黄昏横丁へ、ようこそ
「…………本日から……高校生として規律ある人生を……」
マイクごしの声は、体育館中に響いている。
マイクの音量上げすぎ。校長先生絶好調すぎ。保護者席ざわつきすぎ。
徹夜明けの頭が痛い。つか、だりぃ。あーも、早く終わんねーかなマジで。
そう思いながらも、なるべく熱心に聞いているような表情をつくる。
隣のヤツとかどーどーとあくびしてっし、まぁマジメな方にみられんじゃねー? って打算もあった。入学式早々、教師に眼をつけられたくないだろ、ふつー。
とにかく今日は、俺がこれから最低でも三年は通うことになる高校の入学式と、その他諸々。
んで、入学式、マジでヒマ。誰かヒマなうとかつぶやいてんじゃね? ってくれぇ。
有り体に言って、すこし眠ぃ。
周りも結構寝てるし、まじめちゃんやってんのもあきたし。も、いーや。
そう思ったが最後、がんがん響いていた声が少しづつ遠くなっていった。
『リョウ、聞いてんのか!?』
『ん? まあイチオー』
声が高い。目線が低い。
すぐに分かった。俺、今ガキに戻ってる。つまり、夢。
『いちおー、ね。聞いてなかったんだろ?』
高梨はいつもそうだ、とぼやく相手は逆光でよく見えない。
ガラスもねぇような廃屋の窓からは、ドラマみてぇな夕陽がさしこんでる。
ああ、ここは秘密基地だ、と頭のどこかで誰かが言った。
『リョウは? このまま深山中に行くのか?』
あ、こいつ、アヅマだ。小学校のころ、つるんでた。
なんか、すっげー頭よくて塾とか行ってたんだよな、確か。
考える間にも、口が勝手に動く。
『僕、引っ越すんだ。』
『はあ?』
あ、そうだった。
俺、引っ越したんだ。小4の時に。
にしても、僕とかねぇわ。鳥肌もん。
『ちょっ! どういうことだよ、引っ越すって、んなこと聞いてねぇって!!』
『そりゃそうだよ、僕初めて言ったもん。』
もんって! きめぇ。まじきめぇ。
『そうゆー問題じゃなくて!
……なあ、うそじゃ、無いんだよな』
怒ってんなぁ。当たり前だよな。
2学期の終業式が終わってから言ったし、引っ越すって。
『オレらの夢はどうすんだよ!!』
『仕方ないじゃん・・・』
しかたない。うん、シカタナカッタ。
他に、何が言えたって?
たかだか10になったばっかのガキに何ができるって?
『リョウの……馬鹿野郎!!』
ふっと、目を開ける。
入学式は、終わりかけていた。
あっぶね~。
「新入生、起立!」
周りに合わせて立ち上がる。おざなりに礼をして、拍手の中を退出する。
保護者は別に説明会とかで、おしゃべりからも開放された。ああ爽快。
やっと教室かよ、と机につっぷしたのもつかの間。
どこのスジの方ですか、って聞きたくなるくらい立派なリーゼントの強面教師がやってきて、HRがはじまった。
しかも、オレの苦手なアレつきで。
……あーもうなくていーのに。つか、俺とばしてくれていーのに。
そんなことを思ってる間にも、時間はどんどん過ぎていく。
気づくとあと一人で俺の番が来るところだった。
「じゃ十河 彼方“そがかなた”」
以外に愛想のいい担任が言う。スーツがストライプなのも悪ぃんじゃねぇ?
「えーっと、十河彼方です。深山中学から来ました。夢は・・・・・・」
名前と、このがっこー選んだ理由と、将来の夢が必須項目、らしい。夢とかみんな適当にそれっぽいのを言ってる感じだ。とりあえずまじめにやっとかねえと、担任、見た目やべえし。
てか、この学校選んだ理由って言われてもな~。俺の成績で入れるとこで、近いのがここだったんだよな~。それより、将来の夢ってなんかあったっけ? )
考えている間に、俺の番が来てしまった。
「じゃあ、次。高梨・・・あや?」
途端に周囲からくすくす笑いが生まれる。
読み方載ってねぇのかよ名簿。だー、こうなったら!
