第参拾三話 運命、ただ夜明けを信じて
《隠された時代》
高槻の声に六生はふと顔を上げた。恨めしげな眼差しが虎次郎に突きつけられる。
『杉浦君……君には何を言っても許される身でないことはわかっている。だが、もう終わりにしよう』
彼がそう言った後、水が揺らめくように六生の視界が切り替わった。虎次郎から放たれるバリアブルバブルの影響だが、虎次郎自身には六生の見えているものは見えていない。
六生の視界にブルーホールにいる高槻の姿が映った。それは脳死になって以来初めて見る現代の人の顔、憎しみの相手の顔だった。
「……そんな面してたのね。で、どうするつもり……さっさと殺せば?」
『そのつもりだ。紫紺の尼こと〈六生〉には死んでもらう』
「〈六生〉にはって……どういうことよ!」
『戻るんだ、〈杉浦亜里沙〉に。私は君を現代に連れ戻すために彼をダイバーとして送り込んだ。君の人体はまだ、生命維持装置に――』
「うわぁぁぁぁぁッ!」
言葉は六生の発狂に掻き消された。突如、子供のように泣き叫び、絶望の面持ちで髪を掻き毟る。
その形相に虎次郎や昴は愕然とした。元々ヒステリックな印象を受けていたが、ここまで嘆き狂う人間の姿を目撃したことはない。圧倒されたまま、彼らは動向を見守った。
すると彼女は瞬きもせずに何かをぶつぶつと呟きだし、荒れた。
「……嫌だ、嫌だ、嫌だ! 捨ててよ、あんな真っ黒に焼けた体! いらない、いらないよぉ! 捨ててってば!」
『……ああ、そのつもりだ。君の魂を肉体に戻した後に、安楽死させる。それで君の願いは叶うよ。もう、あの肉体を見ずに済むのだからな』
「ふざけないでッ! 今、ここで殺せ! あんたは死ぬより残酷なことを言ってる!」
『私は自分を犠牲にすることもいとわない所存だ。これは代償だよ、六生……残念ながら、君はその姿で数多の殺人に手を染めてしまった。単に犠牲者として君を扱うことは、もはやできない』
「うるさいなッ! 何がいけないのよ! あたしはあたしに火を放った放火魔を殺してやりたかっただけなのに……私の家にガソリンかけて火をつけたあいつを無残な姿にしてやりたかっただけなのに! あんた達には危害を加えるつもりはないのよ!」
「放火って……」
闇の根底はこれだ。
無慈悲な運命。彼女と接触するたび自分を苦しめた、あの皮膚が焼きただれるような熱さは亜里沙が炎に焼かれた時の記憶だ。彼女の意識に干渉した折、見てしまった光景には、薄暗い病院の中で生命維持装置に繋がれていた何かがあった。管の繋がれた真っ黒に焼け爛れた何か――
「そう言う……ことだったんだ……」
あれは腕だ。亜里沙の腕だ。
それが記憶にあると言うことは、残酷なことにその瞬間まで彼女には意識があった。
見てしまった無残な自分の姿に、神をも凌駕する憎しみは生まれた。その悲劇に、返す言葉など誰にも思いつかなかった。
そして、皮肉なことに虎次郎は実感した。
自分はまだ幸せだった、と。
「……何よ、その顔」
虎次郎ははっとした。迂闊にも見せてしまった哀憫の表情に彼女は牙を向く。言葉に詰まる彼の姿が、一層、亜里沙の癪に障った。
「憐れんでんの? 可哀想だと思ってくれるの? 虎次郎……優しいのね?」
『杉浦君、彼は関係ない!』
「黙れっ!」
執念に取り憑かれた彼女は、じっとりとした足取りで虎次郎に迫る。
「見たでしょ? あたしの記憶……あたしの真っ黒な腕! そうよ、あれが私よ? あの通りなのよ!」
「復讐のために……現代にダイブするために俺を――」
「そうよ! あんな姿で生きてるって言える? 誰があたしのことを愛してくれるの? あんな真っ黒に焼け焦げたあたしを! そんな姿にした人間を生かしておけって、あんた達は言ってんのよ!?」
