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ヴァランデール王国譚(短編集)

捨てられ聖女と呪われ騎士

掲載日:2026/06/10

「時代遅れの聖女は、我が国には不要だ。婚約は破棄する。お前は故郷に戻るがいい」

 煌びやかな玉座に足を組んで座る金髪碧眼の美貌の王子は、王城の大広間の中央に立つ私に向かって言い放った。周囲に居並ぶ宰相や大臣、上級貴族たちは誰も声を上げることなく静まり返っている。


(ああ、これが優しい王子の本性だったのね)

 王侯貴族の(たしな)みであるキツネ狩りで大怪我を負った王が亡くなるまでは、婚約者だった私にとって、親切で優しい王子様だった。


 平民の私が三年前に大神殿へ聖女として迎え入れられてから、十日に一度は会いに来て、いつも甘いお菓子や綺麗な花を届けてくれていた。


 王子のギラギラと輝く目と、口の片端を上げるような歪んだ笑みが、私の記憶の中で優しく微笑む王子の姿を塗り替えていく。


「一月後の戴冠式と同時に、私は彼女と結婚式を行う。異議はないな?」

 新しい王となる王子の傲慢な声に誰もが口を閉ざす中、王族だけが使用できる扉から、金髪碧眼の美しい公爵家の令嬢が純白のドレス姿で優雅に表れて、王妃の椅子へと座った。


(白いドレスを着るのは聖女だけと決められていたのに。それも変えてしまったのね)

 華やかな刺繍が施された白いドレスは、聖女のみ着用が許されていた。今の私は、聖女の日常着である綿の白い素朴なワンピースを着用していて、シャンデリアが輝く大広間では異質な存在のように浮かび上がっている。


 この国が建国されてから五百年、神殿には必ず特別な力〝神力〟を持つ聖女がいて、神に祈りを捧げていた。近年、創世の女神の力である神力を持つ者は激減し、国内には誰もいなくなった。そこで外国から連れてこられたのが神力保持者の私。


(私の身の上話を聞いて、気の毒だと言ってくれたのも演技だったのかしら)

 救護院と呼ばれる寡婦と孤児の為の施設にいた私は、仲間や友人と別れの挨拶をする時間すら与えられないまま馬車と船に乗せられて、この国へ来た。王が私の白金髪と水色の瞳を見るなり、王子の婚約者と決めて、私には何の選択肢も与えられなかった。


「それでは、今生の別れだ。息災でな」

「はい。これまでありがとうございました。お元気で」

 にこやかに微笑んで返すと、王子が一瞬驚きの表情を見せた。私が悲しむとでも思っていたのだろうか。


「おい、呪われ騎士。故郷まで送ってやれ」

 王子の視線を追うと、壁際に静かに佇む影のような黒髪の美貌の騎士。紫色の瞳と視線が合った。

(あの方は……王の護衛騎士……)

 珍しい黒髪に、騎士とは思えない美貌とすらりとした体躯。喪章をつけた黒地に銀の騎士服が凛々しさを引き立てている。いつも王の影のように背後で護衛をしていた人で、無防備な背中を預けるのだから、王が特に信頼していたのだとわかる。


 王の護衛騎士たちのほとんどは、大広間の壁際に一般の兵と共に立たされている。王が代わるのだから、入れ替わりは当たり前だとしても、兵士と同じ扱いは異常と感じる。


「御意」

 左胸に右の拳をあて、軽く頭を下げた黒髪の騎士は、私と共に大広間を後にした。


      ◆


 広大な王城の中庭に建つ大神殿の私室へ戻り、私は荷物をまとめた。聖女として過ごした三年間は短くて、自分の物は少ない。十数枚の銀貨と銅貨。最低限の下着類と小さな丸鏡、化粧水とクリームと香油。手巾(ハンカチ)身拭い(タオル)を数枚詰めても、鞄には大きな空きが出来た。


「荷物はそれだけか? 着替えは?」

 扉の外で待っていた騎士は、私が鞄一つだけを持っていることに驚いていた。


「普通の服は所持しておりません」

 素朴な白い綿のワンピースに茶色の編み上げブーツが、私の日常着。神殿の中で暮らしていた私には、儀式のドレス以外で、他の服を着る機会は無かった。


「……そうか」

 髪飾りや装飾品は全て王子からの贈り物だったので、何の未練もなく置いていける。そもそも、私の好みではないものばかりだったし、今更ながら、贈り物全てをあの令嬢が選んでいたのではないかと気が付いて気分が悪い。


