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1-0『ダンジョン部の非日常な日常』

ネトゲをやっていて、ブラウザゲーの面白さを拡大強化できないか、という思いが沸き立ちました。


これは、そんな思いを形にしたお話です。







「だりゃあああああ!!」


 全速力で直進しながら、腰に差していた鎖鎌をとり、分銅を左手に持ったまま右手で思い切り刃の方を投げつける。MP4を消費して両手武器を投げ付ける、『盗賊』系統のジョブ特有のスキルだ。その名もそのまま『投げ』という。『盗賊』のアクティブスキルでは割と実用性の高い初級スキルである。

 灰色の狭い廊下でヤギ顔のタキシード(通称、家具)が弾け、無機質だった灰の廊下に紅い生命力が模様を形作る。そのまま廊下を走り抜け、右手に見える階段を駆け上がる。その際、先程のヤギ顔とタキシードが泣き別れてある意味正しい姿になっているのを見かけ、後ろから迫る数体のデブった原始人を目視して、その両方をあえて無視する。

 倒す必要の無いモンスターまで狩る時間がもったいない。少なくとも、今は。



「っちぃ……!!」


 階段を上がると、身の丈の約2倍程の大扉。このダンジョンの屋上、ゴール、レアアイテムの入手場所。今の俺の目的地である。

 しかし、その前に先程見かけた原始人より遥かに大きい赤い巨体が立ち塞がる。このダンジョンのモンスターの長、ボストロールだ。

 本来その右手に握られているであろう棍棒は、このモンスターに限り2振りの斬馬刀に代わる。確か、数多の冒険者の血でその身は赤く、数多の冒険者の手持ちから選りすぐりの武具を扱う、という設定だったか。その為か威厳をかもす巨体に加えその黄金に輝く双眸は、見た者を一定時間動けなくしてしまう『ストップ』というプレイヤー使用不可のスキルを備えているらしい。

 これらは一瞬、刹那の思考。ボストロールの目視とほぼ同時に鎖鎌を道具袋へ直し、短剣2振りを新しく取り出して、スピードを緩める事無く直進する。



「『クイック』、『ラッシュ』!!」


 『盗賊』上位、『ローグ』のアクティブスキル『クイック』。MP4消費の素早さ上昇スキルだ。このゲームがブラウザゲーだった頃は特に魅力を感じないスキルだったが、リアルな今はその効果を大いに期待できる。そしてもう1つ『ラッシュ』のスキル。同じく『ローグ』のアクティブスキルであり、特技の扱いなのかMP消費は無い、短剣限定で高速の20連撃ができる強力なスキルだ。

 後ろから先程のトロール達の足音が聞こえるが、目の前のボストロールは倒れる気配が無い。予想の範疇だ。その為の『クイック』なのだから。



「『ラッシュ』、『ラッシュ』、『ラッシュ』!!」


 『ラッシュ』の連発。『クイック』はスキルとスキルの間のタイムロスに貢献していた。それでもこれだけのスキル発動を行っていたら、射程距離の問題も在って立ち止まらざるを得ない。だから3度目の『ラッシュ』でボストロールを飛び越える勢いで跳ぶ。そのまま腹部、胸部、頭部の順で斬撃を叩き込み、大扉の前で着地すると同時にボストロールの巨体は下り階段に向かって沈み、空中に2振りの斬馬刀だけが残る。黄色い淡い光に支えられた2振りのドロップアイテムを『コレクション』というパッシブスキル、ドロップ回収を自動で行うスキルで、走行しながら無理の無い体勢で斬馬刀2振りを道具袋に放り込み、大扉を跳び蹴りで蹴破る。



「ふんがぁっ!! …………ッぶねぇ……」


 どしゃあ、と無様な格好で地面に全身をこすりつけた結果。跳び蹴りの勢いで柵の無い屋上から飛び降りてしまいそうだった俺のブレーキが利いていた。安堵と恐怖が入り混じって、更に疲労がどっと来て、げんなりとしていると。

 不意に、後ろから声がかかった。トロールではない筈だ。ダンジョンの最深部はシステム的な条件でモンスターが侵入出来ないようになっている。



「おいコラ、パルドぉッ!! いつも言ってんだろが、ヘブンズドア蹴開けてんじゃねぇ!!」


 疲労困憊の身体をおして何とか上体だけ起こすと、個人的には蒼い空を見上げたいのだが、全身ぺちゃんこにされた褐色肌の成人が仁王立ちしているのが目に入る。今はぺちゃんこだから分かり難いが、銀髪をひっつめ、豊満な胸にサラシを巻き、その上から「喧嘩上等」の長ランとそのセットであろうだぼだぼ黒ズボン、大工の安全靴の様なものを着用している。俗に言う「番長スタイル」である。唯一、彼女の1番のこだわりであるらしい赤い『気合ハチマキ』は、優しい俺が特別扱いしてやろう。

 『気合ハチマキ』は彼女の装備の中で唯一つのレアアイテムだ。その効果は、一撃必殺のダメージを受けても必ずHPが1残る、という優れもの。ポケ○ンで同じものがあった気がするが、ここはスルーしよう。

