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「森へお帰り」と言っても聞かないエルフが俺の家に住み着いた〜ポテチあげるから、ダンジョン攻略手伝って!

作者: 天音 楓
掲載日:2026/02/04

 深夜一時。都会の蒸し暑い空気と、満員電車の残像を振り払うようにして、俺――浅野あさの しょうはアパートのドアを開けた。


「……ただいま」


 返事はない。母は夜勤で働いている。


 大学の講義に出て、その足で深夜まで居酒屋のバイト。学費の納付期限は来月に迫り、通帳の残高はさっきコンビニで下ろした千円札一枚きり。

 このままじゃ、来期の教科書代すら怪しい。

 そんな「金」への焦燥感で胃をキリキリさせながら室内へ足を踏み入れた、その時だった。


「……ん?」


 暗い部屋の中に、異質な匂いが漂っていた。

 一つは、都会の真ん中にはあり得ない、深く澄んだ森のような香り。

 そしてもう一つは……強烈な、ポテトチップス・コンソメパンチ味の匂いだ。


 俺は息を呑み、壁のスイッチを叩く。

 パッと点灯した蛍光灯の下。俺の目に飛び込んできたのは、あまりにも非現実的な光景だった。


「…………は?」


 俺の指定席であるボロいソファに、女が座っていた。

 透き通るような白い肌に、月光を反射するような金髪。そして人間にはありえないほど長く尖った耳。

 絶世の美女、という言葉が霞むほどの「本物」が、俺が昨日買っておいた特大ポテチの袋を抱えていた。


「異世界の民よ。帰ったか」


 女は、高貴な騎士か何かのような、落ち着いたアルトの声で言った。

 俺が呆然としていると、彼女はすっと、残っていた最後の一枚を指でつまみ上げる。


 その指が袋のふちに触れた瞬間、パキッという乾いた音とともに、ぶ厚いアルミの袋が豆腐か何かのようにあっさり切り裂かれた。


 ……今の、指先だけでやったのか?


 それに、俺がドアを開ける前から彼女の視線は俺の喉元――急所を正確に捉えていた。一見リラックスしているようで、その隙のなさは野生の猛獣に近い。


「安心せよ、毒味は済ませておいた。……驚くべき魔術的塩味だな。これほどまでに脳を直接揺さぶる供物が、この地には存在するのか」


(いや、それ一袋三〇〇円近くしたんだよ。俺の貴重な夕飯だったんだよ。最強なのは分かった。だが、俺にとっては世界の命運より明日の学費の方が重いんだ)


「悪いけど、不法侵入で通報していいか? 森へお帰り。今すぐ」


「断る。私はもう、これ(こんそめ)のない世界には戻れぬ身となった。使い果たした魔力が満ちるまで、私はここを動かぬぞ」


 女は名残惜しそうに指先の粉を舐め、俺の足元にあるコンビニ袋をじっと見つめてくる。

 その視線は鋭く、そして飢えていた。


 俺はポケットの中で、まだ一度も使っていない「ダンジョン探索者ライセンス」に触れる。


 身体能力は一般人。魔法も使えない。そんな俺が、この「本物」を飼い慣らせるとしたら。


「……なぁ。そのポテチがもっと食べたいなら、明日ダンジョンついてきてくれないか? あんたが戦って、俺が稼ぐ。そしたら、そいつのさらに上を行く『ピザ味』ってのも食わせてやるぞ」


「ピザ……。その言葉には、コンソメを超える響きがあるな」


 女はソファから立ち上がり、優雅に俺の前に跪いた。

 ただし、その瞳に宿っているのは忠誠心ではなく、ジャンクフードへの飽くなき渇望だ。


「よかろう。その契約、乗った。……案内しろ、契約主よ」


 こうして、俺の生活費と彼女の欲望を天秤にかけた、不純すぎる冒険が幕を開けた。

 