 神殿から出ようとした所で、大神官と神官たちに引き留められた。

「本当に申し訳ない。まさか王子が貴女を追い出すとは思わなかった」

 老齢の大神官が涙を流しながら、私の手を握る。シワが刻まれた骨ばった手が震えていて、気の毒に思う。最近は言葉を交わすこともなかったのに、心配されていたのかと胸が温かくなっていく。


「私は故郷に帰るだけですから、大丈夫です。本当にありがとうございました」

「これを受け取ってくれ。旅費の足しにはなるだろう」

 手のひらに乗せられたのは、ずっしりと重い革袋。中には銀貨と銅貨が詰まっている。


「本当に申し訳ない」

 そう言って大神官が膝を折って泣き崩れた。迷わず膝をつき、うつむく老人へ笑顔を向ける。

「私は大丈夫です。ありがとうございます」

『これは騎士に見つからんようにな。金貨が二枚入っている』

 大神官が囁いて、小さな布袋を私の手に押し付けた。それが何を意味しているのかはわからずとも、心配してくれているのはわかったので受け取った。


 別れを惜しむ大神官と、神官たちに見送られ、私は王城の裏門から出ることになった。それは二度と戻ってくるなという意味も込められていると知っている。


 騎士の前、横座りで馬に乗せられると、ゆっくりと馬が歩き出す。皆が見えなくなるまで手を振ったところで、私は大きく息を吐いた。

「はー、よかったー。やっと解放されたー」

 自由の空気が美味しい。そんな文章を本で読んだ記憶があるなと思いつつ、深く息を吸う。

 

「聖女様?」

「もう聖女は解任されたの。元の私に戻っていいでしょ? 本当は嫌だったの。王子って好みの顔じゃなかったし!」

 綺麗な顔だった。ただ、それだけ。ときめきもなく、ただ美術品を眺めているような感じで、婚約者と言われていても未来が想像できなかったのは、王子の方も私と結婚する意志がなかったからだと思う。


(どっちかっていうと、この人の顔の方が陰があって好みなのよね)

 陰のある美形。ふと見上げると至近距離で目が合って、胸がどきりとする。落ち着こうとして息を吸うと、ふわりと爽やかで懐かしい香りが微かに匂う。


(うわっ、顔も匂いも好み過ぎてツライ!)

 顔には出さないように気を付けながら、内心ジタバタと悶絶していると、騎士はそっと目を逸らした。


「君の故郷はどこだ?」

「ヴァランデール王国よ。そこの救護院出身なの」

「……それは……随分と遠い国だな」

 馬車に乗って一カ月、船に乗って二カ月。さらに馬車で二十三日。遠い場所というのは理解している。


「ヴァランデールまで送ってくれなくていいの。この国からちょっと離れた国の救護院まででいいから」

 大昔、すべての国は一つの国だったと言われていて言語は似ている。他国の話し言葉を覚えることは難しくはないし、国の違いはあっても、救護院はいつも人手がたりないはず。女の一人暮らしでは危ないし、もらった金貨があれば何かと子供たちを助けることもできる。


「離れた国がいいのか?」

「……聖女がいなくなったら、この国では雨が降らなくなると思う」

「雨が降らなくなる? その理由を聞いてもいいか?」


「水っていうのは、神様の愛なの。私たちが神様に感謝して祈ると、神様が愛を返してくれる。それが雨。水を溜める池や湖は、私たちが愛を受け止めるために神様が与えてくれた聖杯(カップ)

 大神殿で祈る中、私は何度も女神の言葉を聞いた。私が女神の言葉を人々に伝えても、まともに聞いてくれる人がいなくて諦めていた。


 私たちが毎日飲む水、使う水は、すべてが神様からの愛であり、奇跡の証拠。神様からの愛が無くなれば、雨が降らなくなって、大地は乾燥した砂漠になってしまう。これまでも、神を信じなくなった国がいくつも砂漠になって消えてしまったらしい。女神は神を忘れた人々のことを憂いていた。


「私が連れて来られて三年間、私以外、誰も神様に感謝しないし、祈ってなかったでしょ?」

 立派で美しい神殿はあるのに、誰も祈らない。神官たちは数式や図形、神秘についての勉強ばかりで、神を信じてはいなかった。年に数回の祝祭の時には、神殿の前の広場で王族が国民に手を振るだけ。