「どーも。たかすぎ りょうです。りょうです。大事なことなので2度言いました。
通学に便利なのでこの学校に来ました。初対面の人に名前を正しく読まれたことがないのが自慢です。因みに先生で6万人目なんですが、この記録を伸ばすのが夢なんでどうぞよろしく。」
教室が少しざわめいた。好意的、に聞こえる苦笑が主だ。
よし、なんとかなった。中学のあだ名“あやちゃん”再来とかマジ勘弁。
……にしても、前の席のヤツ、どっかで見たこと……気のせいだろ、たぶん。
何だかんだの末、家に帰りつく。
誰もいなかった。
時計を見たら、1時。
腹減ったとか考えながら、カップラーメンを食って。
新しい制服脱いで、ベッドに転がった。
どーせ明日から3連休だし。もーいい。俺は寝る。
『明日でこの町ともお別れか・・・』
秘密基地の窓から、またしても夕陽が見える。
うっわ。ここに一人でうずくまってる夢とか、きつい。
なんつーか、いたたまれね~。
『アズマ……来てんじゃねーか、って思ったんだけどなぁ』
つぶやく自分が、どうも遠い。
よみがえる記憶は、どうも痛い。
終業式にケンカ別れして、連絡とれなくて、家に行ったけど塾で会えずじまい。
……そうだ、俺。ちゃんと、謝れてなかった………。
「……ん……」
目を覚ますと、真っ暗。
電気をつければ、目覚ましが午前2時をさしていた。
半日も寝てたのかよ。晩メシ、起こしてくんなかったのか。
「腹減った……」
うなりながら台所へ直行した俺が見たのは、一枚のメモと白い封筒だった。
【綾へ
よく寝てるみたいだったから、手紙にしてみました。
高校入学おめでとう!
というわけで、母さんはダーリンと駆け落ちしてきます。
行き先はね、うん、秘密ってことで。
4日くらいしたら戻るから、それまでよろしく。
入学祝いと生活費は封筒の中に入ってるから。
真智子
P.S お土産楽しみにしといてねv 】
「…………………マジ?……………」
ドッキリじゃなくて? とちょっと混乱。
たしかに、出かけるとは聞いた。夫婦水入らずで過ごす、とも。
だけど……
「何だよこれーーーーー!!」
いきなりかよ。連絡先すら無しかよ。つーかちょっとまて、こーゆー場合は起こしてメシくらい食わしてちゃんと話してけよ。てか、どこ行ったんだよ、メモの意味なくね?
大混乱状態が落ち着くまで、約10秒。
開けてみた封筒には福沢諭吉が5枚、それと家の鍵が入っていた。
あ。ラッキー。今日から三連休だし、使い勝手はある。
母さんたちのことだから、適当にろくでもない旅行になるだろーし、ついてかなくて正解だし。
というわけで、俺は三日間の自由を手に入れ。
幸いなことに、冷蔵庫の中には冷凍ピザがあった……すきっ腹でコンビニとか遠いし、まあラッキー。
ピザを焼いて、ひたすら食って。部屋に戻ると4時過ぎ。
「も、寝る意味なくね?」
それか、明日1日寝るか、だな。でもあんま長く寝たら、変な夢みそ~。
「夢、ね」
自然と、さっき見てた夢に頭がいく。
そういえば、昼間もそうだった。あれ? 昨日も、じゃね?
6年前の、ガキのころのことばっか、夢に見てる。
なんか意味があんじゃねぇの?
いきなりアズマと再開して魔王を倒すために旅立つことになるとか。
「あほらし。」
ゲームじゃねーんだから。
てか、ゲームしよーぜ俺。
今夜は【秘技! ボス戦電源切り!!】とか、ねーし。
これはやるっきゃねえ!!