「……ん? 契約は明日からだ。今日は寝る。もう一つのポテチは没収な」


「それはずるいのじゃ!」


 そう言って、彼女は冷蔵庫を漁った。



「ーーいやだわエルちゃん、それ最高に面白い!」


 ……爆笑の渦。それも、聞き慣れた母さんの声だ。

 深夜までのバイトの疲れで重い瞼をこじ開け、俺はリビングへ這い出した。時刻は午前八時。夜勤明けの母さんが帰ってきている時間だ。


 恐る恐るドアを開けると、そこには地獄……ではなく、妙に平和でシュールな光景が広がっていた。


「あら翔、起きたの? 見てよこの子、耳が長くてとっても可愛いのよ!」


「……母さん、帰ってたのか」


 食卓には、夜勤明けのハイテンションな母さんと、その向かいに座るエルフ。

 昨夜の凛とした空気はどこへやら、エルフは母さんが買ってきた「特売の割れせんべい」をポリポリとかじりながら、満足げに鼻を鳴らしていた。


「翔、このエルちゃん、お腹空かせてたみたいだから。今朝は奮発して目玉焼き二個にしてあげたわよ」


「契約主よ、貴殿の母君は話がわかる。この『めだまやき』に醤油という黒い液体をかける儀式……実に合理的だ」


 いつの間に「エルちゃん」なんて愛称がついてるんだよ。というか、伝説の射手(自称)が、百円ショップの醤油差しを魔法の杖みたいに崇めるな。


「母さん、驚かないのかよ。その人、どう見てもエルフだぞ。コスプレじゃないぞ」


「あら、今どきエルフの一人や二人、都会なら珍しくないでしょ?ほら、翔も早く食べなさい。エルちゃん、これから翔と一緒に『お仕事』に行くんですって?日曜日も大変ね」


 母さん……都会に対する偏見が凄すぎるだろ。

 だが、母さんのこの「超弩級の天然」のおかげで、面倒な説明を省けたのは幸いだった。


「……ああ、そうだよ。こいつがポテチの食べすぎで家計を潰す前に、ダンジョンで一稼ぎしてくる」


「ポテチ……? 翔、女の子をポテチで釣るなんて、あんたそんな不誠実な子に育てた覚えはないわよ!」


「いや、こいつが勝手に依存してるだけだから!」


 俺はため息をつき、椅子にかけられたバックパックを掴んだ。


 母さんに「ポテチ中毒のエルフ」という事実を正しく理解させるのは、ダンジョン攻略より難易度が高そうだ。


「おい、行くぞエルフ。……あんまり早く終わらせたら、帰りにポテチ買ってやる」


 その言葉を聞いた瞬間、エルフの瞳がスッと冷徹な戦士のそれに変わった。



 都会の駅前、地下鉄の入り口と並んで設置された「新宿第4ダンジョン」のゲート。

 そこへ向かう道中、俺は隣を歩く絶世の美女から視線を逸らすのに必死だった。


「契約主よ。先ほどから周囲の民が私を注視している。やはり、この身から溢れ出る聖なる覇気は隠せぬものか……」


 エルが、朝日に輝く金髪をかき上げながら、落ち着いた声で言う。


 違う。覇気じゃない。あんたが「ポテトチップス・クリスプ」の筒を、まるで聖遺物アーティファクトのように大事そうに抱えて歩いているからだ。


「……いいから前見て歩け。あと、ダンジョンの中に入るまではその筒を開けるなよ。騒ぎになる」


 周囲の探索者たちは、フルプレートの鎧やハイテクなタクティカルスーツに身を包んでいる。

 対する俺は、大学のロゴ入りパーカー。

 そしてエルは、母さんが「これ着て行きなさい」と貸し出した、十年前のダサいジャージのジャージ(上)に、下は膝丈のタイトスカート。


 耳さえ隠せば「コスプレに失敗した大学生カップル」にしか見えない。

 やがて、ダンジョン管理ギルドの受付カウンターに到着した。


「次の方どうぞー。……あ、F級ライセンスの浅野さんですね。今日は……えっと、お連れ様は?」


 眠そうな受付嬢の視線が、俺の隣で筒状のポテチを凝視しているエルに止まった。


「あ、えっと……本日契約した、臨時のパートナーです。名前は……ポテ子……じゃなくて、エルです」


「エル様ですね。装備の確認をさせていただきます。武器の登録がありませんが、魔法職ですか?」