「貴族も平民も神官でさえも、立派な王様と王妃様に向かって祈ってた。昔よりも雨が少なくなってたのは、そのせいよ」

 この国では神様ではなく、豪華に着飾る王と王妃を崇拝し信仰していた。聖女に対しての崇拝と信仰もそれなりに熱狂的で、故郷では見たことのなかった奇妙な光景に心は冷めていた。


「聖女だけじゃなくて、王様と王妃様、王族が神様に祈っていれば、もっと助けることはできるんですって」

 人々の信仰を集める王と王妃が神に祈ることで、直接ではなくても人々の祈りが届く。人々の祈りの量だけ、神様の力になり、神様が与える愛も加護も増やせる。直接の祈りが届いたら、もっと人々を護ることができると女神は寂しそうに言っていた。


「神か……俺も信じてはいないな。……子供の頃は信じていたが」

 ぽつりと呟く騎士の瞳が暗く沈んでいく。幼い頃に何かあったのだろうかと思っても、聞き出して良いとは思えなかった。


「先日も王を助けて欲しいと願ったが、叶わなかった」

(それは……日々、神に感謝をせずに、いきなり願いを叶えてと言っても難しいよね……)

 悔しさを滲ませる騎士の前では、今更過ぎて言ってはいけない言葉だと思う。口を閉ざして黙っていると、騎士は独り言のように語り始める。


「あの日、いつも通りに俺たち護衛が周囲を護っていたが、突然、王が白い鹿がいると言って、馬を走らせた。俺達には白い鹿は見えなかったが、馬で追いかけた」

 それはキツネ狩りの時のことだろう。


「王の馬は異常に速く走って、俺たちが追い付いた時に、王は白い鹿を剣で仕留めていた」

「白い鹿は本当にいたのね」

「……いや。俺達には見えなかった。ただ、王が白い鹿を仕留めたと叫んで、まるで本当に鹿の首を持っているように腕を上げていた」

 その光景を想像して怖くなった。白い動物は、神様からの使いだとよく言われる。もしも、王が神様からの使いを殺したのだとしたら。


「俺たちが近づくと、突然、王の胸が裂けた。大怪我というのは嘘だ。ほぼ即死だった」

 おそらくは、王は神様の使いを殺してしまったのだろう。使いの言葉を聞いていれば、助かったかもしれないと胸が痛む。


 慰めの言葉も見つからず、無言のままで、馬は歩き続けて、鬱蒼とした森の中へと入っていく。しばらくして、レンガで出来た古びた小屋が現れ、騎士は馬を止めた。


「ここは?」

「狩猟用の小屋だ。俺は用を済ませてくるから、ここで休んでいて欲しい」

 小さな小屋の中は暗く、騎士は手慣れた仕草で棚に置かれた魔法灯(ランプ)を点けた。テーブルも何もない木の床と白土の壁。隅には干し草が積まれている。

 

「服を脱いでくれ」

「え?」

 耳を疑った。咄嗟に逃げる場所を視線で探しても、閉じられた木窓には、鉄製の錠前が掛かっている。


「えーっと、そ、その……」

 逡巡して後ずさる私を見ていた騎士が、何かに気が付いた顔をした。

「妙な意味はない。替えの服は後で持ってくるから安心しろ」

 慌てた顔でくるりと背を向けた騎士の姿に何故かほっとした。


(ワンピース、もう一枚入れてくれば良かった……)

 城を出てすぐに服を買うつもりだったから、着替えの服はなかった。ワンピースを脱ぐと、キャミソールとドロワーズという下着姿で心細い。初夏で良かったと思う。


「夜までには戻る。ここで待っていてくれ」

 脱いだワンピースを受け取った騎士は、干し肉と焼き締めたパンが入った袋を私に押し付け、入口の扉の鍵を掛けて馬に乗って走り去った。


(自分の荷物を取ってくるのかな。それなら結構すぐに戻ってくるでしょ)

 呑気な私の想像とは裏腹に、翌日になっても騎士は帰ってこなかった。


      ◆


(お、お腹減った……)

 小屋に閉じ込められてから三日が過ぎ、私は空腹で床に倒れこんでいた。幸いにも綺麗な水が常に流れる極細の水路と、獲物の血抜き用の洗い場が小屋の中にあって、飲み水の確保と排泄の処理には困らなかった。渡された食料を用心しながら小分けに食べていたものの、そもそもの量が少なすぎて二日で消えた。


