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第八話 悪意、闇よりも深い漆黒

隠された時代(ハイデンヒストリー)》 山中


 朱雀の宮からさほど遠からぬ山中に、忘れ去られた古びた寺院がある。雨風によって本堂は酷く劣化し、柱や床、納められていた仏像が大層腐敗していた。また、墓地は荒らされ、身包みを残らず剥がされた遺骨が所々でむき出しになっている。

 

 地獄の一角かと思わせるこの不気味な境内に、住み着いている狼藉者達がいる。誰も彼も、がっちりとした肉体に顔や身体が傷だらけの、実に無作法な身なりをしていた。

 

 彼らは鎌倉の結界外を荒らし回っている山賊であった。

 

 その野生的な集団の中に美しい紫紺の帽子(もうす)と藤色の袈裟を纏った尼が一人、その無作法な集団の中心に座り、地図を広げて彼らの関心を引いていた。尼を取り囲む連中の顔つきはいかがわしい欲望を脳内に留めているようなものではなく、真剣そのもの。誰一人、余計な口を挟まず、尼の言葉に聞き耳を立てていた。


「ここが朱雀の宮だ。今宵、慰霊祭が開かれるために、境内は開放される。鶴岡八幡宮若宮別当の南野永常の兵どもは手練れ揃いで知れているが、集まる者の多さに統率に乱れが生じるのは必須。その盲点を突けば、容易く永常の首を得られよう」

「なるほど……野次馬どもの中に紛れちまえばいいって話か」

「左様。先に送り込まれた数名が、境内に火の手を上げよ。それを確認次第、三方の山から同時に攻め入ればこちらのものだ」

 

 盗賊の御頭は前代未聞と言われる悪行の計画に、相当の快楽を得られる目算をしていた。憎き幕府の狗を虐げ、酒、女、そして宝を思う存分味わうことができ、何よりも恐れ多き御魂入りの功労者を偲ぶ慰霊祭を襲うことで、盗賊としての箔がつく。これは何よりの名誉だ。

 

 だが、御魂入りという言葉の前に、列座する中にも顔色が優れない者がいるのは確かだ。


「……やるのはいいとして、気になることがある」

「何ぞ」

「慰霊祭の報復として、例の神さんが出てこられちゃ俺らも一たまりもない。そこんところ、あんたはどう見てんだい? 紫紺の尼さんよ」

 

 すると彼女はククッと、身体を小刻みに震わせて笑った。


「魂を宥めるための祭など、所詮は人の自己満足。あれはまったく興味も示さん。だが、もしも姿を現したとしても、心配いらん。標的はこの私だ」

「本当だな?」

「安心するがよい、何も恐れることはない。貴様らは思うがまま暴れていれば、全て旨くいくようにしてやろう……ただ、それにはもう一つ念を入れておきたいのう」

「何?」

 

 その数秒後、背筋に何かが這うような悪寒に冷たい汗が噴出した。自分だけではない、仲間も同じような反応をしている。

 

 間もなく、悪事に長けた彼らの本能を脅かしている気配の正体が目前に現れた。

 

 腐って落ちた壁や床の穴から覗く、鋭い爪を持つ赤茶色の長い指。カリカリ、と、音を立てて、所々の隙間からその姿を主張する。

 

 どよめきが悲鳴と化す。怖気づいた御頭が、目と口を開き切ったまま尼の顔を仰ぐと、彼女は優しい笑みがそこに待っていた。


「言ったであろう? 心配せずともよいと」

「う、嘘だ……! 嘘つきやがって……!」

「嘘ではない。お前を強くしてやる。その人格を留めたまま、な」

 

 口元だけの笑み。その目は暗く底すら見えない。

 

 紫紺の帽子(もうす)に隠されていたのは深い闇。この世の悪事もただの悪戯事にしかならない、暗く混沌とした負の世界からこの尼は舞い降りた。

 

 ――やはり、人間ではない。

 

 その後、この廃れた寺院に一人の男の呻き声が響く。だがそれ以外、世界は静寂を保ったままであった。



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