「武器……? ああ、これのことか」


 エルが面倒そうに、空いている方の手をすっと横に伸ばした。

 その瞬間、周囲の空気がピリリと震える。

 彼女の掌に集まった光の粒子が、一瞬で複雑な彫刻が施された「透明な弓」の形を成した。


「ひっ……!?」


 受付嬢が短い悲鳴を上げてのけぞる。

 それもそのはずだ。エルの弓から放たれている圧は、素人の俺ですら「これ、このまま放ったら新宿駅ごと消えるんじゃね?」と思うほどに濃密だった。


「……エル、出しすぎ。今のはデモンストレーション。ほら、もう消して」


 俺が慌てて小声で言うと、彼女は「ふん」と鼻を鳴らして光の弓を霧散させた。


「……判定、お願いします。早くしないと、彼女の『ポテチ切れ』が始まって、ギルドが壊滅するので」


「あ、は、はい! えーと、特殊技能:精霊弓術(推定S級)……。あ、あの、浅野さん。F級ダンジョンにこんな……戦術核みたいな方を連れて行くんですか?」


「ええ。生活費がかかってるんで」


 俺は冷汗を拭いながら、発行された入坑許可証をひったくった。


 周囲のベテラン探索者たちが「おい、今の見たか?」「あの学生、何者だ……?」とザワつき始めている。


 一刻も早く、ここを離れたい。

 俺はエルのジャージの袖を引っ張り、ダンジョンの入り口へと急いだ。


「行くぞ。……わかってると思うけど、ポテチ一袋につき、ボス一匹だからな」


「安い。……さあ行こう、契約主。私の胃袋を絶望から救う旅へ!」


 ……やっぱり動機が、最高にひどい。


ダンジョンの入り口、薄暗い青光りに満ちた転送ゲートを前にして、エルがふと足を止めた。


 彼女は抱えていたポテチの筒を左脇に抱え直し、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


「そういえば、契約主よ。……貴殿の名を聞いていなかったな。我らは魂の契約(ポテチの約束)を交わした仲だ。この地の呼び名ではなく、真の名を教えよ」


 魂の契約とか、大げさなんだよ。


 俺は周囲の探索者からの「あいつ何者だ?」という視線を背中に感じながら、短く答えた。


「浅野翔だ。……名字はいいから、ショウでいいよ」


「……ショウ、か。ふむ、短くも響きが良いな。良い名だ」


 エルは満足げに頷くと、俺の目をじっと覗き込み、片手を胸に当てて優雅に一礼した。


 昨日のジャージ姿の時とは打って変わって、その所作はあまりに美しく、神々しい。


「私はエルフィリエル。……だが、貴殿にはエルと呼ぶことを許そう、ショウ」


「ああ、よろしく、エル。……で、名乗って満足したか? 満足したら、さっさとその指を筒から離せ。ダンジョンに入る前に開けたら、湿気るぞ」


「……っ!? それは一大事だな。すまぬ、つい昂ぶった」


 さっきまでの神秘的なオーラが、ポテチの一言で一瞬にして霧散した。

 彼女は慌てて筒を抱え直し、俺の少し前を歩き始める。


「行くぞ、ショウ! 貴殿の名に恥じぬ戦いを見せてやろう。ポテチの新作(ピザ味)という名の栄光を掴み取るために!」


 いや、俺の名前、ポテチの新作とは何の関係もないんだけどな。


 俺はため息をつきながら、ライセンスをゲートにかざした。



 ゲートを潜ると、そこは湿った岩肌が続く地下洞窟だった。

 初心者が通るF級ダンジョン。本来なら、新米探索者が震えながらスライムの酸に苦戦する場所だ。


 だが、俺の隣を歩く金色のエルフは、目の前に現れたプルプルの青い物体をじっと見つめ、思案げに顎に手を当てていた。


「ショウよ。一つ確認したいのだが、あの透明な魔物は……揚げると『ポテチ』になるのか?」


「なるわけないだろ。ただの液体だ。……というか、あいつを食べようとするなよ。腹壊すぞ」


「ふむ、残念だ。見たところ、良い塩味しおあじを含んでいそうな質感なのだが……。ならば用はない。さっさと『ボス』とやらを倒しに行くとしよう。そちらの方が効率よくポテチに変換できるのであろう?」