「仕方ないだろ!? 復讐を許したら、ダイブが人殺しの手段になっちまうんだから!」
「いいわねぇ、虎次郎。あんたは幸せじゃない! そんなキレイな肉体が残ってる。脳死の私と植物状態のあんた。まだ未来はあるのに……どうして私の邪魔をするのよ……私は自分の生きる目的を果たそうとしただけなのに……どうして邪魔をしたのッ!」
理不尽な話だ。
それは放火された彼女の運命のことを言っているではない、ダイバーの同情を買おうとしている彼女の悪足掻きへ抱いた感情だ。
彼女はもう駄目だ。自分の不幸に夢中だ。
酷い女、こちらの話を聞こうともしてくれない。
何でわかってくれない。突き放さなきゃいけないこちらも辛いに決まっているのに。
――どうして、俺が幸せだと言い切れる。
「……俺だって、望んでなかった。それを知ってたら、あんたと一緒に考えたよ!」
「考えたって、何を? この時代でこいつらと仲良く鬼退治しろって話? 冗談じゃないわよッ! あんな姿にされて、おめおめと魂のまま生きているのなんて……恥だわ!」
「……だったら消えればよかっただろ」
『虎次郎!』
「恥に耐えられないなら、死ねばよかったんだ!」
「……あんた、何を偉そう――」
「生きるのは辛いんだ。辛くて当たり前なんだ! でもそれはいつか自分で超えなきゃならないんだよ! じゃないと……今のお前のようにいつまで経っても停滞したままだ」
同情を捨て去った虎次郎に、周りは見えていなかった。黙ったままやり過ごすのは冗談でも許せない、その一心で彼は亜里沙を非難した。
「俺だって死にたかった……死んで何も考えたくなかった! これから一生、誰かの負担になって、惨めな姿を晒して、夢すら失って生きる自分なんて……捨てたかった! 死にたかったんだよ、俺はァッ!!」
言葉にすることを躊躇ってきた想いが、彼女の告発を受けて堰を切った。ここまで来るのに耐え忍んだその苦労を軽視されたことが彼にとってこの上なく許せなかったのだろう。
だが、気迫を帯びた非難の瞳に見え隠れするのは哀愁。素直な感情を出すことに躊躇しながら、彼は言葉を続けた。
「だけど……駄目なんだよ、六生。俺達には皆が普通だと思っている人生は与えられなかったんだ。足掻いたって手に入らないんだよ……! あんたを酷い目に遭わせた犯人を殺したところで心は救われないんだ」
「やめてよ! そんなはずないッ! 私はそのためだけに今日まで生きてきた……あいつを同じ目に遭わせてやるって、それが唯一の希望だって……生きてきたんだから!」
「何で……そんなに強い心を持っているのに、別の生き方を選べなかったんだ!? 自分のために他人を傷つけてしまったら、もう誰からも憐れみを受ける資格なんてない。同じになんだよ、あんたを焼いた放火犯と! 例え、どんなに酷い運命を背負わされても……」
「同じにするなッ! 私は違う! 違う!」
「違わないッ! お前は、自分のために何人の人間を殺した!? 例えその場で死ぬ運命だったとしても……殺したのはお前だ! お前のためにたくさんの人が泣いた! そんなこと許されるのか? 仕方ない犠牲だったっていうのかよ! だったら、お前のあの姿だって、仕方ない犠牲と切り捨てられたら……お前は納得できるってことだよな……!」
亜里沙は言葉に詰まった。
もう、見て見ぬ振りなどできなかった。
自分が語っていたのはただの感情論に過ぎない、自分可愛さ故のわがままだと、頭の片隅に追いやっていた罪の意識が蘇る。
消えてゆく夢の残像に、彼女の心は涙した。
「……俺達は哀れだ。でも不幸じゃない」