ちなみに、【秘技!ボス戦電源切り!!】とは。
1 プレイ中のゲームがようやくラスボスとの戦いに!
2 が、しかし、セーブしたのはだいぶ前……。
3 いきなり母さんが電源ボタンを押す。
4 今までの努力が水の泡……
という恐るべき技のことだ……………。
喜々としてパソコンの電源を入れる俺。
マウスでショートカットキーをクリックすれば、耳慣れた音楽が聞こえてきた。
最近はまってる、フリーゲームだ。
記憶喪失の主人公が、フィールドを探索しながら記憶のかけらを集めていく、ってやつ。
記憶には今のところ脈絡がない。
そんで、かけらは、たいていは何かのアイテムで……あ、見つけた。こんどは、本みたいだ。
「TRPG、ってまた、べたなタイトルだな」
とりあえず、ダブルクリック。
すると、いったん画面が黒くなって。
お決まりの回想……って、普通にRPGじゃね? これ。
城からぬけだして遊びにいった町中で、王子は少年と出会う。
べたべただ。
「オレ、カイル。あんたの名前は? 」
「わた、いや俺はセシル」
「んじゃ、セシル。一緒に遊ばねー? 知り合いいなくてヒマだったんだ」
カイルは、ある町から遊びに来たらしい。なんか影ありそーだな、この台詞。
そして、二人は楽しい一日を過ごす、とモノローグが言ってる。
夕暮れを告げる鐘の音が辺りに響き渡る頃……。
「また遊ぼーな、セシル。俺、月に一度くらいこの町に来るから」
「また、な。カイル」
「約束だぞ」
「やくそく…………」
マウスを動かす手を止めて、俺は呟いていた。
なんだろ? なんか、引っかかる。
忘れていることが、あるような……何か、思い出さなきゃ…な、ような。
ちっ、ちっ、ちっ、ちーん。
「うわ、やべっ! 」
『約束だぞ。絶対忘れんなよ、リョウ』
『でーじょーぶだって。それよりお前こそ忘れんなよ』
『言ったな。そしたら、忘れたらお前のあだ名“忘れん坊魔神”だからな』
『だーもう、そこまで言うならこうすりゃいいんだろ。俺が忘れてたら逆立ちで町一周してやるよ。の代わり、お前が忘れてたら、同じことさせるからな!ついでにあだ名は忘れん坊大魔神だ!!』
『じゃあ、六年後の4月6日に秘密基地に集合な』
『おう!!』
おう! じゃね~よ、俺。
半ば頭を抱えながら、記憶をもういちどたどる。
引っ越すなんて思いもしなかったころにあいつと、アズマとした約束。
って、6日って今日のことじゃねーか。
「行かなきゃあの町逆立ちで一周……」
3日間の使い道は、あっという間に決まった。
夢、意味あったじゃん! どこぞのゲームなみのフラグだったじゃん!
とか考えながらの、めっちゃくちゃ、あわただしい旅立ちだった。
まあ、なんとか昼過ぎにはあの町にたどり着くことが出来たから、よしとする。
終わりよければ全てよし!
「あとは、この角を……」
記憶を頼りに、路地を歩く。
その先に、あの廃屋……秘密基地があるはずだった。
だけど。
「廃屋とかさ、町なかに何時までも残ってるわけねーって、何で気づかなかったんだ?」
当たり前だ。
6年も前の廃屋だ。取り壊されて、新しいマンションになってたって、ぜんぜん不思議じゃない。
んなこと、とっくの昔に気づくべきだった。
それ以前に、来る必要なんてあったのか? あいつだって、忘れてそうだし。
そもそも、今さら会ってどうする気なんだ、俺は。
「馬鹿みてえ・・・・・」
気づくと、もう夕方だった。
目の前に立ちふさがる、高層マンションのせいで、夕陽は見えない。
「帰るか」
あんな別れかたで6年だ。アズマだって来ねーだろ。
見えない夕陽に背を向けて歩き出した瞬間だった。
辺りが激しく光っのは。
「…………」
なんだなんだなんなんだ?