 エルの「変換」という言葉に、俺は少し背筋が寒くなった。


 彼女にとって、ダンジョンのボスは「強敵」ではなく、ただの「換金用の肉」か「ポテチ引換券」でしかないらしい。


「ああ、ボスの魔石は高く売れるからな。一気に稼いで、帰りにスーパーで箱買いさせてやるよ」


「……箱買い。なんと魅惑的な響きか」


 エルがすっと右手を掲げる。


 先ほど受付で見せた光の弓が、今度はさらに密度を増して顕現した。


 彼女が弦を引き絞る。そこには矢など番えられていない。ただ、彼女の指先から溢れ出る圧倒的な魔力が、収束して一本の光の筋となった。


退け、雑魚ども。我が契約主が、私の胃袋が、ピザ味を求めているのだ」


 放たれた一撃は、もはや矢ではなかった。


 轟音と共に放たれた光の柱が、前方の通路を文字通り「削り取って」いく。 


 行く手を阻んでいたスライムの一群も、ダンジョンの頑強な岩壁も、すべてが光の中に消えた。


 数秒後。


 視界が開けると、そこには最深部のボス部屋まで続く、真っ直ぐで綺麗な「一本道」が出来上がっていた。


「……。なぁエル」


「なんだ、ショウ」


「……さっきの、一本でいくらすると思う?」


「ポテチ一袋分だろう?」


 違う。今の攻撃で、たぶん普通の探索者が数週間かけて稼ぐ分の魔力を消費したぞ。


 俺は遠くの方で「ギャォォン……」と情けない声を上げて消えていった、本来なら強敵のはずのボスの断末魔を耳にしながら、深くため息をついた。


「……いいから、急いで魔石を回収しに行くぞ。ポテチが湿気る前に終わらせる」


「うむ。急ごう、ショウ!」


このとき、俺は周りの目なんて気にしていなかったーー



 ダンジョン最深部から戻った俺たちは、再びギルドの換金所にいた。


 エルの「光の極太レーザー」で蒸発しかけたボスの魔石は、皮肉にも高純度に精製されており、受付のトレイに乗せると鈍く輝いた。


「……あ、あの。浅野さん。これ、本当にF級のボスから?」


「はい。なんか一撃で終わったんで。……規約違反じゃないですよね?」


 受付嬢の手が震えている。無理もない。F級ダンジョンは本来、新人が泥まみれでスライムを叩く場所だ。


 通路ごとボスを消滅させる戦術核兵器みたいな探索者が来る場所じゃない。


 提示された金額は、バイト一ヶ月分。一瞬で教科書代とポテチ代が解決した。


「……よし。エル、行くぞ。約束通りコンビニだ」


「待っていたぞ、ショウ! 勝利の後の『ぴざ』……もはや心地よい予感しかせぬ」


 歩きながら、俺はふとスマホを取り出した。


 国内最大のダンジョン攻略サイト、通称『ダンりゃく』。

 その掲示板を開いて、俺は言葉を失った。


◇◇◇


【緊急】新宿第4ダンジョンで異常事態発生!?【F級】


12:名無しの探索者

 おい、今新宿第4にいる奴いないか? 奥からとんでもない光の柱が見えたんだがwww


15:名無しの探索者

 見た見た。通路が一本のトンネルになってて草。ボス部屋まで直通便できてんぞ。


22:名無しの探索者

 ボスの断末魔が「キュイッ」とか鳴いて消えてた。F級ダンジョンオーバーキルで草。


28:名無しの探索者

 目撃情報あり。犯人はパーカーの学生と、ジャージ姿の絶世の美女エルフ(ポテチ持ってた)。


30:名無しの探索者

 ポテチwww どんな概念武装だよwww


◇◇◇


「……おい、エル。あんた、もうネットで『ポテチエルフ』って呼ばれてるぞ」


「ほう。ポテチの名を冠するとは、この地の民もわかっておるな」


 感心している場合じゃない。特定されたら大学に居づらくなる。

 俺たちはコソコソと、駅前のコンビニへ逃げ込んだ。


 自動ドアが開くと、冷房と共にジャンクな香りが漂ってくる。

 エルは吸い寄せられるようにスナック菓子コーナーへ突進し、目的のブツ――『ピザポテト(期間限定・チーズ三倍)』の袋を、震える手で手に取った。


「これか……。袋の中からでも伝わる、この濃厚な芳香……っ!」


「おい、まだ開けるな。会計が先だ」


 レジで万札を出す俺の横で、エルはまるで伝説の魔導書を授かった賢者のような敬虔な面持ちでピザポテトを抱えていた。


 帰り道。夕暮れのアパート。

 ベランダで袋を開けた瞬間、エルの瞳が今日一番の輝きを見せた。


「……ショウ。この『ちーず』の塊……もはや暴力的なまでの美味びみだな。コンソメが『技』なら、これは『力』。圧倒的な質量をもって私の魂を蹂躙しに来ている……」