「……なぜ」
「この世で最も、辛い人生を与えられただけだからだ。『普通』なんて存在しない、人と比べたら辛いだけかもしれない……だけど、俺は思う」
「……何を」
「この人生だけが、俺の魂に花を咲かせられるって」
「……馬鹿な理屈。全身黒焦げにされて、ただの霊体にされた私はどうしろっていうのよ?」
その冷笑に、彼は熱意を以て答えた。
「今から、生きろよ」
「……」
「六生は死んだ。今から、杉浦亜里沙としてやり直せよ……一瞬でも胸を晴れる生き様を残してみろッ!」
それが高槻の提示した結末と真逆であると、彼は知っていた。
知っていたからこそ、彼は告げたのだ。
自分達は生きているから、まだやれる。生きているから足掻け、と――
「亜里沙、俺はやるよ。俺は元の時代で、元の体で、残された可能性に死力を尽くす。それが俺に与えられた……この世に生まれた意味なんだ!」
「二度と、元には戻れないとしても?」
「それでもいい。それが俺なんだ。俺が見せるべき、生き様なんだ」
不思議だ。いつの間にか迷いが消えていた。あれほど恐れていたはずの孤独の眠りも、待ち構えている脳障害も、ただの通過点としか思えなくなった。
大事なのは、そんな自分をどう受け止めるか。受け止めて、どうやって歩き出すのか。
今、はっきりと道は見えた――
「……この身体に、命を懸けろと言うのね」
「そうだ。お前の足掻きがきっと、また誰かの可能性を開くさ」
「どうだか……それを許さない人間は多いんじゃないの? 少なくとも、私は神の裁きを受けなくてはならないのだから――」
無関心を装い、夜叉丸は一言も発することなく、ずっと彼らの話に耳を澄ましていた。
「夜叉丸……聞いただろ? お願いだ……」
どんな気持ちで彼らの会話を聞いていたのか、その小面からは窺い知ることは出来ない。
だが、静かに夜叉丸は口を開く。
「お前も学習が足りないようだな。その優しさが仇となるぞ、虎次郎」
「知ってる……だけど、頼む。亜里沙を殺さないでくれ」
「……殺すつもりは毛頭ない」
意外な回答に虎次郎は目を丸くした。初めから彼女の改心を望んでいたのだろうか。
だが、思わず礼をしようとしたその口を、夜叉丸は「しかし」と続けることで制止した。
そして、
「殺しはしないだけだ。その身の自由は奪われる」
「それは……幽閉ってことか」
「そうだ。貴様の自由は永遠に奪われる。その魂、消えるまで鶴岡の神木の中で眠りに就くがいい」
「夜叉丸……!」
情には動かぬ鉄壁の秩序の基づき、夜叉丸は亜里沙に裁きを言い渡した。打ち解け始めたその心を再び閉ざさせる冷徹さに、虎次郎は拳を上げんとする。
だが、間もなく亜里沙によってそれは収められる。顔の表情一つ動かさずに彼女は口を開いた。
「承知したわ。その償い」
呆気に取られるほど、その返事には裏の意思はなかった。
「言っておくぞ、死ぬより辛い眠りだ。あれだけの力を使って、お前の身体の質量はまったく変わっていない……魂が消えるまで何百年かかることか、見物だな」
すると、彼女は高く笑った。
未だにプライドの高さを失わないその心に、亜里沙の頑固な軸を感じずにはいられなかった。少し違ったのは、彼女の高笑いから不気味な感覚消えたことくらいだ。
「……そんだけ生きられるなら、自分が灰になった時間で消滅してやるわよ」
「できればいいな。生きていたとしても、結界の中で身動きも取れやしないだろうが」
「賭けてもいい、あんたの力はその時まで持続しない」
「……ほう」
「そして、あんたの結界を破って……一つだけ、やり遂げて消えるわ」
「まさか、お前……まだ!」
再び疑心を抱く虎次郎をからかうように亜里沙は笑った。