だー目が痛えつーか光って十分凶器になるじゃねーかオイじゃなくていったい何が起こったんだ?
恐る恐る、咄嗟に閉じた目を開けてみる。
が、別に変わったところは……
「って、オイ!」
あたりを見回した瞬間に、声を上げた。
振り向いたところに、あの秘密基地があったからだ。
「マジかよ」
ゲームとかだと探索したら新たな展開が待ってんだけど。
さすがにリアルでこんな体験はいらねー。まじいらね。
しかも、なんか薄暗くなってきてっし。
「どーすっかな」
腕をくんで、ちょっと考え直す。
なーんか、引っかかってるんだけどなー
後ひとつ、何か。
その時だった。声が聞こえた。
「リョウ!」
「……アズマ?」
基地の中から、聞こえてくる。
そうだ、俺達はよく、ここで遊んでた。
気が合うから一緒に行動する、そんな関係。
二人でなら、恐いものなんてなかった。
「行くか」
呟いて、基地に入りこむ。
あの頃のように金網の下をくぐるのは無理だったから、上から乗り越えた。
背、のびたな~。とか満足しながら、コンクリートが剥き出しの階段を上がる。
不思議だ。俺、なんでこんなことしてんだろ。ライフカード的には、見なかったことにして帰る、が正解だろこの場合。
でも。
階段をひとつ登るたびに、何かがひとつ蘇ってくる気がする。
それが何なのかは分からなかったけど。
「うわ……」
2階は、あの頃のままだった。
アズマが床に敷いたシート、こっそり持ち込んだ食料、2人の宝物だったビー玉や、ゲームのカセットや、それから……。
「うそだろ?」
ノート。
それは、あるはずがないものだった。
だって、これは……。
『リョウの、馬鹿野郎!!』
叫んだアズマが取り出したのは、1冊のノートだった。
青い表紙の大学ノート。
まだ携帯も持たせてもらえなかった俺たちの、何よりも大切な、宝だった。
『オレらの夢は、どうなんだよ。
このノートは、その為のもんじゃなかったのかよ!』
『仕方ないだろ!? 俺に何ができるってんだ!!』
あの時、俺は。
引越しの準備とか、本当にいっぱいいっぱいで。
アズマと別れたくなんか、なくて。
でも、しかたがなくて。
シカタガ、ナクテ。
とっさに、ノートをうばって。
まっぷたつに、破いた、はずだった。
「なのに、何で」
手に取ったノートには傷ひとつ無く、表紙には二人の名前が大きく書かれていた。
東 彼方
高梨 綾
『遅かったね』
不意に、どこからか声が聞こえた。
「!?」
辺りを見回すと、背後に少年が一人、立っていた。
低い背丈に、見覚えのあるポロシャツと短パン。そんで、見覚えのある顔。
って、ーーーーーー俺!?