「そうか。それは良かったな。……でも、食べすぎると太るぞ。エルフって中性脂肪とか大丈夫なのか?」


「……ずるいのじゃ! 今この至福の時に、そのようなのろいをかけるのは反則なのじゃ!」


 頬をピザ色に染めて怒るエルの背中を見ながら、俺は確信した。


 俺の平穏な学生生活は、もう二度と戻ってこない。……かもしれないが、まぁ。

 明日もこれ一袋でボスが倒せるなら、悪くない契約かもしれない。



 翌朝。俺は絶望と共に目を覚ました。


 大学の講義は欠席できない。だが、目の前には「主よ、ポテチの備蓄が心許ない。今日もあの洞窟ダンジョンへ行くのであろう?」と、キラキラした目で俺の鞄を掴んでいるエルフがいる。


「いいか、エル。俺は今から『大学』っていう場所に行くんだ。あんたはお留守番。わかったか?」


「断る。契約主と常に行動を共にするのが護衛の務め。……断じて、大学とやらにあるという『学食のカレーポテト』が目当てではない」


「お前、さっきスマホで俺の大学の裏メニュー調べたろ!」


 結局、押し問答に負けた俺は、エルを連れてキャンパスへ向かう羽目になった。


 一応、母さんの古いニット帽を深く被らせて耳を隠したが、その隠しきれない美貌と、小脇に抱えた「カラムーチョ」のせいで、目立ち方は最悪だった。


「おい、翔!お前、マジかよ!」


 正門を潜るなり、悪友の健太が血相を変えて飛んできた。


「お前、そんな美人の彼女いたのかよ。 羨ましすぎて爆発しろ! つーか他にも似たような子がいたら紹介してくれよ、エルフ耳のコスプレとか最高じゃん!」


「……。紹介も何も、これはその……親戚の留学生だ。あと、こいつはお前が思うような殊勝なタマじゃない」


 俺が必死に健太をあしらっていると、エルの視線が鋭くなった。

 彼女がスッと指を健太に向けようとする。


「ショウよ。この無礼な男、我が弓で射貫いても良いか? 『爆発しろ』という呪いを受けたのだが」


「やめろ! それはただの嫉妬だ! 現代日本の挨拶みたいなもんだから!」


 そんな騒ぎの中、救世主が現れた。……正門の警備員さんだ。


「ちょっと君たち、そこの帽子のお嬢さん。……校内にその腰に下げている『大きな弓(精霊弓)』は困るねぇ。 模造刀の類も禁止だよ」


「これは我が魂の……」


「いいから! エル、これは規則なんだ。警備員さんに預けていけ!」


 結局、エルは「武器の不携帯は戦士の恥……」とボヤきながら、警備員室で大人しく待機することになった。……というか、警備員さんが差し出したお茶菓子(歌舞伎揚げ)に釣られて、あっさり懐いたらしい。


 ようやく一人になり、講義室の隅で息を吐く。


 だが、安らぎは一瞬だった。隣に座った健太が、興奮気味にスマホの画面を見せてきた。


「なぁ翔、これ見たか? 今『ダン略』で一番盛り上がってるスレなんだけどさ」


 スマホの画面には、昨日俺たちが訪れたF級ダンジョンの惨状が映し出されていた。


 焦げた通路。消滅したボス。そして、遠くから盗撮されたと思わしき、パーカー姿の男と金髪の女の背中。


『【伝説】ポテチエルフ、F級を更地にする【オーバーキル】』


「このパーカーの男……お前にそっくりだよな? それに、さっきの彼女、金髪だったし……。まさかな、お前がそんなヤバイ奴なわけないよな?」


 健太がニヤニヤしながら、探るような目で俺を見てくる。


 俺は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、真顔で答えた。


「……世の中には、似たようなパーカーを持ってる奴が三人はいるらしいぞ」


「三人ともダンジョンでオーバーキルするのかよ」


 冗談じゃねぇ。


 もし俺が「ポテチでエルフを操る不純な探索者」だとバレたら、単位よりも先に俺の社会的人格が死ぬ。



「やっと終わった……」


 三限の憲法、教授の滑舌が悪すぎて半分以上寝ていた。


 カバンを肩にかけ、伸びをしながら講義室を出る。


「おい翔! お前、この後どうすんだよ。あのお美人とデートか?」


 健太がニヤニヤしながら肩を組んできた。


「デートなわけあるか。……あいつ、警備員室で歌舞伎揚げを一袋完食したらしいんだぞ。さっさと回収して帰るだけだよ」


「へいへい。お熱いことで。……俺はこれからバイトだから、じゃあな! あ、もしあの子に似た『エルフっぽい友達』がいたらマジで紹介しろよ、ぼっちの俺に救いの手をな!」