「人一人、始末できる力なんかありゃしないわよ……あってもやるつもりはないわ」
「じゃあ、何だよ……」
「言う必要なんてないわ。ただ、残念だけど……あんたが望んだ道を私は歩けないみたい。だけど、私はその最後の仕事に自分の魂を燃やし尽くす」
顔つきが違う。その顔はもはや〈六生〉ではなかった。
ダイバーとして運命に向き合った、杉浦亜里沙という魂の本来の姿だった。
「それが……ムカつくけど、あんたとの約束よ」
彼女が何をやろうとしているのか、それは知る由もない。だが、はっきり言えるのは先ほどまで犇いていた悪意が消え去り、虎次郎が感じるのは純粋な魂の囁きだった。
バリアブルバブルの流れが、澄み切っている。それは何より、彼女が嘘をついていない証拠であった。
「わかった……勝手に死ぬなよ」
「そのまま返すわ……あと、高槻さん。悪いけど、あんたの提案は破棄させてもらうわ」
『……承知した。杉浦君、我々は君の帰還を諦める。君の肉体は、火葬しなくてはならないが……いいのか?』
亜里沙は哀しく頷いた。
「遺骨を……両親へ渡してください」
『約束する。責任を持って、ご両親の元へお返ししよう』
「そう」と消え入りそうな細い声で彼女は呟き、息をついて空を見上げた。目障りだったはずの朝日が、心の底までも穏やかに照らしてくれた。
それが高槻と亜里沙の最後の会話だった。彼女と虎次郎の激闘を目の当たりにして、自身の考え方を大きく改めた彼は、全てを時の流れに委ねた。
これは杉浦亜里沙への最後のチャンス。彼女が自らの所業を向き合い、最期に己が約束を果たせるのか。一人の人間として「人生」に挑む、最後の機会なのだ。
「さあ、夜叉丸……連れて行きなさい」
心の準備はできた。彼女がそう告げると、夜叉丸は腰に携えた太刀をゆっくりと抜き、青い光で刃を包んだ。
リン……。
結び付けられた鈴が切ない音色を奏で、切っ先は六生の胸を突いた。
「亜里沙……」
静寂の中で虎次郎は彼女の名を呼ぶが、亜里沙は応えることなく、その場に崩れ落ちた。
夜叉丸はその刀を彼女の胸元から引き抜き鞘に収め、何も語らずに眠りに就いた亜里沙の身体を担ぎ上げた。
「帰るぞ、虎次郎」
「……ああ」
憂いの余韻に心を浸す間もなく、彼らは朝日に映し出された大路を歩き出した。道を埋め尽くしていた餓鬼の骸もいつの間にか消え去り、何もない正常な街並みが帰っていた。
その時、夜叉丸は足を止めて、
「こいつも知っていたな」
「……何を」
「俺もそんなに先が長くないことを」
その言葉に、虎次郎は雪江から教わった情報を思い出す。
バリアブルバブルの高濃度周期はあと5年、それは夜叉丸の寿命に等しい時間だった。
「目覚めた時の土産話として教えといてやる。俺自身も、この身体の中にあった一つの魂でしかなかった」
「一つの魂……自我ってことか?」
「そうだ。自分が誰だったのか、はたまた新しく生まれた魂なのか……それはわからない。わからないが、数多の魂の頂点に君臨し、人からは『夜叉丸』という名で呼ばれている。『夜叉丸』という神は俺のことなんだろうが、なぜ俺が『夜叉丸』という神になれたのか……ずっと疑問だった」
朝日に照らされた小面の横顔は遥か遠くを覗いていた。
「だが……お前を見て気づいた。それは俺が最も強かったからだって、理解した」
「何だそりゃ……自慢かよ」
すると、夜叉丸は振り向いて、
「そうだ、自慢だ。俺の魂はこの身体に生きる数多のどの魂よりも強い。だからこそ、こいつらに恥じないように多くの事を学びたい。俺を生かしてくれるこいつらの願いを一つでも多く成就させてやりたい……」
「夜叉丸……」