うん。それは、俺だった。ただし、ちょうど小4のころの。
マジでビビった。そりゃもう、声も出ないほど。
「ーーーーーーーお前、何なんだ!」
ようやく出た声は少し掠れていた。
『俺は、高梨 綾。君も、高梨 稜だね。
黄昏横丁へ、ようこそ。いきなりで悪いけど、質問。僕たちの夢は何? 』
「へ? 」
その時の俺は、かなり間抜けな顔だったに違いない。
「どういうことだ? 」
『だから、質問。僕たちの夢は? 』
「俺たちの……夢……?」
思い出せないことに、愕然とした。
1人じゃ無理だけど、2人なら。そう信じてた、夢。
『忘れようと、してたんだろ』
ガキの俺に言われて、はっとした。
『もう、いいんだ。だから、思い出せ』
命令形かよ、と苦笑する。
笑うそばから、何かが脳裏をよぎった。
ずっと、何か忘れてる気がしてた。
思い出さなきゃいけないことが、あるような気が、してた。
「夢なんか、ないと思ってた……」
だから、自己紹介だって、適当に笑いに走ったわけだし。
『過去形だな』
やなやつだな、俺。
でも、正解。俺には、やりたいことがある。
「冒険するんだ。知らないものを探しに行く」
口にすれば、あまりにガキくさくて、いっそ笑った。
でも、それでよかったらしい。
目の前の俺が、へらりと笑った。
『大当たりー』
賞品だと差し出されたのは、あの青いノートだった。
『ったく、お前のせいでこんなことになったんだから、責任とれよ』
もーひとりの俺は、そう毒づくと、俺に手を差し出した。
握手なんかじゃなく、手のひらと手のひらを打ち合わせる。
あのころのように。
『じゃ、な』
「ああ?」
言うなり透けてく過去の俺に、俺はあせった。
つか、普通あせる。
「どーなってんだよおまえ!」
『ん?お前と融合する。』
「はあ?」
融合? 俺と?
大混乱。その間にも、もーひとりの俺はどんどん透けていく。
数十秒か、数分か。
とにかく少しすれば、青いノートを持った俺だけが、廃屋の中に立っていた。
頭が、少し痛む。
もう1人の俺によると、融合したらしいし、そのせいかもしれない。
ついでに、忘れてたことまで蘇ってきた。
引っ越すことを俺が知ったのは、小四の三学期の初め頃だった。
そして、青いノートが俺達の宝になったのはその少し前。
あの頃の俺は、変わっていくことが嫌だった。
今日と似たような明日。昨日のような今日。そんな日常に安心してた。
今から考えると矛盾してるけどーーーー冒険したいとか言いながら変化を拒むなんてーーーーそれが、俺だった。
他にも友達はいたけど、一番気が合うのは東で、自然と一緒に行動することが多かった。
もう、俺は気づいていた。
この、もう一人の俺が言うところの「黄昏横丁」の意味に。
『五年生になる前に、新しいおうちに引っ越すから』
ある日、母さんが晩飯の時に俺に告げた。
父さんの転勤を期に、土地を借りて家を建てたのだそうだ。
でも、そんなこと聞いてなかった。母さんと父さんだけで、決めたことだった。
その頃だ。秘密基地と俺達が呼んでいた廃墟が取り壊されてしまうという噂が流れたのも。
『今のままで良いのに。今のままが良いのに。
……なのに、どうして変わらなくちゃいけないんだ』
気づいてしまえば馬鹿らしくなるくらい、子どもじみた答えだった。
「この場所は、俺が願った場所なんだ……」
たそがれどき。東の顔が見えづらくなる、窓から夕陽がさしこむころが、タイムリミットだった。
うちの門限は、日が暮れるまでだったから。
だから、夕陽が見えるころになると、よく思った。
この時間が、ずっと続いたら……って。
まじ中2病。
でも。まあ。あたりまえなことに。いつだって、夜がきた。
楽しい時間はいつだってあっという間。
だって、そうだろ?
夜が来て、朝がきて。学校の勉強はつまんなくて、でも、次の夕方には一緒に遊べた。
楽しくなるために、楽しくするために、バイバイは必要だった。
「時間だ。俺、もうそろそろ帰るから」
何気なく呟いたのは、あのころと同じ台詞。
瞬間、あたりが閃光に包まれた。
「…………」
なんだなんだなんなんだ? だー目が痛えつーか光って十分凶器になるじゃねーかオイつーか同じよーなこと前にも思ったよーな……じゃなくて、今度はいったい何が起こったんだ?
もう、何が起こっても不思議じゃねーな。
なんてことを思いながら目をあけた俺は、目の前にそびえる高層ビルを見て驚いた。
戻って、来たのか? つーか白昼夢って奴? いや、もう夕方だから、たそがれ夢?