「お前はまず、そのデカい声をなんとかしろ。じゃあな」


 健太が騒がしく去っていくのを見送り、俺はスマホを取り出した。


 すると、通知欄の最上段に、見覚えのあるロゴがついたメールが届いていた。


『【重要】日本ダンジョン管理ギルドより:緊急の呼び出しおよび事情聴取について』


「…………マジかよ」


 嫌な予感しかしない。


 恐る恐るメールを開くと、そこには丁寧な、それでいて逃げ場を許さない文面が並んでいた。


『浅野翔様。

 昨日、新宿第4ダンジョンにて観測された異常な魔力反応について、担当者よりお話を伺いたく存じます。

 本日十七時までに、ギルド本部・特別調査室まで、パートナーの女性(エル様)と共にお越しください。

 なお、正当な理由なき欠席の場合、探索者ライセンスの凍結措置をとらせていただく可能性がございます――』


「……凍結って、俺の唯一の『高額バイト』がなくなるってことじゃねーか」


 胃が痛くなってきた。

 要するに「お前のところの金髪、絶対ただのF級じゃないだろ。白状しろ」ということだ。


「ショウよ! 遅かったではないか!」


 正門の方から、警備員さんに深々と頭を下げられながら(たぶんお菓子の礼だ)、ニット帽を少し浮かせたエルが走ってきた。


「見てくれ、この『かぶきあげ』という食べ物……。甘じょっぱさのバランスが、エルフの聖域に伝わる秘伝の果実すら凌駕しているぞ。予備は、予備はないのか?」


「予備なら、今から行く場所にあるかもしれないぞ」


「真か!? ならば急ごう、ショウ! どこへ向かえば良い?」


「……ギルドの事情聴取室だよ」


 俺はため息をつき、エルを促して駅へと向かった。

 ポテチ一つで国宝級の魔法をぶっ放すエルフと、ライセンス剥奪の危機に怯える大学生。


 ……ギルドの調査官には、一体どんな顔をして説明すればいいんだ?


「エル、いいか。あっちに行ったら、あんまり強そうなことは言うなよ。……あと、お菓子で買収されるなよ」


「心得ている。私は誇り高きエルフだ。……ところで、ギルドには『ピザ味』はあるか?」


「……あるといいな」


 俺の返事は、自分でも驚くほど力なかった。



 ギルド本部、特別調査室。

 重厚な防音扉の先で俺たちを待っていたのは、眼鏡の奥に理知的な光を宿した、隙のないスーツ姿の女性だった。


「お忙しいところ恐縮です、浅野翔さん。特別調査官の氷室ひむろです」


「……あ、よろしくお願いします」


 俺は冷や汗を拭いながら、エルの隣に座った。

 テーブルには、丁寧にも茶菓子として個包装のクッキーが並べられている。エルはそれを一口かじると、途端に不機嫌そうに眉をひそめた。


「おい、そこの女。……この菓子、湿気ておるぞ。保存魔法の構築が甘いのではないか? やり直しだ。我を招くなら、最低限『揚げたて』の食感を用意せよ」


「……ッ!? おいエル、何様だよ! すみません、本当にすみません! こいつ、ちょっと舌が肥えすぎてて……!」


 俺は立ち上がらんばかりの勢いで頭を下げた。国家機関の調査官にダメ出しとか、人生終了のお知らせかよ。だが、氷室調査官は眉一つ動かさなかった。


「……貴重なご意見、感謝します。次回からは、湿度管理も徹底しましょう。事務方にも伝えておきます」


「え、あ……ありがとうございます」


 怒らないのか。むしろ、このエルの傲慢な態度すら、想定内だと言わんばかりの余裕。

 この人、ただの事務屋じゃない。


「さて」


 氷室調査官が、手元のタブレットに指を滑らせた。その瞬間、室内の空気が氷点下まで下がったかのような錯覚に陥る。


「本題に入りますが――昨日の魔力波形は、国家災害指定の基準値を超えています」


 モニターに映し出されたのは、新宿第4ダンジョンでエルが放ったあの一撃の解析データだ。異常なほど垂直に立ち上がったグラフが、真っ赤に点滅している。


「浅野さん。あなたが彼女を止めなかったら、新宿区は今頃、立入禁止区域でした。彼女の力を『あの程度』の破壊で抑え込んだあなたの手腕……組織として高く評価しています」