「残念ながら、生まれた時間が悪かったようだ。俺はおそらく、ガキのまま消えることになる。だが、残された時間……俺は最期の瞬間までこいつらと共に生きる。古株どもを歴史から消し去るくらい、俺は神として生きた証を残してやるつもりだ」
底知れない自信に、虎次郎は呆れてため息をついた。
「……よくまあ、そんな大層なことを。お前、やっぱガキだな!」
「ふん! お前よりは長く生きている。その立場から言わせてもらうと……強い魂の持ち主は楽に生きられない運命なんだよ」
「強い魂……」
「数多の運命が、人が生まれる度に描かれる。確率は気まぐれだ。稀にお前と六生のように悲劇を背負っている人間もいるが、こんなに不平等が起こるのは何故かわかるか?」
「いや……」
「それは、生まれ持った魂の強さ故だ。強い人間ほど、難度の高い人生が与えられるんだ……お前や亜里沙、そして妃子達のように」
その声音には、少しばかりの羨みがあった。
「本当に強い奴は、死にたくても絶対に死ねない……いや、死ぬことを本能が選ばない。なぜなら前に進めるだけの力があるからだ」
「でも、あまりの辛さに死を選ぶ人間だっている……一概にそうとは言えない」
「本物は自分の死まで利用しようとするさ。その死を偲んで多くの人間がそいつのために立ち上がる……愛しき者に自分の命を捧げたのと同じだからな」
すると、虎次郎は気づいたように夜叉丸を見つめ、泣きそうな顔で彼を質した。
「そこまでわかってたんなら、もっと早く、妃子に言ってやればよかったんだよ……! 何でそんな大事なこと黙ってたんだ!」
「言ってしまったら、妃子は今のように強くなかった」
「え……」
「辛いのは敦子も同じだ。でも、いつか妃子は一人で生きて行かなくてはならない……一人で試練を乗り越えてもらわなくては困る。これは敦子の意思でもある」
「……お前は良かったのか、それで。お前は自分が憎まれることを苦しく思ったりはしなかったのか?」
「俺は人間じゃない。人間とは一線も二線も距離を保つべき存在だ。人間の味方ではない。親しみなど持たれるのは御免だ」
「夜叉丸……」
胸の内を話してくれたとしても夜叉丸は夜叉丸だった。それも自分の運命に忠実に準じているからだと、虎次郎は素直に受け止めていた。
今までのような反抗心が消えたのも、神という存在でありながら、垣間見られる人間性に虎次郎が気づいていたからだ。
彼はまだ、自分の未熟さと奮闘している子供なのだ。クセはあるが、非情に真面目で勤勉な性格だと思えば、何となく、その無骨さも自分の与えられた役目を順守しているためと許してしまえる。
「……だが、俺を生かしてくれる魂には些かの敬意は払う。この身体の魂も、いずれは燃え尽きる……それまでに礼をするのも、数多の魂を支配する俺の務めだ」
あと5年。目先のことなのに、彼の生き様を見届けることはおそらくできない。
時という壁が、とてももどかしく思える。
「時間はないぞ、虎次郎。俺からしてみれば、人間なんて生きているのは一瞬だ。今やらなかったら、次はない」
「そうだな……」
「皆、ケジメを着けた。次はお前だ……精々、思い残しのないようにしろ」
そう言って背中を見せた夜叉丸は、鶴岡八幡宮へと歩みを進めた。その姿をしばし見つめながら、虎次郎は小さく呟いた。
「……ありがとう」
魂が震えた。
久々に見せた一点の曇りのない顔は、決意の表れ。可愛げのない神のお説教を胸に、臨む遥かな人生の旅路に恐れを抱くことは二度となかった。
辛くて当たり前、それが人生。
その困難すら、打ち勝てる魂がこの身に宿っている。
そう思えば、何も怖いことなんてなかった。