(あの干し草って食べられるかな……)

 部屋の片隅にベッド替わりに敷き詰められた干し草は、虫よけの効能がある草の香りがする。虫よけは、人間にも毒の場合もあるから、口にしていいのか迷う。


(外にさえ出られれば、何とかなるのに)

 救護院時代には、もっとひもじい思いをしたこともある。ただ、聖女の豊かな生活に慣れてしまった体が動かなかった。

 

 唐突に魔法灯の光が消えて、部屋が暗くなった。

(あー、魔法石が切れたのか……棚に予備の魔法石あるかな……)

 木窓の隙間からは、昼の光が差し込んでいる。うっすらとした光を頼りに探そうと思っても、思うだけ。このままでは、夜には真っ暗になると理解していても、体は限界を迎えている。


(眠ってはダメ……でも、もう……無理かも)

 この三日間、祈っても神様の助けは無かった。これは絶望的な状況と思っても、最期は神様に感謝を捧げたい。


「神様、ありがとう」

 聖女だった三年間、とても贅沢な暮らしが出来た。毎日安心して眠れる場所があること、食事があること、何よりも健康でいられたこと。それは本当に素敵なことだった。


 そうして私の目は閉じ、深い眠りへと誘われた。


      ◆


「おい! 大丈夫か!」

 ゆさゆさと揺さぶられて目が覚めた。ぼんやりとした視界に、必死の形相をした騎士が映る。


「えーっと?」

「滋養の薬だ、飲んでくれ」

 美しいガラスの瓶に入った淡い紫色の液体は、とても高価なものだと知っていた。確か馬一頭、もしくは平民の家一軒分。


「そんな高いもの……」

 飲めないと言いかけた唇に、とろりとはちみつのような薬が垂らされて、思わず舌で舐めてしまった。はしたないとは思いつつも、気が付けば両手で瓶を支えて飲んでいた。


「お、美味しい!」

 体の中に染み渡る。そんな表現がぴったりだと思う。一本を飲み干して、深く深く息を吐く。

「まだあるぞ。もっと飲むか?」

「もう大丈夫。……これ、高いんでしょ?」

 騎士の横に置かれた布袋から、何本もの瓶がはみ出している。お高い薬なだけあって、すぐに力が戻ってきた。


「何かあったの?」

 三日間放置したといっても、これだけ高い薬を持ってきてくれたのだから、何か理由があったのだろう。


「正直に言うと、俺は聖女を殺せと命令を受けてた。でも、殺せなかった」

「どうして?」

 閉じ込められている間、いろいろと最悪を想像しすぎていたからか、衝撃的な言葉でも特に驚きはなかった。


「……俺が怪我をした時、治癒してくれただろう?」

 この国に来たばかりの頃、神力の使い方を教えてもらった私は、王城で働く人々の小さな怪我をこっそり治したことはある。それでも、こんな美形を治癒した覚えはなかったし、王の護衛騎士に近づく機会もなかった。


「……俺は、満月になると黒猫になる呪いを受けてる」

「も、もしかして? ……リート?」

 リートは、この三年間、満月になる夜に私の部屋を訪れていた紫の瞳の黒猫。リートとの最初の出会いは、怪我をして引きずっていた脚を治したこと。


(そ、そういえば、リートと同じ匂い……は、恥ずかしいっ!)

 どうして気が付かなかったのだろう。毎月、満月の夜はリートと一緒に寝ていた。朝起きると姿を消していて、昼間に姿を見る事はなかった。その爽やかな香りと艶やかな毛並みから、どこかの貴族に飼われている猫だと思っていた。


「……いや、そ、その…………を殺せる訳がない……だろ?」

 騎士の目が泳ぎ、羞恥で熱くなった頬を手で押さえる私は、言葉を聞き逃した。おそらくは恩人と言ったと思う。


「で、だな。俺は聖女の服に血を付けて、殺したと王子に報告した。同時に聖女の呪いを受けたから、騎士を辞めて呪いを解く旅に出ると言ったんだ」

 それで私の服を持って行ったのか。


「何事もなく王城から出たと思ったら、監視が付けられていた。すぐにこっちに向かったら、俺が聖女を殺していないことがバレると思って、反対側に馬を走らせて、監視を撒いてぐるりと大回りをしたら、三日かかった。本ッ当にすまない!」