「え……俺が、ですか?」


 エルの強さではなく、それを「管理している」俺の存在を、この女は肯定した。

 エルも、ポテチの袋を弄ぶ手を止め、わずかに目を細めて氷室を見ている。


「本来なら彼女は即時拘束、あるいは国外追放の対象です。ですが、我々も野蛮ではありません。……そこで、一つ『取引』をしませんか?」


「取引、というと……」


「表向き、彼女のライセンスはF級のままとします。世間には『測定機器の故障』と発表しましょう。その代わり、ギルドが指定する『難関ダンジョン』をこっそり攻略していただきたい。報酬は通常の十倍。……もちろん、彼女の食事代ポテチには困らない額をお支払いします」


 氷室調査官は、淡々と、だが断る余地を与えないトーンで続けた。


「学生のアルバイトとしては、破格だと思いませんか?」


 俺の脳裏に、来月の学費、そしてエルが欲しがっていた「全国お取り寄せ限定ポテチ」の価格が浮かぶ。


「……ショウ。この女、ピザ味よりも濃厚な誘いをかけてくるではないか」


 エルが不敵に微笑む。

 俺は覚悟を決め、短く息を吐いた。


「……わかりました。お受けします。ただし、一つ条件が」


「何でしょう?」


「エルのポテチ代は、経費で落とせますか?」


 氷室調査官は一瞬だけ呆れたように目を伏せ、すぐに元の冷徹な顔に戻って頷いた。


「……検討しましょう。では、ご活躍お祈りしています」


 調査室の重厚な防音扉を閉めた瞬間、背筋にゾクリとした寒気が走った。

冷房のせいじゃない。たった今、自分が背負わされた「取引」の重みが、時間差で襲ってきたのだ。


「……成功できなかったら、どうなるんだろうな」


 ポツリと漏らした俺の呟きは、廊下の静寂に吸いこまれた。もしエルが制御不能になったら。あるいは、指定されたダンジョンを攻略できなかったら。

「ライセンス凍結」なんて可愛いもんじゃない。きっと俺の人生ごと、この国の「裏側」に埋められる。


「何を怯えている、ショウ。貴殿の瞳は、もっと強欲な色をしていたはずだぞ」


 隣を歩くエルが、ニット帽を直しながら平然と言い放った。

 恐怖を感じていないのか、それとも自分の強さに絶対の自信があるのか。彼女はそのまま、ギルドの売店の方を指差した。


「それより、先ほどの女の言った『けいひ』という魔法の言葉。あれは素晴らしいな。実質、無限にポテチが手に入るということではないか?」


「……無限じゃない。予算ってものがあるんだよ。でも、まぁ……」


 俺は財布の中の、昨日換金したばかりの札束を思い出す。ここでビビっていても始まらない。

 相手が国家だろうがS級ダンジョンだろうが、俺がやるべきことは一つだ。


「とりあえず、今日は十袋くらい買って帰るか。種類も全部変えてな。……あんたの士気しきを上げとかないと、こっちの命が持たないからな」


「じゅ、十袋だと……!? ショウ、貴殿は神か!? いや、ポテトの化身か!」


「化身はやめろ。……ほら、行くぞ。のり塩、わさび、堅あげ……全部カゴに入れろ」


「うむ! 承知した! 我が弓、今日よりさらに鋭さを増すであろう!」


 エルの耳が、歓喜でピクピクと動いている。

 不安は消えない。でも、ポテチの袋を抱えて子供のように笑うエルの背中を見ていると、案外なんとかなるんじゃないか――なんて、甘い考えが頭をよぎる。


「ありがとうございましたーー」


 翌日から始まる「密命」が、どれほど異常なものになるかも知らずに、俺たちはコンビニ袋をパンパンにしてアパートへの道を急いだ。

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