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第拾七話 真実を模索して

《現代》 喫茶店


「ごめんなさいね、こんな時間に呼び出して」

「いえ、ちょうど予備校の帰りでしたから。俺も話したいことありますし」

「そう。じゃあ、じゃんじゃん食べてってね、今日は私の驕りよ! ご飯まだでしょう?」

「あ、いや、コーヒーだけで」

「ええ!? それだけ!? 本当に遠慮ばっかりして、昔からそうなんだから!」


 東京都調布市のとある喫茶店に秋宮忍と里見昴は待ち合わせた。時刻は午後9時を回り、昴が予備校を終えてこの喫茶店に姿を見せたのはたった今のことだ。


 3ヶ月前とは違い、松葉杖をつけば昴は一人で歩くことができた。忍はその回復力に安堵し明るく振る舞う一方で、少し影のある昴の顔つきに胸中を曇らせていた。


 自分と同じ、時が止まったままの眼差し。


「す、すみません」

「仕方ない、お姉さんが勝手に頼みまくるから、残さず食べてね!」


 と、強引な笑顔でウェイトレスを呼び、忍はあれこれ注文をした。虎次郎と違い、礼儀正しく、落ち着いた性格の昴は、こうでもしなければ何でも控え目に終えてしまうことを彼女は昔から知っていた。


「変わらないや……忍さん」

「そーお? 結構、落ち着いたとは思うけど」

「何ていうか、虎次郎と性格がすごく――」

「似てないわよ? あんなにガツガツ、バカっぽくないわよぉ? 私は!」

「……あ、うん、そ、そうですよね」


 くわっと凄味を増す忍の黒い笑顔に、恐れを成した昴は無理やり笑顔で応えた。


 懐かしいやり取りだ。


 あの事故以来、初めて二人は一対一の席に着いた。正直、忍は昴に会うことに対して億劫になっていたが、事情が事情だけに何としても彼と腹を割って話す必要があった。


 最初で最後のチャンス。彼の心を開けるか否かで弟の命運は決まる――


「さぁて、冗談はさておき……体の具合はどう?」

「まあまあです。これがあれば日常生活にも困りません。あと杖も……これはもう少ししたら外れるみたいですけど」


 昴は掛けていた分厚いレンズの眼鏡を取った。


「私の顔、見えるの?」

「いえ……もう輪郭とかもはっきりしてません。ぼやける通り越して、色の塊です」

「じゃあ、やっぱり、剣道は……」

「辞めました。部活も全部……足の怪我もあるんで」


 何でもないと振る舞っても、心の奥に潜む悲しみを隠し切ることはできなかった。ふと現れた昴の表情に、忍はやり切れない想いで一杯になる。


 虎次郎と昴は、スポーツの面ではお互い良いライバルであった。野球と剣道という違うフィールドであっても、それぞれの活躍が刺激となり、二人とも練習に明け暮れていた。


 そんな微笑ましい光景が二度と見られない。あまりにも残酷な未来。


「……虎次郎の容態はどうですか?」

「変化はない。けど……もしかしたら、だいぶ進展するかもしれない」

「え!? そ、それってどういうことですか!?」


 昴が声を上げたタイミングで、目の前に軽食とコーヒーが運ばれてきた。忍はとりあえず、彼を「まぁ、まぁ」と落ち着かせ、乗り出した昴の身を定位置に戻らせる。そして、ウェイトレスが去ったのを確認すると声のトーンを落した。


「……昴君は、オーバースピリットダイブって知ってるかな?」

「例の人工的に幽霊を作るっていう技術ですか? 確か……脳死患者の最終意思を確認するための処置だって」

「ええ。実はそれ、十代後半から二十代前半のアスリートを中心にドナー登録を推奨している活動があるらしくて……うちの虎次郎さ、声がかかったのよ」

「……知ってますよ。登録したんです、俺達(、、)


 間が、流れた。


 ――お、俺達?


「そ、それは、つまり……!?」


 失言だった。金魚の如く口をパクパクさせている忍に対して、昴はそういう顔をした。


「……はい」

「昴君も、ドナー登録してたの!? い、いつの話!? それ!」

「半年くらい前です。校長室に呼び出されて、そこに虎次郎がいたんです」


 忍の心が沸騰する。どれだけ組織ぐるみでドナー登録に躍起になっているのか。


「他の高校の連中も、同じような誘いがあったみたいです。確かに縁起の良い話ではないけど……普通の臓器提供と変わらないことです。それに最後に誰にも別れを言えずに死ぬくらいなら、試してみる価値はあるって思いました。大半の奴らも漠然とそんな感じだったんでしょう。虎次郎も……そうだったんじゃないんですか?」


 そう言われて、彼女は頭を冷やしたように大きなため息をついた。まさに、同じことを思っていた。忍自身も実は臓器提供のドナー登録をしていたために、『意識(=魂)を構成する素粒子の提供』と資料を読んでも同じようにしか受け取れなかった。了承印を押した書類が効力を発揮するのは自分がどうしようもならなくなった時のこと。


 それで一瞬でも最後に話せるのなら、救われる。


 彼女はそう思って虎次郎のドナー登録を了承し、叔父に一声入れておいた。だが、その一枚の紙切れはドナー登録の同意書どころではなく、虎次郎と忍を世にも不思議な空白の世界へダイブさせる片道切符であった。


「……そうね。そのはずだった」

「忍さん、まさか……虎次郎は――」

「あ、ううん! 違うの……違うのよ、そうじゃなくて……」


 余計な心配を掛けてはならない。忍は咄嗟に否定したが、昴の不安は拭い切れなかった。


 彼はしばらく忍の様子を見守った後、沈むように目を伏せた。

 

 そして、徐に口を開く。


「……あいつ、植物状態でのドナー登録もしてましたよね。しかも特殊な契約だって」

「どうしてそのことを……!? まさか、虎次郎から聞いたの!?」

「登録の日、会ったんです。帰りに。だけど、いがみ合って終わりです……あの時、止めればよかった……」

「昴君……一体、何のことを言ってるの?」


 気のせいではない、昴の様子がおかしい。俯いた彼の肩が小さく震え、テーブルの下に隠された拳を彼はぎゅっと握りしめて何かに耐えようとしている。


「すみません……俺のせいなんです」

「何が……?」

「虎次郎がああなったのは……俺のせいなんです」


 突然の告白に、忍は言葉を失った。彼はそのまま勇気を振り絞って、心の闇に塞ぎ込まれた真実を声にする。


「今日、あなたに謝りたくて……ここに来ました」

「え……」

「あの日、俺達は――」


 窓の外、信号機の光が雨に濡れたアスファルトに滲む。だいぶ雨脚も強まり、店内の人気もなくなりだしていたが、それにすらこの二人は気づいていない。


 別世界。彼らの意識は雨の音すら聞こえない、真夏の晴天下へと舞い戻る。


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