 平謝りする騎士の顔を見ると、目の下には黒い隈が出来ている。この国の馬は三日間全速力で走ることが出来る丈夫さを誇っていても、騎士は人間。


「疲れてるでしょ? 滋養の薬、飲んだ方がいいんじゃない?」

「いや、これは君の為に買ってきた。この服も。……すまないが、女の服は全くわからなかった。街で買いなおそう」

 騎士が買ってきてくれたのは、聖女の日常着に似た、白い素朴なワンピース。お礼を言って受け取って着替えていると、背を向けていた騎士が呟いた。


「……護符を持っているのか?」

「護符? 何それ? はい。着替えたから、こっち向いても大丈夫」


「俺の気のせいかもしれないが、何かこう、温度が違う空気がある」

「そういうのって、わかるものなの?」

「いや……俺の気のせいかもしれない」

 自信なさげに目を逸らす顔が、黒猫リートの困り顔と重なって、可愛いと思う。


(ああ、だから猫吸いしてる時、いつも困り顔してたのか……可愛い黒猫が実は人間だったなんて、絶対気が付かないって……)

 恥ずかしさを隠すため、私はわざと明るい声を上げて鞄を開いた。


「荷物を確認してみる? これは手巾と身拭いの袋、これは化粧水とクリームと香油の袋、これは……」

「どうした?」

 手にした袋は、大神官からもらった物。今更鞄に戻すことも出来ずに固まる。騎士には見つからないようにと言われていたのに、うっかりしていた。私の馬鹿馬鹿馬鹿。


「……それだ。その袋から妙な空気が出てる」

「え? これ?」

 そう言われると不気味な物に見えてくる。


「中身は?」

「……えーっと……怖いから確認してもらっていい?」

 小さな白い布袋には、金貨二枚と『貴女の無事を願っている』と書かれたカードが二つ折りで入っていた。


「……追跡魔法が掛けられているな」

「は? 嘘でしょ? どうして? えーっと、心配してくれてるから?」


「心配? これはカードに偽装された護符だ。金貨にもそれぞれ別種の追跡魔法が掛けられている。どう考えても、居場所を追う為だろう。誰からもらった?」

「大神官。で、でも、良い人なのよ? 私が何も考えずに治癒魔法使ってたら、王侯貴族に知られたら大変なことになるからって、止めてくれたし」

 神力による治癒魔法は、私の体力も消費すると教えてくれた。大きな病気や怪我を治すと、反動で私自身の体を蝕むこともあるらしい。

 

「……いつか連れ戻そうと思ってるだけじゃないのか?」

 その指摘にハッとした。そもそも、怪我をした本人にもバレないように気を付けて、偶然を装いながらこっそりと治癒魔法を使っていたのに大神官は知っていた。他にも、何故か私の行動が把握されているように感じることがあった。


「ど、どうしたらいいの? もうあの神殿には戻りたくない」

「わかった。これは俺が金貨三枚で買い取る」

 騎士は服の隠し(ポケット)から金貨三枚を取り出して私の手に押し付けた。


「それ、どうするの?」

「この先の崖から川へ投げ捨てる。追手がこないうちに、出発しよう」


 小屋の外へ出ると、夜が明ける直前。早朝の冷たい風を受けながら馬で走り、騎士は崖から川へ、袋ごと護符と金貨を投げ捨てた。


「あ、すっきりした。ずっと持ってたからわからなかったのね」

 護符が無くなった途端に、空気が澄んだと感じた。


「よし、これから、呪いを解く旅に出発よ!」

「何の呪いだ?」

「リートの呪い。だって、そっちの方が面白そうだし」

 救護院へ行くのは、呪いを解いてからでも良いと思うというのは建前で、本心はずっと一緒にいたい。


「……俺の名前は、ローデリヒだ」

「ローデリヒね。私の名前はドーリスよ。ドリィって呼んでね」

「あ、ああ」


「さあ、冒険に出発よ! まずは宿屋で体力回復!」

 私の声と共に馬は走り出し、朝日が昇り始めた。世界が鮮やかな色を取り戻し、瑞々しく光り輝く。生命力に溢れる光景は、女神が私たちの出発を祝ってくれているように感じる。


 どこにでも神様はいる。神殿で祈らなくても、空の下でも森の中でも、感謝の思いは神様に届く。ローデリヒが神様を信じなくても、私が二人分祈るから大丈夫。


 これから、きっと楽しい旅になる。

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