 ちなみに『ヘブンズドア』とは彼女の造語で、さっき俺が蹴破った様な、ダンジョン最深部への大扉の事だ。



「そぅカッカすんなよ、イトー。後でスライム専用武器やるからさ」


「本名で呼ぶなッ!! もう許さねぇ。スライム形態で侵入してぶん殴ってやるぅッ!!」


「うわっ、ちょ、マジ勘弁!! すいません、ごめんなさい、申し訳ございません!!」


 …………この騒がしいのが俺のギルド仲間である「ゼラフィーネ」。種族『スライム』の職業『暗殺者』であり、『ローグ』と同じく『盗賊』の上位職である。

 というか、スライム形態での侵入はマジ勘弁。侵入されるのは気持ち悪いし、自分の拳で殴られるのは精神的にもダメージがでかい。そんなのはゴメンである。



「お疲れ様です、センパイっ!!」


「新記録だよ新記録!! 部内で最高タイム!!」


 ゼラフィーネよりも騒がしいのがやってきて、それぞれ冷たいMP回復薬150とストップウォッチを差し出してきている。とりあえず回復薬を受け取り、それを飲みのみストップウォッチを受け取る。タイムは1分21秒36。確かに、満足のいく数値だ。

 渡すものを渡した彼女ら2人は、俺には最早用無しとでも言うように2人ではしゃいでいる。時おりこちらを見て、ぼそぼそした後キャーキャー、なんて意味の分からん行動を繰り返している。


 向かって右側の、金のツインテールと幼い顔をペンギンの着ぐるみから出しているのが種族『エルフ』、職業『アニマルサモナー』の「いるま」。実は1日のログイン時間18時間の、部内最年少にして1番のヘビープレイヤーである。

 そしてその隣で、まるで超能力の様に水晶を浮遊させているのが種族『人間』、職業『占い師』の「水晶ドクロ」だ。いるまの影響を受けてネタなんていう受け狙いな名前を付けている。うちの部では珍しく戦闘職でない事もあって割と浮いた存在なのだが、明るく少々強引な楽しい性格も相まって結果、……かなり馴染んでいる。



「…………っつーか、やっぱりでしたね」


 脇から腕組みで近づいてくる長髪の女アバターを認め、まだ2、3メートル残った状態で声を投げかける。返事は、彼女が俺に充分に近寄り、立ち止まってから

返って来た。



「うむ。我が部で最速を誇る君でさえあのタイムだからな。…………まだ早かったという事だろう」


「誇っているつもりは無いですけどね。今から何をするんで?」


 俺は質問で返した。左隣に直立不動、しかも空を見上げ眼を細められては、そう返すしかない。明らかに、沈んでいるじゃないか。以前、心配して慰めたら叱られたし。だったらそんな表情すんなっての。


 彼女は我が部の部長。「辛子」さんだ。最初、間違えて「サチコさん」と呼んだ時にはゲームで引っ叩かれた上にリアルでも引っ叩かれたので、何かしら思い入れがあるのだろうか。種族は、ゲーム中でHP補正が最も高い『竜神』。職業は、武器が装備できない生産色で『よろず屋』。材料があれば、武器や防具に限らずアイテム全般を生産できるのだが、他の生産職とのバランスをとる為だろう、武器が装備不可な職業である。攻撃方法は『ダーツ』や『爆弾』、『固定砲台』という様な自分で装備しないものや装備ではなく消費アイテムとしてカウントされる様なものに限られている。

 他の部員の職業にも色々制限があるものの、彼女の職ほどは無い。


 容姿としては、黒い長髪に西洋甲冑、その上に被せる様な赤いドレスと、背中で鈍く黒光りするハンマー。ちなみにこれは武器では無く、武器制作時の鍛錬用。…………という名目で武器生産職には共通して付いているグラフィックである。基本色自体は変えられるらしいのだが、生産職以外には特に興味をそそれない話題だ。

 先輩は少し考えるように手を口に当て、しばらくしてポム、と手を付いた。



「部全体でのレベル上げを謀ろう。我が『ダンジョン部』の猛者達ならば、今日1日で充分だろう」


 目標は1人50ずつレベルアップだ、とこの場に居る全員に先輩は通達した。ゼラフィーネが「うっしゃあ!!」と右拳を振り上げ、次いでいるまと水晶ドクロの「オーーーーッ!!」という叫びがダンジョン屋上に響く。

 へいへい、と立ち上がると、何故か大ブーイングを受けてしまった。疲れているから、と気恥ずかしいからの理由があるので仕方がないのだが。……勝手な奴らだ。












 我が部は『ダンジョン部』。

 我が部はダンジョン入り口から最深部までを可能な限り速く駆け抜ける事を主とする部活である。

 我が部は一定の学校に所属しない、ゲーム上のギルドとして存在する。


 





 最後に、

 我が部は『SWORD』というオンラインゲームにおける「最速」を追い求める。



本編に続く。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ご意見ご感想、レビュー、ご指摘、気軽にどうぞ。

作者は屈託の無い意見を待っています。




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