り上がっとるところに、入りたないわ」
そう嘯いて、悦ちゃんの頭を撫でてみる。
俺らが行かんでも、”三対三”で、合コンは成り立つし。
ソレよりも。
「悦ちゃん、晩飯。ラーメンと牛丼どっちがええ?」
このまま、”一対一”で、飯行こう?
「野島君の好きなほうで」
「ほな、牛丼、な」
泣いたばっかりで、ラーメン啜るのはしんどいやろ?
小さく頷いた悦ちゃんの手をとって、最近よく行く牛丼屋へと体の向きを変える。
互いの注文を済ませて、お絞りで手を拭く。
悦ちゃんも少し落ち着いてきたらしく、丁寧に使った後のお絞りを畳んでいる。
「悦ちゃん。待ち合わせ、嫌いなん?」
彼女の顔色を伺いながら、さっきの”妙な言葉”について尋ねてみた。
「何で……」
「さっき、泣きながら言うとった」
「あぁぁ……」
悦ちゃんは小さく呻きながら、頭を抱えて俯いてしもた。
「理由、聞かして? な?」
追い討ち、かな、と思いながら言ってみると、彼女の頭が恐る恐る、って感じで上がる。
また泣いてしもたら引き下がるつもりで、彼女の表情を見る。
「中学生のときに……」
小さな声で彼女が話してくれた昔話。
放課後の教室。数人のクラスメイトが面白半分で他人の名前を騙ったラブレターを出す相談をしているところを目撃してしまった悦ちゃんは、彼らに言われるまま、見なかったふりをしたらしい。
ラブレターを貰った相手が、呼び出しに応じるか、応じないか。そんな下種なことで喜ぶクラスメイトの姿に、悦ちゃんは『いつか、自分が標的にされる日が来るかも……』と、怯え続けてきたという。友人同士の待ち合わせだけでなく、遠足や修学旅行の集合も怖かったって。
「それ、自業自得、やん」
騙す片棒を担いでしまった罪悪感が、悦ちゃんの”不安”の根源やろ?
ポロッとこぼれた一言とはいえ、悦ちゃんにはきつ過ぎたみたいやった。顔が下がって、テーブルの上に置かれた手がぎゅっと握り締められる。
どうフォローしようかって、内心で焦っとる俺を助けるように、タイミング良く運ばれてきた料理を受け取って、箸を割る。
モソモソ、って感じでご飯を口に運ぶ悦ちゃんを見守りながら、俺も飯を食う。
よっぽど、堪えとる、なぁ。
普段、学食で食べてるときよりペースも遅いし、時々ため息が混ざるし。
これは、下手なフォローしたら、余計に泥沼に嵌りそうや。俺、そういうドジを踏みやすいタチやし。ちゃんと話したほうがええやろ。
「あのさ。悦ちゃん」
「はい」
ほとんど動いていなかった彼女の箸が止まる。
「悦ちゃん、さっきから自分が被害者みたいな顔しとるけど。そのラブレターもらった子の事、考えたことあるん?」
「えぇっと……はい」
「ホンマに? その子からみたら、黙っとった悦ちゃんかて、加害者やで?」
「……」
殴られたような表情で悦ちゃんが俺の顔を見るのが痛々しかったけれど。
イジメに巻き込まれた、と違うやろ? 見なかったふり、を”選んだ”のは、悦ちゃんやで?
「立場を変えてみ? 今日、俺が残ってなかったら、俺らも一緒になって”騙した”みたいに見えるやんな?」
実行犯、はあの女子、やけど。疑心暗鬼になっとる悦ちゃんにとっては、俺たちかって同罪やろ?
その言葉に、しばらく考えた彼女は小さく頷いた。
「騙す方をやったことがあるから、待ち合わせのたびに『騙されるかも』って恐怖感を持つのと違う? 普通、すっぽかされたのを、『騙した』なんて、思わへんて」
そのラブレター貰った子は、『差出人にすっぽかされた』とは思っても、自分が実は騙されていて、そんな自分の姿をネタにしている連中がいるとは想像もせんやろ。たぶん。俺がやられたとして、その発想はないわ。
「俺ら今日、悦ちゃんにすっぽかされたわけやん? そやけど、『騙された』はないわ」
「は、い」
泣くのを堪えるように、キュッと唇を噛んだ悦ちゃん。
これ以上は酷な追い討ちになりそうで、そこで一旦話を切った俺は、一先ず食事を再開させた。
箸を動かしながら、悦ちゃんの視線を感じる。
「どないしたん?」
半分ほど残ったご飯に手をつけようとしない悦ちゃんに声をかけると、
「ごめんなさい」
謝られてしまった。
「はぁ?」
「約束、すっぽかしたせいで、野島君……」
「俺?」
「合コン……」
あ、忘れとった。そう言えば、あっちをすっぽかしたな。
「ああ、もともとあんまり気乗りしとらんかったから、かまへんよ」
正直な話、行きたくなかったし。
それよりも、悦ちゃんのことをもっと知りとなったわ。
「待ち合わせ嫌いやのに、なんでサークル入ったん? テニスかて、初心者やんな?」
不思議が不思議を呼んで、めっちゃ気になるやん。
「うちのサークル、待ち合わせばっかりやん」
テニスも飲み会も、もれなく待ち合わせ、やで?
「誘われて、断れなくって……」
「今回の合コンみたいに?」
「はい」
そう答えた悦ちゃんが、飯の存在を思い出したように慌てて、箸を手にした。
一生懸命口に運び始めたのを見て、ほとんど食い終わっている自分の箸を一度置く。
待ち合わせが苦手やのに、断れずにサークルに入って。
毎回、この子はどんな気持ちで待ち合わせに来ているのやろ。
それも、遅刻ぎりぎり、とかやなしに、いつもいつも集合時間よりもかなり早い時間に。
あれ? ちょっと待て。中学生の頃から怖かった、ってことは……少なくっても、高校の三年間は、怖がり続けたんやな。中学の間の時間を入れたら、それ以上や。
そう考えたら、一回の過ちに対する罰は、十分に受けたのと違うん?
そろそろ、楽になってもええと思うけど。
『社会人になるまでに、断ること覚えたほうがええで』と、彼女に言いながら俺は、この先どんな時も、彼女よりも早く待ち合わせに行こうと心に決めた。