ってなんだよこのネーミングセンス。
とかなんとかセルフ突込みをいれながら見回すあたりはだいぶ薄暗く、携帯の時計は午後6時を回っていた。
ふと、手に握り締めているものに気づいた俺は、とりあえず悲鳴をあげなかった自分をほめた。
ここ、天下の行動。俺、よそのマンションの前に立ってる、ちょー不審人物。
よくやった俺、と思ったその時だった。
「なあ、」
「うわああああああ!!! 」
マジで寿命が縮むかと思った・・・いや、絶対縮んだぞ500年分くらい。
「大丈夫かよ、綾」
「へっ?」
振り返ると、見覚えのある奴が立っていた。
「あーーー! お前、確か俺のひとつ前の席の!」
「十河彼方だ。東 彼方の方が分かりやすいか?」
はっきり言って大混乱。
混乱を直す薬って何があったっけ……って現実逃避してる場合じゃなかった。
「あづま、なのか。」
確認するまでもなく、わかっていた。
目の前にいるのは、東だ。って、今は十河だっけ。
「ああ。にしても、よく思い出したよな。忘れ物大魔王」
「誰がだよ、誰が!!」
ああ、この掛け合い……東だな。
って落ち着いてどうする。
「お前が。よかったなー、思い出して。逆立ちで1周しなくて済んだじゃねーか」
「あのなー!!」
東、いや彼方はぜんっぜん変わってなかった。
姿形は変わったけど、雰囲気とかそーゆーのがそのまんま。
同じクラスでしかもすぐ前の席にいたこいつに気づけなかった自分は、よっぽど何も見てなかったんだな、きっと。6年分のわだかまりを吹っ飛ばす勢いで登場してくれたのはありがたかったけどさ、その性格どうにかしろよなーー。
「じゃ、ま、俺の家でも行く? 母親が親父と駆け落ちしたからヒマなんだ。」
「……お前んとこ、ぜんっぜん変わってねーよなー」
「お前もな……てか、おま、何持ってんだ?」
「……あとで、聞いて驚け」
そっと、手の力を緩めて。ノートを持ち直す。
そう。俺の手の中にあったのは、過去の俺から渡されたあの、ノートだった。
彼方の手にも、青いノートがある。
ただし、セロテープの継ぎ接ぎだらけでボロボロだけど。
「じゃあ、行くか」
「おう」
ほとんど沈んだ夕陽のなかを歩きだす。
「泊まり、オッケー?」
「あ、オレ今ひとり暮らし。オヤ、外国に研究しにいった」
「マジで? おふくろさん、かわってね~な」
「お前のとこには負ける」
他愛もない会話をしながら、通いなれた、だけど昔とはぜんぜん違う道を並んで歩く。
まるで、あのころのように。だけど、あのころとは違う、俺たちで。
不意に、脳裏を記憶がよぎった。
『このノートが、僕たちのタイムカプセルだ。
6年経って、こーこーせーになっても忘れてなかったら、2人で読もうぜ』
『つか、ぜってぇ忘れてないと思う』
『僕が冒険家で、アズマが学者じゃな~。イガイセイ、ないよな~』
冒険家。ていうか、もっと単純に。
この世界の、楽しいことを探しに行く。
アズマと……、彼方と一緒に。
そーいや、うちの高校ってチャレンジ部ってなかったっけ?
世界記録だろうが山登りだろうが、とにかくなんでも挑戦しちまう部が。
そこに入るのも面白そーだよなぁ、と俺は笑った。
「楽しそうだな、リョウ」
「そりゃ、そうだろ?」
だって俺たちは、夢を形にしはじめたばかりなのだから。
Fin
はじめまして。
もしくは、おひさしぶりです。
この作品は、ずいぶん前に書いたものを書き直しました。
書き直し作業は、ずいぶん楽しかったです。
あなたも、楽しい時間をすごされたのならいいのですが。
なにか一言いただけると、うれしいです。
ありがとうございました!